第5回
ところで顧問の先生は3人いる。
中学部Aの橘先生、Bの石本先生。
そして、高等部の熊田先生だ。
高等部Bには顧問がいない。
同好会みたいなもんだからだ。
中学Bでも3年間やれば、そこそこ打てるようになる。
試合に出ても、まあかっこ悪くない。
テニスは、その気になればずうっと続けられる。
一生の趣味にだってできる。大人になってから始めることを
思えば基礎が身に付くから楽だ。
そんなわけで、楽しい雰囲気だ。Bは。
Aが面白くないというわけではない。
ただ、先生の目指すところはかなり高い。
正直、俺たちのような学校が毎日練習している学校に
そんなに勝てるわけないと思っていた。
ところが、案外そうでもない。
まず、硬式をやっている学校が少ない。
つまり、競争相手が少ないのだ。それに、
団体戦で必要な7名のレベルがなかなかそろわない。
たいてい飛びぬけてうまいやつが一人二人はいるが、後はたいしたことない。
特にダブルスに力入れてる学校は少ない。
うまいやつは、学校外でテニススクールなどに通っている。
だから学校ではあまり練習しないわけだ。
実際、毎年団体戦では市の大会で優勝したりもしている。
そんな話を聞かされ、なんとなくその気になっていた。
女子もいないし、気が散ることもない。
きついけれども、充実していた。
そんな或る日、合宿があと10日に迫った日の朝。
午前中の練習日だったので、俺は朝早い電車に乗っていた。
「古川〜古川〜」降りる駅だ。
と。そのとき、「西山」と声をかけられた。
振り向くと、原口さんだった。
「おはようございます。今日は午後からなんじゃ」
「おお、そうなんだけど熊先に言われてさ。」
熊先とは、熊田先生のことだ。
「はあ。」
「ばか。お前にダブルス教えてやれとさ。
めずらしいぞ。早くからダブルス専門目指すなんてな」
「そうなんですか。でも、俺多分一番下手ですよ。足おそいし。」
「俺もそうだった。まあ、足は遅かったけど、一番下手ってことはなかったけどな。」
高等部の熊先が俺を見てくれていたのか?それともタッチ、失礼、橘先生が?
まあいい。とりあえず、俺はうずもれてはいないわけだ。
原口さんはこわもてだ。無愛想だし。でかいし、目つきこわいよ。
普通にしてても、相手はビビルだろう。
でも、話すと普通の先輩だ。
コートにつくと、まだ誰も来ていなかった。
「西山、サーブ打ってみろよ。」
「はい!」超ラッキーだ。
今日まで、原口さんを目指して、いや、真似してがんばってきた。
今こそ成果をみせるんだ。
張り切ってベースラインに立った。
一球、二球、三球、・・・
「西山、なかなかいい球打つな。」
「そ、そうですか」
「ああ、俺のフォーム真似してくれたのは光栄だよ。
でもな、やっぱりまるっきり俺と同じじゃまずいよ。」
「す、すみません」
「いやいや、真似したことが悪いわけじゃない。お前は俺より、手首がやわらかいみたいだ。
だから、それを活かしたほうがいい。」
「手首?ですか」
「ああ。最後にスナップ効かせるんだ。もっと速い球打てるぞ。」
指摘してくれたのありがたいが、いったいどうすればいいのかわからないよ。
手本見せてくれたらなあ。真似には自信あるんだ。
すると、原口さんがボールを拾い上げ、俺に投げてよこした。
「投げ返せ、西山。」
「?」
「いいから。」
いわれるままに、軽く投げ返した。
「コートの端に行け。」
いわれるままに、走った。
でも、これじゃキャッチボールだ。
キャッチボール!そうか!
「お前、速い球なげるようになったな」
小学生の頃、親父がうれしそうに言っていた。
「最後に手首を開放するんだ。軽くなげてもピュッと行くぞ。」
これだ。思い出した。投げた。
「西山、それそれ。感じわかるよな!」
ラケットとボールが当たるのは一瞬だ。その瞬間手首が硬いままでは
いまいちボールにいきおいが出ない。力が伝わりきらないんだ。
ありがとう、原口さん!
というわけで、俺のサーブは武器になった。
ようやく、少し自信がもてた気がした。これを磨くんだ。
サーブから試合を組み立てるんだ。
その日から、すきをみてはひたすらサーブを打ち込んだ。