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第47話 罪と罰

双性者(ヘテロイド)を奪われただと……?》

 上司の冷たい声。忍は涙をこらえながら、絞り出すように謝罪をくりかえした。

「誠に……誠に申し訳ございません……」

 今にも目尻から溢れそうになる雫を我慢し、忍は指示を待った。

 停職も覚悟している。いや、もっと重い処分かもしれない。たとえその内容がどのようなものであれ、忍は甘んじて受け入れるつもりだった。

 失敗には罰を。当然の対価だと、忍は観念した。

 無線機は音ひとつ立てない。影勝(かげかつ)も考えあぐねているのだろうか。

 重苦しい空気が漂う中、ようやく男の声が聞こえた。

《……行き先は分からんのか?》

「分かりません……目の前から急に姿を消しましたので……」

《急に姿を消した? ……もしやニッキーの宇宙船か?》

「おそらく……」

 確実なことは言えない。忍は強烈な光に目を奪われ、事態を把握できなかったのだ。だがニッキーの正体と、いきなり3人が消えたことを考えれば、特殊な乗り物でその場を脱出したとしか考えられなかった。忍も最初から、影勝と同じ推論に達していた。

 影勝は先を続けた。

《となると、追跡は不可能か……》

「いくつかの部局に連絡しましたが、レーダー等に不審な影はないとのことです」

 上司と話すことで、忍はだんだんと落ち着きを取り戻していた。連絡する前はいっそのこと腹でも切ろうかと思ったが、それは責任からの逃避だ。忍は慎重にコトを運んだ。

「関東に残った部隊には、既に捜索を命じてあります。ですが発見の見込みは……」

《忍、最後にニッキーと交わした会話を、詳しく教えろ》

 影勝の頼みに、忍は病院裏でのやり取りを説明した。

 全てを話を終えたところで、無線機から質問が飛んできた。

《我々と敵対する、とは言わなかったのだな?》

 予期せぬ質問。忍は一瞬、答えをためらった。

 記憶を念入りに掘り返し、それから言葉を返した。

「いえ、そのようなことは……」

《ならば案ずることはない。宇宙人はまだこちらの味方だ》

 意味が分からない。どうみても裏切りではないか。

 恐る恐る、忍はたずねかえした。

「それはどのような意味で……」

《そのままの意味だ。あの宇宙人の目的は、世界中の悪の組織を撲滅すること。現にこれまでは我々に協力的だった。今回の離反はおそらく、我々と歩調を合わせるのが面倒だと思ったからだろう。我々が育てた双性者(ヘテロイド)を勝手に魔法少女に選んだことは、あちらの過失だとしても、目的は一致している……そうではないか?》

 顔の見えない相手に、忍は黙ってうなずきかえした。

《だとすれば、ニッキーの行き先はクレムリンか、それとも都内で蘆屋一味の残党を探すことか……とにかく、我々の邪魔になる行動はとらんだろう。そんなことをすれば、利敵行為になってしまうからな》

 忍は影勝の理屈を追った。

 どうにも納得がいかない。敢えて反論を試みた。

「少々楽観的過ぎるのでは……」

《楽観的なのではない。ニッキーの合理性を信頼しているだけだ》

「合理性……?」

 窓から漏れる飛行音が、忍のつぶやきをおおった。

《そうだ。あの宇宙人の行動は、全くもって合理的の一言に尽きる。一般人ではなく双性者(ヘテロイド)に目をつけたこと、安倍清明の自爆を内密にしたこと、自分に都合が悪いとなったら我々に全てを押し付けて離脱したこと……全て合理的で筋が通っている。これだけ頭の切れる地球外生命体が、我々に無意味な喧嘩を売るとは思えん》

「お言葉ですが、ニッキーは黄山ジャンを誘拐しています。これは厳然たる事実です」

《誘拐か……そう言い切れるかね?》

 会話が止まる。忍は上司の言葉の意味を、しばらく考えた。

 あれが誘拐でなければ何だと言うのか。いわゆるアブダクションではないか。

 忍が黙っていると、影勝は相手の困惑を察したのか、ゆっくり先を続けた。

《ニッキーはおそらく、自分の戦力として魔法少女を囲ったのだろう。これまで我々も彼のテクノロジーを利用させてもらってきたのだから、一方的な誘拐とは言えん》

 甘い裁定。忍の脳裏に、そんな言葉がよぎった。

 もしかすると影勝は、ニッキーに自分と同じ匂いを嗅いだのかもしれない。目的達成のためならば手段を選ばない、そんな性格を。もしふたりの立場が逆なら、影勝も同じような嘘をついたかもしれないのだ。忍はそんなことを思った。

「今後の方針はいかがいたしましょうか? 魔法少女なしでは戦力が大幅に……」

《そんなことはない。私の予想通りにニッキーが動くなら、彼らはラスプーチンをこのまま牽制してくれるはずだ。クレムリンが日本海へ移動したとは言え、東京をがら空きにはできん。共闘を続ける》

「……畏まりました。しかし、ニッキーがクレムリンへ向かわなかった場合は?」

《……それについては、しばらく様子を見よう。24時間以内にニッキーたちがクレムリンへ向かった場合、東京にいる部隊の3分の1を京都へ派遣しろ。動きが見られないときは、手持ちの戦力でなんとかするしかあるまい》

 微妙な作戦だ。臨機応変に対処するしかない。忍は影勝の指示を、そう評価した。

 それからひと呼吸おき、彼女は自身にとって一番重要な質問をはなった。

「ところで、わたくしの進退は……どのように……?」

《進退? ……以前の命令を取消した覚えはないが?》

「しかしこれで2度目の……」

《忍くん。作戦が完遂されないからと言って、指揮官をころころ変えるのは、現場の混乱にしか繋がらん。君の進退については、しばらく預かりとしておこう》

 忍は息を呑む。影勝の命令を反芻し、彼女は言葉をついだ。

「では引き続き、ニッキーの捜索と監視を続けます。以上で連絡を……」

《それともうひとつ》

 無線を切ろうとしていた忍の手が止まった。

《黒金ともえは、まだ見つからないのか?》

 その質問に、忍は妙な違和感を覚えた。

 内容に、ではない。彼女自身にもよく分からない違和感だった。

 その正体を見極められぬまま、忍は答えを返した。

「いいえ……まだ見つかっておりません……」

《そうか……彼女についても、引き続き捜索を続けろ》

 そこで無線は一方的に切れた。

 届きもせぬ返事を、忍は小声でつぶやいた。

「了解」


  ○

   。

    .


 まばゆい光。まるで手術台に乗せられているかのようだ。

 ジャンは腕を上げ、光を遮るように、まぶたの前にそれをかざした。

 ごつりとした感触が、ジャンの額に鈍い痛みを与えた。

「……なんやこれ?」

 ジャンはうっすらと目を開け、それが右腕のギブスであることに気付く。自分で自分を叩いているのだから、お笑いぐさだ。ジャンは苦笑してしまった。

 それにしても、ここはどこだろう。ジャンは顔を左に向けた。狭苦しいコックピットのような風景。操縦席と思わしき椅子には、銀色のスーツを着た男がこちらに背を向けて座っていた。

 いや、スーツではない。それは映画で見た、金属生命体のような生き物だった。

 ジャンがハッとなった瞬間、うしろで聞き慣れた声がした。

「やっと起きたかッ!」

 ジャンが振り向くと、ゲンキの姿があった。

 ゲンキはコックピットの隅で、窮屈そうに体育座りをしていた。

「ゲンキ、ここは……」

 安堵するジャンとは裏腹に、ゲンキは厳しい顔付きで怒鳴った。

「とりあえず起きろッ! 狭いんだよ、ここッ!」

 やれやれと思いつつ、ジャンはゆっくりと床から上半身を起こした。

 そう、彼は床の上に寝かされていたのである。背中が妙に痛かったのはそのためだ。

「あんな、病人を床に寝かせてええと思うとるんか?」

 軽く悪態をつくジャン。そこへ、操縦席から声が返ってきた。

「すまない。これはもともと一人乗りでね。過積載もいいところなんだよ」

 ジャンは銀色の金属生命体を振り返り、大きく目を見張った。

「ニッキーなんか!?」

 ジャンが思わず腰を上げようとすると、そばの計器に肩がぶつかった。

 本当に過積載もいいところだ。ジャンはあぐらをかいて、その場に座り込んだ。

「なんや、それがほんまの格好なんか……ずいぶんけったいやな」

「まあ、そういうことにしておこう。それよりも、これからどうする?」

 どうする。それはこっちの台詞だ。ジャンは質問に質問で返した。

「それより、ここはどこなんや? ……飛行機の中か?」

「君たちが言うところのUFOだよ。私が運転している以上、未確認ではないけどね」

「UFO!?」

 それを聞いたジャンは、喜ぶどころか逆に顔をしかめた。

 ギブスのない左腕を振り上げ、猛烈に抗議した。

「こない便利なものがあるんなら、もっとはよ出さんかいッ!」

「すまない、と言いたいところだが、大気圏外から呼び出すのに時間が掛かってね。ここまで事態が急展開するとは、思ってなかったんだよ」

 ニッキーの弁解にもかかわらず、ジャンはぶつぶつと文句を垂れた。

 だがそれも束の間のこと、すぐに本題へともどった。

「で、これからどないするんや?」

「それはさっき私がたずねたんだがね……」

 ニッキーのぼやきに、ジャンは顔を上げた。

「ほな、ワイらの好きにして……」

 ここでゲンキがまくしたてた。

「そんなの決まってるだろッ! カオルたちを……ッ!?」

 がつんと威勢のよい音を立て、ゲンキの後頭部が天井の計器にぶつかった。

 立ち上がるためのスペースがないのだ。それを忘れていたゲンキは、涙目になりながら頭を押さえてうめいた。

「アホか……」

 ジャンはぼそりとつぶやいた。

 ゲンキは後頭部をさすりながら、ジャンをにらみかえした。

「だれがアホだッ!」

「主語も分からんほどアホなんか?」

「ジャン、てめえ……」

「漫才はそれくらいにして、続きを言ってくれないか?」

 ゲンキは、

「とにかく、カオルたちを助けに行くぜッ!」

 と、威勢のよい声を出した。

「だれから助けに行くんだい?」

 ニッキーの質問に、ゲンキははたと動きを止めた。

 じっと床を見つめ、それから握っていた拳を解いた。

「それは……」

 言葉に詰まるゲンキ。カオルと清美のどちらからを優先することはできない。そう考えているのだろう。ジャンも同意見だった。それにふたりは、ともえのことも心配していた。彼女が本当に隠密課と行動を共にしているのか、それとも清美と同じように裏切られて、どこかに隠れているのか。

 ゲンキが答えないでいると、ニッキーが助け舟を出してくれた。

「今の状況を鑑みるに、緑川くんよりも青海くんのほうが危険だと思う」

「かおるのほうが危険? ……どういうことだ?」

「そや、どっちも危険やで」

 どちらも敵の手に落ちているのだ。危険性に差は無いはずだ。

 そんなジャンの予想に反して、ニッキーは淡々と理由を付した。

「緑川くんの行方は、隠密課が追っているんだ。それに対して、かおるくんには救援部隊が派遣されていない。ここは我々が行くしかないと思う。それに……」

 ニッキーはそこで、ひと息おいた。

 無論ジャンには、彼がそもそも呼吸をしているのかすら分からなかった。液体金属でできた顔には、目鼻も口もないのだから。どうやって喋っているのかも判然としなかった。

 ジャンが素朴な疑問にふけっていると、ゲンキが先をうながした。

「それに、なんだ?」

「式神が清美くんを連れて行ったということは、彼女に危害を加えるつもりはないのかもしれない。人質にするつもりなのか、あるいは……」

 あるいは……その先は、ジャンにも容易に理解できた。

 隠密課に裏切られたとなれば、清美にはもうひとつの利用価値が出てくる。

「仲間に引き込む……そう言いたいんやな?」

 ニッキーは正面のスクリーンを向いたまま、無言でうなずきかえした。

 ところがゲンキは、

「それはないぜ」

 と断言した。

 これにはニッキーも驚いたのか、首を心持ちうしろに曲げた。

「なぜそう言い切れるのかな?」

「確かに、清美は忍ちゃんたちに裏切られたのかもしれねえ……だけど、俺たちが蘆屋一族と戦っている以上、清美があっちの味方になることはない」

「ふむ……凄い自信だね……」

 ニッキーの解釈に、ゲンキはかぶりをふった。

「自信とか、そういうもんじゃないんだ。ただこれまでの付き合いから、清美が隠密課を敵に回すことはあっても、俺たちを敵に回すことはないってだけだ」

「なるほど……いわゆる友情を信じるというやつか……」

 違う。そういう意味でもない。ジャンは内心そうつぶやいた。

 自分とゲンキは、別に友情ごっこをしているわけではないのだ。友情というよりは腐れ縁である。物心ついたときから、5人はずっと一緒に生活してきた。兄弟姉妹と言ってもいい間柄だ。だからと言って、家族というわけでもない。

 なんと言えばいいのだろうか……ジャンには、うまい表現が思いつかなかった。

 ゲンキは先を続けた。

「とにかく、俺はニッキーに賛成する。カオルをチャチャッと助けて、それから清美も助け出そう。隠密課よりも先にだ」

「隠密課よりも先に……ということは、彼女の身柄を政府には引き渡さないと?」

 ゲンキは言葉に詰まった。

 なにを迷っているのだ。ジャンはイライラしながら代返した。

「当たり前やろ。あんなんもう信用できへんで」

 同意が得られることを信じて、ジャンはゲンキを盗み見た。

 ところがゲンキは、戸惑いの表情を浮かべていた。

 ジャンは不審に思い、ゲンキに問いかけた。

「ゲンキは、まだ忍ちゃんのこと信じとるんか?」

「そ、そういうわけじゃない……ただ……」

 ただ、なんだ。ジャンは先を急かす。

「なんや、なにが言いたいんや?」

「俺は……俺は清美の口から真相を聞くまで、判断を保留する……」

「この状況でそういう日和見はナシやろ。白黒はっきりさせんかい」

「とにかく、善は急げだッ! ニッキー、このままクレムリンへ突っ込むぜッ!」

 話をぶった切るゲンキ。

 ニッキーは冷静に対処した。

「クレムリンに突っ込む? どうやってだい?」

「このUFOで突っ込めばいいだろッ!」

 ゲンキの楽観的な作戦に、ニッキーはすぐさま反論した。

「これは一人乗り用の偵察機だ。武器は最低限しか積んでいない。戦艦に自転車で突っ込むようなものだよ」

「正面切って撃ち合いするわけじゃないだろ? カオルを助け出せればいいんだ」

 そうだ。目的はあくまでもカオルの救出なのだ。クレムリンを撃墜するわけではない。

 そのためには、少人数の方がかえって好都合ではないか。ジャンもそう思った。

「スパイ大作戦か……なかなかきもがすわっているね……」

「だろ?」

 したり顔のゲンキ。

「だが、向こう見ずとも言う」

 そうかもしれない。無謀なのはジャンも承知だ。しかし、他に手だてはなかった。

 ふたりの少年はお互いに目配せし、ゲンキが大声で指示を出した。

「んなこたーどうでもいいんだよッ! ニッキー、今すぐ日本海へGOだッ!」

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