第5話 四風仙
「ひからびて死ねッ!」
メイドは両手をかまえ、筒状になった舌をジュリアへと放った。
あわてたムサシがジュリアを突き飛ばすよりも速く、黒い影がジュリアを抱き去った。
目標を見失った舌は、空を切って伸びたあと、その反動でメイドの口へともどった。
目にもとまらぬ出来事に、怪人をふくめた全員が事態を把握できていなかった。
ただ一人、ジュリアを抱き去ったヒーロースーツ姿のゲンキをのぞいて。
「なんとかレンジャーのレッド、見参ッ! 名前はあとで決めるぜッ!」
ジュリアをお姫様だっこしたゲンキが、腹の底からそう叫んだ。赤色の特殊スーツに身を包み、頭には同じ色のヘルメットをかぶっていた。遮光の入った特殊シールドが顔をおおい、頬の部分を少しだけ露出させた、非フルフェイスタイプの代物だ。
「ゲ、ゲンキ、あんた……」
ジュリアがゲンキの凛々しさに頬を染めたところで、怪人はふたたび身構えた。
「き、貴様ら……すでに能力を解放できるのか……!」
「おいッ! ぼやぼやしてないで全員変身しろッ!」
ゲンキの大声に、ほかのメンバーも我に返った。
ムサシとカオルがリストウォッチに指をかけ、それぞれスイッチを押した。
カオルからは青白い光が、ムサシからは紫の光が放たれ、その身を包み込んだ。
「くっ! そうはさせるかッ!」
怪人は、変身中のメンバーにむけて舌を放った。
ところがその舌は、とちゅうでゲンキに握り締められてしまった。
「どうやらこの武器、使い勝手が悪いみたいだな?」
ゲンキは勝ち誇った笑みを浮かべる。
怪人は喉の奥を動かし、舌を引き戻そうとした。
しかし、ゲンキのほうがパワーは上だった。
舌はゴムのように伸びるばかりで、元に戻らなかった。
「さて、こいつを引き千切ってやってもいいんだが……」
ゲンキがそう言ったところで、怪人は不気味な笑みを浮かべた。
なんだマゾの気でもあるのかと、ゲンキはけげんそうな顔をした。
その拍子に、ぶちっと女の舌が根元から千切れた。
数メートルにも伸びた舌が、ゲンキの手の中でぴちぴちと跳ねた。
「きんもッ!」
ゲンキは女の舌をあわてて地面に捨てた。
舌はミミズのように蠢きながら、コンクリートのうえで身をくねらせた。
それを見たカオルが、舌に気を取られたままのゲンキに声をかける。
「トカゲの尻尾きりだッ! 気をつけろッ!」
カオルの警告が早いか、女は捨て身でゲンキに襲いかかった。
素手の攻撃なら任せろと、ゲンキが一歩踏み出す。
その瞬間、怪人は胸のまえで両手をクロスさせた。
指の根元から10本のかぎ爪が飛び出した。
怪人は勢いにまかせて、ゲンキの胸元をおそった。
「死ねえッ! ……ごふッ!?」
横から強烈な衝撃を喰らい、怪人は数メートルほど弾き飛ばされた。
ぎりぎりのところでバランスをとり、転倒をまぬがれた。
見れば、ムサシが回し蹴りのポーズで残心を決めていた。
「5対1だ。忘れるな」
うわー、ムサシにカッコいいシーンを取られたと、ゲンキは嫉妬に駆られた。
「これ、わいらの出番ないんとちゃうか?」
性別転換と変身を終え、攻撃の機会をうかがっていたジャンは、ぼそりとつぶやいた。
カオルと清明も、見を決め込んでいるようだ。
フェアプレイの精神からではなく、ゲンキとムサシの邪魔をしない配慮だった。
ゲンキは怪人をゆびさした。
「おい、怪人女……名前は?」
ムサシはあきれて、
「ゲンキ、そんなことはどうでもいい……トドメを刺すぞ」
と言った。
「いや、ちょっと待て。怪人の名前は大事だから」
「怪人・吸血鬼女とでも付けとけ」
「そのネーミングセンスはない」
そのときだった──夕陽の向こうから、長い長い影が伸びてきた。
ムサシは怪人の挙動に注意しつつ、その影の主をさぐった。
影の主は、ブロンドヘアーをなびかせた背の低いゴスロリ少女だった。
右手にわざとらしく洋物の傘を持ち、気取った感じでこちらに歩いて来る。
少女は、5人から少し離れたところで小ぶりな足を止め、くるりと傘を一回転させた。
「はーい、そこの赤い男の子の質問には、このイーシャ……じゃない、マリア様がお答えするアルね♪」
マリアと名乗った少女は、妙なリズムを取りながらムサシたちに話し掛けて来た。
怪人は一旦かぎ爪を引っ込め、その少女のそばに飛びのいた。
ふたりのあいだに主従関係があることは、5人の目にも明らかだった。
「あたしたちは、ワン……じゃない、エミリア様の手下として、この国にはびこる正義の味方を始末しに来たヨ。この娘は大蝙蝠。決して怪しいものじゃないアルね」
完璧だ、と言った顔で、少女は5人の顔をみた。
ところが5人は、つまらない芝居を見せられたかのように、冷たい視線を送ってきた。
少女は少しうろたえながら、きょろきょろと5人の顔を見比べる。
「……どうしたアルか?」
ムサシはひとこと、
「おまえの金髪、それ鬘だよな?」
とたずねた。
少女は、びっくりしたように身を震わせた。
「ち、違うアル! これは地毛ヨ!」
「耳元から黒い毛がはみ出してるぞ?」
ムサシの指摘に、少女はあわてて頭をおさえた。
その拍子に、髪全体がずれて、艶やかな黒髪が半分ほど露出した。
「アヤヤ……こ、これは……」
ムサシはさらに追い討ちをかける。
「それに、顔がモロ東洋人なんだが?」
ムサシの言う通りだった。
一部始終をみていた怪人・大蝙蝠は、すこし気まずそうな顔で、
「一向聴様……この作戦、やはり無理があるのでは……」
とつぶやいた。
「コ、コラ! あたしの名前言っちゃダメヨ!」
「ほお、おまえは一向聴って言うのか……とっても中華風だな……」
少女は顔を真っ赤にして、なぜか仲間の大蝙蝠を睨みつけた。
「ほら、おまえのせいでバレたネ! 日本で吸血鬼に成り済まして蘆屋とエミリアを喧嘩させる作戦だったのに、台無しヨ!」
わざわざ作戦内容まで解説してくれた少女に、5人は素直に感謝した。
カオルはそっけなく、
「こいつ……ゲンキよりバカだぞ……」
と、ひどいツッコミをいれた。
ゲンキも納得してしまう。
「ああ、オレも大概だが、こいつはひでえ」
あきれ返る5人のなかで、真っ先に冷静さを取戻したのは清明だった。
「あ、でも5対2になっちゃったね」
清明の一言に、一向聴はニヤリと笑った。
「そういうことネ♪」
一向聴は5人に向き直ると、先ほどまでの表情とは打って変わり、邪悪な微笑を口の端から漏らした。
鬘を投げ捨て、ゴスロリ服も脱ぎ捨てた。
夕陽に溶ける真っ赤なチャイナ服が、5人の視線をうばった。
「あたしは王様が誇る四風仙の一人、北の一向聴。作戦がバレてしまったからには、おまえたちは生かしておかないアル」
一向聴は左脚を高く上げ、左手を頭上に、右手を前に突き出し、拳法のような構えを取る。
一見様になっているものの、それを見たムサシは眉間にしわを寄せた。
「なんだその構えは? 隙だらけだぞ?」
「そう思うなら、さっさと掛かって来るアル」
ムサシはふぅと溜め息をつき、空手の構えをとった。
格闘技合計20段を超えるムサシに、ほかのメンバーは出番がないと思った。
「本当に容赦しないぞ? 逃げるなら今のうちだ」
かっこ良過ぎる。ゲンキは、なんだか泣きたい気分になってきた。
そんなゲンキをよそに、ムサシは左脚に重心を移すと、一気に前へ踏み込んだ。
その瞬間──
「無和了!」
「……!?」
ムサシは突然、足下に転がっていた小石に躓き、そのまま地面に突っ伏した。子供用のアクションステージでヒーローが転んでしまったような気まずさが、場を支配した。
そのミスをかばうように、ゲンキが無邪気な笑みを浮かべて前に出た。
「やっぱここは、リーダーの出番だよなあ。ブラック、下がってな」
「くっ……だれがブラックだ……」
立ち上がったムサシは、膝の砂を払いながら悔しそうな顔をした。
まさか、あんなところで躓いてしまうとは。
一方、一向聴はさきほどと同じ構えを崩さなかった。
余裕綽々と言った表情だ。
「女を泣かせるのは気が進まねえが、女幹部ってのは悪の組織につきもんだからな……悪く思うなよ……」
「前置きはいいから、早く攻めて来るアル……この格好、疲れるネ」
「じゃあ、今すぐ楽にしてやるよッ!」
格闘技のたしなみはないが、喧嘩には自信のあるゲンキ。
がむしゃらに少女目がけてダッシュを決めた。
しかし──
「無和了!」
「!? ゲンキ、あかんでッ!」
右手の林から野球のボールが飛び出し、ゲンキの頬を直撃した。
木々の向こうがわにある運動場からの、強烈なプレゼントだった。
「いってえ……」
思わず頬を押さえるゲンキ。舌の上がしょっぱい。
口の中が切れてしまったようだ。
「さすがです、一向聴様」
大蝙蝠が、羨望のまなざしで上司をほめた。
「うふふ、これくらいはわけないネ♪」
そう言って一向聴は、足を地面に降ろした。
勝ちを確信したわけではない。ふとももが釣りそうになっただけである。
カオルは顔をひきつらせて、
「ま、まずいぞ……この女、なにか特殊な能力があるッ!」
と叫び、ゲンキとムサシに注意を促した。
もちろんそんなことは、ふたりもとっくに気付いていた。身をもって体験したのだ。
二連続で攻撃が失敗したのが、ただの偶然とは思えなかった。
ゲンキとムサシは、いったん距離をとって様子をうかがった。
「どうしたネ? もう降参アルか?」
マズい、反撃される──それがゲンキの直感だった。
が、これはハズれた。
「それじゃ、今度はこっちの番ネ……大蝙蝠、やるアル」
「ハハッ」
一向聴はそう言うと、自らは一歩後ろへさがった。
上司の命令を受けた大蝙蝠は再びかぎ爪を生やし、5人の前へにじり寄る。
一方、ゲンキの横でムサシは、
「どういうことだ……なぜ一向聴が攻めてこない? あいつのほうが格上だろ?」
とささやいた。
普通なら聞き取れない音量だったが、どうやら聴覚も強化されたらしい。
ゲンキには、はっきりと聞き分けることができた。
「ああ……こいつはなにかあるぜ……」
思考をフル回転させるふたり。どう補助すればいいのか戸惑っている残りの3人。
戦力的には、2対2になってしまったようだ。
そんななか、中華娘の能力に気がづいたのは、ムサシではなくゲンキの方だった。日頃見慣れている特撮番組のおかげで、この手のシチェーションには慣れていたからだ。
一向聴の能力は、防御特化ではないのか──そしてその防御の仕方が、相手のミスを誘う類いのものではないのか──それが、ゲンキの結論だった。
そうこうしているうちに、大蝙蝠は2メートルほど先まで間合いを詰めて来る。
お互いにリーチを伸ばし合えば、一発で交差する距離だ。
ゲンキは大蝙蝠に聞こえないよう、出来る限りの小声で囁く。
「ムサシ……おまえはあの怪人を攻撃しろ……オレは時間差でもう一度一向聴をやる」
「……分かった」
沈黙──そしてまた沈黙。
大蝙蝠もゲンキたちも、風に身を任せておたがいの間合いを計った。
西の空が暗くなり始め、最後の閃光が地平線の果てに輝いた瞬間、ムサシが動いた。
「うおおおおおッ!」
ムサシの咆哮に合わせて、大蝙蝠も一気に踏み込む。
女の右手が振りかざされたところで、ムサシの姿が怪人の視界から消えた。
「!?」
その瞬間、大蝙蝠の足に激痛が走った。
宙に浮いた彼女は、めまぐるしく変わる視界のなかで、地面に両手を突いて足払いを決めたムサシの姿を認めた。
「おおッ!?」
大蝙蝠は空中でバランスを失う。ムサシは身軽に倒立し、強化された両腕の力でそのまま女の顎に蹴りを打ち込んだ。
大蝙蝠の口から血が飛び散り、その体がそばの茂みに突き刺さった。
彼女が起き上がるよりも先に、今度はカオルと清明が女の腕を左右から押さえ込んだ。幼馴染み同士のチームワークが、ようやく動き始めていた。
唯一の武器を封じられ、女は一向聴に助けを求めた。
「い、一向聴様ッ! 援護をッ!」
部下の哀願を前に、一向聴が即座に左脚を上げる。
「アイヨ、無……」
「させるかあああッ!」
「!?」
一向聴は片足のポーズで器用に向きを変え、突っ込んで来るゲンキに腕をむけた。
少女の動きは、ゲンキが計算していたよりも遥かに敏捷だった。
「無和了!」
「ぐっ!?」
目に虫が飛び込み、ゲンキは思わずまぶたを閉じてしまった。
視界が暗転する瞬間、ゲンキは勝ち誇った一向聴の笑みを見た。
「と見せかけて、わいが本命やあああッ!」
「!?」
よろめいたゲンキの背中を踏んで、背後に隠れていたジャンが空中に舞い上がる。
まさかの二段攻撃に、一向聴は呪文を唱えるヒマがなかった。
ジャンの闇雲な蹴りが、一向聴の顔面にヒットした。
「アイヤ!」
情けない叫び声とは裏腹に、一向聴はぐるりと空中で体勢を整え、体操選手のごとく10点満点の着地を決めた。
「しもうたッ! 仕留め損なったでッ!」
しかしダメージはあった。鼻血が出ていた。
一向聴はその血を拭うと、チャイナドレスの胸元に手を入れた。
「さすがに分が悪いネ……ここは仙水で大蝙蝠を……」
一向聴は胸元をあさったあと、ふいに顔をゆがめた。
ふところから腕を引き抜き、手のひらを見やる。
ぐちゃぐちゃとした真っ黒な液体が、少女の手をおおっていた。
「こ、これは憑神ネ……ま、まさかあいつが……!?」
一向聴の手のひらにへばりついた黒い物体は、いきなり形を変えたかと思うと、あっと言う間に彼女の全身を包み込んだ。
一向聴は身悶えしながら、なんとか脱出しようと手を伸ばした。
「アイヤー! 王様、助けてアルー!」
その悲鳴を最後に、一向聴は、黒い液体とともにコンクリートの地面の中へ染み込んで消えた。
少女が死んだのか、それは5人にも俄に判然としない。
ただ、日没の静寂だけが、辺りに戻っていた。
大蝙蝠も、3人がかりでとっくにのされていた。
ゲンキはあたりを警戒しながら、
「勝った……のか?」
と、ぼんやり尋ねた。
それに答える者は、だれもいなかった。




