第39話 茶番
「ほがら!? ほがら!?」
かおるはビルの角を3度曲がった。
無思慮に飛び出した友人をさがした。
ほがらの姿はどこにもなく、あの広場が再び目の前にあらわれた。
追い越したはずはない。横道に逸れたのだろうか。
かおるはビルの影をさぐった。
「ほがら!? どこにいるの!?」
本当に待ち伏せされたのかもしれない。その可能性を考慮し、かおるは焦燥感にかられた。唯一の慰めは、これまで悲鳴らしきものが聞こえていないことだけだ。
なんとか自分を落ち着かせようと、かおるは深呼吸した。
もう一度ほがらの名を呼ぼうとしたが、かおるはそれを思いとどまった。もし彼女がどこかに隠れているとしたら、かえって邪魔することになりかねない。そう判断した。
「……」
かおるはビルを背に、広場を見渡した。
燃え上がる車両、横たわる死体、そしてあの感情的なロボット──
ほがらがいなくなったこと以外に、変化は見られなかった。
「……ほんとに壊れたみたいね」
自分たちが席を外しているあいだに、動き出すのではないか。その心配が杞憂に終わり、かおるはほんのりと安堵を覚えた。それと同時に、彼女の意識はロボットから離れた。
ほがらを探しにもどるか、それともここで待つか。難しい選択を迫られたかおるの視界に、忍者姿の少女が映った。
かおるは思わず声を上げてしまった。
「忍ちゃん!」
かおるはステッキを握り締めたまま、広場の中央へと向かった。
見たところ、忍は慌てている様子だった。小太刀を構えたまま、四方を警戒していた。
「かおるさん、敵兵はどこですか!?」
忍はこの惨状を予期していなかったらしい。声が震えていた。
かおるは彼女を落ち着かせようと、ゆっくり経緯を報告した。
「ロボット……?」
「そうよ、そこでぶっ倒れてる奴」
かおるはステッキで、地面にうつ伏した女を指し示した。
忍は疑わしそうにそれを一瞥した。それから、かおるに向きなおった。
「他には?」
「他って……こいつだけよ」
かおるの返答に、忍は疑念を向けてきた。なにを疑っているのだろうか。たった一体のロボットが、これほどの被害をもたらしたことにか。それとも、そのロボットを、かおるとほがらのふたりで撃退してしまったことにか。
いずれにせよ、重要なのはそこではなかった。かおるは話題を転じた。
「それより、蘆屋の式神が襲って来たのよ。ほがらが追跡中」
「式神が……? まさかそんな……」
忍はそこで口を閉じた。なにがまさかなのか。かおるは念を押した。
「本当よ。自分で式神だって言ってたもの。早くほがらを助けに行かないと」
「……どのような式神でしたか? 牛の化け物? それとも蛇女?」
「狐の格好をした女よ。清美が陰陽師だとかワケ分から……」
かおるはふいに言葉を区切った。
忍の様子がおかしかった。動揺を見せたわけではないものの、完全な無表情になっていた。ここ数日の経験から、それは忍が内心を悟られたくないときにみせるポーズだと、かおるは気付き始めていた。
雄弁に勝る沈黙とはこのことだ。かおるは言葉を継いだ。
「もしかして……本当に陰陽師なの?」
「まさか、そのようなことは……」
「嘘よ」
断言したわけではない。カマをかけて見たのだ。
忍はますます鉄面皮になった。かおるは逆説的に、忍が嘘をついていることを悟った。
「じゃあ……あの女の言ってたことは……」
かおるは、顔面蒼白になった。
狐目の女は言っていた。清美は忍たちに騙されて、殺されかけたのだと。
無意識のうちに一歩後退する。そのあいだを詰めるように、忍が前に出た。
「狐はなんと言ったのですか?」
「ち、近寄らないで……」
かおるはさらに一歩身を引いた。それを追いかけるように歩を進めて来る忍。
かおるは思わず、ステッキを忍に向けた。忍の顔が緊張をはらんだ。
「……かおるさん、落ち着いてください」
「正直に言って……清美は陰陽師なの……?」
「清美さんは普通の女子高生です。そのことはあなたも……」
「普通の女子高生じゃないわ……昔から清美は変わったところがあった……それはあなたも知ってるはずよ……同じ学校に通ってたんだもの……」
かおるは、七丈島での学園生活を思い出した。成績のいい忍とは、ともに研鑽した仲だ。彼女とかわした様々な会話の中に、かおるはひとつの状況証拠を見つけてしまった。
「そう言えばあなた、清美の勘がいいことをやけに否定してたわね……周りが超能力少女とか騒いでるとき、そんなの科学的にありえないって……」
清美は、天気予報の名人だった。かおるが記憶している限り、清美の予報が外れたことはなかった。さらには、落とし物や失せ物を探すのも得意だった。
一度だけ、かおるはそのことについて尋ねたことがある。すると清美は、こう答えた。目をつむって強く念じると、その物のビジョンが見えるのだ、と。かおるは笑ってしまい、清美が膨れっ面になったことさえ覚えている。てっきり冗談だと思っていた。
「清明のこともやたら気にしてたし……あのときは、単に気があるのかと思ってたけど……要は監視……」
「かおるさん、疑心暗鬼になるのは分かりますが、今はその狐を追うのが先です。ほがらさんの身になにかあれば……」
かおるは痺れを切らしたように、口元をむすんだ。
ステッキの先端にある青い宝石を忍に向けて、本気で撃つ構えを見せた。
「本当のことを言って! あなたが嘘をついてるなら、狐はほがらを襲わないわ! 助けを求めに来たんですもの!」
「嘘ではありません。ほがらさんの身が危険です。話し合いはあとで……」
「ならここに清美とともえを呼んで! 人数は多いほうがいいでしょう!」
かおるは目に涙を浮かべ、そう言いはなった。
息詰まる視線の交差。忍は説得を諦めたかのように、じっと押し黙った。そのことが、かおるの神経を否応にも逆なでした。
「なにか言ったらどうなの!?」
「……かおるさん、冷静にお願い致します。清美さんとともえさんは、現在屋敷の中で蘆屋一族と戦闘中です。呼び出しはできません。ともかくその狐を捕まえてから、私とどちらが真実を述べているかを確かめても遅くは……」
「嫌よ! 呼び出しができないはずがな……!?」
体が宙に舞う。網目状のなにかが、かおるの肉体を締めつけた。
くるくると回転する視界。忍に攻撃されたのか。あせるかおるだったが、時折視界に映る忍の表情もまた、負けず劣らず焦っていた。
「かおるさん!」
忍の声。三半規管を攪乱され、自分の身になにが起こっているのか分からない。
だがそれもわずか数秒のこと。一瞬にして網目がすぼみ、強烈な引き締めがかかった。
「痛ッ!」
かおるはギリギリと締め付けられながら、今度は逆方向へと吹き飛んだ。
地面に転倒し、剥き出しの膝から血が流れた。
網の中で体をもだえ、かおるは空を見上げた。
「!?」
自分を攻撃したものの正体。それはあのロボットだった。自分を絡めとっているのは、女の腕から飛び出した金属製の投げ網であった。
なぜ警戒心を解いてしまったのか。かおるは自分の失態を呪った。
終始無表情だった女の顔には、うっすらと笑みすら浮かんでいた。
「任務完了。回収ポイントへ移動シマス」
「かおるさん!」
跳躍する忍。彼女がロボットと初対面だったことを、かおるは思い出した。
「ダメよ! 逃げて!」
女の右腕が火を吹く。鉄の嵐が、容赦なく忍に襲い掛かった。
悲鳴。かおるは目をつむった。
「……!?」
静まり返る広場。硝煙の香りが、かおるの鼻孔を突いた。
彼女が恐る恐るまぶたを上げると、うつ伏せになった忍の姿が目にとまった。
真っ赤な液体が、地面を染め上げていた。
「忍ちゃん!」
かおるの涙声に、忍は顔を上げた。目がうつろになっていた。
「清美さんの件……嘘ではありま……せん。どうか……寝返られ……ませんよう……」
忍はがっくりと、こうべを垂れた。
かおるは涙があふれるのを押さえられなかった。
なぜ友人のことを疑ってしまったのか。かおるが後悔しかけたとき、女は口をひらいた。
「茶番ハソレデ終ワリデスカ?」
……茶番? なんのことだ。かおるは女を睨みつけた。
「あんた、人を殺しといてなにを……」
「生体反応ニ異常ナシ……被弾箇所、右腕ニ一ヶ所ノミ……」
ロボットは再度銃口を向けた。
その瞬間、目の前で息絶えたはずの忍の姿が消えた。
かおるは頬に流れる涙を感じながら、その行方をさがした。
「……戦線離脱ヲ確認。コチラモ至急、回収ポイントヘ向カイマス」
その一言を最後に、かおるの後頭部に鈍い衝撃が走った。
かおるは、悲しみではない怒りの涙の中で、視界が暗くなるのを感じた。
○
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ゲンキがその部屋を見つけたとき、清美は静かに寝息をたてていた。
「き、清美!?」
ゲンキは、彼女の枕元に駆け寄った。
「おい! 清美! 俺だ、ゲンキだ! 目を覚ま……」
少年の肩に、女のゆびが乗った。
ふりむくと、いづなの顔があった。
「安静に願います」
いづなの手を振り払い、ゲンキはスッと立ち上がった。
自分より少しばかり背の低いいづなを睨みつけ、少年は口泡を飛ばした。
「てめえ、清美になにをしたッ!?」
いづなは、ゲンキの瞳を直視した。静かに答えを返した。
「隠密課の罠にはめられたと申し上げたではありませんか」
「嘘つくと、ただじゃおかねえぞ!」
「嘘ではありません」
「証拠を出せ!」
「そ、それは……」
いづなが詰まりかけたところで、コホンと咳払いが聞こえた。
ふたりがふりむくと、そこには小柄な少女の姿があった。明らかに機嫌を損ねている。眉間に深いしわを寄せ、こめかみをぴくぴくと震わせていた。
「勝手に出て行ったと思ったら変な奴連れてきて……いい加減にするアル!」
変な奴。その一言に、ゲンキも口の端をゆがめた。
「そういうおまえはだ……れ……ん?」
ゲンキは目を細め、少女の顔をじっと見つめた。
「あのときのアルアル女!」
それがどうしたとばかりに、一向聴はふんと鼻を鳴らした。
ゲンキは鼻息を荒くし、少女の正面に立った。
「そうか、てめえが絡んでたんだな! 覚悟しろ!」
「絡んでないアル。清美が倒れたのは、いづなの言う通り隠密課のせいネ」
「白々しい嘘をつくな!」
ゲンキは一向聴の襟首を掴もうと、襲い掛かった。
ところが腕の間をすり抜けられ、ヘルメットを踏まれたあげく、背後に回られてしまった。ゲンキが向きを変えると、澄まし顔の一向聴が立っていた。
ゲンキはますます気性を荒くした。
「2対1だからって、いい気になってんじゃねえぞ!」
「いいや、3対1だ」
野太い男の声。襖越しに牛男の姿が現れた。
さすがのゲンキも、これには怯んでしまった。
「ひ、卑怯だぞ!」
「ふん、卑怯はそっちだろう。味方を犠牲にしてまで勝とうとする根性、気に入らん」
牛男の台詞に、ゲンキは目を白黒させた。
しかしすぐさま、その意味を理解した。
「お、おまえまで隠密課の罠だって言うのか!?」
「そうだ。それが事実だからな」
牛男はそう言い切り、ゲンキを素通りして一向聴に歩み寄った。
「蘆屋様たちの容態はどうだ?」
一向聴は腕組みをする。そして、悲観的に首を左右に振った。
「やっぱり半日はかかるアル。あと2、3時間は粘ってもらわないとダメネ」
「そうか……」
ゲンキの困惑を他所に、牛男は先を続けた。
「一向聴、いづな、脱出の準備だ」
「アイヤ!?」
一向聴は例の喫驚を上げて、牛男に詰め寄った。
「なんで逃げ腰になってるアルか!? それでも男ネ?」
「おまえのくだらんジェンダー論に付き合ってる暇はない。正門を突破され、陥落も時間の問題だ。おまえも薄々気付いてるだろう?」
牛男の指摘に、一向聴はくちびるを噛んだ。
さきほどからゲンキも、銃声が近くなっていることを理解していた。
(ん、ってことは味方が近いんだな)
ゲンキは強化された脚力で、サッと清美に駆け寄った。
3人が制止する間もなく、ゲンキは清美をだきかかえ、部屋の隅に避難した。
いづなは吠えた。
「き、清美様になにをする!?」
爪を剥き出しにし、今にも襲い掛かろうとしていた。
だがゲンキは、彼女の様子から、それほど力が残っていないと読んでいた。
「へへん、蘆屋が弱ってりゃ、あんたらも力が出ないんだろ?」
「だからわたくしの主人は清美様だと……」
「おっと、そこまでだ。もうすぐ仲間が来る。観念しな」
銃声はさらに近くなった。
高らかに勝利宣言するゲンキ。
「忍ちゃんさえ来たら、もうこっちの……」
ゲンキがそう口にした瞬間、手のひらが急激に熱くなった。
「熱ッ!?」
ゲンキは反射的に、清美の体を手放してしまった。
その隙を見逃さず、いづなと一向聴が清美を回収した。
ゲンキは火傷した手を振りながら、いづなたちを睨みつけた。
「なにしやがった!?」
いづなは主人を抱いたまま、
「わたくしたちはなにもしていません。清美様のお力です」
と答えた。
「清美の力……? なにを言って……」
「清美様は、隠密課に回収されるのを拒否なされたのです。おそらく、忍という名前に拒絶反応が出たのでしょう。これこそ、清美様が裏切られたなによりの証拠!」
いづなの解説に、ゲンキは激しく動揺した。
そんなはずはない。デタラメだ。そう思う一方で、熱は清美の体から発せられたような気もした。わずかに彼女の体が光ったのを、ゲンキは視界に収めていた。
しかし、それが狐女の術だったとしたら、どうだろう。十分にありえた。
いや、そんな術が使えるなら、もっと早く使っているのでは──
ゲンキは自分のヘルメットを叩き、絡み合った思考の糸を切断する。
「えーい、とにかく清美を返せッ! 話はそれからだッ!」
「話もなにも、今や清美様の御意志は明確になりました。もはや迷うことはありません。わたくしもこの屋敷を脱出します。ほがら殿も、早く隠密課と手をお切りください」
「今の俺はほがらじゃない! ゲンキだ!」
説得を諦めたのか、いづなは少年との対話を打ち切った。
「牛鬼殿、一向聴殿、脱出致しましょう。銃声はすぐそこまで来ております」
「し、十三不塔は、どこネ? 安倍清明に変身して、どこかに行ったアル」
「今は捜している暇がありません。とにかく脱出を」
「あ、アイヨ!」
焦るゲンキ。3対1では勝ち目がない。
部屋の中を素早く見回し、もうひとりの病人に目を付けた。
「こうなったらッ!」
ゲンキは蘆屋の布団にダッシュする。
主を襲われた牛鬼が、瞬時に反応した。
「させるかッ!」
右手を振り上げ、筋肉をいからせた。
丸太のような腕が、ゲンキに振り下ろされた。
「ぐッ!?」
ゲンキは両腕を顔の前でクロスさせ、牛鬼の打撃を受け止めた。
しかし、圧倒的な体格差があった。ゲンキは弾き跳ばされてしまった。体が後方に飛び、襖をぶち抜いて隣の部屋に転がり落ちた。
「痛ててッ……」
腕が痺れる。辛うじて骨折はしていないようだ。
ゲンキは両足で飛び上がり、次なる攻撃態勢へと移った。
いづなはそれを見計らって、
「炎ッ!」
と叫び、両手から火を放った。
木材と畳でできた室内が、一瞬にして燃え上がった。
常人ならこれで逃げ出してしまうところだが、ゲンキはその場で踏ん張った。耐火スーツになっているらしく、それほど熱さを感じない。意を決して部屋に飛び込んだ。
今度は一向聴が、例の鶴のポーズを取る。
「錯和!」
「どぅお!?」
ゲンキは七丈島での闘いを覚えていた。
まずい、なにかが起こる。そう考えた矢先、ゲンキの背中に激痛が走った。
「いでええッ!?」
膝を崩し、背中に手をやるゲンキ。
金属片のようなものが当たった気がする。
それが味方の流れ弾であると分かるまで、数秒の時間を要した。魔法少女なら死んでいたかもしれない。ゲンキは激怒した。
「もう許さねえ……ぞ!?」
ゲンキは、目の前の光景にあごを落とした。
いづなと一向聴、それに蘆屋と清美を抱えた牛鬼は、すでに畳の中に沈み込んでいた。
ゲンキは慌てて飛びかかったが、時既に遅しだった。あと数センチというところで、牛鬼の頭が畳の中に消えてしまった。
「畜生ッ! 逃げられたッ!」
ゲンキは畳を拳でなぐった。柔らかなそれはヒーローのパンチを吸収し、ポンと跳ねただけでもとの位置にもどった。
「こっちだ! こっちが母屋だぞ!」
聞き慣れぬ男の声。隠密課の隊員だった。
「おい、火の手が上がってるぞ!? 蘆屋はどこだ!?」
「えーい、構わん! 手当たり次第掃射しろ!」
響き渡る銃声。
ゲンキはびっくりして逃げ場を探し求めた。
肌を掠める弾丸に肝を冷やしながら、ゲンキは天井へとダイブした。
薄板を突き破り、屋根裏に上がった。
「危ないっつーのッ!」
ゲンキは軽く悪態をつき、それから牛男の行方を検討した。
広場からこの部屋まで、牛鬼は一息で移動できた。どのくらい距離があるのかは分からないが、絶望的に行動範囲が広いらしい。そのことだけは、ゲンキにも理解できた。
脱出すると言っていた以上、移動先は屋敷の中ではないはずだ。ゲンキはこのあたりの地理に詳しくないから、追跡はもはや不可能に思われた。
「なんてこった……」
「天井裏にいるぞッ! 撃てッ!」
「うおッ!?」
あしもとに、蜂の巣のように穴が空いた。
てんやわんやになりながら、ゲンキは大声で叫んだ。
「俺は赤羽ゲンキだッ! 撃つなーッ! 裏切るぞコラッ!」




