蘇る古代竜
「どういうことだ?おい金髪、俺達を売りやがったのか」
バルドルの射すくめるような視線がベアトリーチェの端麗な面に注がれる。
ベアトリーチェはその視線を跳ね返すように、バルドルを正面から見据える。
「それは誤解だ。この場所は誰にも教えていない。そもそも私にそんなことをする暇はなかったはずだ」
「それはそうだな。騎士さんには遠隔通話も使えないだろうし、そもそも転移門をくぐって来てるんだからここがどこかわかるはずもない。しかしどうやってハルシュタット兵がここを嗅ぎつけた?」
クローデルはわずかに首を捻りながら言った。ベアトリーチェは自分が疑われていないことに安堵したが、それでも気を抜いていい状況ではない。
「頭領、まずは状況を確かめよう。いざという時は私が貴方の盾になる」
クローデルの脇に座っていた寡黙な女戦士が初めて口を開いた。彼女は魔術師であるクローデルの護衛を務めているようだ。クローデルは短くうなずくと、
「仕方がないな。俺達は外の様子を見に行ってくるから、バルドルと騎士さんはここに残ってくれ」
と皆に伝えたが、ベアトリーチェとバルドルが不満げに顔を歪めた。
「そういうわけには行かねえよ」
「自分だけ安全なところに隠れている気はない」
二人で同時に抗議する声を聞いたクローデルが苦笑する。バルドルは目を剥いたまま言葉を続ける。
「へえ、そうやって疑われるのを避けようとしてるってわけか。それとも俺達が帝国兵に捕まるのをその目で見ようってハラか」
バルドルが嘲るように言うと、ベアトリーチェは形の良い眉を寄せ、
「あたしがそんなセコいこと考えてるとでも思ってんのか?帝国兵なんぞに大事な生徒を渡せるわけがないだろうが!」
そう怒鳴りつけると拳で勢い良くテーブルを叩いた。盃が撥ね、ワインの雫が溢れる様を見てさすがにバルドルも目を丸くする。
「な、なんだよ急に」
態度を豹変させたベアトリーチェに、クローデルも怪訝な表情を作る。
「いや、これは失礼した。とにかく私もクローデル殿に続こう。もしハルシュタット兵がここを攻めるつもりなら、私が彼等を説得してみよう」
ベアトリーチェは一つ咳払いをすると、再び口調を元に戻した。
無言でうなづいたクローデルが席を立つと、怒羅愚雲のメンバーとベアトリーチェがその後に続く。結局、この部屋に残るものは誰もいなかった。
廊下に出て螺旋階段をしばらく上り、閂のかかっていたドアを開けると、すでに太陽は西へと傾いていた。ベアトリーチェは思わず片腕を瞳の前にかざす。地下室の薄暗さに慣れた目にはまだ陽光は眩しい。
ベアトリーチェは目を細めつつ主塔を出て城壁の縁に立ち、砦の下に集まっている者達に目を留める。大きく張り出した威圧的な肩当てを付けた三十名ほどのハルシュタット兵のほかに、見慣れた者の姿もある。
(あれは……ロダリス!アルバとミレーユもいる)
なぜこの砦がわかったのか、というベアトリーチェの心中を察したのか、眼下のロダリスはこちらを見上げつつ、おもむろに口を開き始めた。
「おや、ベアトリーチェ先生ではありませんか。まだご無事なようで安心しました。すでに乱暴な目にあっているのではないかと、我々一同気を揉んでいたのですよ。しかしここが帝都にほど近い場所で助かりました。すぐに駆けつけなければどうなっていたことやら」
ロダリスは口元に皮肉な笑みを貼り付けたまま、そんな心にもない台詞を投げて寄越した。
「乱暴などとんでもありません。彼等はあくまで紳士的に私をもてなしてくれました。それなのに一体何です?この騒ぎは」
「その砦を不法に占拠している者達がいることは、以前からファルケン市民の不安の種となっていたのですよ。しかも今回、精霊回廊の奥の転移門とこのアラモス砦がつながっていることが明らかになった以上、もはやこれ以上静観することはできないと私は判断しました。そこで帝国兵の皆さんに出動をお願いしたのです」
「転移門がこの砦につながっていたからなんだとおっしゃるんですか?」
「おやおや、騎士たる貴方がその程度のこともおわかりにならないとは。アラモス砦が帝都の冒険者訓練校の迷宮につながっているのは、怒羅愚雲がいつでも帝都に攻め込めるよう準備をしているということでしょう?これは反逆罪に問われても仕方がないのではありませんかねぇ。アルバ君、ミレーユさん、あのようなならず者達に近づいてはいけませんよ」
「くっ……」
ベアトリーチェはきつく唇を噛んだ。ロダリスの隣ではピエールが薄い笑みを浮かべている。おそらくはピエールの家門の力で帝国兵を動かしたのだろう。アルバとミレーユは教頭に楯突くとどうなるかを見せつけるために連れてきたに違いない。
「さしたる証拠もなく、彼等を反逆罪に問うなど許されることではありません。それに、なぜこの砦の場所がわかったのです?ずいぶんと手際が良いようですが」
鋭い問いを向けるベアトリーチェに、ロダリスが甲高い声で答える。
「貴方はご存じないようですが、我が校では教職員の装備には位置特定魔法がかけられているのですよ。職員の身に万が一のことがあってはいけないと導入された措置ですが、今回は見事に役に立ってくれましたねぇ」
こらえきれずにロダリスの口から哄笑がこぼれた。事の真相を知ったベアトリーチェは満面に怒気を漲らせる。
「おのれ、ロダリス……!」
ロダリスは初めからベアトリーチェを使って怒羅愚雲の本拠地を特定し、彼等を捕縛するつもりだったのだ。もちろん捕まえるべき者の中にはバルドルも含まれている。生徒を微塵も信用せず、官憲に売り渡して己の手柄とすることしか頭にないこの教頭に、ベアトリーチェはありとあらゆる悪罵を投げつけてやりたかった。
「おや、私にそのような口を利いてよいのですか?あまり反抗的な態度を見せては、貴方まで怒羅愚雲の一味と見なされかねませんよ。まさか帝国に弓を引くつもりではないでしょうね?」
固く握った拳を小刻みに震わせるベアトリーチェの脇に、すっとクローデルが並んだ。
「騎士さんよ、あいつの言うとおりだ。何もあんたまでが俺達の巻き添えになる必要はない」
静かにたしなめるクローデルを、ベアトリーチェはきつく睨み返す。
「見損なうな。今目の前で行われようとしている不正を見逃すわけにはいかない」
「いつかこういう日が来るだろうとは思ってたさ。暴竜族をシメてたとは言え、しょせん俺達は日陰者なんだよ」
「だからと言って、このまま黙って引き下がるというのか」
「もう止してくれ。帝国兵と戦ったら、本当に俺たちは反逆者になっちまうだろ」
クローデルは山際に触れようとしている太陽を眺めながら、少し寂しそうに笑った。その足元から長く伸びた影の先端に立つバルドルも、どこか諦めたような表情でクローデルの背をみつめている。
「しおらしいのは大変結構。大人しく縛に就くなら、少しは貴方方の心象も良くなるでしょう。さあ、そこの門を開けなさい。言い分なら取調室でゆっくりとうかがいますからね」
ロダリスはそう言うが、ハルシュタット帝国での容疑者の取り調べなど半ば拷問のようなものだ。クローデル達は捕縛されたら早晩ありもしない罪を自白させられることになるだろう。
「ゼニス、門を開けろ」
クローデルが門番に指示を飛ばすと、ゼニスと呼ばれた男はしぶしぶ手元の機械のレバーを回し、ゆっくりと門扉が開け放たれていく。
二匹の獅子が刻印された扉が開ききると、帝国兵を従えたロダリスが砦の中庭へ入ってきた。クローデルとベアトリーチェも城壁から中庭へと降り、怒羅愚雲のメンバーは全員がこの場へと集まった。
十数名ほどの者達がうなだれたままクローデルの後ろに列を作って並ぶ。思っていたよりも怒羅愚雲のメンバーは少ない。彼等はあくまで幹部だけなのか、それとも各自が一騎当千の能力を持っているとでも言うのか。
「さて、これで全員でしょうかね」
ロダリスが怯えの残る目で周囲を見渡す。どこかに伏兵がいないかを確認している様子だ。
「ああ、そうだ。だが一人半端者が混じってる」
クローデルは不敵に微笑むと、後ろのバルドルの方に顎をしゃくった。
「そこのオークは置いてってくれ。そいつは怒羅愚雲じゃないからな」
「どういうことです?」
ロダリスは眉根を寄せ、訝しげにクローデルを見やる。
「こいつは学校が嫌になって俺達のところに駆け込んできたただの甘ったれだ。怒羅愚雲は由緒正しき騎竜愛好家の集団だ。冒険者訓練校に馴染めないガキのお守りをする場所じゃないんでね」
「頭領、一体何を言ってるんです?」
クローデルは声を張り上げるバルドルのそばに歩み寄り、いきなりその頬を張り飛ばした。呆然とその場に立ち尽くすバルドルに、さらにクローデルは罵声を浴びせる。
「お前はこの砦に逃げ込んできたと思ったら、ずっと地下室の片隅で震えてたじゃねえか。臆病者の分際で俺達の仲間ヅラしてるんじゃねえよ。大したこともできねえくせに怒羅愚雲の肩書だけを振り回して粋がりやがって」
今度はバルドルの丸太のように太い足に蹴りを食らわせた。バルドルにはまるで効いているようにみえないが、バルドルは数歩後ずさるとがくりとその場に膝をつく。
「いいか、最近お前みたいな半端者が怒羅愚雲を名乗るもんだから、こっちは迷惑してんだよ。騎竜は乗り手を選ぶんだ。お前のような根性なしに操れるような竜なんぞ、この世のどこにも存在しねえんだよ糞ガキが」
クローデルは容赦のない打擲をバルドルに加え続ける。バルドルの頑丈な身体はびくともしないが、その一撃一撃が逞しいオークの心をえぐっていくようだ。バルドルの目に涙が溢れ、地面に滴り落ちる。
(――嘘だ)
それは茶番だった。先ほどベアトリーチェは、クローデルからバルドルが泥ゴーレムとの戦いに慣れた経緯について聞かされていた。バルドルが臆病者のはずがない。クローデルの不器用な芝居を、ベアトリーチェは固唾を呑んで見守っていた。
「もうそのへんで良いでしょう。それ以上痛めつけては、容疑者が口を利けなくなってしまいますよ」
慌てて口を挟むロダリスに、ベアトリーチェはきっと目を剥いた。
「教頭、貴方はどこまで……!バルドルに罪を着せなければ気が済まないのか!」
「おや、まだ口答えする気なのですか。貴方はせっかくこの砦を探り当てる大手柄を立てたのに、まさかこの期に及んでこの不良生徒をかばう気なのですか?」
ロダリスの口から滑らかに紡ぎ出される嘲弄の響きに耐えきれず、ベアトリーチェの右手は細かく震えながら少しづつ剣の柄へと近づいていった。
しかし、まさにその時――
砦の中庭に巨大な蜥蜴のような形の影が落ち、大きな羽音が周囲の空気を震わせた。
ギィィ……ヤァァァァァァ…………!
次の瞬間、怪鳥のごとき奇怪な咆哮が上空から放たれ、その臓腑を掻きむしるようなおぞましい響きに、ハルシュタット兵は次々と地に倒れ伏した。