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悲哀


 ルーフェの傷はほぼ治り、体力も以前と同じくらいに回復した。

 もはやここにいる必要もない。そう決めたルーフェは、明日には出て行こうと、部屋で荷造りをしていた。

 『愛する人を生き返らせるという願いなど無意味だ』。トリウスに言われたあの言葉は、今でも彼の心に引っかかっている。

 だが例え無意味と言われようとも、それでも強く求め続けた願いだ、希望がある限り、最後まで追い求めてみせる……。

 彼の信念は、折れることはなかった。

 そんな時、ラキサが部屋へと入って来た。

 彼女は荷造りしている彼の様子を見ると、静かに言う。

「此処を出る準備をしているのね」

「ああ、明日にはな」

「願いは……諦めてもらえましたか?」

「……いや、俺は諦める気はない。その気持ちは変わらない」

 ルーフェはそう言いこそしたが、最後の部分は嘘だった。

 初めの頃は願いを求める事に迷いはなく、その為に人間らしさも捨てていた。

 だが、今では……? 彼自身にも分からない。

 ラキサは僅かに顔を俯けると、こう伝えた。

「そう…………。ルーフェさん、剣を、貸してもらえますか?」

 言われるがまま、ルーフェは自らの剣をラキサに差し出す。

「私にも、魔術の心得はあるの。お父様には禁じられていますが、あの竜と対等に戦うために、この剣に魔法を施します。せめてもの、旅立つ貴方への贈り物として」

 彼女は剣を両手に乗せると、目を閉じて呪文を唱える。

 すると剣全体に、金色に光輝く模様が刻まれて行く。それは、まるで一匹の竜のような模様だ

 やがて呪文が唱え終わると、輝きこそ消えたが、剣には竜の模様が刻まれた。

 ラキサはルーフェに剣を返す。

「これでルーフェさんは、竜を倒す力を手に入れました。手加減は必要ないわ。竜は冥界の守護者として…………何人もの人を手にかけたのだから。この力こそ、私からの贈り物。……どうか、恋人が取り戻せますように」

 そう言った彼女は、とても悲しそうに見せた。

 そして踵を返すと、ラキサは急に部屋を出て行った。

「おいっ! どうしたんだ!」

 心配したルーフェは、急いで彼女の後を追う。



 先程、部屋から出て行ったラキサを、ルーフェは探した。

 彼女の魔力が込められた剣は、身につけたままである。

 家の中にもいない。外も今ようやく、探し終えた。

 しかし、どこにも彼女の姿は見当たらない

 以前のルーフェならこんな行動など、絶対に考えられなかった。

 それは、ルーフェ本人が一番分かっている。分からないのは、どうして自分がこう変わったのか。だが、それよりも今はラキサの事が、彼にとって気がかりだ。

 ……そんな時。

 山の上から激しい咆哮が響いた。辺りの空気が震え、遠くからは雪崩が起きたかのような地響きが聞こえる。

 ルーフェはその声が、あの竜のものであると分かった。

 咆哮は何度も、何度も聞こえ、強い悲痛さを訴えるかのような叫びは、聞くものさえもその感情に引きずり込むかのようだった。

 冥界の守り主である竜とは、再び相手にしなければならない、行く手を阻む敵である事は分かっていた。

 だが、強い悲しみの込もった竜の咆哮は、先ほどの少女の悲しみと重なってか、ルーフェは同情を覚えた。

 いずれ剣を向ける相手、それだとしても。

 やがて咆哮は徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。



 ルーフェは家の中も外も探したとしたが、実は最後に一か所だけ、まだ探していない場所があった。

 それは家の主、トリウスの書斎だった。

 ラキサを探していた時、彼の姿もまた見えなかった。とすれば、書斎にはトリウスがいる可能性が高い。

 あの話をされた後、トリウスとは再び会っていない。正直、顔を合わせるのさえも、ルーフェは嫌だった。

 だがあそこには、彼女もいるはずだ。それならば、多少の嫌悪も我慢するしかない…………。

 そう考えながら二階の書斎の前へと来ると、扉を開けた。

 


 書斎には、誰もいなかった。

 トリウスも、そしてラキサも、気配すら感じられない。

 ルーフェは中に入り、辺りを見渡す。

 無数の書籍が入った本棚に、骨董品などが置かれた棚や机、古めかしく用途不明な器具類などが部屋中に見られた。

 その殆どに埃や塵が積り汚れており、この部屋が使われた長い年月を思わせる。

 そして奥には、その中でもとりわけ年代物で、それでいて立派で、美しい装飾の施された黒い机と椅子があった。

 これらにはそうした汚れはなく、清潔にされていた。恐らく、トリウスがよく使っているからだろう。

 机の上にはインクと羽筆、古風なランプ、そして何冊も並べられた

辞書のように厚い本が置かれていた。

 それらの本は全て同じものであるらしく、ページの量も古風な銀細工の装丁も等しかった。

 その中の一冊は、机の真ん中に置かれている。

 何であるか気になったルーフェは、それを手に取ると適当なページをペラペラとめくってみた。そして…………ある場所に目が留まった。

 そこにはこう書かれていた。

『この日、再びこの山へと訪問者が訪れた。かつての私と同じ、愚かな願いに憑りつかれた愚か者が。こんな事はいつまで続く? そんな願いなど無意味かつ不幸な願いだと言うのに。そんな願いの為にラキサ――――常世の守り主である哀れな娘が、いつまでも苦しみ続けなければならないのか』

 それは、ルーフェがこの家へとやって来た時に書かれた物らしく、内容からこれが日記であることが分かった。

 だが、ここに書かれている内容が一体何なのか。

 この日記の主、トリウスがかつて同じ望み、即ち愛する者を取り戻したいと言う願いを抱いていたと言うこと。そして、あの少女、ラキサが『常世の守り主』であると言う事実――。

 これは、一体……? 

 日記の謎を調べる為に、ルーフェは他の日記を次々と調べた。

 やがてついに…………彼は事の真相へと辿り着く。



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