ほんとうに痛いのは誰のこころだったろう
息が止まりそうなほど驚く瞬間は意外とあるわけで、つい先刻がまさにそれだった。
ここ最近は仕事が忙しく、帰宅は大体終電。休日は半分が仕事、残りの半分は睡眠で終わる。そんな詰まらない日々もようやく終わり、久方振りに何も考えず深酒をしたと思う。
大きなプロジェクトが終わった打ち上げの席だった。皆、酷使続きの日々の終焉にタガが外れていた。疲れの残った身体は酔いが回りやすく、同じ苦しみを共有したという謎の連帯感が、間違った結束をうみだした。
まあ、その流れ(頻繁に使うけれど、流れって何だろう。それは何かの言い訳に使える言葉なのだろうか?)で同僚とキスをしていた、だなんて笑い話にもなりはしないか。
酔い覚ましに一人で外へ出たのが不味かったのかも知れないが、酔えばいちゃつきたがる輩は男女厭わず一定数はいる。同僚にとって自分が特別な存在だとは思わないし、手の届きやすい場所にいた女だったからだとは分かっていた。
嘘みたいに甘い言葉を、耳元に口付けながら囁く同僚と戯れ、このまま二人で抜け出そうと手を引かれる前に逃げ出した。きっとあの男もそれを望んでいただろう。
問題はその後だ。戯れの感触を少しだけ引き摺りながら歩いていれば、何をにやついてるんだと声をかけられ、死ぬほど驚いた。
「何、してるのよ…」
「さぁねぇ」
「あたし今、友達と飲んでて」
ちっとも顔を見せやしない癖に、こういう時にだけ何故現れる。
「なぁ、知ってるかい、ココロ」
「何」
「恋人以外の男とキスしたら、そいつは浮気って言うんだ。そうして、浮気をされた男は、死んじまいたいほど傷つく」
「…それは誰の事を言ってるの」
「さぁねぇ」
階段に座ったリクは笑いながら、店から頂戴して来たのであろうボトルを煽っている。気まぐれに顔を出すこの男は真摯に値しない。
「けどまぁ、俺はお前の事が好きだから、秘密にしといてやる」
「…」
「コウの事も好きだしな」
「…へぇ」
だからこっちへ来いと口には出さず、腕だけを伸ばすこの男は何を考えているのだろう。この悪い遊びは数年続いているし、だから同じような真似をしているだけなのにだ。
それでも心はコウを求めるし、最終的には彼の元へ戻る。分かっている癖に止める事が出来ない自分が駄目な女だと知っていた。