第27回
わざとやったな・・・
その瞬間、西山は痛みが引いていくように感じた。
こいつには負けられない。
絶対に負けられない。
俺は下手だけどテニスが好きだ。
いくら上手くたって、こんなことするやつには
負けられない。
立ち上がった西山は、ベースラインにもどった。
不思議と平静でいられた。
もう柳沢が怖くはなかった。
どんなサーブが来ても返せるような気がしていた。
もうあのサーブは打てないだろう・・・
このゲームをキープしたら俺の勝ちだ。
柳沢はそう考えていた。
かなりのダメージだったはずで、棄権すると思ったがな・・・
来い。返してやる。
柳沢はフラットサーブをはなった。
来た!
体が自然に反応した。
手首をかばうような気は全然起こらなかった。
何も考えず、体の反応するままにスイングした。
しかし・・・
ボールは前に飛ばず、ラケットはコートに転がった。
激痛で頭がしびれた。
こりゃだめだ。
さすがに意地だけでは無理だな。
今日はかんべんしといてやるか。
いつもの西山なら、ここで棄権を申し出ていただろう。
しかし、何を思ったのかラケットを拾い上げ、
ベースラインに戻ったのだ。
右手がだめなら左手があるじゃん。
左手でやってみよう。
西山は右利きだ。普通ならこれは悪い冗談ではある。
ただ、西山には稀有のフォーム模写能力があった。
小学生の頃から、ボールはどちらの手でも同じように
投げられた。打つのも左右同じように打つ事ができた。
遊びで始めた事だが、いつしか無理なくできるようになっていた。
テニスでもできるだろう。
この際、やれる事はなんでもやってやる。
それほど、気持ちが攻撃的になっていた。
柳沢はにわかには気づかなかった。
もう一本決めて、もう次のゲームでブレイクして試合を
終わらせることを考えていた。
フラットをバックに決めれば終わりだ。
来た。
予想通りだ。速いサーブがバック側に来た。
西山の頭には自分のフォームを鏡に映した時のイメージが
できていた。
そのイメージを体に命令していた。
柳沢も含め、見ていた者すべてが驚いた。
ラケットを左手に持ちかえた西山が見事なレシーブをしたのだ。
柳沢は一歩も動けなかった。
まさか左利きだったのか?
そんな・・・ばかな・・・
じゃあ、右手で打っていたあのサーブは何だったんだ?
左ならもっとすごいのが打てるのか?
これは大変な誤解だったのだが、柳沢の心中に嵐が吹き荒れたのは
間違いなかった。
うまくいったぞ。おどろいてやがる。
よし、とにかく行けるとこまで行くぞ。
細かいコントロールは無理だが、何とか打てる。
来い。返してやる。
柳沢はどこにサーブを打ち込んだらいいのか分からなくなっていた。
とりあえずボディを狙うしかない・・・
しかし、これは西山でもわかることだった。
ボディに来ることは予想していた。
そしてまた、左手からスライスで返し、思い切ってネットに出た。
これも柳沢の意表をつく結果となりミスを誘った。
柳沢はパニックに陥っていた。
すでに団体での勝敗がついている上、故障した西山の善戦に
観衆の応援はほとんど西山に向いていた。
柳沢は自分が狙って当てただけに平静ではいられなかった。
続くサーブでは初めてのダブルフォルトを犯した。
ついに両者通じてはじめてのブレイクとなった。
西山の5−4となった。
しかし・・・
とりあえず、レシーブは左でもうまく行った。
柳沢もビックリしたろうからな。
ただ、サーブはさすがに右のようには打てないだろう。
こんなことなら、練習しとくんだった。
などと、西山は少し弱気にはなっていた。
しかし、このまま負けられないという気持ちだけは
沸々と湧き続けていた。