凡人ギルド員です、はい
「レーティア=サイラス!貴様の悪行にはほとほと愛想が尽きた!今日を持って貴様との婚約は破棄する!!!」
ザワザワと揺れる会場。
今日、今この場で行われていたのはとある王立学園の卒業パーティだ。
王立学園とは言うもののここは平民も通うことの可能な学園で幅広い客が会場には入っており、中でも一番偉い来賓客といえばこの国の国王夫妻だろう。
この王立学園を卒業した者で特に優秀な者は王城で騎士として勤務する者もいれば研究員として魔法省なんかで採用される者もいるのだ、当然だろう。
そのパーティも終盤に差し掛かった頃、この国の王子、リュオング=シーベンス第三王子がやらかした。
由緒あるこのパーティで自身の婚約者であるレーティア=サイラス公爵令嬢に婚約破棄を言い渡したのだ。
え、何これ。イベント?と国王夫妻の顔を見ると国王様は眉間に皺を浮かべて王妃様は顔を青…いや、最早白くさせて今にも倒れそうだった。
今この会場でまるで寸劇のように舞台に立っているのはリュオング王子殿下、レーティア嬢、そしてリュオング王子殿下と御学友として有名な王侯貴族の子息達、そして彼らに姫のように、護られるように中心にいる謎の可愛らしい令嬢だけだ。
緊張感で張り詰めた空気。
その他の人物は完全に蚊帳の外。
そして現在ナレーション、ナレーションを務める私も勿論、蚊帳の外の人間の一人だ。
どうも、紹介が遅れました。
私はコハク=ルテリア、20歳。
ただのしがないギルド員の一人です、はい。
普通に公立の学園を卒業してからまあ、それなりに実力のあるギルド『黒猫の根城亭』に就職した。
私はそこそこの学力にそこそこの体術、そこそこの魔力を所持する所謂凡人で、今までも特に波という波はなく日々を平和に過ごしてきていたのだ。
唯一非凡なことを挙げるならば実家のご近所さんにちょっと変わった少年がいるくらいだろうか。
兎に角、それは今は関係ないので置いておこうか。
それにしても簡単な警備依頼と思って手を出したこのクエスト、今の現状を見ただけでも失敗だったということがよく分かる。
ギルドマスターが直々に持ってきた時点で怪しんではいたのだが、報酬の良さにつられたのは完全に自分のミスだ。
悶々と頭で己の過ちを悔やむ中、舞台の中心人物等の話は進む。
件のレーティア嬢が持っていた扇子で自身の口許を隠し、壇上に登る王子等を見上げる形で声をかける。
「殿下、仰ってる意味が分かりませんわ。悪行とは何のことですの?」
「まだしらばっくれる気か!貴様がカレン=アルバス男爵令嬢にした数々の嫌がらせ行為、全て聞き及んでいる!」
「はて、嫌がらせですか?」
目前で繰り広げられる観劇のようなやりとり。
その行く末に私は興味はない。
だって私には関係ないものである。
ぼーっと見ながら早く終わらないかな…なんて見ていたら遂に終結が見えた。
相手の…確かカレン=アルバス男爵令嬢側が完膚なきまでに言い負かされたのだ。
取り巻きと化した王子等は目に見えて慌て、喚き出し、当のカレン嬢は何やらブツブツと呟き始めた。
…ッ怖!?
何あのカオス。
「なんなのよ、ここはわたしのセカイよ?なんでわたしの言う通りに動かないのよ。悪役令嬢は…悪役っぽく退場しなさいよぉぉおぉおォォォオ」
うえ!?なになに!?
急にカレン嬢が叫び出したと思ったら彼女は狂気と怒気でぐしゃぐしゃにした顔を上げた。
バリバリと彼女が魔力を纏う。
轟々と風が吹き荒れ、雷が混じり、水が混じり、炎が混じる。
辺りは完全にパニック状態だ。
おいぃいぃい!如何にかしろよ糞取り巻き共ぉぉおお!
「っ!?皆さん!お早く避難を!」
「消えなさい!!!この悪役令嬢がぁあぁあぁぁぁ!!!」
レーティア嬢が声を上げた瞬間、カレン嬢がカッと目を見開いてその場から飛び出した。
わあ、これはまずい。
「お嬢様!!!」
「レーア!!!」
「レーティア!!!」
カレン嬢がレーティア嬢に襲いかかり触れる寸前、魔法壁を張った三人が前に出てなんとかそれを防いだ。
が、ぶつかり合った魔力同士が弾けてこちらに甚大な被害が降ってきている。
警護についているギルド員は各々近くにいる要人達を守るべく対応に入っていた。
私も魔法壁を張って対応しようと瞬間、何故か、何故か、私に向かって一番の魔力塊が飛んできていた。
あ、やばい。これ、当たる。
「シロぉぉおおおぉぉお!」
「ふぇ!?おぶっふッ」
急に腹部に衝撃が走ったと思うと私はその場からふわりと足が浮いて飛び退くように移動し、私が元々いた場所にちゅどーんと魔力塊が衝突した。
綺麗な大理石が抉り取られる様を見る。
おぅふ、あっぶなぁ。
それにしても誰だ、助けてくれたのは。
そう思って私を俵のように担ぎ上げている人物を見るべく顔を下に向ける。
その人物も上を向いていたようで丁度目があったのだが、その顔を見て私はサッと顔を青くさせた。
当の相手は私とは反対に眉間に青筋を浮かべて普段から吊り上がった三百眼を更に吊り上げて睨みつけてきた。
そして、地を這う声で…
「シロォオ。てめぇ、こんなとこで何してやがる」
「ハ、ハルジオン様こそ、なんでここに…」
「ドアホが、ここは俺の学校じゃ。あと、様付けやめろや」
ツンツンとした明るいオレンジの髪に野生的な漢らしさがあるこの少年こそが先程話をしていた近所の非凡少年ことハルジオン=ウェルアム伯爵令息である。
ウェルアム伯爵領に我が家はあり、母はそこのメイドとして仕事をしており、その関係もあってか私は昔、この少年の遊び相手に任命されたことがあった。
兄弟もいない為、私の後ろをちょこちょこ着いて歩いていた少年は本当の弟のようで可愛かった。
今ではこんな凶悪な顔になってるってのに…残念だ。
ハルジオン様はそんな私の心情を感じ取ったのかどうかは分からないが腕に力を込めて腹を締めてきた。
ぐえ、ギブギブ。
「とりあえず、こんな危ねぇ場所からはサッサと離れるぞ」
「え、私まだ仕事中なんですが」
「はぁ!?仕事!?なんのだよ!」
「この会場の警備ですよ!私、ギルドに就職したんで」
「あぁん!?何勝手に決めたんだよコラ!っと、危ね。チッ、こんな場所じゃオチオチ話も出来ねぇ…。ちょっとここで待ってろや」
未だに飛んでくる魔力塊をまるで虫を払うかの如く軽くペイッと払い除けると柱の影まで走って私をそこに下ろした。
並んだ背はまだ私の方が少し高そうだ。
声をかける前に此処から絶対に動くなと一睨みされると柱の影から彼は飛び出していった。
うぇぇえええ、何あの子。急に出てきたと思ったら置いてかれたんですけどー。
でも、私もお給料を貰って働く一社会人、高々学生(貴族の坊ちゃんだけど)に命令された所で職務を放棄する訳にはいかない。
薄く魔力壁を纏って柱から飛び出ると丁度カレン嬢達の壇上が目に入った。
レーティア嬢の周りは何とか魔力の嵐を耐えているようだが根気勝負じゃ彼らの魔力切れで潰されるのが目に見えているが、私のような凡人じゃカレン嬢には近づけないし、まず、近付きたくない。
魔術師団長や騎士団長は国王夫妻や要人でいっぱいいっぱいの様子で有力者のギルド員も最早手が回っていない。
私も近くの踏ん張っていた学生の前に立って防御に徹しようと魔力を練り上げたところで、彼の声が聞こえた。
「リセットよ。ここは私の世界。リセットリセットリセットリセットリセットリセットリセット」
「テメェコラカスオンナァ!俺の所有物に手を出そうとはいい度胸だなぁ!カスは黙って死んどけやぁ!」
暴風の中心であるカレン嬢の真後ろに突如現れたハルジオン様。
まるで悪役のような凶悪な笑みを見せたと思ったら自身に風を纏わせて暴風の隙間を縫うように滑り込むとカレン嬢の腹部に強烈な蹴りを入れてみせた。
カレン嬢は吹き飛ぶとそのまま気絶したようで風が止む。
瞬間、ギルド員やら騎士団やらが彼女を取り押さえて魔力封じの腕輪を嵌めた。
これにてこの婚約破棄騒動は一先ず幕を閉じたのだ。