美食堪能
「そういえば……タウゼントさんは、どうしてここに居たんですか?」
現在気絶したままロープで縛られ、タウゼントにずるずると引きずられている男達は、ここを誰もこない場所だと言っていた。実際、この裏路地の奥にあるのは行き止まりくらいで、特別な理由が無ければ誰も来ないような場所である。
クレアは恩人を疑う訳ではなかったが、その事が気になっていた。
「…………あまり話したくはないのだが、仕方ないか」
気乗りしないような口調だったが、タウゼントはここに来た……いや、来てしまった理由を語った。
「実は……道に迷ってな」
「……はい?」
「恥ずかしながら、私はいわゆる方向音痴という奴でな……美味しい料理屋がこっちにあると聞いて探していたのだが、何故かこんな所に来てしまった」
この偉丈夫、実は相当な方向音痴であるらしい。少なくとも裏路地の奥に料理屋があるわけがないだろう。隠れ家風にも程があるというものだ。
「え、えーと……因みになんというお店ですか?」
「『トレミーの美味しいレストラン』という名前だった筈だ。美味しいレストランと名乗っているのだ、さぞかし美味しいに違いない……!」
「そのお店なら、表通りに面しているので割と分かりやすい筈なんですけど……」
件の店は、裏路地を出ればすぐに見つかるであろう場所に建っている。何故裏路地に入ろうと思ってしまったのか。因みに、その店のシェフがネズミだったりはしないので安心してほしい。
「あの、タウゼントさん。良ければそのお店まで案内させてくれませんか? 助けてもらったお礼もしたいので」
「おお、そうか! それはありがたい! やはり、困った時はお互い様という事だな」
こうして、フードを被った大柄な男と、ワンピースを着た小柄な少女の二人は、行動を共にする事になった。
「あの、タウゼントさん。ここ、さっき通った場所じゃないですか?」
「……クレア。すまないが、先に歩いてもらえると助かる」
どうにかこうにか裏路地を抜け、ようやく目的の店、トレミーの美味しいレストランに到着したタウゼントとクレア。
繁盛しているのか中々立派な店であり、店からは美味しそうな匂いが漂っている。どうやらその看板に偽りは無さそうだ。
「タウゼントさん。ようこそ、トレミーの美味しいレストランへ!」
「む……まさかこの店は」
「はい、わたしの父が経営するお店です! お父さーん!」
クレアがそう呼ぶと、店の奥から物凄い勢いでシェフの格好をした一人の中年男性がやってきた。
「おおクレア! 帰りが遅いから心配したぞ! むっ、あちこち傷だらけではないか! 一体誰にやられたのだ! そこの厳つい男か!? よーし、お父さんに任せなさい。今からこの男に罰を」
「待ってお父さん! その人は私を助けてくれた人だから!」
「……いつもこうなのか?」
娘を心配するあまり暴走しかけていた父親を宥めるクレア。その顔には焦りが浮かんでいる。恩を仇で返すなんてもってのほかであるし、万が一タウゼントが手を出せば、父親が先ほどの男達のように瞬く間に吹っ飛ばされるのが目に見えているからだ。
「なんと! 先程は早とちりして申し訳ありませんでした。そして、娘を助けていただき、本当にありがとうございます!」
打って変わって深々と頭を下げるクレアの父親。もし彼が土下座を知っていれば、もしかするとそちらを選択していたかもしれないと思わせるほどに深く、気持ちのこもったものだった。
「いや、それだけ娘が心配だったのだろう。気にしていない」
「もう、お父さん! ……ごめんなさいタウゼントさん。お父さん、わたしの事になるといつもこうで」
「ああ、すまないクレア。では改めて。私の名はクラウディオス・プトレマイオス。クレアの父であり、このレストランのオーナーシェフでもあります。して、恩人殿。良ければ名前を聞かせてはもらえませんか?」
「タウゼント。タウゼント・ゼルドナーだ」
「タウゼント殿ですな。改めてタウゼント殿。娘を助けてもらった事、このクラウディオス、一生忘れません。お礼と言ってはなんですが、この店のメニュー、心いくまで楽しんでいただきたい」
「ああ、ここの料理は美味しいと聞いた。期待している」
「そう言われると尚更、腕によりをかけねばいけませんな! ささ、タウゼント殿。クレアとあちらの席にお座りください。荷物があれば預かりま…………えっ?」
「あっ!」
「……あっ」
タウゼントの荷物を預ろうとした所で、クラウディオスはそれに気がついた。彼が引きずっていたのはバッグか何かではなかった事に。
クレアを襲おうとしていたチンピラ二人組。もはやボロ雑巾よりも酷い事になっているそれを引きずったままだった事を、クレアもタウゼントもすっかり忘れていたのだ。
「おまたせしました。ラム肉のシチューでございます」
「おお……!」
「ラム肉はこの町、アリエスの特産なんですよ。昔から、この辺りは畜産が盛んなんです」
ウェイターがテーブルに運んできたのは、ラム肉……つまりは羊の肉を使ったシチューだった。赤ワインを使い、じっくりと煮込まれたのであろうそのシチューからは、店の外に漂っていたものと同じ、美味しそうな匂いがしている。この町の特産品であるというラム肉も実に食欲をそそる。タウゼントは思わず、ゴクリと喉を鳴らした。
スプーンを手に、一口。
「……美味い」
「気に入ってくれて嬉しいです。ラム肉のシチューは、うちの看板メニューですから」
黙々と食べ続けるタウゼント。相当美味しかったのか、あっという間に皿は空となった。
「あっ、もうお皿が空に……おかわりします?」
「ああ、頼む」
「では持ってきます! あっ、タウゼントさん。食事の時くらいフードを外しても良いと思いますよ?」
「私はよく顔が怖いと言われる。なのでそれを隠す為にフードをいつも深く被っているのだが……外しても構わないのだろうか?」
「別に、ちょっと顔が怖いくらい気にしません。それに、常にフードを深く被ったままなのも、それはそれで怖いと思います……」
「……それもそうだな。では、外すとしよう」
フードを外したタウゼントの顔は、確かに怖いと言われるのも納得できるものだった。
浅黒い肌に灰色の短髪。全体的に整ってはいるのだが非常に厳つく、金の瞳は猛禽のようであり、視線だけで人を殺せそうな程に鋭い。そして、この顔で二メートル近い身長とはち切れんばかりの筋肉を持っているのである。確かに、怖がられるのも無理はない。
しかし、クレアはタウゼントの顔を見て
「わぁ……かっこいいです!」
と、言った。
「かっこ……いい?」
「はい! かっこいいです!」
「そ、そうか……ありがとう。クレア。そう言われたのは初めてだ」
タウゼントは顔を背け、照れた。二メートル近い大柄な男が照れるという、なんとも奇妙な光景であったが、クレアは満足そうにニコニコとしていた。
中々文章を書くのに慣れないですが、できる限り毎日投稿を続けたいと思います。
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