第11回
西山はお父さんらしき人とケーキが並んだショーケースを眺めている。
甘いもの好きなんだ。
「さ、席空いてるよ。亜由美」
母はさっさと店の奥にある席に向かった。
どうしよう、声かけようかな・・・
と、その時、西山が気が付いた。
「あれ、吉川さん」
「こんにちわ。久しぶり」
西山が笑った。自分でもなかなかうまい冗談が言えた。
「お土産?」
「ああ、いや、家で食べるだけ。」
「ケーキ好きなんだ。」
「うん。好きだな。まだガキなもんで」
「お父さん?」
「うん。親父。そぅちは?」
「お母さんと来たの。待たせるとうるさいから。またね。」
「ああ」
吉川さんは、そう言って奥の方へ行った。
なんかでき過ぎた偶然だなあ。
「おい、あれ誰?」
親父か。
「今日テニスで、いっしょだった女子」
「ほお。」
なにが、「ほお」だよ。それ以上訊かないのかよ。
まあいい。別になんてことのない、偶然だからな。
しかし、その日から、何となく彼女のことが心から消えなくなった。
帰りの車の中は、相変わらずクラシックだ。
親父は中学生の頃からベートーベンやらモーツァルトやらが好きだったらしい。
わからん。眠くなるだけだ。
でも、今鳴っている曲は聴いたことがある。
「これ、テレビでやってた曲かな」
「そう。『のだめカンタービレ』だ。」
「なんて曲?」
「ベートーベンの交響曲第7番、第一楽章だ。元気でるだろ?」
まあ、はずむようなリズムで、明るい気分になるよな。
悪くない、と思った。
「でもな、全部通して聴くと40分位かかる。」
ありえない。40分もじっと聴いてるなんて想像できない。
やっぱり親父は少し変わってる。
さ、帰ったら宿題だ。
「だれ、さっき話してた男の子」
「今日テニスでいっしょだった男子。坂本君の友達。」
「ほお。」
「なにが、ほお、よ。」
コーヒーカップを片手に母は、薄ら笑いを浮かべていた。誤解してる。
「そんなんじゃないからね!」
「何も言ってないでしょう」
「そうだけど」
「東光なの?」
「そう」
「背が高くて、まあまあじゃない。」
「お母さんも、名前知ってるよ」
「え、なんでよ。誰かの息子さん?」
「K塾に行ってたの。日曜のテストしか受けないくせに
いつも上位にいる男子って、お母さんが先に名前教えてくれたんだよ」
「?・・ああ、いたね。誰だっけ、ええとね、言ったらだめよ。
こういうのはね、自分で思い出さないとボケちゃうのよ」
無視して、ケーキを食べていた。やっぱり、ローズのミルフィーユは美味しい。
「けんと君ね!名字が思いだせない・・・ううん」
「西山君」
「あ、何で言うのよ。そうそう西山けんと君。あの子かあ、へぇ〜。
やっぱり東光入ってたんだね。」
「東光でも成績いいらしいよ。」
「だろうね。亜由美、あんた友達になったの?」
「今日はじめてテニスしただけだから。でもまあ、また坂本君が
平田君とか誘った時には会うかもね」
「ほお」
だから、何が「ほお」よ。
でも何となく、西山けんと(どんな字かわからない)が心に残っていた。
好きとかきらいとかじゃない。と思う。だって、東光行ってて、まあ頭いいってことしか
知らないし。ま、いいか。帰ったら宿題だ。