第80話 幹部会
暴れるゲンキをひきずって、一気通貫は狭い通路を進んだ。
スタジアムの裏口をくぐり、くすんだ緑色のランプのなかで、ゲンキのさけび声だけが木霊した。
「はなせッ! この狼野郎ッ!」
「さっきからうるさいぞ」
「黙って欲しけりゃはなせッ!」
ゲンキの後ろでは、背中に剣を突きつけられたジャンが、不機嫌そうに歩いていた。最後尾を務めるのはマーシャルだった。ジャンヌはゲンキたちを戦利品のように従え、先頭を軽やかにスキップしていた。
マーシャルはジャンが逃げないように気をくばりつつ、
「このまままっすぐで、お願い致します」
とジャンヌに頼んだ。
しばらくして、風の音が聞こえてきた。
ジャンヌはピクニックにでも来たかのように、
「さーて、みなさんおそろいかな?」
とつぶやいた。
一方、出口からただよう邪悪な空気に、ゲンキは生唾を飲み込んだ。
一気通貫の腕を掴み、彼女を引き止めた。
「自分で歩くから、引きずるのはやめろ」
「ふん、最初からそうしろ」
ゲンキはようやく解放された。ひざを伸ばし、えりをただした。
ほんとうに不穏だ。風が瘴気を運んでいた。
「この先に、悪の幹部が集まってんのか?」
一気通貫はなにも答えなかった。代わりに、マーシャルからおどしがかかった。
「アカバネ殿、ひとつだけ忠告させていただきます。幹部の前では、その口をつつしむこと。さもないと、生きてスタジアムから出られません」
ゲンキは身震いした。いや、武者震いだ。自分にそう言い聞かせた。
ジャンヌが先頭をきり、ゲンキたちはスタジアムの中央へと出た。
「Bon soir!! みなさん、おそろい?」
スタジアムは闇につつまれていた。灯りはなかった。
朽ちたベンチのそばに、空き缶が転がっていた。その新しさからして、不法侵入した若者が捨てて行ったのだろう。その空き缶が転がる音を聞きながら、ゲンキは目を凝らした。
そして、息を呑んだ。
背の低い、まだ10代前半と思しき容姿の少女が、闇から浮かびあがった。
「遅かったわね、ジャンヌ」
ちらりと犬歯が見えたような気がする。しばらく考えを巡らせたゲンキは、ふり向いてマーシャルに話しかけた。
「あのガキが主人なのか?」
ゲンキの問いかけに、マーシャルはとがめるような視線をかえした。
「この御方こそ、東欧を統べる吸血姫、エミリア・フォン・ローゼンクロイツ様です。次に無礼のあった場合は、その首を刎ねさせていただきますので、ご注意を……」
ゲンキはくちびるをむすび、ふたたび視線を転じた。
エミリアと呼ばれた少女のそばには、すらりとした細身の女が立っていた。歳は、30そこそこと言ったところか。無論、吸血鬼なのだから、実年齢など分からなかった。
エミリアは眉をひそめて、
「ジャンヌ、うしろにいるのは?」
とたずねた。のぞきこむように首を伸ばした。
目があった瞬間、ゲンキの背筋に悪寒が走る。テーブルの皿に乗ったをチキンでも見るかのようなまなざしだ。
「ああ、これは手土産。そこの通りに転がってたから、拾ってきたわ」
「ふーん、ジャンヌにしては気が利くじゃない。じゃ、早速……」
エミリアはそう言うと、ぺろりと舌舐めずりをした。
ゲンキが口をひらく前に、ジャンヌは少女をおしとどめた。
「こいつらは双性者よ。あんたの食べ物じゃないの」
食事を邪魔されたエミリアは、ジャンヌをにらみ返した。
「双性者? こいつらが? ……嘘でしょ」
嘘じゃな──喉まで出かかった台詞を、ゲンキは飲み込んだ。
ジャンヌは、
「ほんとよ、ヒーローに変身してたもの」
と説明した。しかし、エミリアは半信半疑でゲンキたちを眺めた。
「……あんまり強そうじゃないわね」
「そりゃあんたに比べたら、ね。で、他の幹部は?」
ジャンヌの質問に、エミリアは肩をすくめた。
「さあ……金魚の糞みたいなのは、いっぱいいるけど」
エミリアはそう言って、闇の向こうがわを指し示した。
ジャンヌはひたいに手をあてて、大げさなポーズをとった。
だんだん闇に慣れてきたゲンキの目にも、ぼんやりと影が浮かんできた。
「……カオルッ!」
ゲンキは思わずそう叫んだ。
腕組みをしていたカオルは、同じくらい驚いた顔で、ゲンキを見つめ返した。
「ゲンキ、どうしてここに……?」
おまえたちを助けに来たんだよ。そう言いかけて、ゲンキは言葉を変えた。
「ちょ、ちょいと捕まっちまってな……」
ゲンキの言葉を真に受けたのか、カオルは首を左右にふり、ため息をついた。
同時にゲンキは、カオルのとなりに、見慣れた女の姿を認めた。
「ロボット野郎じゃねえかッ!」
ロボットと呼ばれた女は、視線をゆっくりとゲンキに移した。
間違いない。ロシアの民族衣装に身をつつんだ、場違いな少女。名前は──
「アナスタシア……だっけか?」
「はい……赤羽ゲンキさんですね。データベースに登録されています」
アナスタシアは重々しい足取りで、カオルのそばを離れた。
「ようやくお会いできましたね。約束を果たしてもらいましょう」
約束? ゲンキは首をかしげた。
なんのことだ。そう尋ねかけたところで、数日前の出来事が、脳内に再生された。
「や、約束って……まさか……」
「新型ヒーロースーツが完成したようなので、私と再戦してもらいます」
ゲンキは両腕を上げ、やみくもに手をふった。
あんなのは、逃げ出すための方便に過ぎない。自分でも忘れていたくらいなのだ。
「あ、あれはな……その……」
「ここは戦うにはもってこいです。早速、始めましょう」
あせるゲンキの前に、サッと影が飛び出した。
ふわりとしたしっぽが、ゲンキの腹をなでた。
「私の獲物だぞッ!」
一気通貫の割り込みに、ゲンキは深く感謝した。
アナスタシアはファイティングポーズを取った。
「邪魔する者には、容赦しません。そこをどいてください」
「泥棒はダメなんだぞッ!」
「泥棒ではありません。私は、その少年との約束を果たしに……」
そのときだった。
威厳に満ちた男の低音が、スタジアムに重々しく響き渡った。
「茶番は、それくらいにしてもらおうか」
全員の視線が、声の方向へと流れる。サングラスをかけた壮年の黒人男性が、月明かりに照らされた。スキンヘッドで、襟からのぞく首は逞しく、四肢も太かった。男は恰幅のよい肩を揺らしながら、場の中央へと進んだ。
ジャンヌは手をふってあいさつする。
「あーら、ミスター・プレジデント、Bon soir」
「ジャンヌ、今夜は遊びに来たのではない……場をわきまえろ」
突然の説教に、ジャンヌはくちびるを尖らせた。
ハンドバッグをくるくると回し、ハイヒールの爪先で地面をこづいだ。
「わかってるわよ……で、全員そろってるの? そろってないの?」
「ラスプーチンとワン、それにアシヤがまだだ」
「近い奴ほど来るのが遅いって言うけど、ほんとみたいね……メアリーは?」
「わらわなら、ここにおるぞえ」
タイヤのきしむ音。
プレジデントのうしろから、車椅子が一台、姿を現した。
両手で車輪を回す女の出で立ちに、ゲンキはギョッとする……全身に包帯を巻いているではないか。まるでミイラ女だ。
なにかの病気なのだろうか。あちこちに、血がにじんでいた。メアリーと呼ばれた女は、猫背をさらに曲げ、ゲンキたちの顔を遠目にのぞき込んできた。
包帯の隙き間から見える瞳を、ゲンキはなぜか美しいと思った。
「ほお……そなたらが双性者なのじゃな……」
老婆のようなしわがれた声が、ゲンキの胸元を寒々しく吹き抜けた。
一方、ジャンヌは友だちにでも会ったかのような調子で、
「メアリーったら、ひとりで来たの?」
とたずねた。
「プレジデントの飛行機に乗せてもらったのじゃ……サリカも来ておる」
「サリカちゃん、来てるんだ。どこ?」
「ちとクレムリンに寄っておっての……そろそろ……」
遠くで、小さなプロペラの音が聞こえた。
メアリーとジャンヌは会話をやめ、空を見上げる。ゲンキもそれに釣られた。
……赤い鎚と鎌の紋章を背負ったヘリが、こちらに近付いてきた。
「どうやら、来たようじゃな……」
メアリーの台詞を最後に、誰もがヘリの着陸を見守った。
風が舞い、荒れ果てた芝生が波打つ。プロペラが完全停止する前に、後部座席の扉がひらいた。大柄な僧衣の男が降り立ち、操縦席からは、メイド服の女が姿をあらわした。
ミスター・プレジデントと呼ばれたサングラスの男は、僧衣の男へ歩み寄った。
「遅かったな、ラスプーチン」
ラスプーチンはその体躯を伸ばし、にやりと笑った。
「ふん、いきなり呼びつけおってからに……ありがたく思え」
「ルシフェル様のご命令だ。例の契約を、忘れたわけではあるまい?」
契約という言葉に、ラスプーチンの顔が引き締まった。
あご髭をなでながら、スタジアムの内部へ鋭い視線を投げかけた。
「わしが最後か?」
「いや、ワンたちがまだ……」
「遅れて申し訳ございません」
男とも女ともつかない声が聞こえた。ゲンキたちは反対側のゲートを見やった。
3人……4人……なんと6人もの男女が、ぞろぞろとスタジアムになだれこんだ。
そのうちのふたりに、ゲンキは喫驚した。
「ともえ! 清美!」
ゲンキの大声に、遠距離のふたりも顔をあげた。
目を見開き、こちらを凝視した。
「ゲンキではないかッ!」
真っ先に返事をしたのは、ともえだった。
そしてそのともえの声に、ジャンヌの顔がほころんだ。
「ともえちゃ〜ん! おひさしぶり〜ッ!」
ゲンキは冗談かと思った。だが、ともえの狼狽ぶりに、ゲンキは違和感をおぼえた。
本当に面識があるのだろうか。どこで。なぜ。混乱するゲンキに向かって、ともえたちは歩を進めた。
そして、スタジアムの大時計は、きっかり8時となった。
プレジデントが最初に口をひらいた。
「役者はそろったようだな。2ヶ月前、私が召集したときに集まっていれば、こんなことにはならなかったのだ……では、幹部会を始めるぞ」
すると、中華服を着た男が、一歩前に出た。
「一応、ここは私のテリトリーですので、ホスト役は私が……」
「……わかった」
プレジデントは一歩しりぞいた。
ワンと呼ばれた男は咳払いをし、あらためて開会宣言をおこなった。
「これより、幹部会を開催致します。議題は、夢の国の使者に対する処置、ということで、よろしかったでしょうか?」
プレジデントは腕組みをして、首をたてにふった。
「その通りだ。古の契約に従い、我々で対処せねばならん」
ワンは軽くうなずきかえした。
「さて、その夢の国の使者ですが……そこの双性者たちと接触したようですね」
ワンはそう言って、ゲンキたちを指差した。
エミリアは「へぇ」とつぶやいて、おそろしい提案をしてきた。
「そいつらを締めあげて、聞き出せばいいんじゃない?」
ワンも首肯する。
「そうですね……それが一番手っ取り早いでしょう」
ワンがあごで合図すると、一気通貫が指を鳴らし、前に進み出た。
拷問か。ゲンキたちのあいだに、緊張が走った。
ところが、ここで包帯女のメアリーが口をはさんだ。
「拷問など不要じゃ……サリカ」
名前を呼ばれたのは、ヘリのそばに待機していたメイドだった。
サリカはスカートの前に手をそえ、メアリーに向けて軽く一礼した。
「なにか御用でしょうか、メアリー様」
「そやつらが夢の国について知っていることを、聞き出せ」
「かしこまりました」
サリカは深々と会釈し、ゲンキたちに向きなおる。しずしずと歩を進めた。息が吹きかかるほどに近寄られ、ゲンキは思わず顔を逸らそうとした。
その瞬間、サリカの細い指が、ゲンキの喉仏をおそった。
「!?」
なにかされた。ゲンキは、あわてて首筋に手をやった。
「……血ッ!?」
手のひらを見ると、真っ赤な液体が付着していた。
頸動脈でも切られたのか。しかし、痛みは感じなかった。
サリカは少年のそばに立ったまま、慎ましくくちびるを動かした。
「ご安心ください。それはマニュキアです」
「ま、マニュキア……?」
「これから、わたくしの質問に答えていただきます……ひとつだけ、ご忠告を。もし嘘をつかれた場合は、そのマニキュアにそって首が落ちます。命が惜しければ、真実をお答えくださいませ」
冗談だろ。そう言いかけたゲンキに、サリカは恭しくほほえみかけた。
「信用なさらないならば、ご自由にどうぞ。まだ尋問相手は4人おりますので」
サリカはちらりと、ジャンを見やる。ジャンはギョッとして、体を強ばらせた。
さらに、ゲンキのうしろにいたマーシャルも忠告をくわえた。
「アカバネ殿、彼女の言葉に、偽りはありません。真実の美爪術こそ、死刑執行人の異名を持つ、サリカ殿の能力なのですから……正直にお答えを」
「わ……分かった……」
サリカは第1の問いを放った。
「では質問です……夢の国の使者と、面識がおありですか?」
ニッキー、すまん。ゲンキは首をたてにふった。
サリカは、満足げにほほえんだ。
「けっこうです。その夢の国について、どの程度のことをお知りで?」
「悪の組織と戦う魔法少女をさがしてる……って聞いた」
伝聞調のもの言いに、サリカの顔がくもった。
もっと喋ることがあるだろう。そう言いたげだ。
「ほかには?」
「だ、ダークソウルがどうこうとか……よく覚えてねえ……」
「その正体を、ご存知ですか?」
ゲンキは首を左右にふった。
「ほかには?」
「……全然」
サリカの視線が、ゲンキの首筋に落ちる──なにも起こらなかった。
サリカは一歩しりぞき、主の方へと向きなおった。
「この少年、なにも聞かされていないように見受けられます」
車椅子のうえで、メアリーは首をかしげた。
「妙じゃのぉ……しかし、サリカがそう言うのなら、間違いあるまいて」
「お役に立てず、申し訳ございません」
サリカは一礼し、メアリーの背後へとまわった。
失望の空気が流れる。エミリアはいらだたしそうに、
「こいつら、ただの小道具なんじゃない?」
と吐き捨てた。
ラスプーチンもののしり声をあげた。
「ふん、こんなことだろうと思っておったわ。無駄足だったな。ワン、どうする?」
司会のワンは、困ったように一同を見渡した。
「はて……これでは情報がなさ過ぎます」
悪の幹部たちは、めいめい考えにふけった。まず、プレジデントが口をひらいた。
「仕方がない。日をあらためよう。我々の組織も、全力で情報を集めている。各人、全ての抗争を中止し、夢の国対策で一致団結しようではないか」
これにはまっさきにジャンヌが賛成した。
「ま、契約条項によれば、そうなるわよね。ところで……」
ジャンヌは双性者の5人を、順繰りに一瞥した。
「こいつらは、どうするの?」
ジャンヌの問いかけに、エミリアがふたたび舌舐めずりをした。
「生き残られても面倒だし、この場で八つ裂きにしちゃいましょ」
「ちょ! まッ!」
ゲンキが助命を乞おうとするや否や、プレジデントが割って入った。
「待て。こいつらは大事な証人だ。夢の国が奪還に来るかもしれない。そのための餌にした方がいい」
寄せ餌あつかいは腹立たしいが、殺されるよりはマシだ。
ゲンキはそう思った。
「わらわもそれでよいが、しかし、どうやって監視するのじゃ?」
プレジデントはひとつ息をもらし、こう提案した。
「幹部が1体ずつ引き受け、ばらばらに管理するのはどうだ?」
個別管理。それが意味するところを、ゲンキたちは悟った。
「わ、わいら、またばらばらっちゅーことか?」
「はい、はーい! だったら私は、ともえちゃんをもらいまーすッ!」
ジャンヌがいの一番に手をあげた。ともえを抱き寄せ、頬に接吻した。
唐突なスキンシップに、ともえは真っ赤になって抵抗した。
「じゃ、ジャンヌ殿! なにをなさるのだッ!?」
「うーん、照れちゃってカワイイ」
「どういう経緯が知らぬが、知り合いのようじゃな……まあよい……」
メアリーはサリカに車椅子を押させる。まぢかで品物を吟味し始めた。
「わらわは……そこの黄色いやつをもらおうかえ」
包帯を巻いた腕が、ジャンに伸ばされた。
ジャンはあごを落とし、自分をゆびさした。
「わ、わ、わ、わいかッ!?」
「そうじゃ……それにしても、おぬし、日本人には見えぬな……」
「わ、わいは一応、イギリス人……のはずやッ!」
テンパったジャンの自己紹介に、メアリーは笑みをこぼした。
「おお、そうか、ならば都合がよい。わらわは、生粋のイングランド人ぞ」
メアリーはプレジデントに顔をむけた。
「わらわがもろうても、よいな?」
「イギリス人同士、仲良くするんだな」
次に身をのりだしたのは、ラスプーチンだった。
「わしは、このメガネをもらう。もともと、わしの捕虜だったからな」
ラスプーチンは野太い声でそう言い放ち、カオルの腕をつかんだ。
力を入れ過ぎたのか、カオルの顔がゆがんだ。
そこへ、アナスタシアがわりこんだ。
「お待ちください。その少年は、私と戦う義務があります」
裏切りのロボットに声を掛けられたラスプーチンは、怒りに顔をしかめた。
「貴様、まだ逆らう気か?」
「繰り返します。その少年は、私と戦う義務があります。こちらへ引き渡してください」
ラスプーチンはアナスタシアの要求を無視した。
「……交渉不可。実力行使に移ります」
アナスタシアの四肢から蒸気が吹き出し、右腕がラスプーチンの顔面にくり出された。
その瞬間、まるで突風が吹いたかのように、彼女の体が吹き飛んだ。そのまま数十メートル先の壁に激突し、円形のクレーターがうがたれた。
絶句するゲンキ。すずしげな顔で、プレジデントが鼻息をもらした。
「ラスプーチン、おもちゃはよく考えて作るんだな」
「ふん……助けろとは言っていないぞ」
ラスプーチンの抗議を無視して、プレジデントはゲンキと清美に視線を走らせた。
「さて、残りはふたりか……」
ここでワンが口をはさんだ。
「お待ちを」
ワンは、どこからともなく扇を取り出し、清美へと向けた。
プレジデントは左の眉毛をもちあげた。
「なんだ、その少女が欲しいのか?」
「いえ……そちらの少女と蘆屋様はよろしくやっておりますので、そのままに」
これには、蘆屋と呼ばれた美少年があわてた。
「わ、王殿ッ!? この場でそういうことはおっしゃらないでくださいッ!」
美少年のすっとんきょうな声に、笑い声が起こる。
ジャンヌは指笛でからかった。
一方、エミリアとラスプーチンは、くだらない茶番を見るような目つきだった。
そして最後の戦利品の分配──ゲンキの番が来た。
プレジデントの巨大な手が、少年の肩に下ろされた。
「私は、この少年をもらおう」
ラガーマンのような肉体が、ゲンキの前にそびえ立つ。
「では、各自、双性者の管理を……」
「ちょ、ちょっと待ってッ!」
甲高い少女の声。一同が、エミリアのほうへふりむいた。
「あ、あたしの分はッ!?」
エミリアの問いに、幹部たちは顔を見合わせた。
ジャンヌはおどけた表情で、
「早い者勝ちだから、ね?」
と答えた。メアリーも包帯のしたから皮肉をもらした。
「おぬしは、八つ裂きにしろと申したではないか。いらぬのじゃろう?」
「そ、それとこれとは、話が別でしょうッ! だいたい、東京に救援を出したのは、このあたしなのよッ! ワンに協力したのも、あたしッ! こっちには被害が出てるのッ! なのに分け前ゼロって、おかしいでしょッ!」
もっともな言い分。だが、それに耳をかたむける者はいなかった。
プレジデントは無表情に判断をくだした。
「ヨーロッパ大陸にふたりの双性者は不要だ……歩け」
プレジデントはそう言って、ゲンキの背中をたたいた。
ゲンキはエミリアを見やる。
エミリアは歯を食いしばり、地団駄を踏むと、そのまま女従者の背後に隠れた。
すねたのだろうか? ゲンキは、その行動を不審に思った。
「プレジデント、帰りも、乗せてくれぬかの?」
「5人までなら大丈夫だ。サリカと自称イギリス人のガキも、まとめて乗せろ」
冷淡な態度で、帰り支度を始める面々。
ワンは、形式的に解散のあいさつをした。
「では、これにて上海会議を……」
その瞬間、ジャンヌの怒声がとんだ。
「エミリア! あんたなんやってんのッ!?」
全員の目が、ふたたびエミリアへと注がれる。
ゲンキの立ち位置からは、女従者に隠れていて姿が見えなかった。
ほかの幹部が動き出すまえに、エミリアの喚声がひびきわたった。
「みーつけたッ! Schicksalsfeststellung!!」
エミリアは従者の背中から飛び出し、高らかに勝利宣言をかました。
「このスタジアムは、1分後に崩壊しまーすッ! マーシャル! シェンカ!」
「「御意にッ!」」
ゲンキの横からマーシャルが飛び出し、アナスタシアへと駆け寄った。
裏切りだ。ゲンキが理解する間もなく、エミリアはラスプーチンの首に噛みついた。
ラスプーチンは悲鳴をあげ、カオルを手ばなした。
「シェンカ! こいつを転送ッ!」
「ハッ!」
シェンカは腕を交叉させ、闇をつむいだ。
糸のように引きのばされたそれは、カオルの全身をおおってその場から消した。
「マーシャル! そのロボットを回収しなさいッ!」
「ハッ!」
吸血鬼たちの連携プレイに対して、プレジデントがようやくうごいた。
「メアリー! エミリアの能力を解除しろッ!」
プレジデントの命令に、車椅子の女はうろたえた。
「す、すまぬ……見ておらなんだ……」
「くッ!」
プレジデントは全身の筋肉を怒らせ、異様なオーラをはなった。
「サイコキ……」
「よさぬかッ! わらわたちも巻き込まれるぞえッ!」
メアリーの制止に、プレジデントはなにごとか呪詛を口走った。
そのあいだに、アナスタシアを抱きかかえたマーシャルが、エミリアと合流した。
「シェンカ! ずらかるわよッ!」
ワンと蘆屋の指先からエミリアに向けて、まばゆい光が撃たれた。
しかし、あと数センチのところでエミリアたちは闇に呑まれ、姿を消した。
静まり返るスタジアム。それから、地鳴りの音。
「な、なんや?」
ジャンの声に、プレジデントはハッとなった。
「乗れッ! 崩壊するぞッ!」
「え? な?」
ゲンキたちの体が宙に浮いた。
持ち上げられたのかと思いきや、文字通り空中に浮いていた。
そのまま、スタジアムの端に止められていた戦闘機に吸いこまれた。
ラスプーチンがあわてて戦闘機に駆け寄った。
「ま、待てッ! わしもつれて行かんか!」
「定員オーバーだ。おまえは崩落程度では死なんだろう。See you again」
ラスプーチンの罵声をさえぎって、コックピットのガラスが降りた。
戦闘機はエンジンすらかけずに浮き上がり、スタジアムを後にした。
【第5章 上海三鼎編 完】
中国に残った緑川を追う
→【第6章 北京離騒編】へ
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ジャンヌに選ばれた黒金を追う
→【第7章 パリ繚乱編】
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メアリーに選ばれた黄山を追う
→【第8章 ロンドン忘却編】へ
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エミリアにさらわれた青海を追う
→【第9章 ベルリン覚醒編】へ
https://ncode.syosetu.com/n6025bn/130/
Mr.プレジデントに選ばれた赤羽を追う
→【第10章 ニューヨーク摩天編】へ
https://ncode.syosetu.com/n6025bn/146/




