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父娘


 傷はまだ治っていないが、その痛みは次の日になれば殆ど慣れた。

 これまでにもルーフェは、旅の中でそんな経験は幾度も繰り返していたからだ。

 扉の前で、彼は剣を握って構えた。

 何処にでもあるような木製の扉、この剣なら、簡単に斬り壊せるはずである。

 ルーフェは構えた剣を、一気に振り下す。

 その瞬間、カキンと響く鋭い音が響く。

 剣は扉に弾かれ、手元から離れて床に突き刺さった。

 ただの木製の扉なら、剣を弾き返せる訳がない。トリウスの言っていた、部屋に結界が張られている話は、嘘ではないようだ。

 そんな時に、先ほど剣ではビクともしなかった扉が開き、再びあの二人、トリウスとその娘、ラキサが現れた。

「無駄だと言うことが、これで分かっただろう? 私の許可が無ければ、君はこの部屋から出られない。下手に体を動かすと傷が開く、それが分かったら、諦めてベッドに戻る事だ」

 呆れた様子のトリウスを後目に、ルーフェは床に刺さっている剣に意識を向ける。

 そして傷ついた身ながらも素早い動きで、剣を抜き取るとその剣先をトリウスに向ける。

 彼の表情は、危機迫るものだった。

 それに対し、ラキサは怯えている一方で、トリウスは平然としている。

「なら俺をここから出せ! いつまでも、休んでなんていられるか!」

 トリウスはやれやれと言うように首を振る。

「そこまでに失くした指輪が心配か? それなら……」

「指輪だけじゃない! 愛した人を生き返らせる――――そのただ一つの望みを叶える為だけに、ようやく俺はここまで来たんだ。それを、ここで足止めされるなんて。あの場所で…………彼女が待っているのに!」

 声を荒らげるルーフェに対し、トリウスは真っ直ぐに見据えた。

 やがて彼は、口を開いてこう聞いた。

「なら君はどうして、その人間を生き返らせたいのかね?」

 ルーフェは戸惑った。

 理由だって…………? 何故そんな事を聞く? 失った大切なものを取り戻したいのは当たり前だ。それに理由を求めるなんて――

 その戸惑いに生じた隙を、トリウスは見逃さなかった。

 ルーフェがそう思い悩んでいた一瞬、彼は素早く足払いをかけた。

 体勢を崩されたルーフェは、そのまま前へと倒れる。

「…………!」

 傍でこれを見ていたラキサは、心配になって近寄ろうとした。が、トリウスはそれを片手で制した。

 そして倒れた彼から剣を奪い、今度はルーフェに剣先を向ける。

「君自身の望みの筈なのに、どうやら、それを求める理由を知らないらしい」

 僅かに哀れみを込めて見下ろす彼に、ルーフェはキッと睨む。そして何とか起き上がろうとしたが激痛が走り、身体が思うように動かないせいで、起き上がれない。

「私の言葉を無視して無理したからだ、自業自得だよ。それにその目つき…………、『どうしてその望みに理由が必要か』と言いたいようだな。……丁度良い、休んでいる間に、自分で考えるのだな」

 トリウスは、剣を元あった部屋の隅に戻した。

「剣は元の場所に戻しておこう。だが、ベッドには自力で戻ることだ。少し厳しいかもしれないが、君にとっては良い薬だろう」

 こう言って彼は部屋を出ようとしたが、それをラキサが止めた。

「どうしたラキサ? 何か言いたい事があるのか?」

 ラキサは何かを小声で、トリウスに伝えた。

「何? …………いや、しかしあの男は…………、成程…………ああ、分かった」

 二人はしばらく何かを話し合った後、トリウスがルーフェにこう言う。

「娘が、君の事を心配して、しばらく一緒に居たいのだそうだ。私は部屋を出るが、もし娘に何かあったら…………承知しないからな」

 トリウスはそう強く言い残すと、部屋を出た。

 残ったのはルーフェと、ラキサの二人だけ。

 ラキサは倒れたままの彼に、ゆっくりと近づく。

「……何の用だ? 俺を笑いに留まったのか?」

 心無いルーフェの言葉をよそに、ラキサは鈴のように澄んだ優しい声で、こう伝えた。

「心配しないで。私はただ、貴方を助けたいと思っただけ。少し…………我慢して」

 彼女は倒れているルーフェを抱き抱えると、そのままベッドへと運んで行く。体つきが華奢な割には、その力はしっかりとしていた。

「優しいんだな、君は。名前は…………ラキサ、だったか」

「はい。良かったら、貴方の名前も教えてくれませんか?」

 まさか、こうして名前を聞かれるなんて、ルーフェは少し戸惑いながらも、忘れかけていた自分の名前を口にする。

「……ルーフェ」

「…………ルーフェ、いい名前ね」

 こう言って、にっこりとラキサは微笑む。

 やがて二人はベッドへと辿り着き、彼女はルーフェをベッドに横たえる。

「ありがとう、楽になった」

「どういたしまして。でも、お父様を嫌わないであげて、悪気があってあんな事をした訳ではないの」

 彼女の言葉に、ルーフェは自虐的な笑みを浮かべる。

「分かっている、君の父さんは立派な人間さ。悪いのは俺だ、言うことを聞かずに勝手な事を……」

「いいえ、ここにやって来た人たちは、初めはみんな、そう思うものですから。お父様はどう思っているのか分からないけど、本当は…………それが普通なのでしょうね」

「今までここに来た人間は、どうなった? 諦めるまで、こうして閉じ込めているのか?」

 ラキサは、首を横に振って否定する。

「お父様は説得こそしますが、強制はしないわ。傷が治ったら、外に出るのは自由よ。けどお父様の説得で、ほとんどの人が望みを捨てて、山を降りて行ったの。でもそれ以外の人は…………分からない。でもお父様は、彼らは皆、愚かな願いの報いを受けたと、私に話していたわ」

 そう話す彼女の表情は、とても悲しみに満ちていた。

 だがルーフェは、そんな彼女の言葉に違和感を感じる。まるで、話のどこかに嘘があるかのようだった。

 やがて別れの時が来たのか、ラキサはこう告げる。

「そろそろ私は、失礼します。……あまり遅くなると、お父様が心配しますから。ではまた…………様子を見に来ますね」

 ルーフェは去り行く彼女の背中に、手を振って見送った。


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