第4話 ヒーローへの道
怪人に襲われてから1時間後、ゲンキたちは七丈島海浜自由学園の理科準備室にいた。
学校から特別車両の迎えがきて、それで運ばれたのだ。
てっきりタクシーかと思っていたので、ゲンキは終始けげんそうだった。
理科準備室で待っていると、ドアが開いた。
カオルが顔をのぞかせた。
「ん、ゲンキたちも来てたのか?」
ゲンキは「それはこっちのセリフだ」と言ったあと、
「カオルは、博士の用件を知ってるか?」
とたずねた。
博士というのは、孤児であるゲンキの養父、御湯ノ水博士のことだった。
この学園の理科教師でもあり、ゲンキもなにかと頭のあがらないあいてだった。
カオルは肩をすくめて、
「さあな……ただ、おおたかの察しはつくぞ」
と答えた。
「察し?」
「清明とムサシも呼ばれてる」
カオルのうしろから、さらにふたりの少年が顔をのぞかせた。ひとりはアホ毛のショートカットを携えた可愛らしい少年、緑川清明。もうひとりは、束ねた黒髪を腰まで垂らし、前のはだけた学ランにズボンという出で立ちの、黒金ムサシだった。ふたりともゲンキの同級生だった。
ゲンキはこの場のメンツをみて、ようやく事情を察した。
「この5人ってことは……」
「そう、この島で性別転換できるメンバーが全員そろった。ようするにそれ関連だ」
そこへ、ひとつの人影があらわれた。
「そのとおり、察しがいいな」
白衣を着た、やや恰幅のいい男。御湯ノ水博士だった。
博士は口の周りにヒゲをはやし、右目に片メガネをしていた。
ゲンキは椅子に座ったまま、
「で、御湯ノ水博士、こんな時間になんの用だ?」
とたずねた。
「今日はおまえたちに大事な話がある……」
いつもと違う雰囲気を、五人は一瞬にして感じとった。普段なら、やれもっと仲良くしろだの、街中で目立つ行動は慎めだの、とにかく口うるさい父親のようなことしか言わない博士だったが、そのときとはようすがちがっていた。
カオルは、すこし浮き足立った調子で、
「大事な話ということは……まさか俺たちの家族のことですか?」
とたずねた。
だが、この期待はうらぎられた。
「いや……おまえたちの出生に関する話ではあるが……」
ゲンキはけげんそうな顔をした。
「俺たちが双性者だ、ってことは今さら説明されても困るぜ?」
ここでカオルがわりこんだ。
「もしかして、なぜ俺たちが双性者なのか、って話ですか?」
5人の視線を一身に受けながら、御湯ノ水博士はこほんとせきばらいをした。
これほどまでに真面目な養父の顔を、5人はかつて見たことが無かった。
「おまえたちが双性者……つまり、自分の意思で性別を変化させられる特殊な身体であることは、もはや言うまでもないだろう……そして、その技術が、日本本土では……いや、世界中で禁止されていることもな?」
5人は、一斉にうなずきかえした。
「この七丈島は、国連から特別自治区として認められた治外法権の人工島だ……おまえたちが双性者から単性者への手術を強制されなかったのも、ひとえにこの治外法権のおかげなわけで……ん、なにか質問があるのか?」
博士は、ムサシのほうに顔をむけた。
「いや、質問じゃないが……そんなことを話すために、俺たちを呼び出したのか?」
清明も退屈そうにしながら、
「そうだよ、全部ボクらが知ってる話じゃない」
と言った。
まあそう先を急ぐなと、博士はムサシと清明を制止した。
「双性者から単性者への強制転換手術は、国連の指導の下で例外なく実施された。表向きの理由は、双性者が将来的に不治の病を誘発するというものだ」
ここでジュリアが口をひらいた。
「それも知っとるって。うちらもそのうち手術を受けんとあかんのやろ?」
ジュリアは、自分の体を観察した。
「この体、けっこう気に入っとるんやけどな……」
ところがひとりだけ、博士の言い回しに違和感をおぼえている少年がいた。
カオルだった。カオルは「待て、ジュリア」と言ってから、
「博士は今、『表向きの理由』とおっしゃいましたよね? ……技術史の本にも、双性者が禁止された理由は、重大な遺伝子上の欠陥が見つかったからだと書いてありました。もしかして、別の理由があるのですか?」
とたずねた。
カオルの問いに、博士はしばらく目を閉じた。
「……おかしいと思わんかね? 自分の意思で性別を変えるなどという研究に、なぜ各国が莫大な予算をつぎ込んだのか? それはな……研究の目的が、そんなところには無かったからなのだよ……つまり、性別転換なる能力は、ある計画の副産物に過ぎなかったのだ」
話の核心にたどりつき、5人は固唾を飲んで次の言葉を待った。
「融合体計画……それが、日本での呼称だった」
カオルはただひとり、その言葉の意味を察した。
「融合体……いくつかの生物を融合させ、改造人間を生み出す計画……ですか?」
「その通りだ」
カオルの推測に、博士はうなずいてみせた。
そこへ、ゲンキがあせったようにわりこんだ。
「ちょっと待て。キメラノイドって、18年前に放送された『ガチレンジャー』に出てくる怪物のことじゃねーか。しかも今の説明と全く一緒だったぞ。なんでそんなヤバい情報が、子供番組に出て来るんだよ?」
その通りだった。むしろゲンキがカオルのまえでその再放送番組を観ていたからこそ、キメラノイドなるものについて見当がついたのだった。
そして、なぜその番組にキメラノイドが登場していたのかも、カオルには理解できた。
「情報戦においては、隠蔽したいデータをコミカライズし、敢えて巷のメディアで流布するという手法があるんだ。例えばロズウェル事件。あのときは、宇宙船の墜落をテーマにした娯楽作品が大量に生産された。そういう娯楽に慣れ親しんだ大衆は、真面目に宇宙人の隠蔽を主張する人々にこう言うのさ。そんな空想じみたことを言うんじゃない、って」
「な、なるほどな……そういうことだったのか……」
とは言ってみたものの、ゲンキは、カオルの話がよく理解できていなかった。
こんどはジュリアが手を挙げた。
「ちょい待ち……今の話とうちらと、なんの関係があるんや? キメラノイドか何か知らんけど、うちらはれっきとした人間やろ?」
博士は、ジュリアの質問に視線をさげた。
その動作の意味に、カオルは戦慄した。
「まさか……俺たちがその融合体ってことは……」
「……そうだ」
博士の一言に、ゲンキは絶叫した。
「嘘だろおおおおッ! お、俺はヒーローになりたいんであって、怪人になりたいんじゃねッ! 嘘だ!!! 嘘だって言ってくれッ!!!」
「残念だが、嘘ではない……」
「イヤだああああッ! 必殺技喰らって爆死するのはイヤああああッ!」
「落ち着け、まだ説明は終わっておらん」
暴れ回るゲンキを、ムサシがうしろから羽交い締めにした。
カオルは「で、この話の結末は?」とたずねた。
「融合体計画は、各国が軍事目的で始めたものだ。背景には、兵器開発技術の発展に、兵士自身の肉体が追いつけなくなったという事情がある。兵器スペックに人体が耐えられなくなったのだ。そこで、改造人間を作り出す必要性が生まれたのだが、各国は表面上、人間の性差を無くすという口実で研究を開始した。実際、最初のプロトタイプは、融合体の素体として、なんら人間と変わりない状態で生産されたのだ」
カオルには、話の全貌がみえた。
「そうか……俺たちの体力が人並みはずれてるのは、そういう……」
「そうだ、おまえたちはそのプロトタイプなのだ。正確に言うと、怪人一歩手前の状態で世に送り出された存在ということになる」
そこで、ゲンキの奇声がぴたりと止んだ。
押さえつけるムサシの腕を振り払い、博士のまえに飛び出す。
「それを先に言えっつーのッ!」
「人の話は最後まで聞けと言っとるだろう」
本物の親子よろしく睨み合った二人は、ふんと同時に視線を逸らした。
清明が不安げにわりこむ。
「ね、ねえ、話がこんがらがってきたけど、ボクたちは結局、なんなの? どうして、今頃そんな話をするの?」
博士の表情がふたたび曇った。
全員に緊張が走る。
「融合体がこの島に潜入したという情報があった」
ゲンキとジュリアは、おたがいに顔を見合わせた。
「そいつ、うちらを襲ったやつやッ!」
これにはカオルたちもびっくりした。
「襲われた……? どういうことだ?」
ジュリアは事情を説明した。カオルはうろたえて、
「おまえ……一大事じゃないか」
と顔面蒼白になった。博士のほうへ顔をむける。
「俺たちが狙われてるってことですか?」
「うむ……カオルなら、理由がわかるだろう」
「ええ……俺たちは怪人化するまえのプロトタイプ、逆にいえば、これから改造することもできる、ってことですよね。ようはかっこうの素材ってわけですか」
「残念ながらそうだ……だからこうして……」
博士は準備室の戸棚のひとつを開けた。
そこには金庫が備え付けてあった。網膜式の生体認証で、博士はそれを開けた。
金属製のとびらがゆっくりとひらき──中から腕時計のようなものがあらわれた。
赤、青、黄色、緑、黒。博士はそのなかの赤をえらび、ゲンキに渡した。
「これが、養父である私からのささやかなプレゼント……変身用のリストウォッチだ」
○
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理科準備室をあとにしたとき、外は夕暮れにさしかかっていた。
6月の湿気をはらう夕風が、5人の頬をなでた。
ゲンキは先頭に立ち、スキップしながら歩いていた。
赤いリストウォッチをはめて、満面の笑みだった。
「いやぁ、まさかヒーローになれるとはなぁ」
ゲンキの浮き浮きのセリフに対して、カオルは、
「ただの肉体強化パーツだけどな」
と冷静にかえした。
ゲンキはまったく意に介さず、
「早く変身したいぜ……とぉッ!」
と、その場でキックのまねごとをした。
ムサシがタメ息をつく。
「のんきな奴だ。俺たちは狙われてるんだぞ」
「そこをガツンとやるんだよ……あ、そうだッ!」
ゲンキが急に立ちどまった。ほかの4人も、足並みをそろえて歩をとめた。
カオルは「なんだ? 忘れ物か?」とたずねた。
「やっぱリーダーが必要だよな。オレでいいよな?」
唐突な自己推薦に、ほかのメンバーはしばらく固まってしまった。
それからカオルはハァと嘆息し、ゲンキの肩をたたいた。
「あのな、特撮ヒーローものに設定を合わせる必要はないんだよ」
「いや、リーダーは必要だろ? リーダーと言えば赤と決まって……」
そのとき、ムサシがふたりのあいだにわりこんだ。
「その話はあとだ」
「今決めといたほうがいいだろ。いつ襲われるか、わから……」
ムサシはじぶんのリストウォッチをゆびさした。
「この腕時計、さっきからランプが赤く光ってる……おでましだ」
5人が周囲をみまわすと、雑木林のなかから、影がとびだした。
メイド服を着たそれは、道路の中央に颯爽とおどりでた。
ジュリアはあいてをゆびさして、
「こいつやッ! こいつが昼間の怪人やでッ!」
と叫んだ。
メイドは、悪事を見破られた子供のように、ぺろりと舌を出した。
その舌はするすると地面に向かって伸び、チューブのような先端をこちらに向けた。
「こんどこそ味見させていただきましょう……プロトタイプとやらの血を……!」