第四話
水の都ラグランシア。
この都市は大きな湖の中心に根付いている大霊樹の幹にある。
湖の周囲には結界が施されており、魔獣を寄せ付けることのない安全な居住区としても人気の都だ。
「それで……ミネルヴァさん、でしたっけ?」
「なに? もう洗いざらい全て喋ったわよ。お礼に酒の一杯でも奢ってもらいたいくらいだわ」
先の一戦後、馬車の中で事情を一通り聞いたクエルバスは夜明けとともにラグランシアへと到着していた。
ローブの一味を退けた後は特に何の弊害もなく、それこそすんなりと滞りなく、だ。
それがどれだけ奇妙なことかと思案を巡らせるクエルバスの前には一人の少女がムスリと仏頂面のまま立っている。
「ええ、ですから聞きたいことは全て聞いたので。もう何処へなりと行って頂いて構いませんよ? 僕も鬼ではありませんから、戦意がない人まで殺しませんし」
「あらぁ? だからこそここにいるんだけど? ノコノコ依頼主の元へ戻って『失敗しました』なんて言った時にはそれこそ死ぬわよ」
「……つまり、このまま一緒にラグランシアへ入国するんですか?」
「ええ。私、別に依頼主の犬じゃないもの。このまま行方をくらました方がよっぽどマシよ」
「さいですか。まぁ僕は構いませんが、死んでも知りませんし」
「戦争屋さん、なんならアンタが雇ってくれてもいいのよ? これもなにかの縁ってことで、どう?」
ミネルヴァはハンドサインで金を要求し、ウィンクをする。
随分と精魂逞しい人だなと感心しつつ、クエルバスは金貨を一枚ミネルヴァへと放った。
「いいですよ。じゃあミネルヴァさんの元依頼主に会ってきてください、そうですね……『失敗しました』って言うだけで金貨一枚! 楽な仕事ですねぇ」
「はあ、私の命はたかだか金貨一枚の価値しかないってこと?」
「ご冗談を、それは『葬儀屋』への見舞金ですよ。全く、お上も酷いですねぇ。各地に使徒を置いたと思ったら、今度は使徒同士で殺し合い。酷いと思いません?」
「思いません。それに巻き込まれている一般人に配慮してほしいものよ。というかウチの依頼主――葬儀屋本人がこっちにこればよかったのに。そうすれば名声が第一のこの家業でこんな失敗をせずにすんだものを……」
ミネルヴァは愚痴を零しつつ手元にある金貨をクエルバスへと返した。
傭兵は実績だけがモノを言う仕事だ。
依頼を不達成のまま行方をくらましたなんてことになれば雇ってもらえなくなる。
かといってこのままおめおめと帰ってしまっては死ぬだけ。
まぁ、つまり。ミネルヴァはもう行く宛などないわけだ。
そんな傷心に浸るミネルヴァとは反対に、笑みを崩さないクエルバス。
ただ小さく吐息を零すとクエルバスは入国手続きを済ませに受付へと歩きだす。
「さすがの葬儀屋といえどラグランシアへは来れませんよ。だからこそ、貴方達傭兵を雇ったんでしょうけど」
「どういうこと? 力尽くで奪えばいいじゃない」
「……その場合、この美しい水都は火の海に囲まれることになりますがね」
「ちょっとスケールが違いすぎて頭が追いつかないわ……」
「はは、冗談ですよ」