第52話 アナスタシアの挑戦状
「そこだッ! そこの右の扉ッ!」
地図をポケットに押し込み、ゲンキは錆び付いた扉の前で立ち止まった。後ろを走っていたジャンも、それに合わせて急ブレーキを掛けた。
ゲンキは周囲を一瞥し、人がいないことを確認した。全員出払ってしまったようだ。
「なあ、カオルを先に捜したほうがいいんじゃないか? 追われてるっぽいぞ」
「通気口の中やろ? この部屋にもあるはずや」
ジャンの理由付けに納得し、ゲンキは早速扉を開けようとした。
その手をジャンが引き止める。
「人がおらんかどうか確かめたほうがええで。おったら通気口には潜り込めんさかい」
ひんやりとした金属の表面に、ゲンキは耳を押し付けた。じっと耳を澄ませ、中の様子をうかがった。例のエンジン音以外、なにも聞こえてこなかった。
「……だれもいないみたいだ」
「よっしゃ、だったらチャンスや」
言われるまでもなく、ゲンキはドアノブへと手を掛けた。ゆっくりとそれを回す。
90度回転させたところで、音を立てないようにそれを手前に引いた。
「……ぐッ」
「どないしたんや? はよせんかい」
「あ、開かない」
「引いてダメなら押してみ」
ゲンキは力を込めて扉を押してみた。びくともしない。押し引きする度に、ドアノブの近くでガチャガチャと音がする。そのことに気付いたゲンキは、軽く舌打ちをした。
「チッ、鍵が掛かってるぜ」
ゲンキはドアノブをでたらめに回してみたが、扉は閉ざされたままだった。
ついに手を放し、ゆっくりと後ろに下がった。
ジャンは、
「あきらめるのはまだ早いで」
と言った。ゲンキは憮然と言葉を返す。
「あきらめてねえよ。こいつをぶち破るから、ジャンも肩貸せ」
ジャンは扉から飛びのき、ゲンキの横に並んだ。
廊下に人がいないことを再確認する。肩を並べ、呼吸を整えた。
「「せえのッ!」」
ふたりが体当たりすると、扉は勢いよく前に倒れた。開いたのではない。文字通り倒れたのだ。蝶番が吹き飛び、扉がドア枠からはずれた。ふたりは慌てて手を伸ばしたものの、全ては後の祭りだった。扉はそそのまま地面にぶつかり、大きな金属音を立てた。
「あ、あかんッ! 絶対怪しまれるでッ!」
「ジャンはそっち側を持てッ! はめなおすぞッ!」
ふたりはドアの両サイドをかかえ、なんとかドア枠にそれを嵌め込んだ。しかし、どちらかが手を放しただけで、バランスが崩れてしまう状態だった。
「ジャン、ちょっと押さえてろ」
「わ、ワイがか?」
「適当に支えられるものを探してくる」
お互いに位置を調整し、全重量をジャンに任せたゲンキは、部屋の中を一瞥した。中央に視線を走らせた途端、「あっ」と声を上げた。
「ステッキだッ!」
カオルのステッキは、研究室の中央にある奇妙なシリンダーの中に浮かんでいた。周りに星のような光が漂っていた。
ゲンキがシリンダーに駆け寄った途端、ジャンが警告を発した。
「な、なんかおかしいでッ! その周りの光はなんやッ!?」
シリンダーから数十センチ手前で、ゲンキはかかとにブレーキを掛けた。言われてみれば、光はガラスの反射ではない。それ自体が旋回していた。
ゲンキは距離を保ちながら、じっと光に見入った。
「なんだこりゃ……イルミネーションか?」
「罠かもしれんで」
ジャンの忠告を受け、ゲンキはさらに30センチほど後退した。確かにおかしい。貴重品の保管場所にしては、侵入が簡単過ぎた。そう考えたゲンキは、念入りにシリンダー全体を観察し、それから床に視線を落とした。
すると、さきほどの体当たりで外れたネジが1本、足下に落ちていた。ゲンキはそれを拾い上げ、シリンダーの光と見比べた。
「こいつで試してみるか……」
ゲンキはそうつぶやき、ネジをシリンダーに放り投げてみた。
目の前で火花が弾け飛び、ネジは黒こげになってゲンキの方に打ち返された。
ゲンキは奇妙なポーズを取り、その場で尻餅を突いてしまった。
「ほれみい、言うた通りや。バリアとちゃうんか?」
「そ、そうみたいだな……サンキュ、ジャン」
「感謝しとる暇があったら、さっさと支えになるもん探さんかい」
ジャンにうながされ、ゲンキは室内をもう一度探索した。めぼしい機材は、すべて床に固定されていた。仕方がないので、奥にある椅子をいくつか取り出し、それを組み合わせて即席の衝立に仕上げた。
「これでどうだ?」
扉に椅子の山を押し付けながら、ジャンは具合を確認した。
「んー、なんとも言えへん……」
「とりあえず手を放してみろよ。でないとチェックのしようがねぇ」
ジャンはゆっくりと手を放した。
「……大丈夫みたいやな」
多少ぐらついてはいるが、椅子にキャスターがついていないので、簡単には滑らなかった。
ドアの処理を終えたふたりは、第二関門に取りかかった。
「問題はこのバリアをどう解除するか、だ……」
シリンダーを見つめながら、ゲンキは苛立たしげに腕組みをした。
「バリアの解除なんて、このふたりじゃ無理やろ」
ジャンの投げやりな態度に、ゲンキはムッと口元をゆがめた。
「じゃあどうしろってんだよ?」
「簡単や。ここを使わんかい」
ジャンはぽんぽんと自分の額を叩いてみせた。ゲンキの顔がますます曇る。
「このふたりで考えても解決しねぇよ。カオルがいるんならともかくな」
嘆息したゲンキの目のまえに、ジャンはリストウォッチをかかげた。
ひとさしゆびで液晶部分を小突く。
「この手の話には、ぴったりのアドバイザーがおるやろ?」
ゲンキはようやくジャンの計画を理解した。ニッキーだ。宇宙船を操れるほどの科学力を持った存在なら、バリアの解除くらい朝飯前だろう。ゲンキはそう直感した。
「よし、どっちが話す?」
「ワイが話すさかい、ゲンキは受信側を頼むで」
ふたりはリストウォッチの操作を思い出しながら、通信モードに切り替えた。
ジャンがボタンを押すと、ゲンキの液晶が光った。
ゲンキはすぐに受信ボタンを押した。
「あー、もしもし、ジャンやけど、聞こえるか?」
ジャンの声を、ゲンキのリストウォッチがひろった。
「ああ、聞こえるぜ」
そう答えたゲンキに、ジャンはあきれ顔になる。
「あのな、ゲンキが返事しても意味な……」
《もしもし? ジャンくんかい?》
ニッキーだ。ふたりは言い争いを中断し、ジャンが応答した。
「ジャンや。ちょっと困ったことになっとるんで、手伝ってくれんか?」
《困ったこと? ……追われているのかい?》
「ちゃうで。それどころか、侵入は大成功や。今、ステッキの前におる」
ジャンがそう答えると、リストウォッチの向こう側から「ふむ」という感心めいたタメ息が漏れた。どうやらニッキーも、ここまでスムーズにいくとは思っていなかったらしい。
《ではなにに困ってるんだい? まさか、カオルくんもそこに……》
「残念やけどそれはまだや。ステッキがバリアみたいなもんに覆われて、回収できへん。どないすればええんや?」
《バリア……? 光学式か重力式かくらいは、言ってもらわないと……》
ニッキーの返答に、ゲンキとジャンは目を合わせた。ゲンキは肩をすくめて見せた。
「そんなん全然分からんで。光みたいなもんがキラキラしとるだけや」
《なら光学式だな。ジャンくん、近くに増幅器があるはずなんだが、見当たらないかね? 装置のケーブルを追ってみてくれ》
ジャンはその場にかがみ込み、シリンダーが置かれたテーブルの下をのぞきこんだ。ゲンキも同じ行動を取った。何本ものケーブルが、シリンダーの下から伸びていた。
「……どれがどれやらさっぱり分からんで」
《地球人が増幅器の小型化に成功したという話は聞いていない。ケーブルのひとつが、匣体のようなケースに繋がっていないかい?》
リストウォッチから聞こえてくる説明を頼りに、ふたりはケーブルを追った。絡み合う配線を半分ほど調べ終えたところで、ジャンが声を上げた。
「これとちゃうか?」
「なに、どこ……」
ゲンキが反応して顔を上げた途端、彼はテーブルの角に頭をぶつけた。
「いてぇ……」
頭頂部を押さえるゲンキ。ジャンは嘆息した。
「コントしとる場合やないで……ニッキー、多分これや。テーブルの隅に、金庫みたいなもんがある。ケーブルはそこから伸びとる」
《中身をチェックできないかい? 基盤を調べて欲しいんだが……》
ジャンは箱の把っ手に指を掛け、それを手前に引っ張ってみた。
金属でできた蓋の表面がゆがむばかりで、まったくひらきそうになかった。
「……ダメや。これも施錠されとる。よう見たら鍵穴があるで」
《ピッキングの心得は?》
「そんなんないわ」
ジャンが怒ったように返すと、しばらく通信が途切れた。
ニッキーからのアドバイスを待つ間、廊下を行き交う足音が聞こえ、その度にふたりは肝を冷やした。このままでは時間の問題だ。ゲンキが歯ぎしりしていると、ようやくニッキーの声が返ってきた。
《ふむ、こうなったら変身するしかないようだね。私から案を出そう。1、ヒーローに変身して蓋をムリヤリ開ける。2、魔法ビームで装置ごと壊す。どちらがいい?》
なんの前触れもなく提示された選択肢に、ゲンキとジャンは顔を見合わせた。
先に意見を述べたのはゲンキだった。
「蓋はもろそうだ。ヒーローモードなら、簡単に開くんじゃないか?」
「せやけど、魔法ビームで装置ごと破壊したほうが早いんとちゃうか? 中を見ても、ワイらにはさっぱり分からんやろうしな。壊さんと止められへん」
「警報装置がついてたら?」
「そんなん、ムリヤリ開けても鳴るかもしれんやろ。余計な心配や」
ジャンの反論に、ゲンキは口を閉ざした。確かに壊したほうが早そうだ。そう思う始めたとき、あるアイデアが思い浮かんだ。
「なあ……最初からこのシリンダーをぶっ壊せばいいんじゃないか?」
ゲンキはテーブルの下から這い出て、シリンダーを見上げた。
ジャンも小難しい顔でうなる。
「せやけどなぁ、シリンダーが壊れるかどうか分からんさかい、ここは機械を……」
ドスン
盛大な打撃音。ふたりは後ろを振り返った。
となりの部屋から聞こえたような気がした。
「……なんや今の壁ドン?」
「人がぶつかったんじゃないのか?」
その直後、ふたたび壁が震動した。家具が倒れたような音がした。
それに争う声が加わり、あたりは騒然とし始めた。
まずい、見つかったか。ゲンキは立ち上がると、すぐに変身のポーズを取った。
「もう議論はなしだ。装置を壊すぞ。性別転……」
そのときだった。壁が裂け、凄まじい勢いでなにかが弾き出されてきた。
変身のポーズを取っていたゲンキは避けるのが遅れ、その物体と正面衝突した。
「な、なんやッ!?」
ほこりの向こう側に響くジャンの声。
ゲンキは自分にぶつかったものを突き飛ばした。
「いてて……」
喋った? ゲンキはほこりにむせ返りながら、あたりりを見回した。手を伸ばすと、ぐにぐにと柔らかい感触がした。その正体も分からぬうちに、視界が晴れ始めた。
自分に衝突したもの──それはヒーロースーツに着替えたカオルだった。
「……か、カオルッ!?」
ゲンキが目を白黒させる中、カオルは地面に手をつくと、震える膝で立ち上がった。
「げ、ゲンキ……やっぱり助けに来てくれたか……」
「当たり前だろッ! さっさと逃げるぞッ!」
「待て、先にあいつをなんとかしないと……」
カオルはそう言って、ぎこちないファイティングポーズを取った。
敵がいるのか。ゲンキも立ち上がり、粉砕された穴の向こう側に目を凝らした。タイミングを合わせたかのように、そこからひとりの女が姿を現した。
半分禿げ上がったその女の顔を、ゲンキは即座に思い出した。
「げぇッ! あのときの殺人ロボ!」
「な、なんやこの女はッ!?」
ジャンは事態を把握できていないのか、その場から動こうとしなかった。ジャンはあの戦闘に参加していないのだ。そのことに気付いたゲンキは、すぐさま大声を上げた。
「ジャン! そいつはロボットだッ! 離れろッ!」
ゲンキの警告に、ジャンはいぶかしげな眼差しを向けた。
「ロボット? なにを言うて……」
「いいから離れろッ!」
ゲンキが鬼の形相で叫ぶと、ジャンはようやく女から離れた。
ホッとするのも束の間、ゲンキは女が殺人兵器であることを想起した。このままでは撃ち殺されかねない。ゲンキの背筋に冷たい汗が流れた。
「カオル、状況を説明しろッ!」
「それはこっちが聞きたい。あのロボット、俺とプロレスがしたいらしい」
場違いな表現に、ゲンキは顔をしかめた。
「おまえ、ギャグなんか言ってる場合じゃ……」
「ギャグじゃないッ! 来るぞッ!」
カオルが身構えたと同時に、女は障害物をものともせず突進してきた。バリアの増幅器を蹴り上げ、シリンダーの乗ったテーブルを真っ二つに破壊する。バチバチと火花が跳び、女の衣服が黒煙を上げた。
だが女は怯まない。そのままカオルに向かって体当たりを決めた。
「ぐッ!」
カオルは両手で女の突撃を制し、その場に踏みとどまった。
しかし、見た目には明らかにカオルの劣勢。カオルの靴底が溝を掘った。
「もう少し辛抱しろッ! 俺も変身するぞッ!」
ゲンキが変身のポーズを取った瞬間、女は彼のほうへ向き直った。
なにやら怒りに満ちた目をしている。だがゲンキはお構いなく、決め台詞を唱えた。
「赤羽ゲンキ、変身ッ!」
少年は深紅の光に包まれ、ヒーローへと姿を変えた。
ビシッとポーズを決め、女を睨みつける。
「2対1ならどうだッ!」
ゲンキがそう叫ぶと、女は格闘を中断し、ひらりと後ろに飛び退いた。
「2対1はアンフェアです。順番にお願いします」
女の台詞に、ゲンキは眉をひそめた。
「ああん? 卑怯も糞もないだろ。戦隊モノじゃ5対1なんだぞ」
「もう一度言います。2対1はアンフェアです。どちらか一方が……」
「2対1やないで……3対1や」
ゲンキの視界に、変身したばかりのジャンの姿があらわれた。
形勢逆転だ。ゲンキはそう確信した。だが女のほうは不機嫌な顔をするばかりで、焦ったり怯えたりしている気配はなかった。
「逃げたきゃ逃げてもいいぜ。こっちも手間が省けるからな」
ゲンキの強気な発言を無視して、女は3人の少年たちを見比べていた。
そして、独り言をつぶやき始めた。
「……解析完了。3体とも双性者であることを確認。戦闘能力は赤、黄、青の順ながらもほぼ均等。素手による制圧確率は67.3%……迎撃を選択します」
女はゆらりと姿勢を正し、右手の指を折り曲げる。関節が蒸気を噴き上げた。
ゲンキたちもすぐさまファイティングポーズを取った。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえぞッ! おまえは1回負けてるだろうがッ!」
ゲンキの指摘に、女は意味深な笑みを漏らした。
「負けることもあるから面白いのです……そうではありませんか?」
「なッ!?」
おかしい。あのときの木偶の坊とは違う。そう悟ったゲンキの前で、女は拳を床に振り下ろした。軽い地鳴り、くぼんだ床──だがなにも起こらない。
天井からパラパラと破片が降ってくるだけで、ゲンキたちにダメージはなかった。
「……なんだそりゃ? それで威嚇したつも……ん?」
突然、ゲンキの平衡感覚が狂った。体が傾いたような気がする。
ゲンキは足下に力を込め、角度の調整を試みる。だが傾きは増していくばかり。今にも後ろへ倒れそうになったとき、隣でカオルが叫んだ。
「へ、部屋が崩れるぞッ!」




