第12回
「おそいな、鈴木は!携帯番号、誰か知らんのか!」
タッチが怒っている。
いよいよ合宿なのだが、鈴木が集合時間に遅れている。
参加するのは中学部の各学年のAチームだけだ。
俺は少し興奮していた。なんせ、一応選抜されてるわけだ。
東光に入ってよかった。そしてテニス部に入って良かったと、心底思っていた。
「すいませ〜ん。」
「こら!今度遅れたら、無条件で補欠にするからな!」
「はい!」
鈴木は直立不動で怒られていた。
そこへ、なんと市村さんと原口さん、それに熊先がやって来た。
タッチが言った。
「お前らのコーチだ。」
タッチの運転で、小型バスがスタートした。
俺は市村さんの隣に座った。みんな、敬遠したからだ。
市村さんは、もの静かな人だった。今も、本を読んでいる。
確かに、とっつき難いよな。
そんなことを考えていたら、突然、市村さんが口を開いた。
「西山、時々電車でいっしょになっていたな」
気が付いていたんだ。
「はあ。」
「なんで、声かけない」
それは、こっちのセリフだろう、と言いかけたが
「す、すいません。お、女の方とごいっしょだったので」
俺は何を言ってるんだ!
しかし、市村さんは笑った。初めて見た。
「あほ。俺の彼女と思ったか?あれが?中1だぞ。
俺の妹の同級生だ。」
おかしい。じゃ、なんで妹がいないんだ?
「なんで、妹がいないのか、と思ったろ」
にやにやしながら市村は続けた。
「妹はな、今入院してるんだ。あの子と同じテニス部なんだけど、けがしちゃってな。」
「おおきなケガですか?」
「いや、ただの骨折。たいしたことない。」
たいしたことない、ということはないだろうけど。
「じゃ、吉川さんとは、別に・・・」
「?何で名前知ってるんだ?俺、言ったか?」
しまった。いや、別にかまわんか。
「いや、坂本と同じ小学校とかで、この前、たまたまいっしょに練習することがあったもんで」
「ああ、そういや、うちの1年で知ってるのがいるって言ってたな。坂本のことか。
まあいいや。桜花女子とは同じ系列だからな。そのうち交流会があるよ。」
「そうなんですか。」
「ああ、俺は妹が来るからいやなんだけどな」
市村さんて、けっこうしゃべるんだ。
それはともかく、ひとつ謎がとけた。謎ってほどのもんでもないか。
でも、正直なところ、少しうれしかった。
合宿は3日間。あっという間かなと思っていたが、とんでもなかった。
けっこうきつい。
最終日に、順位戦するらしいけど、俺、持つかな。
合宿所は毎年同じで、峰山荘という民宿だ。
経営者が東光OBで、格安にしてくれているそうだ。
俺たちの合宿中は貸切だ。
そりゃそうだ。俺たちのようにきたないのがいっしょだと、
大浴場にほかのお客さんは入れないよな。
それをいいことに、合宿所ではほんとにノビノビさせてもらっていた。
2日目の夜、同じ部屋の坂本が言った。
「おい、ビデオ見よう」
「ビデオ?」
「おお。百円で、10分だ。」
「!成人向けってやつか?」
「そうだ。」
「まずいだろう、それ」
「なんで」
「なんでって、先生入ってきたらどうすんだよ。」
「誰か見張ればいい。お前、最初に見張ってくれ」
同部屋の、ほかの3人もうなずいている。
これは、同調するしかない。
「わかった」
とりあえず、入り口に近いところで外の気配を確かめた。
静かだ。これなら、ほかの部屋の扉が開いたらわかる。
「OKだぞ」
「よっしゃ、100円いれるぞ」
しかし・・・
「あれ、うつらないぞ。」
「おかしいな。100円入れたよな」
バンバンとテレビたたくやつもいる。
その音で気が付かなかった。
いきなり、ドアが開いた。
「こら!」
タッチだった。
なんでわかったのか。バレたのか。
「あのな、成人向け放送はな、おまえらみたいなのが泊まる時は
中止してるんだ、ここでは。」
そういうことか。
「それにな、どの部屋で見ようとしたかわかる仕組みになってるんだ。
社会をなめるんじゃないぞ。」
「先生、100円は返ってこないんでしょうか?」坂本がおそるおそる聞いた。
「当然だな。ペナルティーだ。誰が入れたかしらんが、全員で負担することだな。
まあ、好奇心から見たいのもわかるがな、明日は順位戦だぞ。
しっかり寝とけ。消灯!」
大人への入り口は、まだまだ遠いのだ。