真相
「勝手に人の部屋へと入り、盗み読みか。深手だった君を助けた礼が…………それだと言う訳か」
日記を調べ終わった瞬間、後ろから辛辣な声が聞こえた。
振り返ると、そこにはトリウスの姿があった。
表情こそ無表情で抑えているが、彼の瞳には強い怒りが見えた。
「……」
ルーフェは何も言わず、ただ顔をうつむけて沈黙している。
「その様子だと、どうやら全て知ったようだな。満足しただろう? かつて私が君と同じ、『愛する人を取り戻したい』という馬鹿な望みに取りつかれた、愚か者の一人だったと知って」
「……」
「ああ、私は願いを叶える為に、長旅の末にこの山へと訪れた。不治の病で失った、愛する妻を蘇らせたいという、願いを叶える為に。当時もこの山には竜が棲み、冥界への門を守護していた。私は竜を倒し、冥界へと赴き…………妻を取り戻した。だが……」
「……その妻は現世に戻るとすぐに、同じ病で、また失ったんだろ」
ルーフェは、そう呟いた。
トリウスの表情は、未だに消えない後悔と悲しみに満ちていた。
「元々妻は病弱だった、蘇らせてもそうなるだろうと、考えれば分かる事だった。いずれは再び失う命、そんな簡単な事を、あの時の私は考えようともしなかった。結局、私が得たものは何か? それは二度目の死別という悲しみと苦しみ、そして、妻を再び死なせてしまった自分への自責と後悔だけだ!」
最後の言葉は、もはや叫びに近かった。
「今までの行動は、貴方が味わった悲しみを、再び誰かに味合わせない為に…………。だが……」
これまで見せずにいた自分の心の内を表に出し、感情的となっているトリウスに対して、ルーフェは更に問いかける。
「それは貴方個人の理由だろう。もう一つの理由を、まだ言っていない筈だ」
トリウスは沈黙するが、やがて諦めたらしく、話を再開した。
「その後、私は再び山に訪れた。愚かにも、二度も妻を蘇らせようとしてな。だが遺跡の門は二度の冥界への訪問を許さず、再び冥界へと繋がりはしなかった。私は絶望した。そして振り返ると、傷だらけの瀕死の竜がいた。
もはや長くはない、こんな姿にしたのは私だ、私が空虚な願いを叶えるために犠牲にしたのだ。ようやく私は、自分の愚かしさに気がつき、深く後悔した。そんな私に竜は、ゆっくりと頭を伸ばして来た。その表情は穏やかで、私に触れるように伝えているようだった。私は竜の額に、そっと触れた。触れた瞬間、目の前が光に包まれた。
やがて光が収まると竜の姿は消え、代わりに一つの卵が置かれていた。…………それからだ、私が年を取らなくなったのは」
無意識にトリウスは、皺一つない自身の頬に触れる。
「竜に私は託されたのだ、次代の常世の守り主を。私に長命が与えられたのはその為、つまり償いだ。卵はすぐにふ化し、雛竜が孵った。私は山の中腹に家を建て、そこで竜を育てた。初めは小さかったが、数か月で急激に成長し、一年でこの家とほぼ同じ大きさになった。この時だった、竜は自ら人間へと変化したのは。それは初め、人間で言えば六歳程の、幼い少女の姿だった。少女が誰なのか、君にはもう分かるだろう」
「……ああ」
ルーフェは彼の問いに頷いた。
「最初こそ生育は早かったが、それから数百年は、殆ど成長する事もなかった。しかし、その時から竜の少女、ラキサの役目は始まっていた。彼女は時々家を抜け出し、いつも悲しそうにして戻って来た。……時には血の匂いを纏わせて。彼女の一族はそう運命づけられていたのだ。代々冥界を守護するよう、太古の昔に冥界の主である、冥王と契約を交わしてな。妻を失った私にとって、ラキサはただ一人の家族、私の愛する娘だ。だが、守り主としての宿命により、娘は自分の意志とは関係なく、冥界に挑む人間を排除しなければならない。例え自分の意思でなくとも、人々を手にかけることは…………彼女にとっては辛い事なのだ」
そして再び、今度は一人の娘を案じる父親として、トリウスはルーフェに問う。
「それでも、自分の願いを追い求めるのか? 得るものは何も無いというのに? 初めと比べて、随分と君は人間らしくなった。今の君は、娘の事を案じてくれるか?」
どう答えれば良いか分からずに、ルーフェは押し黙る。
しかしトリウスは、その沈黙を良しとしたようだ。
「答えに悩むか、つまり否定もしないと言うことだな。なら父親として頼む、ラキサをこれ以上悲しませないでくれ。先ほど話したように、守り主としての彼女は、冥界へと踏み入ろうとする者には容赦が出来ない。私はこれ以上娘に、誰かの命を奪わせたくないのだ
だから娘の為に、そして君自身の為にも、どうか諦めてほしい」
彼は頭を深々と下げ、ルーフェに懇願した。その姿は以前に同じ事を言った時とは正反対なほどに。
しかしルーフェは、それを拒否した。
「悪いが、それは出来ない。例え貴方達の真実を知ったとしても、それよりもエディアの方が、俺にとっては大切なんだ。……本当にすまないが、俺はずっとそうだった、ここまで来て諦めるわけにはいかない」
そう言いながらも、彼は後ろめたく感じ、トリウスから顔を背けた。
するとトリウスは、重々しく口を開く。
「……ならば君か娘か、どちらかが死ぬしかない訳だ」
ルーフェははっとした。
「君が身に着けている剣からは、ラキサの力を感じる。娘は剣に、自らの力の一部を移したのだ。これで君は、彼女と対等に戦える。そして願いを叶える為に、打ち倒さなければならない。
自分に剣を向ける相手に、自分を倒す力を与えるなど、それは自殺を望んでいるようなもの。それ程にまで、娘は罪の意識に苦しんでいるのだ。
もはや止めはしない。私には酷ではあるが、これもラキサが決断した事だ。どんな結果になろうとも…………甘んじて受け入れよう」
そこまで言い終わると、トリウスは肩を深く落とす。
「……明日にはここを出るのだろう? なら今日は早く休み、万全に備えるのだな」
もはや語る事はなさそうだ。ルーフェは一言感謝を伝えると、部屋を出ようとする。
そして最後に彼が後ろを振り返ると、そこには力なく椅子に座るトリウスの姿があった。




