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第80話 幹部会

 暴れるゲンキをひきずって、一気通貫は狭い通路を進んだ。

 スタジアムの裏口をくぐり、くすんだ緑色のランプのなかで、ゲンキのさけび声だけが木霊した。

「はなせッ! この狼野郎ッ!」

「さっきからうるさいぞ」

「黙って欲しけりゃはなせッ!」

 ゲンキの後ろでは、背中に剣を突きつけられたジャンが、不機嫌そうに歩いていた。最後尾を務めるのはマーシャルだった。ジャンヌはゲンキたちを戦利品のように従え、先頭を軽やかにスキップしていた。

 マーシャルはジャンが逃げないように気をくばりつつ、

「このまままっすぐで、お願い致します」

 とジャンヌに頼んだ。

 しばらくして、風の音が聞こえてきた。

 ジャンヌはピクニックにでも来たかのように、

「さーて、みなさんおそろいかな?」

 とつぶやいた。

 一方、出口からただよう邪悪な空気に、ゲンキは生唾を飲み込んだ。

 一気通貫の腕を掴み、彼女を引き止めた。

「自分で歩くから、引きずるのはやめろ」

「ふん、最初からそうしろ」

 ゲンキはようやく解放された。ひざを伸ばし、えりをただした。

 ほんとうに不穏だ。風が瘴気を運んでいた。

「この先に、悪の幹部が集まってんのか?」

 一気通貫はなにも答えなかった。代わりに、マーシャルからおどしがかかった。

「アカバネ殿、ひとつだけ忠告させていただきます。幹部の前では、その口をつつしむこと。さもないと、生きてスタジアムから出られません」

 ゲンキは身震いした。いや、武者震いだ。自分にそう言い聞かせた。

 ジャンヌが先頭をきり、ゲンキたちはスタジアムの中央へと出た。

「Bon soir!! みなさん、おそろい?」

 スタジアムは闇につつまれていた。灯りはなかった。

 朽ちたベンチのそばに、空き缶が転がっていた。その新しさからして、不法侵入した若者が捨てて行ったのだろう。その空き缶が転がる音を聞きながら、ゲンキは目を凝らした。

 そして、息を呑んだ。

 背の低い、まだ10代前半と思しき容姿の少女が、闇から浮かびあがった。

「遅かったわね、ジャンヌ」

 ちらりと犬歯が見えたような気がする。しばらく考えを巡らせたゲンキは、ふり向いてマーシャルに話しかけた。

「あのガキが主人なのか?」

 ゲンキの問いかけに、マーシャルはとがめるような視線をかえした。

「この御方こそ、東欧を統べる吸血姫、エミリア・フォン・ローゼンクロイツ様です。次に無礼のあった場合は、その首をねさせていただきますので、ご注意を……」

 ゲンキはくちびるをむすび、ふたたび視線を転じた。

 エミリアと呼ばれた少女のそばには、すらりとした細身の女が立っていた。歳は、30そこそこと言ったところか。無論、吸血鬼なのだから、実年齢など分からなかった。

 エミリアは眉をひそめて、

「ジャンヌ、うしろにいるのは?」

 とたずねた。のぞきこむように首を伸ばした。

 目があった瞬間、ゲンキの背筋に悪寒が走る。テーブルの皿に乗ったをチキンでも見るかのようなまなざしだ。

「ああ、これは手土産。そこの通りに転がってたから、拾ってきたわ」

「ふーん、ジャンヌにしては気が利くじゃない。じゃ、早速……」

 エミリアはそう言うと、ぺろりと舌舐めずりをした。

 ゲンキが口をひらく前に、ジャンヌは少女をおしとどめた。

「こいつらは双性者(ヘテロイド)よ。あんたの食べ物じゃないの」

 食事を邪魔されたエミリアは、ジャンヌをにらみ返した。

双性者(ヘテロイド)? こいつらが? ……嘘でしょ」

 嘘じゃな──喉まで出かかった台詞を、ゲンキは飲み込んだ。

 ジャンヌは、

「ほんとよ、ヒーローに変身してたもの」

 と説明した。しかし、エミリアは半信半疑でゲンキたちを眺めた。

「……あんまり強そうじゃないわね」

「そりゃあんたに比べたら、ね。で、他の幹部は?」

 ジャンヌの質問に、エミリアは肩をすくめた。

「さあ……金魚の糞みたいなのは、いっぱいいるけど」

 エミリアはそう言って、闇の向こうがわを指し示した。

 ジャンヌはひたいに手をあてて、大げさなポーズをとった。

 だんだん闇に慣れてきたゲンキの目にも、ぼんやりと影が浮かんできた。

「……カオルッ!」

 ゲンキは思わずそう叫んだ。

 腕組みをしていたカオルは、同じくらい驚いた顔で、ゲンキを見つめ返した。

「ゲンキ、どうしてここに……?」

 おまえたちを助けに来たんだよ。そう言いかけて、ゲンキは言葉を変えた。

「ちょ、ちょいと捕まっちまってな……」

 ゲンキの言葉を真に受けたのか、カオルは首を左右にふり、ため息をついた。

 同時にゲンキは、カオルのとなりに、見慣れた女の姿を認めた。

「ロボット野郎じゃねえかッ!」

 ロボットと呼ばれた女は、視線をゆっくりとゲンキに移した。

 間違いない。ロシアの民族衣装に身をつつんだ、場違いな少女。名前は──

「アナスタシア……だっけか?」

「はい……赤羽(あかばね)ゲンキさんですね。データベースに登録されています」

 アナスタシアは重々しい足取りで、カオルのそばを離れた。

「ようやくお会いできましたね。約束を果たしてもらいましょう」

 約束? ゲンキは首をかしげた。

 なんのことだ。そう尋ねかけたところで、数日前の出来事が、脳内に再生された。

「や、約束って……まさか……」

「新型ヒーロースーツが完成したようなので、私と再戦してもらいます」

 ゲンキは両腕を上げ、やみくもに手をふった。

 あんなのは、逃げ出すための方便に過ぎない。自分でも忘れていたくらいなのだ。

「あ、あれはな……その……」

「ここは戦うにはもってこいです。早速、始めましょう」

 あせるゲンキの前に、サッと影が飛び出した。

 ふわりとしたしっぽが、ゲンキの腹をなでた。

「私の獲物だぞッ!」

 一気通貫の割り込みに、ゲンキは深く感謝した。

 アナスタシアはファイティングポーズを取った。

「邪魔する者には、容赦しません。そこをどいてください」

「泥棒はダメなんだぞッ!」

「泥棒ではありません。私は、その少年との約束を果たしに……」

 そのときだった。

 威厳に満ちた男の低音バスが、スタジアムに重々しく響き渡った。

「茶番は、それくらいにしてもらおうか」

 全員の視線が、声の方向へと流れる。サングラスをかけた壮年の黒人男性が、月明かりに照らされた。スキンヘッドで、襟からのぞく首は逞しく、四肢も太かった。男は恰幅かっぷくのよい肩を揺らしながら、場の中央へと進んだ。

 ジャンヌは手をふってあいさつする。

「あーら、ミスター・プレジデント、Bon soir」

「ジャンヌ、今夜は遊びに来たのではない……場をわきまえろ」

 突然の説教に、ジャンヌはくちびるをとがらせた。

 ハンドバッグをくるくると回し、ハイヒールの爪先で地面をこづいだ。

「わかってるわよ……で、全員そろってるの? そろってないの?」

「ラスプーチンとワン、それにアシヤがまだだ」

「近い奴ほど来るのが遅いって言うけど、ほんとみたいね……メアリーは?」

「わらわなら、ここにおるぞえ」

 タイヤのきしむ音。

 プレジデントのうしろから、車椅子が一台、姿を現した。

 両手で車輪を回す女の出で立ちに、ゲンキはギョッとする……全身に包帯を巻いているではないか。まるでミイラ女だ。

 なにかの病気なのだろうか。あちこちに、血がにじんでいた。メアリーと呼ばれた女は、猫背をさらに曲げ、ゲンキたちの顔を遠目にのぞき込んできた。

 包帯の隙き間から見える瞳を、ゲンキはなぜか美しいと思った。

「ほお……そなたらが双性者(ヘテロイド)なのじゃな……」

 老婆のようなしわがれた声が、ゲンキの胸元を寒々しく吹き抜けた。

 一方、ジャンヌは友だちにでも会ったかのような調子で、

「メアリーったら、ひとりで来たの?」

 とたずねた。

「プレジデントの飛行機に乗せてもらったのじゃ……サリカも来ておる」

「サリカちゃん、来てるんだ。どこ?」

「ちとクレムリンに寄っておっての……そろそろ……」

 遠くで、小さなプロペラの音が聞こえた。

 メアリーとジャンヌは会話をやめ、空を見上げる。ゲンキもそれに釣られた。

 ……赤いつちかまの紋章を背負ったヘリが、こちらに近付いてきた。

「どうやら、来たようじゃな……」

 メアリーの台詞を最後に、誰もがヘリの着陸を見守った。

 風が舞い、荒れ果てた芝生が波打つ。プロペラが完全停止する前に、後部座席の扉がひらいた。大柄な僧衣の男が降り立ち、操縦席からは、メイド服の女が姿をあらわした。

 ミスター・プレジデントと呼ばれたサングラスの男は、僧衣の男へ歩み寄った。

「遅かったな、ラスプーチン」

 ラスプーチンはその体躯たいくを伸ばし、にやりと笑った。

「ふん、いきなり呼びつけおってからに……ありがたく思え」

「ルシフェル様のご命令だ。例の契約を、忘れたわけではあるまい?」

 契約という言葉に、ラスプーチンの顔が引き締まった。

 あご髭をなでながら、スタジアムの内部へ鋭い視線を投げかけた。

「わしが最後か?」

「いや、ワンたちがまだ……」

「遅れて申し訳ございません」

 男とも女ともつかない声が聞こえた。ゲンキたちは反対側のゲートを見やった。

 3人……4人……なんと6人もの男女が、ぞろぞろとスタジアムになだれこんだ。

 そのうちのふたりに、ゲンキは喫驚した。

「ともえ! 清美!」

 ゲンキの大声に、遠距離のふたりも顔をあげた。

 目を見開き、こちらを凝視した。

「ゲンキではないかッ!」

 真っ先に返事をしたのは、ともえだった。

 そしてそのともえの声に、ジャンヌの顔がほころんだ。

「ともえちゃ〜ん! おひさしぶり〜ッ!」

 ゲンキは冗談かと思った。だが、ともえの狼狽ぶりに、ゲンキは違和感をおぼえた。

 本当に面識があるのだろうか。どこで。なぜ。混乱するゲンキに向かって、ともえたちは歩を進めた。

 そして、スタジアムの大時計は、きっかり8時となった。

 プレジデントが最初に口をひらいた。

「役者はそろったようだな。2ヶ月前、私が召集したときに集まっていれば、こんなことにはならなかったのだ……では、幹部会を始めるぞ」

 すると、中華服を着た男が、一歩前に出た。

「一応、ここは私のテリトリーですので、ホスト役は私が……」

「……わかった」

 プレジデントは一歩しりぞいた。

 ワンと呼ばれた男は咳払いをし、あらためて開会宣言をおこなった。

「これより、幹部会を開催致します。議題は、夢の国(ドリームランド)の使者に対する処置、ということで、よろしかったでしょうか?」

 プレジデントは腕組みをして、首をたてにふった。

「その通りだ。古の契約に従い、我々で対処せねばならん」

 ワンは軽くうなずきかえした。

「さて、その夢の国の使者ですが……そこの双性者(ヘテロイド)たちと接触したようですね」

 ワンはそう言って、ゲンキたちを指差した。

 エミリアは「へぇ」とつぶやいて、おそろしい提案をしてきた。

「そいつらを締めあげて、聞き出せばいいんじゃない?」

 ワンも首肯する。

「そうですね……それが一番手っ取り早いでしょう」

 ワンがあごで合図すると、一気通貫が指を鳴らし、前に進み出た。

 拷問か。ゲンキたちのあいだに、緊張が走った。

 ところが、ここで包帯女のメアリーが口をはさんだ。

「拷問など不要じゃ……サリカ」

 名前を呼ばれたのは、ヘリのそばに待機していたメイドだった。

 サリカはスカートの前に手をそえ、メアリーに向けて軽く一礼した。

「なにか御用でしょうか、メアリー様」

「そやつらが夢の国について知っていることを、聞き出せ」

「かしこまりました」

 サリカは深々と会釈し、ゲンキたちに向きなおる。しずしずと歩を進めた。息が吹きかかるほどに近寄られ、ゲンキは思わず顔を逸らそうとした。

 その瞬間、サリカの細い指が、ゲンキの喉仏をおそった。

「!?」

 なにかされた。ゲンキは、あわてて首筋に手をやった。

「……血ッ!?」

 手のひらを見ると、真っ赤な液体が付着していた。

 頸動脈でも切られたのか。しかし、痛みは感じなかった。

 サリカは少年のそばに立ったまま、慎ましくくちびるを動かした。

「ご安心ください。それはマニュキアです」

「ま、マニュキア……?」

「これから、わたくしの質問に答えていただきます……ひとつだけ、ご忠告を。もし嘘をつかれた場合は、そのマニキュアにそって首が落ちます。命が惜しければ、真実をお答えくださいませ」

 冗談だろ。そう言いかけたゲンキに、サリカは恭しくほほえみかけた。

「信用なさらないならば、ご自由にどうぞ。まだ尋問相手は4人おりますので」

 サリカはちらりと、ジャンを見やる。ジャンはギョッとして、体を強ばらせた。

 さらに、ゲンキのうしろにいたマーシャルも忠告をくわえた。

「アカバネ殿、彼女の言葉に、偽りはありません。真実の美爪術(マニキュア)こそ、死刑執行人の異名を持つ、サリカ殿の能力なのですから……正直にお答えを」

「わ……分かった……」

 サリカは第1の問いを放った。

「では質問です……夢の国の使者と、面識がおありですか?」

 ニッキー、すまん。ゲンキは首をたてにふった。

 サリカは、満足げにほほえんだ。

「けっこうです。その夢の国について、どの程度のことをお知りで?」

「悪の組織と戦う魔法少女をさがしてる……って聞いた」

 伝聞調のもの言いに、サリカの顔がくもった。

 もっと喋ることがあるだろう。そう言いたげだ。

「ほかには?」

「だ、ダークソウルがどうこうとか……よく覚えてねえ……」

「その正体を、ご存知ですか?」

 ゲンキは首を左右にふった。

「ほかには?」

「……全然」

 サリカの視線が、ゲンキの首筋に落ちる──なにも起こらなかった。

 サリカは一歩しりぞき、主の方へと向きなおった。

「この少年、なにも聞かされていないように見受けられます」

 車椅子のうえで、メアリーは首をかしげた。

「妙じゃのぉ……しかし、サリカがそう言うのなら、間違いあるまいて」

「お役に立てず、申し訳ございません」

 サリカは一礼し、メアリーの背後へとまわった。

 失望の空気が流れる。エミリアはいらだたしそうに、

「こいつら、ただの小道具なんじゃない?」

 と吐き捨てた。

 ラスプーチンもののしり声をあげた。

「ふん、こんなことだろうと思っておったわ。無駄足だったな。ワン、どうする?」

 司会のワンは、困ったように一同を見渡した。

「はて……これでは情報がなさ過ぎます」

 悪の幹部たちは、めいめい考えにふけった。まず、プレジデントが口をひらいた。

「仕方がない。日をあらためよう。我々の組織も、全力で情報を集めている。各人、全ての抗争を中止し、夢の国対策で一致団結しようではないか」

 これにはまっさきにジャンヌが賛成した。

「ま、契約条項によれば、そうなるわよね。ところで……」

 ジャンヌは双性者(ヘテロイド)の5人を、順繰りに一瞥した。

「こいつらは、どうするの?」

 ジャンヌの問いかけに、エミリアがふたたび舌舐めずりをした。

「生き残られても面倒だし、この場で八つ裂きにしちゃいましょ」

「ちょ! まッ!」

 ゲンキが助命を乞おうとするや否や、プレジデントが割って入った。

「待て。こいつらは大事な証人だ。夢の国が奪還に来るかもしれない。そのための餌にした方がいい」

 寄せ餌あつかいは腹立たしいが、殺されるよりはマシだ。

 ゲンキはそう思った。

「わらわもそれでよいが、しかし、どうやって監視するのじゃ?」

 プレジデントはひとつ息をもらし、こう提案した。

「幹部が1体ずつ引き受け、ばらばらに管理するのはどうだ?」

 個別管理。それが意味するところを、ゲンキたちは悟った。

「わ、わいら、またばらばらっちゅーことか?」

「はい、はーい! だったら私は、ともえちゃんをもらいまーすッ!」

 ジャンヌがいの一番に手をあげた。ともえを抱き寄せ、頬に接吻せっぷんした。

 唐突なスキンシップに、ともえは真っ赤になって抵抗した。

「じゃ、ジャンヌ殿! なにをなさるのだッ!?」

「うーん、照れちゃってカワイイ」

「どういう経緯が知らぬが、知り合いのようじゃな……まあよい……」

 メアリーはサリカに車椅子を押させる。まぢかで品物を吟味し始めた。

「わらわは……そこの黄色いやつをもらおうかえ」

 包帯を巻いた腕が、ジャンに伸ばされた。

 ジャンはあごを落とし、自分をゆびさした。

「わ、わ、わ、わいかッ!?」

「そうじゃ……それにしても、おぬし、日本人には見えぬな……」

「わ、わいは一応、イギリス人……のはずやッ!」

 テンパったジャンの自己紹介に、メアリーは笑みをこぼした。

「おお、そうか、ならば都合がよい。わらわは、生粋きっすいのイングランド人ぞ」

 メアリーはプレジデントに顔をむけた。

「わらわがもろうても、よいな?」

「イギリス人同士、仲良くするんだな」

 次に身をのりだしたのは、ラスプーチンだった。

「わしは、このメガネをもらう。もともと、わしの捕虜だったからな」

 ラスプーチンは野太い声でそう言い放ち、カオルの腕をつかんだ。

 力を入れ過ぎたのか、カオルの顔がゆがんだ。

 そこへ、アナスタシアがわりこんだ。

「お待ちください。その少年は、私と戦う義務があります」

 裏切りのロボットに声を掛けられたラスプーチンは、怒りに顔をしかめた。

「貴様、まだ逆らう気か?」

「繰り返します。その少年は、私と戦う義務があります。こちらへ引き渡してください」

 ラスプーチンはアナスタシアの要求を無視した。

「……交渉不可。実力行使に移ります」

 アナスタシアの四肢から蒸気が吹き出し、右腕がラスプーチンの顔面にくり出された。

 その瞬間、まるで突風が吹いたかのように、彼女の体が吹き飛んだ。そのまま数十メートル先の壁に激突し、円形のクレーターがうがたれた。

 絶句するゲンキ。すずしげな顔で、プレジデントが鼻息をもらした。

「ラスプーチン、おもちゃはよく考えて作るんだな」

「ふん……助けろとは言っていないぞ」

 ラスプーチンの抗議を無視して、プレジデントはゲンキと清美に視線を走らせた。

「さて、残りはふたりか……」

 ここでワンが口をはさんだ。

「お待ちを」

 ワンは、どこからともなく扇を取り出し、清美へと向けた。

 プレジデントは左の眉毛をもちあげた。

「なんだ、その少女が欲しいのか?」

「いえ……そちらの少女と蘆屋あしや様はよろしくやっておりますので、そのままに」

 これには、蘆屋と呼ばれた美少年があわてた。

「わ、王殿ッ!? この場でそういうことはおっしゃらないでくださいッ!」

 美少年のすっとんきょうな声に、笑い声が起こる。

 ジャンヌは指笛でからかった。

 一方、エミリアとラスプーチンは、くだらない茶番を見るような目つきだった。

 そして最後の戦利品の分配──ゲンキの番が来た。

 プレジデントの巨大な手が、少年の肩に下ろされた。

「私は、この少年をもらおう」

 ラガーマンのような肉体が、ゲンキの前にそびえ立つ。

「では、各自、双性者(ヘテロイド)の管理を……」

「ちょ、ちょっと待ってッ!」

 甲高い少女の声。一同が、エミリアのほうへふりむいた。

「あ、あたしの分はッ!?」

 エミリアの問いに、幹部たちは顔を見合わせた。

 ジャンヌはおどけた表情で、

「早い者勝ちだから、ね?」

 と答えた。メアリーも包帯のしたから皮肉をもらした。

「おぬしは、八つ裂きにしろと申したではないか。いらぬのじゃろう?」

「そ、それとこれとは、話が別でしょうッ! だいたい、東京に救援を出したのは、このあたしなのよッ! ワンに協力したのも、あたしッ! こっちには被害が出てるのッ! なのに分け前ゼロって、おかしいでしょッ!」

 もっともな言い分。だが、それに耳をかたむける者はいなかった。

 プレジデントは無表情に判断をくだした。

「ヨーロッパ大陸にふたりの双性者(ヘテロイド)は不要だ……歩け」

 プレジデントはそう言って、ゲンキの背中をたたいた。

 ゲンキはエミリアを見やる。

 エミリアは歯を食いしばり、地団駄を踏むと、そのまま女従者の背後に隠れた。

 すねたのだろうか? ゲンキは、その行動を不審に思った。

「プレジデント、帰りも、乗せてくれぬかの?」

「5人までなら大丈夫だ。サリカと自称イギリス人のガキも、まとめて乗せろ」

 冷淡な態度で、帰り支度を始める面々。

 ワンは、形式的に解散のあいさつをした。

「では、これにて上海会議を……」

 その瞬間、ジャンヌの怒声がとんだ。

「エミリア! あんたなんやってんのッ!?」

 全員の目が、ふたたびエミリアへと注がれる。

 ゲンキの立ち位置からは、女従者に隠れていて姿が見えなかった。

 ほかの幹部が動き出すまえに、エミリアの喚声がひびきわたった。

「みーつけたッ! Schicksalsfeststellung!!」

 エミリアは従者の背中から飛び出し、高らかに勝利宣言をかました。

「このスタジアムは、1分後に崩壊しまーすッ! マーシャル! シェンカ!」

「「御意にッ!」」

 ゲンキの横からマーシャルが飛び出し、アナスタシアへと駆け寄った。

 裏切りだ。ゲンキが理解する間もなく、エミリアはラスプーチンの首に噛みついた。

 ラスプーチンは悲鳴をあげ、カオルを手ばなした。

「シェンカ! こいつを転送ッ!」

「ハッ!」

 シェンカは腕を交叉させ、闇をつむいだ。

 糸のように引きのばされたそれは、カオルの全身をおおってその場から消した。

「マーシャル! そのロボットを回収しなさいッ!」

「ハッ!」

 吸血鬼たちの連携プレイに対して、プレジデントがようやくうごいた。

「メアリー! エミリアの能力を解除しろッ!」

 プレジデントの命令に、車椅子の女はうろたえた。

「す、すまぬ……見ておらなんだ……」

「くッ!」

 プレジデントは全身の筋肉をいからせ、異様なオーラをはなった。

「サイコキ……」

「よさぬかッ! わらわたちも巻き込まれるぞえッ!」

 メアリーの制止に、プレジデントはなにごとか呪詛じゅそを口走った。

 そのあいだに、アナスタシアを抱きかかえたマーシャルが、エミリアと合流した。

「シェンカ! ずらかるわよッ!」

 ワンと蘆屋の指先からエミリアに向けて、まばゆい光が撃たれた。

 しかし、あと数センチのところでエミリアたちは闇に呑まれ、姿を消した。

 静まり返るスタジアム。それから、地鳴りの音。

「な、なんや?」

 ジャンの声に、プレジデントはハッとなった。

「乗れッ! 崩壊するぞッ!」

「え? な?」

 ゲンキたちの体が宙に浮いた。

 持ち上げられたのかと思いきや、文字通り空中に浮いていた。

 そのまま、スタジアムの端に止められていた戦闘機に吸いこまれた。

 ラスプーチンがあわてて戦闘機に駆け寄った。

「ま、待てッ! わしもつれて行かんか!」

「定員オーバーだ。おまえは崩落程度では死なんだろう。See you again」

 ラスプーチンの罵声をさえぎって、コックピットのガラスが降りた。

 戦闘機はエンジンすらかけずに浮き上がり、スタジアムを後にした。



【第5章 上海三鼎編 完】

中国に残った緑川を追う

→【第6章 北京離騒編】へ

https://ncode.syosetu.com/n6025bn/82/

ジャンヌに選ばれた黒金を追う

→【第7章 パリ繚乱編】

https://ncode.syosetu.com/n6025bn/98/

メアリーに選ばれた黄山を追う

→【第8章 ロンドン忘却編】へ

https://ncode.syosetu.com/n6025bn/114/

エミリアにさらわれた青海を追う

→【第9章 ベルリン覚醒編】へ

https://ncode.syosetu.com/n6025bn/130/

Mr.プレジデントに選ばれた赤羽を追う

→【第10章 ニューヨーク摩天編】へ

https://ncode.syosetu.com/n6025bn/146/

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