東京ストリートログ
オペラ座の怪人みたいに女性を愛し守る存在の男って居ないのか、女性も男性も沢山の人達が思った事だろう。不器だけど優しい男が東京にも居たんだ。心の闇を抱え闇を纏い女を守る男の物語です。東京早稲田のCAFE BAR ラスティを舞台に東京の街を走る。
夏は、嫌いだ。
寒い冬は、もっと嫌いだ。
窓の外を流れる川を眺め少し涼しくなった風を感じる。
忌み嫌われたプアマンズポルシェなんて云う名称を与えられ醜いと蔑まれた相棒。
ターコイズブルーのドアを開けてシートに身体を沈め鍵を差込捻る。華奢なスイッチを下げてウィンドウを下げてラッキーストライクに火を灯す。
煙が上がり車の独特な匂いと混じる。
さぁ行こうか。
今日の依頼者は女性だ。
23時新宿西口UFJ銀行前
早稲田にある俺の自宅兼事務所
CAFE&BAR ラスティを出て早稲田通りから
小滝橋通りを走らせる。
左手のオメガは22時18分を指している。
「ちゃんと間に合いそうだ」
煙草を消しながらつい1人言葉を吐く。
残念ながら相棒は相槌をくれない。
新宿大ガードを左に見ながら京王前に進む。
オメガは22時40分を刻む。
相変わらず人が沢山いる
先を急ぐかのように駅の入り口に吸い込まれていく。
間も無くUFJ銀行前だ。
右をちらりと見て約束の相手を確認して相棒をぐるりと転回させて目的地にの前にハザードを点灯させてとめた。
約束の女性は、此方をちらりと確認すると
紅いルージュの唇が微笑んだ。
左手のオメガは、23時を指している。
「時間通りですね!」
女は笑顔で俺に囁いた。
「こんばんわ。ご依頼頂きました私、さくらと申します。」
俺は、依頼相手の女に自己紹介を済ます。
「桜?さん」
「女性だと思っていました。」
確かにメールだと意思表示しない限りは、男性か女性か判らないよなと苦笑いしつつ女を相棒の助手席に乗せる。
俺の名前は
佐倉 楓「さくら かえで」と
一歩間違えると2種類の植物が重なり可笑しな名前になってしまう。名前を付けてくれた祖父を恨みつつ自分では気に入っている。
左手のオメガは23時11分を指している。
さぁ今回の依頼はどうかな。
【劇場の女】
相棒を走らせ30分程で早稲田にある俺の店
CAFE BAR ラスティに着いた。
店は、まだ営業中で入り口の扉を開けるとスタッフの陽菜が明るい声で「いらっしゃいませ」と迎えてくれる。
「楓さん、お帰りなさい。」
陽菜は、何故か俺を名前で呼ぶ。
6歳下なのになぁといつも思いながら受け流す。
「ただいま」連れて帰った女を壁際の席に案内し座らせカウンターの中に入りワイングラスを二つと棚からエグリピカベールを掴みカウンターを出て女の座る席に向かう。
「赤で良いかな?」
女は、待ち合わせの時と同じ微笑みで此方を見つめ
「チェコの赤、好きですよ。」
なんてまるで飲み慣れているかの様に囁いた。
ナイフで封を切りコルクを抜くと甘い葡萄の香りがする。
グラスに注ぎ女の前にそっと置いて自分のグラスも満たす。
椅子を引き座ろうとしたところに陽菜が皮付きポテトフライの上に揚げた獅子唐とマンガリッツァを乗せた皿、そして俺の好物のマカダミアナッツとマンゴーと無花果のドライフルーツを載せた皿をテーブルに置いて何も言わずカウンターのお客様の元に戻った。
「流石分かってるな」と心の中で言い席に座る。
女は、また微笑む。
心を読まれたかな。
「どうぞ、お好きにやりながら話て下さい。」
俺は、先にグラスのワインに口をつけて
女を見る。
「ありがとうございます。気楽にやらせてもらいますね。」女もグラスに口をつける。
「美味しい‼︎」
女の微笑みが、可愛い笑顔に変わる。
「メールでお伝えした様に私の周りに良くない事が、何度も起こっていて怖くて友人に話したら。貴方を佐倉さんを紹介されたんです。」
女の言う友人は、うちの店に通ってくれている常連客であり俺の学生時代の同期、水鈴 恵里奈である。
「みすずから聞いてる。」
女は、安心した顔をした。
マンガリッツァポテトを食べて女がまた微笑む。
「キャ、これ凄く美味しい‼︎」
良かった。
「森野 香織さん、詳しく教えてもらえるかな」
女の名前は、森野 香織
といい渋谷にある劇場のスタッフだ。
水鈴との繋がりは、水鈴の仕事柄
劇場に出入りする為、香織とは顔なじみなのだ。
水鈴の仕事は、まぁ女優って仕事だ。
香織は、ワインの力もあって話をし始める。
「私は、劇場のスタッフとして働いて3年になります。3年目のこの夏8月3日から私の周りで事故や怪我などでひたしい方が入院する事が続いていて皆さん私とプライベートで出かけた次の日に起きているんです。」偶然かと思ったのは3人目までで、既に5人が入院や怪我で仕事を休んでいる状況らしいのだ。
「水鈴が言ってたけど、性別年齢はバラバラで唯一の接点は香織さんって聞いたんだが、どういう繋がりの人達なのかな。」
香織は、俯き悲しそうに話し出す。
「最初の方は、私の先輩で劇場のサブマネージャーをしている男性で歳は34歳、仕事終わりに遅くなったからって深夜のファミレスで食事をご馳走になったんです。」そしたら翌日、自宅マンションの階段から落ちて頭を打ち右手を骨折し救急で運ばれて現在も入院との事前情報を水鈴から聞いている。
「2人目は、劇場に出入りしているメイクさんで27歳女性、歳も近く家も近いので仲良くしている友達なんです。お休みの日に一緒に映画を観て食事をし自宅近くの駅で別れたんです。」その後で車に跳ねられ右足を骨折し救急搬送され今もICUでホースだらけでベッドの上らしい。轢いた車は逃げて現在も捕まっていない。これも水鈴情報。普通に2人こんなのが続いたらかなり不自然だし怖くなるだろうに5人とはなぁ。
まだ、3人も居るとは…,
3人目は、行きつけの美容室の美容師で男性26歳
趣味のバイクに乗り山に行き事故を起こして全身打撲で運良く骨折などは無いが入院中。
4人目は、学生時代の同期で元彼
たまたま駅で会い食事に行った帰りに自宅付近で
上から落ちてきた植木鉢が当たり脳挫傷で意識不明の状態で発見され現在も入院中。
5人目は、劇場で公演していた女優で公演中にバックヤードにあるセットが倒れて来て圧迫され肺が潰れ呼吸が出来ず意識不明で生死を彷徨っている状況だ。
確かに彼女の周りで、起こり過ぎている。
だが、何故彼女、香織に危害を加えるのではなく
周りに起きているのだろうか。
香織の嬉しいそうな顔と悲しそうな顔を両方見ながら赤いワインを飲み干してまたグラスを満たす。
【劇場の女と】
ワインに満たされた香織は、ほんのりと赤くなった頬と潤んだ瞳で自分の生い立ちを話始めた。
香織は、北関東の産まれで高校を卒業し専門学校に入るべく東京に出て来たそうだ。学校とバイトに明け暮れる日々の楽しみが演劇鑑賞で、劇場で観劇した際に観た水鈴に憧れて劇場で働きながら女優を目指しているのだと熱く語った。
小さい時から見知った水鈴が女優となりテレビに映っているのを見た事はあったが、劇場に足を運んだ事の無い俺は、不思議な感覚なんだが人に評価される仕事を選んだ水鈴を尊敬してはいる。
俺の中では、男勝りで勝気な水鈴しか出てこないけど
香織には、女優としての水鈴が輝いて見えたのだろう。
香織の事に戻るが、何処にでも居そうな女優を目指すちょっと綺麗な子って感じしか受けない。
何故、彼女の周りで事故が続いているのか分からない事が多い。
「香織ちゃん。ごめん聞いて良いかな?」
はい!何でもと香織は答える。
「失礼かもしれないんだが今、彼氏は居るの?」
右手にグラスを持ちながら香織が笑顔で答える。
「今は、彼氏無し2年目です。」
働き始めて3年だったよな。
てことは、1年目まで居たって事か…。
「その彼とは、どんな…」
ついつい人の恋愛話に怯んで聞いてしまった。
「彼は、学生時代の同期で学生時代からの付き合いでした。彼は北陸の名家の子息で親の反対を押し切り上京してきたんです。お父様がご病気になり実家に帰る事になり私とは、それっきりで…」
今現在も付き合っていたのかさえ分からない位
一切連絡も無く2年が過ぎているのだそうだ。
随分淡白な奴だなって心で思いながら話を続ける。
「香織ちゃん。誰かから怨み買うような心当たりはある?」
香織にそんなことは無いだろうなぁと思いつつも聞いてみる。
「私、女優を目指してますが…見てお判りかと思いますが自分でも分かってる通り地味に生きてます。ただ女優になりたいって思っているだけで…」
香織は、また不安そうな顔に戻り声も小さくなる。
「ごめん、とりあえず了解です。水鈴の頼みでもあるし動いてみるよ。」
香織は、また赤らんだ頬を緩ませグラスのワインを飲み干す。
「ありがとうございます!」
【女優登場】
「いらっしゃいませ水鈴さん‼︎」
陽菜が、嬉しそうに水鈴を迎える。
俺の左手のオメガは、午前1時19分を指している。
「楓ちゃん。フレッシュミントでダークラムモヒート作って。」
来たかと俺は、肩を落として
「はいはい。恵里奈様の仰せの通りに。」
俺は、香織にウィンクをして席を立ちカウンターに向かう。
「陽菜!外クローズ出して来てくれないか」
店には、俺と陽菜、香織と恵里奈しか居ない。
はーい!と恵里奈に抱きついていた腕を離し外に出て行った。
「香織ちゃん。大丈夫?楓ちゃんは、ちゃんと、話聞いてくれた?」
恵里奈は、俺の座って居た席に既に座ってマカダミアナッツを手に取りながら香織に言った。
「あ、あ、はい!水鈴さん。佐倉さんは優しく聞いてくださいました。ご紹介くださり感謝いたします。」
まるで、学校で突然先生に指された子みたいにうろたえている。
笑える。俺はカウンターの中でグラスにミントを千切りながら聞いていた。
陽菜が、ニヤニヤしながらカウンターの俺にくっついて来て言う。
「お腹空いたぁ。楓さんのクリームパスタが食べたい!」
マジかこいつ深夜にクリームパスタかよ‼︎
「太るぞ陽菜!嫁に行けなくなるぞ!」
ムッとした顔で頬を膨らませて
「セクハラ、パワハラ」
と俺を叩く。
分かった分かった。
「恵里奈のモヒート終わったら作るよ。」
急に笑顔なると
「太ってお嫁に行けなくなったらここに居座って
楓さんを尻に敷いてこき使ってあげますから安心して下さいね。」
と嬉しいような嬉しくない言葉を吐いて冷蔵庫を漁っている。
カウンター裏にいる謙太を呼ぶ。
「ケン。茸類って今日は何がある?」
厨房から顔を出し謙太が無駄にデカイ声で言ってくる。
「平茸、ホンシメジ、舞茸、えのき、椎茸っすね。」
うん。味の良い奴が揃ってんな。
「舞茸、ほか、椎茸をマリネしといてくれ」
謙太に伝える。
俺は、ダークラムを注ぎながらミントを潰して香りを出作業を進める。
ソーダを注ぎクラッシュアイスと共に混ぜて完成。
「良い香りだ」
出来上がったモヒートを恵里奈の座るテーブルに置き厨房に入る。
「緊張せずに楽しく呑みましょ!」
恵里奈は、俺に笑顔を一つ寄越して香織とグラスを重ねる。
「お疲れ様、乾杯‼︎」
「お疲れ様でした‼︎」
2人は、美味そうに酒を飲む。
あぁまた今日も朝かな。
俺の左手のオメガは、午前2時40分を指している。
【スタッフ達】
thank you