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第46話 暴露

 青い空。緑の木陰。色鮮やかな見舞客の車の列。

 あまりにも、あまりにも平和な風景。

 窓越しにそれを眺めるジャンは、ベッドの上で大きくタメ息をついた。ほがらたちはなにをしているのだろう。無事であって欲しい。ジャンは自分の無力さをののしり、がっくりとうなだれた。

 いっそのこと病院を抜け出そうかと、そう思ったこともある。だがそんなことをしても、どこへ行けばいいのか分からなかった。ジャンは自分だけが独り、世界の出来事から取り残されているような、そんな気持ちに襲われていた。

 窓辺に寄ってきた雀の数を何気なく数えていると、ふいにノックの音がした。

黄山きやまさん、お薬のお時間です」

 病室のドアを開け、女の看護士が入って来た。

 女は右手にカルテと白い袋を持ち、穏やかな表情でベッドに歩み寄った。

「ご気分はどうですか?」

「……ようない」

 沈んだ答えを返すジャン。看護婦は、あらあらとわざとらしい顔をした。

「それはいけませんね……傷口が痛みますか?」

「そんなんやない……ただ気分が優れんだけや……」

 ジャンがそう答えると、看護婦はそれ以上追及しなかった。

 思春期特有の躁鬱とでも取られたのだろうか。ジャンにはどうでも良かった。

「ではお薬を……」

「なあ、怪我はもう治っとるんやないか?」

 ジャンは唐突に、そうたずねた。

 看護婦は、水差しをぴたりと止めた。

「……なんのことでしょうか?」

「なにって……これのことや」

 ジャンはそう言って、ギブスのついた右腕を高く上げた。

「動かしても全然痛あないし……それにヒビが入っとっただけやろ?」

「ええ、そうですが……お医者様の許可が下りなければ……」

「担当医にも訊いたわ。治ってない言うとったけど、ほんまかいな?」

 ジャンは腕を様々な角度に曲げてみせた。

 看護婦は水の入ったコップを、黙ってジャンの前にさしだした。

「そういうことは、患者さんが判断してはいけませんよ。それに黄山さんは、昨晩ここへ運ばれて来たばかりなのですからね。即退院というわけにはいきません」

 説明になっているようななっていないような、曖昧な理由付け。

 確かに体のあちこちに痣ができているものの、それは大した怪我ではなかった。蛇女に巻き込まれたときは圧死するかと思ったが、案外に手加減してくれていたようだ。

 ジャンがコップを受け取ると、看護婦は錠剤の入ったパッケージをさしだした。

 ジャンはそれを一粒取り出し、ぼんやり口へと運んだ。錠剤がくちびるに触れるや否や、ふと彼の手が止まった。

「……どうしました?」

「これ、食前の薬やろ? 昼飯はまだなんか? 腹が減っとるんやけど」

「あ、そうでしたね。すぐお持ちします」

 看護婦はそう言うと、あわてて病室を出た。

 それを見計らい、ジャンは錠剤の匂いを嗅いだ。そして眉をひそめた。

「……今朝飲んだのと違うで」

 嗅覚の鋭いジャンは、錠剤をまじまじと見つめた。

 朝と昼で薬が違うのだろうか。十分にありうる話だ。しかしこの場の雰囲気が、ジャンに警戒心をいだかせた。ジャンはそれをポケットに入れ、水だけ飲み干した。

 最後の一滴を口に含んだところで、看護婦が帰って来た。

「お待たせしました」

 ジャンが水を飲むところに出くわし、看護婦は少しホッとしたような顔をした。

 片手で収納式テーブルを器用に取り出し、その上にトレイを乗せた。

「それでは、またあとで参ります」

 単に骨折しているからか、食事はなかなかに豪勢だった。ご飯に色とりどりの野菜。大きな鶏肉もついている。

 ジャンはそれを適当につまんだあと、じっと正面の壁を見つめながら考え込んだ。そして半分も食べないうちに、ごろりと横になり、目をつむった。

 病院の個室に、ゆったりとした時間が流れる。

 どれほどそうしていただろうか。ふたたびドアのひらく音がした。

 ノックもなしに入って来る足音。さきほどの看護婦のものであることは、まぶたを閉じたジャンにも分かった。

「もしもし、黄山さん?」

「……」

「黄山さん?」

 看護婦は少しばかり大きめの声で、ジャンの名前を呼んだ。

 女の強烈な視線を感じるジャン。だが彼は、狸寝入りを続けた。

「……」

 トレイを片付ける音。看護婦はそのまま病室を後にした。

 扉が閉まったところで、ジャンはそっと目を開けた。ちらりと入口に目をやり、看護婦がフェイントを掛けていないことを確認した。

「……怪しいで」

 ジャンは上半身を起こし、ぽりぽりと頭をかいた。シャワーを浴びていないせいか、微妙にかゆい。

 しばらく考えたあとで、ジャンはベッドを抜け出し、扉に耳を付けた。

 廊下には誰もいないようだ。ジャンはドアノブを回し、隙間から外をうかがった。

「さっきの看護士は確か……」

 ジャンは、女が去って行った方向を思い出した。いつも左側から来て、左側に帰っているはずだ。方向を見定め、彼は廊下を徘徊し始めた。

 もちろん不審な動きをするわけにもいかないので、堂々と院内を歩いた。時折すれ違う患者も、少年に興味を示さなかった。外人だから多少は珍しいはずなのだが、国際化が進んでそんな好奇心も失せたということだろうか。

「……!」

 廊下の反対側に、さきほどの看護婦の姿が見えた。

 ジャンは慌てて上り階段に避難した。どうやら詰め所のそばへ来てしまったようだ。引き返すか。ジャンが悩んでいると、ふいに携帯の音が鳴った。

 慌ててポケットをまさぐるジャン。しかし、自分の持ち物のはずがなかった。呼び出し音が似通っていただけだ。ジャンがホッと胸をなでおろすと、廊下の奥から声が聞こえてきた。

 看護士のものだ。ジャンは耳をそばだてた。

「もしもし……忍様ですか……」

 忍様。ジャンの体が凍り付いた。

 隠密課と繋がりのある病院だったか。ジャンは息を潜めた。

「はい……はい、黄山ジャンについてはご安心を。睡眠薬を飲ませました。すでに寝かせてあります。はい……では手筈通り、搬送の準備を……」

 ジャンは無意識のうちに、ポケットの錠剤に手を伸ばしていた。

 そして、自分の勘に感謝した。狸寝入りという戦法を選んだのはたまたまだが、まさか睡眠薬だったとは。ジャンは沸々と怒りを感じた。

「今すぐにですか……? 了解です」

 そこで会話が途切れた。

 今すぐ。ジャンは看護婦の次の行動を察した。

 案の定、彼女の足音は、ジャンの病室の方向へと消えて行った。

「あ、アカン……」

 バレるのは時間の問題だ。2、3分と掛からないだろう。

 ジャンは逃げ場を求めて階段を下りた。

 しかし、どこへ行くというのか。病院内ではすぐに見つかってしまう。

 ジャンはかすかな記憶を頼りに、病院の出口へと向かった。

「黄山さんが抜け出しましたッ!」

 女の叫び声。早過ぎる。まだ1階に降り立ったばかりだ。

 ジャンは左右を見回し、入口を求めた。だがどちらにも見当たらなかった。

「いたぞッ! あの少年だッ!」

 白衣を着た男たちが、右手の廊下から現れた。

 ジャンは仕方なく左へと駆け出した。

 そちらが出口に繋がっていることを願うしかなかった。

 少年は全力疾走した。

「どっちに逃げたッ!」

「あっちだッ! 追えッ!」

 ジャンが振り返ると、白衣の男たちとの距離はだいぶ離れていた。

 学園一のスプリンターなのだ。一般人には負けない自信があった。

 にやりと笑ってジャンが正面を振り向くと、いきなり分かれ道から老人が現れた。

「そらアカンて!」

 ジャンは寸でのところで一回転し、滑るように老人をさけた。

 老人は驚きのあまりその場に立ち尽くし、今度は後方から迫ってくる男たちとぶつかりそうになる。男たちは急ブレーキを掛け、追跡の手を緩めた。

「そやッ! 老人はいたわらなアカンでッ!」

 ジャンは大声でそう叫ぶと、さらに廊下を進んだ。

 追いつかれる気配はなかったが、雲行きが怪しかった。どんどん建物の奥へ向かっているような気がする。患者ともすれ違わなくなっていた。

(反対やったか)

 こうなったら、出入り口が複数あることを祈るしかなかった。

 どこかに裏口はないかと、ジャンは必死に辺りを見回した。

 すると、天井に光る緑色のランプが目にとまった。

「しめたッ! 非常口やッ!」

 ジャンは誘導灯の指示に従い、廊下を左に曲がった。

 その途端、目の前に人影が現れる。職員か、患者か。

 ……否。それはジャンだった。

「わ、ワイがおる!?」

 もしかして鏡か。ジャンは急ブレーキを掛けて立ち止まった。

 ところがもうひとりのジャンは、そのままこちらへ歩いて来た。いったいなにが起こっているのか、ジャンは自分の頬をつねってみた。

 痛い。夢ではないようだ。

「元気そうでなによりだね、ジャンくん」

 ドッペルゲンガーの声に、ジャンは聞き覚えがあった。

「ニ、ニッキー!」

「シッ……そこのリネン室に隠れたまえ。追っ手は私が引き受ける」

 質問する暇さえ与えず、ジャンに扮したニッキーはその場から走り去った。

 呆然とするジャンの肩に、誰かの手が掛かった。声を出す間もなく、ジャンはリネン室の中に引きずり込まれた。

「な、なんやッ……もごッ!?」

 口元を押さえる手。その感触と大きさに、ジャンは懐かしいものを覚えた。

 ふりむくと、案の定そこにはゲンキの姿があった。

「ふぇんふぃ!」

「静かにしろ」

 ジャンは耳を澄ませた。廊下の奥で、男女の入り乱れる足音が聞こえ、そして反対方向に遠ざかって行った。

 静寂──さらに10秒ほど様子をうかがい、ようやくゲンキはジャンを解放した。

「ゲンキ、どないしたんや?」

「それはこっちの台詞だ。なんで逃げ回ってるんだ? 看護士の尻でも触ったのか?」

「んなわけないやろ!」

 顔を真っ赤にして怒るジャン。

 ゲンキは彼の口をふさいだ。

「冗談だよ。怒るなって……早く事情を話せ」

 ジャンはこれまでの経緯を説明した。怪我の症状をきちんと明かされないこと。薬の種類が変わっていたこと。それが睡眠薬だったこと。裏で忍が関与しているらしいこと。

 洗いざらい話し終えたところで、ゲンキが口をはさんだ。

「忍ちゃんが……? 聞き間違いじゃないのか?」

「ワイの聴力は正常や。健康診断で引っかかったことはあらへんで」

「そういう問題じゃないと思うが……」

 いつもなら激しく反論してくるゲンキも、どこか浮かない顔をしていた。

 それを訝しく思ったジャンは、ゲンキのその理由を尋¥たずねた。

「実はな……」

 ジャンはゲンキから、蘆屋一族との戦いを聞かされた。カオルがラスプーチンに、清美が式神と一向聴に攫われたところに話が及ぶと、ジャンは血相を変えた。

「は、早いとこ助けに行かんと……」

「ああ、そうしたいんだが……ニッキーが言うには、清美は隠密課に裏切られたんじゃないかって……俺は信じてないんだが……」

「裏切られた……? 忍ちゃんにか?」

 忍に。ジャンはその表現が不適切であることに気が付く。忍は隠密課、つまり政府組織の一員に過ぎない。彼女が関与しているとしても、指揮権は別にあるはずだ。

 いったい誰が。ジャンは親友の危機と裏切られた不安に、胸が張り裂けそうになった。

 一方ゲンキは、なんとも煮え切らない表情で先を続けた。

「ニッキーがそう言ってるだけだ……俺は……」

「ゲンキくん、ジャンくん、待たせたね」

 明るさを増す室内。ゲンキは天井を見上げた。

「ニッキー、もう戻って来たのか?」

 蛍光灯の光に混じったニッキーは、ふらふらとゲンキたちの前に降下した。

「ああ、2階に上がったと見せかけて、変身を解いたよ。今頃は、上階を探しまわっているだろう。この隙に脱出だ。ジャンくん、ステッキとリストウォッチは回収しておいた。看護士の詰め所に隠してあった」

 微妙にネガティブな言い回し。ジャンは眉間にしわを寄せた。

「隠してあった? ほんまか?」

「詳しい話は後だ。出入り口を封鎖されないうちに」

 ニッキーに促され、ジャンたちはリネン室を後にした。

 周囲をよく確認し、非常口へと向かう。短い廊下を渡り切ったところで、金属製の重たい扉が3人の前に立ちはだかった。

 非常口だから開いているはずだ。ジャンはそれを信じて、ドアノブを回した。

「……しめたッ」

「ジャン、さっさと外に出ろッ」

 ゲンキに押されるながら、ジャンは病院の裏手へと出た。職員用の駐車場になっているらしく、高級な車が何台も停まっていた。

「これからどうするんや?」

 ニッキーは、

「カオルくんを救出するという約束なのだが……」

 とつぶやいた。そのとき、ふいに上空からプロペラの回る音が聞こえた。

 ヘリが一台通過し、その搭乗口からひとつの影が舞い降りた。

 それは見る見る地上に接近し、ジャンたちの前で見事な着地を決めた。

「し、忍!?」

 人影の正体を見極めたゲンキは、ひるんで一歩後退した。

 忍は険しい表情のままひざを上げ、ジャンたちを睨み返した。

「どちらへお出かけですか」

 質問ではない。それは分かり切っていた。

 自分たちを捕まえに来たのだ。ジャンは拳を握り、忍に吠えかかった。

「ワイに睡眠薬を盛ろうとしたやろッ! どういう了見やッ!?」

 忍はジャンの怒声を無視して、ニッキーに視線を移した。

「ニッキー殿、これはどういうことですか? ……ご説明願います」

「ふむ……説明と言われてもね……」

 ニッキーは呆れたような口調で、忍に言葉を返した。

「私たちは、ジャンくんのお見舞いに来ただけさ。そうだろう、ゲンキくん?」

 ニッキーに話を振られ、ゲンキはうなずきかえした。

「そ、そうだ。蘆屋の野郎が、ジャンを狙うかもしれねーからな」

「この病院の警備は、私たち隠密課が担当しています。簡単には襲撃され……」

「その割には、簡単に逃げられるようだが」

 ニッキーの皮肉に、忍はしぶい顔をした。否定できない事実だ。

「敵の侵入と味方の脱出は別問題です。そもそも……」

「そんなんはどうでもええねんッ!」

 ジャンの一喝。忍はくちびるの動きを止めた。

「ワイに睡眠薬を盛ろうとした、その理由を説明せんかいッ!」

 ジャンは忍の顔をじっと見つめた。

 七丈島の友人だったその顔は、今では全く別人のそれに見えた。

「……それは搬送の下準備として」

「人を搬送するのにいちいち眠らさんとあかんのか? ワイは動物園の動物やないで」

 沈黙。忍は返事をしなかった。

 ジャンはふんと鼻息を荒げ、ギブスを装着した腕でぎこちなく腕組みをした。

「これはニッキーの言うとることが、正しいかもしれんな」

 ジャンの思わせぶりな台詞に、忍は視線をニッキーへともどした。

「……ニッキー殿、なにか妙なことを吹き込まれたのではないでしょうね?」

「妙なこと? はて?」

 とぼけるニッキー。忍は眉間にしわを寄せた。

「ニッキー殿、あなたには双性者(ヘテロイド)収奪容疑が掛かっています。これ以上の勝手な行動は認められません。ただちに……」

 ここでゲンキが割り込んだ。

「待ってくれッ!」

 ジャンの後ろに控えていた彼は、もどかしそうに一歩前へ出た。

「ひとつだけ……ひとつだけ確認させてくれ……清美を裏切ったのか?」

 核心的な問い。ジャン自身も尋ねたかった問い。だが尋ねられなかった。その答えを聞くのが恐ろしかったから。

 緊迫する空気の中、忍は言葉を返した。

「いいえ、裏切ってはいません……清美さんは、式神にさらわれたのです」

「本当にそうなのか? 狐女も牛の化け物も……それにアルアル女も、清美は隠密課に裏切られたって言ってた……」

「敵のごとに耳を貸してはいけません」

「それだけじゃない。ニッキーだって、清美に一度も会ってないんだろう?」

 ゲンキはそう言って、ニッキーをふりあおいだ。

 ニッキーはふわふわと空中に浮かんだまま、ゆっくりと返事をした。

「うむ、昨晩の10時頃にマンションで別れた切り、会っていない」

 ニッキーの発言に、忍はあからさまな動揺を見せた。

 ジャンはそれを見逃さなかった。

「ほな、証人はおらんっちゅうことやないか」

「ニ、ニッキー殿、なにをおっしゃっているのですか……それでは約束が……」

 忍はそこで口をつぐんだ。約束。彼女が口を滑らせたことに、ジャンは気が付いた。

 それを狙い澄ましたかのように、ニッキーも反論した。

「約束? なんの約束だい? ……ああ、『清美くんはしばらく姿を見せないが、ゲンキくんたちが心配するといけないから、内緒にして欲しい』というアレかい? あのときは私もなんのことか分からなかったが、考えてみると……」

 その台詞に、全員が目を見張った。

 真っ先に口をひらいたのは、やはり忍であった。

「う、嘘ですッ! でたらめですッ!」

 ニッキーは、とぼけたように淡々とたずねかえした。

「はて、ではどういう約束だったかな……? もし別の約束があったなら、君の口から言えるはずだろう? 私はちゃんと正直に白状したよ」

 忍はくちびるを噛み、殺気に満ちた目でニッキーを睨んでいた。

 一方ゲンキもいきり立ち、ニッキーに食ってかかった。

「なんでそれを早く言わなかったんだよッ!?」

「私は約束を守るタチなんでね」

「そういう問題じゃねーだろッ!」

「……それは後で謝ろう。それより、忍くんの弁解を聞こうか」

 忍は血走った目で、あいかわらずこちらを睨んでいた。ジャンは思わず後ずさりした。憎しみで人を殺すというのは、こういう目のことを言うのだろう。彼はそう思った。

「ニッキー殿……全てを私たちに押し付ける気ですね……」

「押し付ける? 私は別になにも押し付けてはいないよ。仮に私たちの間でなにか……そうだな例えば『蘆屋を倒すために清美くんを利用してしまったから、これは内密にしよう』とか、そういう約束があったのなら、話は別だがね。ただそうなると、結局君たちが清美くんを裏切ったことには変わりが……」

 くうを切る音。金属片がニッキーの体をすり抜け、壁に突き刺さった。

 手裏剣だ。それに気付いたジャンは、この場の関係が修復不能であることを悟った。

「やれやれ、交渉決裂か」

 ニッキーはそう言うと、なにやら独り言をつぶやき始めた。

 日本語ではない。なにかが起ころうとしている。ジャンは身構えた。

「ニッキー殿、覚悟ッ!」

 抜刀。忍が切り掛かった瞬間、ジャンの視界はまばゆい光につつまれた。

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