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第78話 届いた救援物資

 戦場は、静まり返っていた。

 度重なる格闘に疲れ切ったマーシャルは、剣をかまえたまま、あたりを見回した。街灯の無機質な光だけが、見慣れないもののように、ぼんやりと輝いていた。

 そのとなりにいた一気通貫(いっきつうかん)は、オモチャを取り上げられた子供のように、

「おい! あのペプシ野郎は、どこ行ったんだッ!?」

 と吠えかかった。

 マーシャルは剣先を地面に向け、あたりの様子をうかがいながら、彼女の問いを無視した。吸血鬼特有のとがった犬歯をちらつかせつつ、軽く舌打ちをした。

「……逃げられたようですね」

「そんなの見ればわかるだろッ! 追うぞッ!」

 地団駄を踏む狼女を、マーシャルは再度そでにした。

 相手にしていられない。剣を鞘におさめ、今後の作戦を練った。

「なにしてるッ!? 勝手に休むなッ!」

「イッキツウカン殿……少々、お静かに願います……」

 叱咤された一気通貫は、マーシャルをにらみつけた。

 ぐるるとうなり声を上げたあと、やや威勢を落とした。

「あいつは何者なんだ?」

「……」

「返事をしろッ!」

「それについては、あとからワン様ご自身が説明なさるでしょう。今は戦況を確認することが先決です。さきほどのヘリ、北京警察のものかと思いましたが、私たちを素通りして行きました。もしかすると、クレムリンの一味かもしれません」

 マーシャルは、自分の言葉に嘘の匂いを嗅ぎ取った。あのヘリがクレムリンのものである可能性は、低い。軍用ヘリでもなければ、クレムリンの紋章もつけていなかった。

 隠密課のものかもしれない。マーシャルの脳内で、情報が錯綜した。

「さっさと追うぞッ!」

「深追いは禁物ですよ。それに……」

 マーシャルはひと呼吸おいた。

「ヘリの向かった方向に、上海スタジアムがありますね」

 マーシャルの指摘に、一気通貫はハッとなった。

「しまったッ! そこが狙いだッ! アジトへもどるぞッ!」

「それも危険です。私たちの後をつけられると、敵に本拠地がバレます」

 一気通貫は両手に拳をにぎり、歯を食いしばって天をあおいだ。

「アレもダメ、コレもダメじゃ、話が進まないぞッ!」

「お静かに……考え中です」

 マーシャルの気迫に押されたのか、一気通貫は黙り込んだ。

 夜風に身を委ねながら、マーシャルは自分の下唇に触れた。この戦いが終わったら、美しい女のひとりやふたり襲ってもかまうまいと、そんな気すらしてくる。

「そうですね……とりあえずは……」

 そのとき、マーシャルのポケットで、携帯のベルが鳴った。

 こんな時間になんだ。時差を忘れていたマーシャルは、発信先の名前に驚く。

「もしもし、こちらマーシャルです」

《あー、もしもし? 電波入ってる?》

 主の声だ。エミリアからの電話を、マーシャルは予期していなかった。

「はい、通話に問題はありません……なにか?」

《今ね、上海へ向かってるとこ。あと30分くらいでつくわ》

 唐突な到着宣言に、マーシャルは目を見張った。

「上海へ? ……どのようなご用件ですか?」

《幹部会よ》

 マーシャルは息をとめ、一気通貫を盗み見た。

 いぶかし気な表情で、こちらを見ている。声をひそめたところで、この獣耳には筒抜けだろう。そう考えたマーシャルは、通話口に手を当て、一気通貫に話しかけた。

「イッキツウカン殿、ここは二手に分かれましょう。あなたは、双性者(ヘテロイド)を追ってください。私はここに残って、宇宙人を追跡します」

「その電話はなんだ? 今の作戦と、なにか関係があるのか?」

 五月蝿い狼だ。マーシャルは舌打ちをこらえ、できるだけ穏やかに返事をする。

「これはプライベートな電話です。あなたの時間を取ってはもうしわけないので、どうぞお先に」

 一気通貫はくちびるをすぼめた。

 耳をぴくぴくと動かしたあと、ふんと鼻息をもらした。

「わかった。ちゃんとあの宇宙人を捕まえるんだぞ」

 一気通貫はそう言うと、首の骨を鳴らし、地面を軽く蹴った。

 両手の爪を立て、ぐいぐいと五指を屈伸させる。

「今度こそ、あいつらを八つ裂きにしてやる」

 それを最後に、一気通貫は雷光のごとくその場を駆け去った。

 彼女の背中が見えなくなったところで、マーシャルは通話口にくちびるを寄せる。

「失礼致しました……なぜ幹部会を? ルシフェル様から召集が?」

《そういうこと。で、今、シェンカに運んでもらってるんだけど、どのへんに降りればいいの? 上海空港のあたり? 報告がないから、なにがどうなってんのか、全然分からないのよね。ワンは負けた? 勝った?》

 マーシャルは、辺りを見回す。銃声は、とうにやんでいた。嵐の前の静けさか、それとも戦闘が本当に終結したのか。後者だとしても、勝ち負けがわからない。

「……こちらも、事態を把握しきれていません。ただ、目立つ場所へは出没しないほうがよろしいかと。上海空港には、厳戒態勢が敷かれているおそれもあります」

《ワンはどこ? 幹部会だから、ワンの居場所に降りるのが一番いいんだけど》

 なるほど、そう言われてみれば、そうだ。

 マーシャルは、こめかみに指を当て、自分が疲れていることを悟った。

「でしたら、上海スタジアムへお越しください。今は使われていない施設です」

 マーシャルの発言と同時に、電話の向こう側で話し声が聞こえた。おそらくシェンカと、行き先を相談しているのだろう。

 マーシャルは、黙って主の言葉を待った。

《オーケー、だいたいの位置は分かったわ。あんたもそこに?》

「いえ、私は市街地の別の場所にいます……護衛は必要でしょうか?」

《んー、べつに要らないんじゃないかしら。シェンカもいるし》

 シェンカは、ただの運び屋だろう。

 そう言いかけた口元を押さえて、マーシャルは言葉を継いだ。

「わかりました。なにかありましたら、すぐにご連絡を」

《了解、了解。じゃ、またあとでね》

 そこで、電話は一方的に切れた。

 マーシャルは主の気楽さにあきれながら、端末をポケットにもどした。

 そして、もう一度考えをめぐらせた。

「エミリア様がいらっしゃるなら、ここはもう引きどきか……」

 悪の幹部会がひらかれる以上、自分たち下っ端の出番はない。マーシャルはそう考え、周囲の闇に目を凝らした。

 ……宇宙人がもどって来る気配はなかった。あれを捕まえれば、いい手土産になるのだが。

「それにしても、あの逃げ方、不利というよりは時間切れのような感じだったが……」

 マーシャルは、独りつぶやく。宇宙人の戦線離脱したタイミングが、どうにも不可解だった。マーシャルと一気通貫のコンビに苦戦していたわけでもない。ふたりの双性者を逃がしたあと、しばらく時間を稼ぎ、それから自分も用事を思い出したかのように、いきなり姿を消してしまったのだ。

「……罠か?」

 ……いや、それなら、すでに行動を起こしているはずだ。電話の最中にでも襲えば良かったのだから、今さらこれが罠ということはないだろう。少なくとも、油断させる作戦ではないはずであった。

 まあ、いい。悪の幹部が集まれば、宇宙人など赤子の手をひねるようなものだ。双性者ヘテロイドの処遇についても、判断が下されるに違いない。

 マーシャルはそんなことを思いながら、身をひるがえし、スタジアムへと向かった。


  ○

   。

    .


「親父! なんでここに……」

「シッ、静かにせんか」

 御湯ノ水(おゆのみず)の叱責に、ゲンキは口をつぐんだ。その後ろには、ジャンもいる。久々の再会にもかかわらず、御湯ノ水には時間がなかった。ポケットから、5つの腕時計を取り出し、それをゲンキたちに渡した。

 ゲンキはその中から、赤いリストウォッチを摘まみ上げ、しげしげと見つめた。

「……これは?」

「新型ヒーローリストウォッチだ」

「マジかッ」

 ゲンキは子供のように目を輝かせ、古いリストウォッチを外した。その瞬間、変身が解けた。敵に奇襲される可能性を、念頭に置いていないのだろう。若干あきれ気味の博士の前で、ゲンキはそのまま新型リストウォッチを装着し、変身のポーズを決めた。

「変身!」

 声がでかい。そう言いかけた御湯ノ水の前に、赤い光が舞った。

 1秒とかからずに変身を終えたゲンキは、黒い革手袋を嵌めた右手で拳をにぎり、力の感触を確かめた。

「……よく分かんねえな。本当にパワーアップしてるのか?」

「エネルギーの節約機能が向上しているからな。平時はそんなに変わらん」

「そっか……」

 ゲンキは、よく分からないと言った顔で、曖昧に納得した。

「こっちの古いやつは? 返したほうがいいのか?」

 外した旧型リストウォッチを指先で回し、ゲンキは義父に問い掛けた。

 御湯ノ水は数秒ほど思案した後、首を左右に振った。

「それもおまえたちが持っておけ……なにがあるか分からんからな」

「了解」

 旧型リストウォッチを仕舞おうとしたゲンキは、ポケットがないことに気づいた。

 ジャンを振り返り、こう指示した。

「おい、ジャンもバージョンアップしろよ。で、変身する前に、これポケット入れとけ」

 そう言ってゲンキは、相手の承諾も取らずに、旧型リストウォッチを投げ渡した。

 ジャンは機嫌の悪そうな顔をして、ぼそぼそとなにかつぶやいた。風の音に消されて、御湯ノ水には、それがなんだか分からなかった。

 変身を解いたジャンは、まずゲンキと自分の旧型リストウォッチをポケットに収め、それから右手に新型リストウォッチを嵌めると、ポーズもとらずに変身を決めた。ゲンキと同じように拳を握ったり、その場で飛び跳ねたりして、違いを確かめようとした。

「……たしかに、違いがよう分からんな」

「ま、戦ってみりゃいいだろ。このままアジトに乗り込むぜ」

「ゲンキ、ジャン……頼むから、逃げてくれんか」

 御湯ノ水の懇願に、ふたりは眉をひそめた。お互いに顔を見合わせ、義父に向きなおった。

「逃げろって……他の3人はどうするんだ? 間違いなく、上海にいるんだぜ?」

「上海にいるのは、ムサシたちだけではない。ラスプーチンや(わん)、それに蘆屋(あしや)一族も来ている……危険過ぎる」

 サンジェルマンの名を、御湯ノ水は伏せた。ちらりと、ビルの物陰に視線を走らせる。もし移動していないならば、不死伯はあそこで聞き耳を立てているはずだった。リストウォッチを手渡すことは許されたものの、その他の情報については、黙るよう指示されていた。

 しかし、リストウォッチさえ渡してしまえば、それでいいのである。御湯ノ水は、すでに覚悟を決めていた。後見役は、あの宇宙人に任せよう。そう考えて、博士は先を続けた。

「おまえたちは、ニッキーに助けてもらえ。宇宙船があるのだろう?」

「……ダメだ。俺たちをここまで運んでくれたのは、ニッキー本人なんだからな。ニッキーも、カオルたちの救出には同意してくれてる」

「ニッキーが? おまえたちをここに?」

「そや……まあ半分くらいは、わいらが頼んだんやけど、ニッキーも魔法のステッキを回収せんとあかん。せやから、お互い様っちゅーわけや」

 そんな話は聞いていない。御湯ノ水は、七丈島での(しのぶ)の態度を思い出した。あのときの予感は、どうやら当たっていたらしい。ニッキーと隠密課は、完全に別行動を取っているのだ。

 御湯ノ水は、眉間に皺を寄せ、この場の状況を整理した。

「……他の3人は、本当に上海にいるんだな?」

「ああ、それは間違いないぜ。ニッキーが、そう言ってたからな」

「ニッキーは、ステッキのエネルギーを追えるらしいで」

 ジャンの補足に、御湯ノ水も、ある程度は納得がいった。

「そうか……ステッキを敵に握られているのか……」

「解析されると面倒みたいやし。さっさと回収せんとな」

 解析。宇宙人の技術を短期間で調査できる人物と言えば、悪の組織では、テスラ以外に思い浮かばなかった。そう言えば、テスラはどこにいるのだろう。クレムリンの船内では、顔も見かけなかった。あの老人の性格からして、皮肉のひとつ言いに来そうなものだが。

 御湯ノ水は、今の状況が、どこかおかしいことに気づいた。

「……」

 時間がない。サンジェルマンから与えられた面会時間は、わずか10分。

 博士は、話を本題へともどした。

「……分かった。ニッキーと一緒に行動しろ」

「親父はどうするんだ?」

「わしは……」

 御湯ノ水は、あらかじめ考えておいた嘘をついた。

「七丈島の研究所へもどる」

「そっか……」

 ゲンキは、少しさみしげな顔をした。義父としては嬉しいことだが、嘘をついてしまった罪悪感のほうが、今は強く感じられた。

 押し黙る御湯ノ水に、ゲンキは親指を立てて笑いかけた。

「ま、オレたちに任せとけって。伊達にここまで生き残ってないぜ?」

「せや! 清美たちを助け出したら、さっさとこんなところおさらばや」

 ゲンキたちの楽観的な台詞に、御湯ノ水も破顔せざるをえなかった。

 視線を腕時計に落とし、時刻を確認する……10分経過だ。

 御湯ノ水は大きくタメ息をつくと、気を取り直して、背筋を伸ばした。

「無茶はするなよ……ニッキーの指示は、必ず守れ。それから……」

「分かってるって。そんなお説教はいいんだよ」

 ゲンキは茶化すように、言葉をさえぎった。こういうとき、ゲンキは緊張している。長年の経験からそれを理解している御湯ノ水は、軽く笑い、口をつぐんだ。

「……生きて帰って来いよ」

「……ああ、親父も気を付けろよ」

 3人は真剣なまなざしで、お互いの瞳を見やった。

 そしてゲンキたちは、未練を吹っ切るように、その場を駆け去った。

 赤と黄色のスーツを見送った博士は、しばらくのあいだ、呆然としていた。

「ドクター、用件はお済みで?」

 ふいに耳元で聞こえたサンジェルマンの声が、御湯ノ水をおどろかせた。存在を忘れていたわけではない。近付いて来た気配がなかったのだ。

 ふりかえると、葉巻をくゆらせた不死伯が、にやけ顔でこちらを見ていた。

「リストウォッチは、すべて渡しましたか?」

 御湯ノ水は、黙ってうなずいた。

 サンジェルマンは満足げな顔で、先を続けた。

「そうですか、旧型リストウォッチも、彼らが持っていますね?」

「……ああ、わしはもう、なにも持っておらん」

「そうですか……では……」

 潔く殺されるか。御湯ノ水は、覚悟を決めた。さすがに用済みだろう。そう思ったのだ。

 結局のところ、サンジェルマンがなぜリストウォッチをゲンキたちに配布させたのか、それだけが未解決のままであった。クレムリンの手に落ちるのを恐れたのかもしれない。しかしそれならば、自分で盗み出せば良かったはずである。

 どうにも腑に落ちない不死伯の行動が、御湯ノ水を混乱させていた。

「では、そろそろクレムリンに戻りますか」

「……わしもか?」

 御湯ノ水の問いに、不死伯はにやりと口の端をゆがめた。

「もちろんですとも。博士を置き去りにするわけには、参りませんので」

「……てっきり、殺されるかと思ったがな」

 サンジェルマンは、わざとらしく、声を立てて笑った。

 左手で博士の肩を叩き、一服つけた。煙を吐き出しながら、こう答えた。

「クレムリンの人質を殺したとなれば、のちのち外交問題ですぞ」

「一時的に連れ出すのも、外交問題じゃないのか?」

「後でこっそり戻しておけば、バレませんよ」

 悪びれた様子もなく、サンジェルマンはそう言い放った。

 御湯ノ水が反論しかけた瞬間、遠くで爆音がとどろいた。南の空が、赤く染まった。

「おやおや、どちらかが攻勢に出たようですな……早くここを離脱しましょう」

 サンジェルマンはそう言うと、ヘリの停まっている公園へと足を伸ばした。

 御湯ノ水はもう一度、ゲンキたちの去った方角をふりかえり、神に無事を祈った。

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