第7話 いきなり魔法少女!?
「どうぞ、よろしく」
しばらくのあいだ、5人はなにも言葉を返せなかった。
が、ようやく事態が飲み込めてきたかおるは、率先して、
「夢の国……? なにそれ?」
と質問をした。
「さきほどの君たちの活躍、この目で見させてもらったよ……初めての敵を相手に、素晴らしいチームワークだった」
ジュリアが待ったをかける。
「ちょ、ちょい待ち、答えになっとらんで。あんた、だれや?」
球体はキラキラと全身の輝きを増した。
「私は宇宙の果て、夢の国からこの星にやって来た、ニコラエウス・オボレウス。ニッキーと呼んでくれ」
光の玉の、いやニッキーの気さくな自己紹介に、5人は言葉を失った。
かおるは目をしょぼしょぼさせながら、
「宇宙の果て? ……もしかして自称宇宙人ってこと?」
とたずねた。
ニッキーは空中でくるりと円を描き、かおるの前に飛び寄る。
「ずばりお答えしよう。君たちは、夢の国が主催する第3837回目の審査に見事合格し、魔法少女候補生に選ばれたのだ」
はあ?とあからさまに顔を歪めたかおるの横で、ほがらの耳がぴくりと動いた。
「今、魔法少女って言った?」
ほがらはちらりと、ニッキーを盗み見た。
「うむ、言った」
「そう……」
ふぅと息をつき、ほがらはひと呼吸おいた。
「ジュリア」
「な、なんや?」
「私の頬を思いっきりつねりなさい」
「へ?」
「つねりなさい」
ジュリアは言われた通り、ほがらの左頬をつまむと、思いっきり引っ張った。
「いたたた……どうやら夢じゃないようね」
若干涙目になりながら、赤く晴れ上がった左頬を摩るほがら。
それから、おもむろに両手の拳を握りしめる。
「ついにこの日が来たああああああああああッ!」
ジュリアはあわててほがらの口を押さえようとした。が、あとの祭りだった。
バタンと脱衣所のとびらがひらき、浴室のガラス戸が高速でスライドした。
忍があらわれる。
「今度はなんですかッ!? なにが来たんですッ!?」
なんて素早い女だ、と思いつつ、ジュリアはその場をごまかした。
「すまへん、背中のツボ圧したらめっちゃ気持ちよかったらしくてな」
「そんなことでいちいち叫ばないでくださいッ!」
「か、堪忍してな」
ジュリアが謝ると、忍は脱衣所から出て行った。
とびらが閉まったところで、天井に避難していたニッキーは、ふたたび高度を下げた。
「というわけで、君たちを夢の国公認の魔法少女候補生として、正式に招待したいのだが、どうかな?」
ほがらは即答する。
「もちろん、断るわけないでしょ」
ここでともえが口をはさんだ。
「ま、待て、ほがら。拙者には話が見えてこない……夢の国とはなんだ? 魔法少女になって、拙者たちにどうしろと言うのだ?」
もっともな質問に、ニッキーは説明を始めた。
「夢の国というのは、宇宙の秩序を維持する星間連合組織だ。宇宙警察のようなものだと考えてもらっていい。我々の任務は、知的生命体の住む星を巡回し、そこにはびこる悪を退治すること。そしてその役割を補佐するのが、地球で言うところの魔法少女のような存在というわけだ」
「なるほど、その悪って言うのが、さっきみたいな怪人ってわけね?」
「その通り。ただし……」
ニッキーは、そこで言葉を区切った。
息継ぎが必要なのか、それとももったいをつけているのか、しばらく沈黙がつづいた。
ほがらは腕組みをして、
「ただし、なによ?」
と、先をうながした。
「ただし、君たちの養父……御湯ノ水博士だったかな? 彼が想定している敵と、我々が闘うべき相手とは、必ずしも一致していない」
ほがらは眉間にしわをよせた。
「……どういうこと?」
「我々が撲滅しようとしているのは、暗黒霊体……君たちが言うところの悪魔という存在だよ」
「悪魔……? そんなものがこの星にいるってわけ?」
ほがらは、信じられないといった顔をした。
もっとも、目の前の光の玉自体が、すでに人智を超えていた。
夢の国は信じて悪魔は信じないというのも、ちぐはぐなように思われた。
「うむ。そもそも我々夢の国と暗黒霊体との戦いは、今に始まったことではない……天国と地獄、天使と悪魔の戦い……それらは全て、我々の戦いを喩えたものなのだ」
「ほ、ほな、2000年以上やりあっとるっちゅーことか?」
「そういうことになる」
にわかには信じがたい展開に、5人はおたがいの出方をうかがった。
こんなときに方針を決めるのは、いつもかおると相場が決まっていた。
かおるは視力が悪いので、ややジト目になりつつ、
「私たちに声を掛けた目的は分かったけど……遠慮させてもらうわ」
と答えた。
ほがらはびっくりして「な、なんでよ!?」と叫んだ。
この機会をのがしてなるものかと、かおるに詰め寄った。
かおるは極めて冷静だった。
「ほがら、落ち着いて。いくら私たちが双性者だからって、体はひとつしかないのよ。博士に依頼された怪人退治だけで手一杯……さっきの闘いだって、楽勝だったわけじゃないでしょ?」
かおるの筋道だった説明に、ほがらは口をつぐんだ。
反論が思いつかないのだ。
ところがそこへ、ニッキーが救いの手をさしのべた。
「青海かおるさん……だったかな。確かにきみの予想は、半分当たっている。しかし、もう半分は間違っている」
「どこが間違ってるって言うの?」
「きみたちが今闘っている相手……悪の秘密結社だが、彼らもまた、暗黒霊体と手を結び、密かに協力を得ている存在なのだ。つまり……」
「つまり、どのみち二方面作戦になるってこと?」
かおるの先取りに、ニッキーの輝きが増した。どうやら当たっているようだ。
かおるの肩に、ほがらの手が乗せられた。
「だったら、こっちも戦力を増強しないとダメよね?」
「……」
今度は、かおるが反論に窮してしまう。
「よし、話は決まりね。ニッキー、さっそく魔法のステッキをちょうだい」
ほがらはすっかり、魔法少女モードに入ってしまっていた。
そんなアイテムが用意されているのかと、かおるは半信半疑だった。
しかし、ニッキーはここでもほがらに話を合わせてきた。
「うむ、これがきみたちの変身アイテムだ」
ニッキーがそう言った途端、天井に5本のステッキが現れ、各人のまえに舞い降りた。
空中に浮かぶそれを、真っ先にほがらがつかみ取った。ステッキはとても軽い素材でできており、ピンクの柄の先端に、天使を象徴する2枚の羽と丸い輪が添えられていた。左右の羽のつなぎ目に、真っ赤な宝石が嵌めてある。隣にいるかおるのステッキを見ると、そこには青い宝石が嵌めてあった。どうやら各人、色違いになっているらしい。
「なかなかいいデザインじゃない。博士の時計とは大違いだわ……使い方は?」
「そのステッキを持ってヘソの前に手をやり、そこから半円を描くように頭上へ、さらに反対側の手を心持ち上げながら半時計回りに一回転、ステッキを胸まで降ろし、体が正面に向いたところで天使の輪を前に突き出す……分かったかな?」
ニッキーのすらすらとした描写に、かおるたちは目を白黒させた。
が、ひとりほがらだけは、ふだんの魔法少女アニメのおかげで簡単に理解できた。
「試してみる」
ほがらはあっさりとそう言い、直立の姿勢を取ると、ステッキを腹の前に添える。そして半円を描くようにそれを頭上へ掲げながら、左手を持ち上げ、半時計回りに左脚を軸にして一回転。そこから華麗にステッキを胸元まで降ろして、ぐいっとそれを突き出した。
「完璧だ。きみには才能がある」
「でしょでしょ?」
ほがらは誇らし気な笑みを浮かべて、胸を張った。
日頃の特訓、もとい魔法少女ごっこの成果である。
「……あれ、でも変身しなかったわね?」
ほがらは、あいかわらず裸のままの自分を見た。
「うむ、今のはきみの話に合わせただけだからな」
ほがらはその場で思いっきりずっこけた。
「ほんとうは心のなかで念じれば変身できる。ただし本気で念じないとダメだ。今のがリハーサルなことは、ステッキにも伝わっている」
「ええ? じゃあポーズを決めなくても、変身できちゃうってこと?」
ほがらは不満げだった。
が、ほかの4人はホッとしていた。
「気合いが必要ってことか。うーん、決め台詞くらいは欲しいんだけど……」
そのときだった。脱衣所のドアがひらき、人影が曇りガラスに映り込んだ。
5人はあわててステッキを背中に隠し、息を止めた。
「みなさん? まだですか? そろそろ次のグループが来ますよ?」
声の主は忍だった。
かおるが返事をする。
「ごめんなさい、もうすぐ出るわ」
「そうですか、では早めにお願いします」
忍の気配が消えた。
ニッキーは5人に話しかける。
「今日はここでおひらきだ。きみたちがピンチになったとき、また会おう」
そう言い残して、ニッキーは消えた。
清美は緑色のステッキを眺めつつ、
「なんかいろいろと説明されてない気がするんだけど……」
とつぶやいた。
ほがらは、
「とりあえずシャワーを済ませましょ。この場を見られると厄介だわ」
と言い、その場をおさめた。
5人は、軽く全身を洗ってパジャマに着替えると、そそくさと脱衣所をあとにした。
そのまま寮の自室にもどる。ほがらはジュリアと同室だった。ふたりとも明日の1限は女子の体育なので、このまま就寝することになった。
二段ベッドのうえで、ジュリアは寝息を立てている。
興奮冷めやらぬほがらは、下のベッドで何度も寝返りをうっていた。
魔法少女のステッキを抱き、腕にはヒーローのリストウォッチをはめている。
今日はなんていい日なんだろう。ほがらは闇のなかで、今日の出来事を回想した。
「おやすみなさい」
眠っているジュリアに声をかけ、可愛らしい花柄の掛け布団に身をもぐりこませる。
ふたつの夢が一度にかなった充足感にひたりながら、少女はまどろみへと沈んだ。




