第28回
ベンチに戻ると、橘が声をかけた。
「お前・・・、面白いやつだな」
あきれたような表情でそう言った。
「でしょ?でもね、もうネタ切れですよ。
さすがにサーブは打てないですよ。」
「そうか?まあいいじゃないか。全部ダブルフォルトでも。
十分柳沢を追い詰めてるぞ。遊んでやれ」
「そうすね。アンダーハンド打ってやろうかな」
「アンダーハンド?だめだだめだ。」
「そうすね。最後は華々しく散りますか!」
とは言ったものの、さてどうしたものか。
ベースラインに立った西山は、とりあえず
頭の中でイメージしてみた。
鏡の前で何度も素振りをした・・・
あの鏡に映った自分の通り真似すればいいんだ・・・
反対に映った自分を・・・
鏡の向こうの自分は左で打っていた・・・
段々自分の体に脳に描いたイメージが伝わっていくのが
感じられた。
そして、何の違和感がなくなった瞬間。
トスがあがり、体がしなり、左腕がムチのようになった。
最後に左手首が開放された。
柳沢は一歩も動けなかった。
右で打ったサーブと全然変わらない。
その事実に完全に打ち砕かれていた。
その後、続けて3本のサービスエースであっけなく
試合は終わった。
「西山、6−4!」
審判のコールと同時にコートの周囲からどよめきが
起こっていた。
両打ちの西山。
この日から、他校の選手からそう呼ばれるようになったのだ。
準優勝した東光学院は、冬休みに行われる県大会でのシード権を
得た。その大会で3位までに入れれば地方大会に進むことができる。
これは、東光学院にとって初の快挙になる。
橘は心中、快哉をさけんでいた。
そして、このメンバーなら高校でも期待できる。
一度、喝を入れておくか。
より高いレベルを目指すためには気を引き締める必要がある。
しかし・・・
翌日、東光学院中学テニス部の面々は普段の生活にもどっていた。
当然のことながら、全員が天狗になっていた。
中学生である。当たり前だ。ご褒美みたいなもんだ。
「俺たちって、いけてるよなあ」
「おお、見てた女子もみんな俺たちを応援してたよな」
そんなわけはないのだが、思い込みとは可愛いものではある。
試合に出たレギュラー連中は、始業前に廊下で嬉しそうにしていた。
そこへ、西山がやって来た。
「お前ら、何で朝練こないの?」
「へ?西山、今日も朝練したのかあ?」
「ああ、タッチーが放課後コートに集まれって言ってたぞ。」
「なんで」
「さあな。別に怒ってる感じじゃなかったけどな」
「今日くらい、朝練さぼったって、バチあたらないよなあ」
とか何とか言いながら、それぞれのクラスに戻っていったのだが・・・
なんかあるぞ。西山は思っていた。
タッチーは何考えてるのか分からないところがあるが、
今日に限ってははっきりわかった。
気を引き締めさせるためだ。
うまく伝わるといいけどな・・・
そして放課後。
うまく伝わらなかった。