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第90話 一枚上手

錯和(ちょんぼ)!」

 一向聴(いーしゃんてん)の掛け声に、いづなはひるんだ。

 手のひらの炎を消し、手近なドラム缶の上に飛びのいた。

 その瞬間、背後に気配を感じた。振り返る間もなく、いづなは垂直に跳躍した。金属の押しつぶされる音が、足下で木霊した。いづなはそのまま、天井に這うケーブルの一本をつかみ、ターザンの要領で遠くへと着地した。

 背中越しに見ると、巨大なハンマーを持った一気通貫(いっきつうかん)が、コンクリートの床に大穴を空けて、こちらを睨んでいた。1対1なら、負けるはずがないのに。いづなは軽く舌打ちして、一向聴の動きをさぐった。

「へへん、こっちアル!」

 頭上から声が聞こえた。

 まだ工事の終わっていない鉄骨の上で、一向聴はお尻ぺんぺんをしていた。いづなは犬歯を見せてうなったが、すぐには攻撃しなかった。一向聴の特殊な能力に、彼女も気付き始めていた。どうやら、敵のミスを誘うことができるらしい。炎をはなつ前に、謎の合い言葉を言われると、手が滑ったり、つまずいたりしてしまうのだ。

 ただ、炎それ自体を消すことはできないらしく、相手の能力がどのようなものか、いづなも正確には把握しかねていた。そして、それがかえって不気味だった。

「アルアル娘ッ! 降りて来て、正々堂々と戦えッ!」

「放火魔の狐には、言われたくないアル」

 一向聴はさらに挑発して、あっかんべーをしてくる。

 いづなは爪を立て、それを自分の手のひらに食い込ませた。

 指の隙き間から、青白い炎が、ちらちらと燃え上がった。

 その瞬間、うしろから殺気がした。

「ッ!?」

 いづなは寸でのところで、一気通貫の打撃をかわした。

 砕け散ったコンクリートの破片が、頬を打った。

 いづなは両腕で顔をおおいながら、2歩飛び下がった。3歩目を踏み込んだ途端、背中に強烈な一撃を喰らってしまった。それが一向聴の垂直蹴りだと分かる間もなく、いづなは前方へとよろめいた。

「ワオーン、死ねッ!」

 鉄の塊が、いづなの肉体を襲った。

 いづなはとっさの判断で、両手を広げ、炎をまき散らしながら一回転した。追い打ちをかけようとしていた一向聴は飛びのき、一気通貫も光と熱で手元が狂ったのか、あらぬ方向へハンマーを振り下ろした。強烈な打撃音が、あたりに響き渡った。

「一向聴ッ! ちゃんとフェイントをかけろッ!」

「タイミングが取りづらいネ!」

 サイドから聞こえてくる、敵の声。

 どうやら一向聴も、いづなの動きを完全に読み切れているわけではないようだ。

 いづなは炎の散弾を撃ちながら、通路の奥へと後退した。

 これには一気通貫が激怒した。

「逃げるなッ!」

 逃げているわけではない。いづなは、追跡して来る一気通貫との距離をたもち、そのまま近くの扉へと逃げ込んだ。ガランとしたホールに出る。工事用の機材が投げ出された、倉庫のような場所だった。

 ちょうどいい。いづなは手当り次第に火をつけ、敵を待ち受けた。

「ここか……ワオッ!」

 ホールに飛び込んで来た一気通貫は、炎の勢いに、足止めを喰らった。

「この放火狐めッ! あとで弁償しろよッ!」

「まずいヨ。このままじゃ巻き込まれるアル」

「さっさとあいつを倒すぞッ!」

「倒せとは言われてないアル。もう十分足止めしたネ。そろそろ逃げるヨ」

「スプリンクラーはどこだッ!? 火災報知器はないのかッ!?」

「人の話を聞くアルッ!」

 仲間割れを始めるふたり。

 いづなはチャンスと見て、物陰から飛び出した。

九尾(きゅうび)炎舞(えんぶ)ッ!」

 いづなは両手から、9つの火柱を放った。

 それぞれの炎は、長い尾のようにうねりながら、からみ合って一向聴たちを襲った。

「やばいアル!」

 左右に分かれる一向聴と一気通貫。

 だがその動きに合わせて、炎もまた追跡を始めた。

 一向聴は目を見開き、再度跳躍した。

「追って来るヨ!」

「くそッ! ロックオン式かッ!」

 一向聴の方へ4本、一気通貫の方へ5本、炎は分散し、追撃を続けた。スピードは決して速くないが、徒歩では間に合わない。一向聴たちは、大いにあわてた。

「邪魔だッ!」

 一気通貫は炎に向きなおり、ハンマーを団扇うちわのように振った。

 風にあおられ、炎が後退した。その隙き間をぬって、一気通貫は攻勢に転じた。

「チッ! 脳筋狼がッ!」

 いづなは左手で、糸をたぐるような動きをした。それに合わせて炎が舞い、一気通貫へと襲い掛かった。背後に熱を感じた一気通貫は、さきほどと同じ要領で風を作り、炎を後退させた。

 この狼女、どうやら戦闘に関しては、そこそこ頭が回るらしい。そのことに気付いたいづなは、炎の動きをオートマにもどし、両手の爪を伸ばした。振り下ろされたハンマーを避け、一気通貫の顔面目がけて、鋭い一撃を加えた。

「きゃんッ!」

 一気通貫は、子犬のような悲鳴を上げて、一歩ひいた。

 青白く照らされた頬から、うっすらと一筋の傷口がひらいた。

「ワオーン! 私の美肌がッ!」

「ふん、傷付きたくなくば、さっさとここを去れッ! バカ狼がッ!」

「赦さん……赦さんぞーッ! この女狐めッ!」

 怒り狂った一気通貫は、背後に迫った炎を振り払い、いづなに飛び掛かった。

 接近戦で勝てると思ったのか。いづなは腕を組み、それを解き放つ。火炎放射器のような熱量が、一気通貫の肉体を包み込んだ。

 衣服に引火し、転げ回る狼女。いづなは、二の矢を継ごうとした。

「一気通貫ッ!」

 味方のピンチに気付いたのか、一向聴はすぐさま救援に駆けつけた。追跡して来る炎の隙き間を、曲芸のようにくぐり抜け、壁ぎわの消化器をつかむと、素早く栓を抜き、同僚に消化液を振りかけた。

「させるかッ!」

 いづながもう一度腕を組んだ瞬間、消火栓のホースが、こちらに向けられた。

 白い煙につつまれたいづなは、咳き込みながらその場を離脱した。

「文明の利器を舐めたら駄目ヨ!」

 勝ち誇ったように言いながら、一向聴は煙の中へと消えた。

 位置が把握できない。いづなは適当に散弾を撃ち、視界が晴れるのを待った。

「……いない?」

 いづなは警戒心のこもった瞳で、ホールの四方を見回した──誰もいない。どうやら、戦線離脱されたようだ。あとには、一気通貫の大槌おおづちだけが、床に転がっていた。いづなは九尾の炎を解き、その場に立ち尽くした。

「……逃げられたか」

 いづなは呼吸を整え、周囲の気をさぐった。ホールから遠ざかっているのは、一向聴と一気通貫だろう。追いかけられないこともないが、いづなもまた疲弊し切っていた。これ以上の戦いは無意味と悟り、今度は清美(きよみ)の位置をさぐった。主人の気を求めるいづなの表情は、次第に険しくなった。

「おかしい……清美様の気が、感じられん……」

 そう(ひと)()ちたいづなは、ハッと目を見開いた。

 清美様の身になにか。いづなは延焼の後片付けもせず、ホールをあとにした。


  ○

   。

    .


 スタジアムの片隅で、(わん)は気配を隠していた。

 蘆屋(あしや)の怒りに満ちたオーラが、手に取るように感じられた。

 まだまだ若い。冷静さが不足している。王はそんなことを考えながら、手にした獲物の処遇について、考えを巡らせていた。気絶した安倍(あべ)清明(せいめい)、否、緑川(みどりかわ)清美(きよみ)の利用価値は、決して低くない。

 紅をさしたくちびるを撫でながら、王が思案に耽っていると、ふいに人の気配がした。

 振り返ると、闇の中で猫が一匹、その瞳を光らせていた。

 その猫は、ひとの言葉をしゃべった。

「王様、首尾は?」

 王は持ち上げかけていた扇を下ろした。

「こちらも上々です。ご苦労でした」

 王のねぎらいと同時に、猫は小さな少年へと姿を変えた。

 少年は、眠るように目を閉じた清美を眺め、満足げにほほえんだ。

「ずいぶんと、あっさりだったね」

「高名な陰陽師と言えども、実戦経験がなければ、この程度のもの……そろそろ、消防署に連絡を入れねばなりません」

「さっき僕がしたよ。すぐ来るって」

 十三不塔(しーさんぷーたー)の返事を受けて、王は清美のそばに歩み寄った。

「で、どうするの? 人質ゲットまではいいけど、そのあとは?」

「解放する代償として、スタジアム破壊を中止させる、ではいかがでしょう」

 王の提案に、十三不塔はなんとも言えない表情を作った。

「そんな約束して、守るかな?」

「幹部のだれかを仲介して、誓約させましょう。手近なのは……ラスプーチンですか」

「あ、それ無理」

「なぜです?」

「クレムリンは、ヨーロッパに向かってるよ」

 王は目を細め、足下にいる十三不塔を見下ろした。

「ヨーロッパへ? ……まさか、双性者(ヘテロイド)を取戻す気ですか?」

「そうなんじゃないかな」

 王は思い出す。上海スタジアムで、エミリアがラスプーチンの収穫を横取りしたことを。もっとも、エミリアを仲間はずれにした大統領(プレジデント)のミスな気もするのだが、そこまで双性者(ヘテロイド)にこだわる理由が、王にはいまいち見えてこなかった。

 それとも、見落としているなにかが──王はハッとなった。

「違います……双性者(ヘテロイド)ではありません」

「え?」

「ラスプーチンの目的は、あのロボットです」

「ロボット?」

「覚えていないのですか?」

 十三不塔はあごを引き、しばらく視線を宙にただよわせた。

「……あ、思い出したよ。ラスプーチンのロボットだね」

「それを奪還するため、ドイツへ向かっているのでしょう」

 王は扇を口元に当て、軽く息をついた。

 困った。仲介人がいなければ、誓約はできない。海の向こうの大統領に頼むか、それとも蘆屋の愚直な誠実さを買って、言質だけ引き出しておくか。悩ましい選択であった。

「一向聴たちの戦闘も、終わったようですね。闘気が消えました」

「そうだね……そろそろ離脱しない?」

 確かに。潮時だ。いくら気配を消しているとは言え、シラミ潰しに捜し回られては、そのうち見つかってしまうだろう。広いスタジアムとは言え、工事中の部屋も多く、隠れられる場所は、それほど多くないのだ。

「狐の動きも気になります。離脱しましょう」

 王はそう言って、清美をだきかかえようとした。

 すると十三不塔が割り込み、その仕事を無言で引き受けた。

「大丈夫ですか? 体格差が……」

 子供体型の十三不塔より、清美のほうが一回り大きかった。

「なんとか……ね。蘆屋と鉢合わせしたとき、王様が手ぶらのほうが、いいでしょ」

 それもそうだ。王は部屋を出ようとした。

 ドアノブに手を掛けたところで、突然、扉がひらいた。

 王は瞬時に扇をひらき、攻撃態勢をととのえた。

 ところが、ドア枠から顔をのぞかせた人物に、王は扇を取り落としかけた。

「……十三不塔?」

「王様、ごめん、トイレ行ってた」

 王は間髪を置かずに、後ろをふりかえった。

 豆電球に照らされた部屋の中にも、確かに十三不塔の姿があった。

 あとから来た十三不塔も、自分のそっくりさんに驚きを隠せないようだ。

「僕が……もうひとり……?」

「うーん、タイミングが悪いなあ」

 そう言って、清美をかかえた十三不塔は、その姿を奇妙にゆがめた。

 王の気弾を素早くよけ、部屋の隅へと移動した。

 その姿は、謎の金属生命体に取って代わっていた。

 本物の十三不塔は、

「げッ! 夢の国(ドリームランド)の使者ッ!」

 と、驚愕の声を漏らす。

 予想の斜め上をゆく正体に、王は攻撃をとまどった。

「あなたが……夢の国の使者ですか?」

「いかにも。さっきはそこの少年が、私の肖像権を侵害してくれたようだね。まあ、私もそんなことで、イチイチ騒ぎ立てたりはしないよ。有名税さ。安心してくれたまえ」

 場違いな挨拶に、王は顔をしかめた。

 これが本当に、ルシフェル様の恐れる、夢の国の使者なのか。王は疑問に思った。

「なるほど……十三不塔が東京の蘆屋邸で目撃したというのは、あなたでしたか。この北京で、なにをなさっているのです? まさか、その少女を……」

「そのまさか、だよ。彼女は、私が選んだ魔法少女のひとりでね……もっとも、高名な陰陽師のようだし、魔法のステッキは蛇足だったかもしれないが、とにかく、仲間というわけなんだ。だから、救出させてもらうよ」

「そうでしたか……十三不塔」

 突然声を掛けられた十三不塔は、主人を見上げた。

「な、なに?」

「少し、席を外してください」

「い、今から?」

「このかたと、大事な話があります」

 それだけで、言わんとするところは通じたようだ。

 十三不塔は不満そうにうなずき、部屋をあとにした。

 扉がそっと閉まり、王と夢の国の使者、そして気絶した清美だけが残された。

「副官を退室させたのか……どうやら、私に話があるようだね」

「夢の国の使者は、地球でなにをなさっているのですか?」

「おや? 知らないのかい?」

 王はその冷たい瞳を崩さず、首を縦にふった。

「存じません」

「そうか……ルシフェルくんは、幹部クラスにも秘密にしてるんだね」

 秘密。その通りだ。ひとり例外がいるとすれば、アメリカの大統領。彼だけは、なにか一段と奥の情報をつかんでいるらしい。それが悪の組織のあいだで流れる、風の噂であった。

「きみたちは、素性も知らされていない相手と、戦わされているわけだ」

「それがルシフェル様との契約ですので」

「契約ね……率直に言うと、きみには教えられないかな」

 目鼻のない夢の国の使者だが、その声音には、どこか嘲笑するところがあった。

「世界中の悪の組織を相手にして、勝てるとお思いで?」

「さあ、どうだろう」

 とぼけたのか、それとも本音を漏らしたのか。王には判断がつきかねた。

 少なくとも、楽勝ではないのだろう。でなければ、魔法少女をやとったり、裏でこそこそと動き回る必要はないからだ。

「わたくしをこの場で襲わないということは、それほどでもないのでしょう?」

 王は、カマをかけてみた。

 すると夢の国の使者は、あっさりとうなずき返した。

「ご明察、ってところかな。夢の国は、まだ復活してないからね」

「復活……? それはどういう?」

「おっと口が滑った。今のは忘れてくれ」

 情報操作か。王は、慎重に判断した。

「ところで、きみのほうこそ、私を襲おうとはしないね? なぜだい?」

「相手の実力も分からぬまま挑むほど、わたくしは自惚れておりません。夢の国の使者ともなれば、なおさらです。ただ……その少女だけは、返していただきます」

「交渉で返してもらう気かい? それとも、実力行使?」

「できれば交渉で……といきたいところですが、決裂の場合は……」

「それならもう、決裂してるよ。返す気はないからね」

 沈黙。

 王は扇を持ち上げ、手に気を込めた。

「ふむ……実力の分からない相手とは、戦わないんじゃないのかい?」

「その実力とやら、見せていただきましょう」

 扇を閉じ、練っていた気を四散させた。

 あたりに閃光が走った瞬間、王は猛然と襲いかかった。

 夢の国の使者は、清美をかかえたまま飛び上がり、別の隅へと移動した。

 コンクリートの壁が、扇の一撃で崩落していた。

 ニッキーは、ほほぉ、と感心したような声をもらした。

「なるほど……言うだけのことはある。コピーせずに、これだけのパワーとは」

「わたくしの能力を、ご存知なのですか?」

「敵を知り、己を知ればなんたら、って奴でね。情報収集は欠かさないよ」

 触れた相手の力を、8割のレベルでコピーする。それが、王の能力であった。世界中の悪の幹部から一目置かれているのも、この半ば反則気味な力のおかげだった。大陸における、秘中の秘。四風仙(スーフーセン)などとは、比べ物にならない力だった。

 王は扇を広げ、再度攻撃態勢に入った。

「あなたも逃げ回ってばかりいないで、少しは能力を見せていただけませんか?」

 王の挑発にもかかわらず、夢の国の使者は動かなかった。

 それとも、動けないのだろうか。しかし、あの瞬撃をかわした以上、相当な基礎体力の持ち主に違いない。常人ならば、四肢裂傷しているところだ。王はそう考え、間合いを計った。

「三十六計だったかな、きみの国にある兵法は?」

「話を逸らしますか……では、こちらから……」

「いや、逸らしてるわけじゃないさ……さらばだ」

 王が踏み込んだ瞬間、部屋に強烈な光が降りそそいだ。

 敵の攻撃か。王は体重の移動を止め、逆方向へと飛翔した。

 ほんの数秒で、あたりに闇がもどった。

「……消えた?」

 夢の国の使者は、その姿をくらましていた。

 彼の腕に抱きかかえられていた陰陽師と一緒に。

 テレポートか。厄介な。

 あるいは、宇宙船に回収されたのかもしれない。王は視線を上げた。

「王様? 大丈夫?」

 扉をノックする音。王は叩くに任せ、しばらくのあいだ、天井を見上げていた。

 すると、たまりかねたのか、許可も得ずに、十三不塔は扉を開けた。主人が安全であることに彼は胸をなでおろした。

「びっくりした……まさか、夢の国の使者が、本当に現れるなんてね」

「陰陽師は、連れ去られてしまいました」

「……そっか」

 別段、とがめるでもなく、仕方がないと言った表情で、十三不塔はそうつぶやいた。

 ふたりが黙っていると、遠くから、うめき声のようなものが聞こえてきた。

「あれ……だれか来るよ……」

「この気配は……一向聴ですね」

 王がそう言った途端、扉の向こう側に、一向聴の姿が現れた。背中には、傷だらけの一気通貫を背負っている。火傷の痕が見えた。

 十三不塔が駆け寄り、一向聴に肩を貸す。

「だ、大丈夫?」

「狐は……もう追って……来ない……アル……」

 ぜえぜえと息を切らしながら、一向聴はそう報告した。

 あまり益のある情報ではない。そう思いつつも、王はふたりをねぎらった。

「ご苦労様でした。ところで、消火作業のほうは?」

「む、無理ヨ……スプリンクラーが……機能してないネ……」

 そのとき、王はハッとなった。

 十三不塔に向きなおり、確認を入れた。

「十三不塔、消防署へは連絡しましたか?」

「え……? そんな指示、受けてないけど……」

 しまった。あの時点で替え玉だったのだ。

 王は扇を仕舞い、一向聴たちに視線を移した。

「一向聴、火災の場所は?」

「A3あたり……アル……燃え広がってるから……多分、もっと……」

 十三不塔は吃驚した。

「え、A4には、発破用の火薬があるんだよッ!」

 東の方角で、すさまじい爆音がとどろいた。

 スタジアム全体が振動する。

 壁にひびが入り、ぱらぱらと天井が崩れ始めた。

「脱出ですッ! 十三不塔は一向聴をッ! 一気通貫は、わたくしが担ぎますッ!」

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