第50話 ザル警備
「よっしゃッ! さっそく乗り込むぜッ!」
ゲンキは天井の計器に気をつけながら、眼前のスクリーンを睨みつけた。そこにはあの空中要塞が、まるで目と鼻の先のように映し出されていた。実際の距離までは分からないものの、目的地にたどり着いたことは確かだ。ゲンキは気合いを入れなおす。
ぐっと拳を握りしめたところで、横合いから声が聞こえた。
「せやけど、どないして乗り込むんや? ピンポンダッシュでもするんか?」
ジャンの混ぜっ返し。
それは緊張を紛らわすための軽口だと、ゲンキは心得ていた。
「SF映画みたいに、変な光でパパッと瞬間移動できるんじゃないのか? 病院で俺たちを回収したときみたいに」
ゲンキがたずねると、操縦席に座っている銀色の金属生命体、もといニッキーが、前を向いたまま言葉を返した。
「結論だけ言うとそうだが……いくつか注意事項がある」
ニッキーのもったいぶった言い回しに、ゲンキは顔をしかめた。
こういう話の仕方を、ゲンキはあまり好まなかった。
「なんだ、さっさと言えよ」
「まずUFOの転送システムは、半径10メートル以内の物体しか回収できない。それ以上の遠距離だと、対象の再構成に失敗するおそれがある」
ニッキーはそこで言葉を区切った。
ゲンキは要領を得なかった。
「だからどうしたんだ? 俺はカオルと違って頭が悪いから、最後まで説明してくれ」
「ようするに、きみたちを船内から直接回収することは困難だ。カオルくんを救出後、なんらかの方法でもう一度10メートル以内に近付いてもらわねばならない。UFOをクレムリンの内部に着陸させることはできないから、どう近付くかはきみたち次第ということになる」
長々とした説明に、ゲンキも今回の任務の困難さを悟った。カオルを発見するまではいいとしても、その後で3人そろって脱出する必要があった。これは至難の業だ。スパイごっこの経験がないゲンキでも、そのことは容易に理解できた。
ゲンキが深刻な顔をしていると、ジャンが口を挟んだ。
「近付く言うても、内側からはUFOの位置が正確に分からんやろ?」
「一番手っ取り早いのは、クレムリンの甲板に出ることだ。それなら目視できる」
「せやけど、ここは地上から……何メートルかは知らんが、雲の上やで? こない薄着で外に出たら、凍死してしまうわ。そうでなくても、風に吹き飛ばされてお陀仏や」
「もちろん、その格好で船外に出ろとは言わないよ。魔法少女に変身すれば、一見露出が多いように見えても、防寒機能がついている。それに博士がくれたあのリストウォッチ、あれで変身したときも、スーツが体温を守ってくれるはずだ。それに、甲板へ出ると言っても、姿を見せるだけでいい。うろうろ歩き回る必要はない」
ニッキーの指摘に、ゲンキがハッとなった。
顔を上げ、操縦席に意味深な視線を送る。
「ようは、どっちかに変身しないとダメってことか?」
「そういうことになるね」
沈黙。ゲンキはしばらく物思いに耽り、それからくちびるを動かす。
「だけど、変身すると目立つぜ? ひらひらのスカートにヒーロースーツだからな」
「うむ、最初から変身して乗り込むのは危険だろう。エネルギーの限界もある。最後の脱出時か、あるいはなんらかの事故で正体がバレたときに限られる」
なるほどと、ゲンキは首を縦にふった。後者は最悪の事態だが。
「となると、男で乗り込むのか女で乗り込むのかが問題だな」
「女のほうがええやろ? 博士にもらったヒーロースーツ、いまいち使い勝手が悪いで。これまでも、魔法少女のほうが勝率ええしな」
ジャンの理由付けに、ゲンキは一瞬同意しかけた。だがすぐに反論した。
「だけど、あの船に女って乗ってるのか? いや、乗ってるかもしれないが、女子高生ふたり組なんて、魔法少女並に目立つぞ?」
「うーん、せやな……ほな、このまま男で行こか?」
ゲンキは決めかねて、ニッキーへ向きなおった。
「ニッキーはどう思う? 女に性別転換したほうがいいか?」
「そのあたりはきみたちの判断に任せるよ。私自身、きみたちの性転換時にどんな変化が起こっているのか、把握していないからね。大切なのは、無理をしないことだ」
無理をしない。ゲンキはその条件に首をかしげた。敵の本拠地に乗り込むなど、すでに無謀の極みだ。今さらひとつふたつ危険が増えたところで、ゲンキには大した差がないように思われた。
「……それにしても、ニッキーも案外大胆なんだな」
ゲンキは、独り言のようにそうつぶやいた。
「なにがだい?」
「いや、こんな作戦、ニッキーは賛成しないと思ったんだが……」
ニッキーはハハッと笑った。
「どうせ私が反対しても、ムリヤリ突っ込む気だったんだろう? そこで仲違いするより、こうして協力し合ったほうがいいと思っただけさ」
「……あくまでも合理的に、ってわけか?」
「そう解釈してもらって結構」
ニッキーはそう言うと、操縦席の計器を操作し始めた。転送の準備だろう。そう考えたゲンキは、ジャンに視線を移した。
「突入してからぐだぐだ相談してもしょうがねえ。先に話し合っとくぞ」
「ええけど……なにを話し合うんや?」
「まず潜入後にふたりで捜すか、それとも分かれて捜すかだ」
ジャンはあきれたように、
「そんなん決まっとるやろ。バラバラになったら、後でどないして合流するんや?」
と返した。
ゲンキは頬を赤らめた。言われてみれば当然の指摘である。
照れ隠しのため、ゲンキは話題を転じた。
「よし、じゃあ次に捜す順番だな」
「そんなん決められへんで。船内がどないなっとるか……」
「それについては、これを見てくれ」
ニッキーはディスプレイを操作した。クレムリンの映像が消え、なにやら地図のようなものが映った。それが空中要塞の船内図だと分かるまで、ふたりはほとんど時間を要さなかった。
「なんだ、そんなもんがあるなら、早く出してくれよ」
「ちょうどスキャンが終わったところだ。ところで、この青い部分なんだが……」
ニッキーはそう言うと、銀色の人差し指でスクリーンの1点を指差す。そこには、ポツンと青い光が点滅していた。ゲンキは目を細めながら、その光の意味について考えた。
「……そっかッ! そこにカオルが……」
「少し違う。これは、カオルくんに渡したステッキの在り処だ」
「ステッキ……? だったらカオルもそこに……」
ニッキーはスクリーンを指差したまま答える。
「カオルくんは別室に監禁ということもありうるよ。むしろその可能性のほうが高いと思うがね……とにかく、私たちの目的には、カオルくんの救助だけでなく、ステッキの回収も入っている。この部屋には必ず寄ってもらいたい」
「さ、先にカオルが見つかっても、か?」
ゲンキがそうたずねると、ニッキーはあっさりと首肯した。
「これはギブ・アンド・テイクの関係だからね。私はカオルくんの救助を手伝う。だからきみたちはステッキの回収を手伝って欲しい……どうしても不可能な状況になったら、そのときはまた考えよう。できるだけ善処してくれ」
ゲンキは不承不承うなずいた。ゲンキとしては人命救助が最優先に思われたが、今さら嫌だとも言えなかった。少年は、揉め事を起こさない方針を選んだ。
「そや、どうせワイらが最初に向かうのは、この部屋になるやろ。だったら、ステッキだけ回収し損ねるってことはないで」
ジャンのアドバイスに、ゲンキも納得顔になった。
「そうか、第一目標はこの部屋だな……これ、印刷できないのか?」
「できるとも。ちょっと待ちたまえ」
ニッキーが手元のボタンを押すと、計器のくぼみから地図がプリントアウトされた。それを手渡されたゲンキは、念入りに船の構造を記憶した。
「で、スタート地点は?」
「ここだ」
ニッキーは、青い点から少し離れた場所をゆびさした。
ゲンキの顔が曇った。
「ちょっと待て、そこは……階層が違うじゃねえか。もっと近くにしてくれ」
「無理だよ。さっきも言った通り、転送可能な範囲は半径10メートル以内だ。一番外側の階層にしか転送できない。残念ながら、ステッキのある部屋はひとつ下の階層になる。そこまでは自力で移動してくれ」
ゲンキは軽く舌打ちをした。ニッキーの努力は、ゲンキにも分かっている。だが、あまりにももどかしい。そこへ恐怖が加わり、ゲンキは冷静さを失いかけていた。
自分を落ち着けようと、ゲンキは深呼吸した。もう一度見取り図をながめる。
「……せめてここ……階段の近くに転送してくれないか?」
ゲンキはそう言って、第一階層と第二階層をむすぶ階段を指差した。
ニッキーは無慈悲にかぶりをふった。
「そこは身を隠す場所がない。いきなり廊下に転送されてしまう。警備兵に見つかれば、そこでアウトだ」
「くっそォ……」
地図の端に皺が寄った。怒りで指に力が入ってしまったのだ。
それに気付いたゲンキは、慌てて肩の力を抜いた。
ニッキーは先を続けた。
「転送、救助、転送で済むなら、ただの遠足だよ。それができないことを承知で潜入するわけだから、それなりの困難は覚悟しておいて欲しい」
単純ながら重々しい事実の指摘に、ゲンキは真顔になった。
「分かった、気をつける……ところで、連絡はどうするんだ?」
「ああ、それは簡単だ。リストウォッチは持ってるね?」
ゲンキは右腕に嵌めたそれをかかげた。ジャンもそれに続いた。
「そのリストウォッチの通信機能を利用させてもらう。難しい説明は省くが、盗聴と同じ要領だ……と、そんな顔しないでくれよ。他に方法がないんだからね」
「つまり、このリストウォッチを通信モードにして、話し掛ければいいんだな?」
「その通りだ。通信相手は誰でもいいが、ゲンキくんはジャンくんの、ジャンくんはゲンキくんのチャンネルを使うのがいいだろう。そうすれば、こちらも音を拾える」
わざと盗聴させる。少々おかしな話だが、ゲンキはすぐに納得した。
「他には?」
ゲンキが最終確認に、ニッキーは首を左右に振った。
「よしッ、ニッキー、転送を頼むぜ」
「分かった。そこで待機してくれ」
ゲンキはジャンを振り向く。ジャンは少し緊張しているようだった。適当に見えて、意外とアガリ性なのだ。手が微かに震えていた。
「難しい話やな……階を移動せんといかん……」
「ま、それは乗り込んでから話し合おうぜ。中がどういう状態なのか、地図だけじゃいまいち分かんねえからな」
「……せやな」
そこで会話は終わった。少年たちは転送を待った。
「……準備完了だ。転送先の部屋に生命反応はない。その点は保証しておくよ」
ニッキーの最後の説明を受け、ゲンキとジャンはお互いの顔を見つめ合う。
「こっちもオッケーだ。頼む」
「では、健闘を祈るよ」
ニッキーがボタンを押した瞬間、ゲンキの目の前は真っ白になった。
○
。
.
「……キ……ンキ」
ジャンの声。ゲンキは朦朧とする意識の中で、ゆっくりとまぶたを上げた。
視界をおおうように、友人の顔が見えた。
「ゲンキ、起きるの遅いで」
「うッ……ここは……?」
ジャンは顔をはなし、あきれ顔で答えた。
「クレムリンの中に決まっとるやろ」
そうだった。ゲンキも苦笑して、上半身を起こした。辺りを見回すと、濃緑色をした冬用のコートがずらりと並び、防虫剤の香りが少年の鼻を突いた。
「……衣装室か?」
ゲンキは、一番近手にあったコートに触れ、その感触を確かめた。服飾には詳しくないゲンキだが、品質はそれほど良くないように思われた。
「そうみたいやな。ニッキーもさすがに段取りがええ」
ジャンは立ち上がり、ハンガーに掛けられたコートを一着ずつ確認した。
いぶかしがるゲンキの横で、ジャンはぶつぶつとサイズを確かめた。
「どれもこれも大人用やな……ん、これはちょいと小さいわ」
ゲンキが黙ってその作業を見つめていると、ジャンは手を止めて彼をにらんだ。
「アホ、さっさと自分のを探さんかい」
「自分の?」
ゲンキはようやく、ジャンの行動を理解した。
「こいつで変装するってわけか」
「せや、それが一番手っ取り早いで」
ゲンキとジャンは手分けをして、サイズの合いそうな制服を探した。ほとんどが外国人の大人サイズで、ふたりに合うものはなかなか見つからなかった。2着をそろえるまで、かなりの時間を要した。
「よし、これなら上下ともにぴったりだな……さっそく着替えるか」
ふたりはその場で衣服を脱ぎ、制服を身にまとった。鏡がないので、お互いにおかしなところがないかをチェックし合った。
「うん、ばっちりだ。少なくとも、変質者には見えない」
「アホ、最初から変質者には見えんわ」
バカみたいなジョークを飛ばした後、ふたりの顔は真剣味を帯びた。
「さて……これからどうするかだが……」
「どうするもなにも、さっき教えてもろうた青い部屋に行くんとちゃうんか?」
ジャンはポケットに両手を突っ込み、眉をひそめた。
ゲンキは慎重に言葉を返した。
「そうしたいんだが……いきなり廊下に出て大丈夫なのか? 持ち場を訊かれたりしたら、どうする? それに、ステッキのある部屋は立ち入り禁止かもしれない」
ゲンキが疑問点を列挙すると、ジャンは苛立たしげに頭をかいた。
「そんなんは行ってみんと分からんやろ。ここで議論しても意味ないで」
「……それもそうか。とりあえず現場を見てみないとな」
「ほな、さっさと行くで」
ゲンキとジャンはコートの森を縫って出口へと向かった。いかにも立て付けの悪そうな木戸の前に立ち、ゲンキは真鍮製のドアノブに手を掛けた。
ギィという心臓に悪い音とともに、ゆっくりと扉がひらいた。
「だれもおらんか?」
「待て、確認し……」
「おーい、そこでなにやってんだ?」
ふたりは地面から数センチ飛び上がり、声のしたほうへ振り向いた。そこには銃を担いだ若い男が、したり顔でこちらを見ていた。いきなりのピンチに、ゲンキは混乱を極めた。
「こ、こ、こんちは……」
ゲンキが意味もなく挨拶すると、男は無精髭を撫でながらくちびるを動かした。
「へへッ、なあに焦ってんだよ。さてはさぼって、煙草でも吸ってたな?」
煙草? なんのことだ?
戸惑うゲンキの横で、ジャンが先に状況を立てなおした。
「せ、せや、ちょいと隠れて一服な……アハハ……」
「黙っといてやるが、気を付けろよ。見張りをさぼってると、後でどやされる」
「き、気をつけるわ。ほ、ほなまた……」
ジャンが愛想笑いを浮かべると、男はその場を去って行った。その背中が見えなくなったところで、ふたりは肺の空気を一気に吐き出した。
「めっちゃビビったで……寿命が縮んだわ……」
「俺もだ……」
ふたりは再度廊下を見渡した。
誰もいない。エンジン音のようなものがするだけで、人の気配はなかった。
「なんだこりゃ……警備がスカスカじゃねえか……」
「敵さんも、UFOで乗り込んで来るとは思うとらんのやろ」
なるほど、それもそうだ。ゲンキは納得した。クレムリンのような要塞に、わざわざ少人数で潜入してくる奇人がいるとは、敵も想定していないのだろう。
「心配して損したな」
「ほな、その損を取り返しに、早いとこ済ませようや」
ゲンキは小さく折り畳んだ地図を頼りに、階段へと移動した。ニッキーの説明通り、階段の周りに身を隠せそうな場所はなかったが、そもそも見張りがいなかった。第一関門を楽々突破し、ふたりは下の階層へと移動した。
「……来たで」
「分かってる」
青い部屋へ向かう途中、反対側からふたたび警備兵が現れた。うつむき加減になりながら、ふたりはその男をやり過ごそうとした。
肩がすれ違ったところで、男の足音がやんだ。
「おい、そこのふたり」
……まずい。ゲンキは振り向かず、そのまま返事をした。
「な、なんでしょうか……?」
「おまえら、持ち場を間違ってないか? ここは俺と……ん?」
ゲンキの鼓動が速くなる。ジャンの機転を期待したが、彼もまた黙っていた。
「銃はどうした? なんで手ぶらなんだ?」
ゲンキは沈黙を押し通した。
自分が喋ると墓穴を掘りかねない。そう読んだのだ。
ゲンキの我慢が功を奏したのか、ようやくジャンが口をひらいた。
「こ、これから取りに行くところや……」
微妙な言い訳。ゲンキの背中に緊張が走った。
「なんだ、そうか……しかし、そっちは武器庫じゃ……」
そのときだった。けたたましいサイレンが鳴り、辺りが急に騒がしくなった。
左右の扉がひらき、何人もの兵士たちが顔をのぞかせた。万事休すか。ゲンキが破れかぶれになりかけたとき、唐突なアナウンスが始まった。
《緊急事態発生。魔法少女が監禁先から逃亡。通気口へ侵入した模様。第二階層Cブロックの通気口を捜索せよ。繰り返す。緊急事態発生。魔法少女が監禁先から逃亡。通気口へ侵入した模様。第二階層Cブロックの通気口を捜索せよ》
そこでアナウンスは終わった。
目の前の男は銃を担ぎなおし、軽く舌打ちをした。
「チッ、この区域じゃねえか。面倒なことになったな」
そんな愚痴をこぼし、男はゲンキたちに向きなおった。
「おい、手分けして捜すぞ。おまえらは武器を借りて、奥のラボを担当しろ」
「りょ、了解や」
警備兵たちは、めいめい持ち場を割り振り始めた。
周囲のどよめきをよそに、ふたりは廊下の奥へと向かった。




