第五話
結局、いくら遠回しに付いてくるなと伝えてもミネルヴァはクエルバスと並んでラグランシアの街中を歩いていた。
技術的には王都ヴェルノーラには劣るものの、観光地として人気が高いラグランシアには常に大勢の人が絶えない。
ラグランシアの中でも特に商店が多く、一番の賑わいを見せるメインストリートの裏通りにひっそりと佇む小さな工房。
コケとツタが有象無象に生えている手入れの施されていないレンガ壁の工房は、窓から光が漏れていなければ廃墟と勘違いしてしまいかねない。
「ほぇー。技術屋ってばこんな所に隠れ潜んでいたのね」
「はい。ここから先は下手な事を喋ると死んでしまいかねないので、静かにしていてください」
「わ、分かったわ……」
傭兵として死という言葉に敏感に反応したミネルヴァはクエルバスの忠告通り、真剣な面持ちで口を噤んだ。
いくら苦手な相手でも、最低限のマナーと三度ノックをした後にドアノブを引くクエルバス。
「んにゃ? 君が工房を訪ねてくるだなんて珍しいじゃないか! さては僕の新作が気になっちゃったりしちゃった感じなのかな?」
油まみれの作業着姿の女性はテーブルの上で機械の複雑な配線をいじる手を止めて、唐突な来客に目を輝かせた。
「いえ、この度は仕事で仕方なく、ですよ技術屋のクレールさん。貴方の欠陥装備には微塵も興味がありません」
「ちぇ、相変わらずクエちゃんはつれないにゃー」
クレールと呼ばれた女性は首から下げたゴーグルを装着すると、溶接作業に入る。
「んでんで、一体どんなお仕事でクエちゃんはやって来たのか聞いても良いんだよね?」
クエルバスが懐から一本の短剣を取り出すと、クレールは溶接する手を止めてゴーグルを外すと、 興味ありげにクエルバスの手に握られた短剣を凝視した。
「これはこれはこれは……魔技じゃないか! しかも特一級クラスの超レア物!! 近々運ばれて来るとは聞いていたが、まさかクエちゃんが持ってきてくれるなんて感激だよ!」
半ば強引にクエルバスの手から短剣を奪い取ったクレールは、はしゃぎながら短剣をベルトに下げた。
「さて、ではお仕事も終わりましたので早々に帰らせて頂きます」
「んもう、クエちゃんはせっかちさんだなー。せっかく久々の再開なんだから、もっとゆっくりしていけば良いのにー」
「戦争屋さん、どうもそう上手くいかないらしいわよ」
クエルバスがクレールに背を向けた時、工房の入り口から慌ただしい足音を立てながら十数名のローブを被った集団が工房内に押し寄せてきた。
「我々も荒事は避けたい。大人しく魔技を渡すのなら手荒な真似はしないと約束しよう。ただし、もし抵抗するのならこの工房が火に包まれる事になる」
ローブ集団の中の松明を持った数名が、松明の火を壁に近づけた。
「ちょっとちょっと! 工房なんかどうでも良いけど、火なんて付けたら私の傑作ちゃん達が!」 「魔技は彼女が持っています。我々も戦闘の意思は無いので失礼します」
「血も涙も無いよ!? くそぅ、こーなったらそこの彼女! これを使ってあの迷惑なお客人を追い払ってくれないかな?」
溶接が終わったばかりの機械をミネルヴァに放り投げるクレール。
「それさっき完成したばっかのやつじゃない!」
慌てて受け取ったミネルヴァは、手に持った小手に似た機械、しかし小手よりも二回り以上大きいそれを不思議そうな顔で見つめた。
「使い方はチョー簡単! それを手にはめて相手に拳を突き出すだけ! まずは試しに一発いってみよー!」
恐る恐るクレールから託された機械を手にはめたミネルヴァは、言われるがまま機械をはめた拳を突き出した。
クレールの発明品を以前から知っているクエルバスは、ローブ集団がひしめくドアからの脱出を諦め、窓を蹴り破って全速力で工房から離れた。
次の瞬間、ミネルヴァの拳に付けた機械が青白い光を包まれ、その数秒後に猛烈な轟音と共に高出力の光線が工房の壁もろともローブ集団を消し飛ばした。
発射の反動でミネルヴァ自身も吹き飛ばされ、壁に全身を打ち付けられ気を失った。
「にゃーはっはっ! 威力は想像通りだけど、やっぱ使った人もぶっとんじゃうよねー。これは改善の余地ありっと、助かったよお嬢ちゃん!」
気絶したミネルヴァから、発明品を取り外そうとしたクレールを衝撃を免れ瓦礫の中に潜んでいた一人の男が背後から襲い掛かった。
しかし、男の斧を蹴りで容易くいなすと太もものホルスターから取り出した銃の銃口を男の額に押し当てた。
「んふふ~、私の背後を取るなんて君みたいな小物には一生不可能なんじゃないかな~」
「お、俺には女房も子供もいるんだ! だから、命だけは勘弁してくれ!」
「あ、そう。私には夫も子供もいないから全然共感出来なくてごめーんねっ! バンッ!」