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第34話 抹殺指令

 東の空が白んでいく。

 いつもなら続々と動き出す東京の一角も、今朝ばかりは静寂に包まれていた。

 まだ暗さを残す上空を、何台ものヘリが旋回していた。その爆音を遠くに聞きながら、ほがらは隠密課の用意したジープの中で、うつらうつらしていた。

「ほがら、寝ちゃダメよ」

 隣に座っていたかおるが、ほがらの肩をつかんで揺さぶった。

 ほがらはむにゃむにゃと呻いた後で、ようやく意識を取りもどした。

「うーん……もう朝……?」

「あのさあ……寝ぼけてんじゃないわよ。しゃきっとしなさい。しゃきっと」

 ほがらは大きく背伸びをし、それから後部座席のシートに体重を乗せた。

 七王子市自然公園の一戦を終えてから、わずかに数時間。

 ほとんど睡眠を取ることもできず、緊張の一夜を明かしたふたりは、九段下のとある庭園の近くでスタンバイさせられていた。そこが敵の本拠地であることは、忍から教えられなくても察しがついた。

 半開きになった窓から、かおるは外を見やった。

「やけに静かね……」

 隠密課の制服を着た男たち以外には、人っ子ひとり見えない。

 鳥たちもこの異様な雰囲気に怯えているのか、さえずりすら聞こえてこなかった。

「当たり前でしょ。交通規制されてるんだもの」

 ほがらはそう言って、眠そうに両目をこすった。

 かおるは窓から流れ込む冷たい空気を吸いながら、ほがらに反論した。

「それは分かってるわよ。不発弾が見つかったって言う偽情報で、付近は立ち入り禁止、住民も避難させられてるんでしょ……忍ちゃんから聞いたわ」

「じゃあ、なにが言いたいの?」

 ほがらは少し怒ったようにそうたずねた。

 寝不足でイライラしているのだ。かおるはそんな友人に向き直り、外をゆびさした。

「本拠地が目と鼻の先なのよ。敵はいったいなにをしてるの?」

 なんだそんなことかと、ほがらは面倒くさそうにシートにもたれかかった。

「それも忍ちゃんが言ってたでしょ。敵の……えーとなんだっけ、イキガミ?」

「式神」

「そうそう、その式神って奴、ボスが倒されると全然役立たないらしいじゃない。だったらもうこっちの勝ちは決まったも同然。あとは清美たちと合流して、ぼっこぼこにしてそれで終わりよ」

 楽天家なほがらの説明に、かおるは顔をくもらせた。

 そんな友人を見て、ほがらは呆れながら肩をすくめてみせた。

「かおるっていっつもそうね。『あー、今度の模試はヤバい。勉強する時間が足りない』とか何とか言って、毎回ちゃっかり1番なんだから。今回もそうなるわよ。あっさり倒して終わり。ゲシュマックのパフェを賭けてもいいわ」

 軽口を叩くほがらに負けず、かおるも言い返した。

「ほがらは逆ね。『大丈夫大丈夫。まだ一週間もあるじゃない』とかなんとか言って、毎回赤点なんだから。今回はそうならないように気をつけなさい」

 またこれかと、ほがらはもう一度肩をすくめて話を終わらせた。

 別に怒っているわけではない。10年近く同じ会話を繰り返しているのだから、今さら本気にするようなことでもないのだ。

 ほがらは一息ついてから、ちらりと車の外に目を向けた。

「……ともえちゃんたちはどこにいるのかしら?」

 ほがらは武装した男たちのあいだに、幼馴染みの姿を求めた。

 どこにも見当たらなかった。

 ともえたちが乗っていると思わしき車もなかった。

 かおるは背中越しに、

「これだけ人がいるんだもの。そう簡単には見つからないんじゃない?」

 と答えた。

 ただその口調は、あまり確信がもてないような雰囲気だった。

 ほがらは見える範囲で端から端まで目を走らせ、大きくタメ息をついた。

「これからクライマックスなんだし、連絡くらい取らせてくれてもいいのにね」

 通信の傍受を避けるため。忍はそう説明していた。

 ほがらは半分悪態をつきながらも、これまでその指示に従っていた。

 携帯を没収されたから従わざるをえない。一見そう見えるのだが、実は違う。完璧超人の忍にも、ひとつだけうっかりしていることがあるのだ。それは、御湯ノ水(おゆのみず)博士からもらった変身用のリストウォッチに、通信機能がついていること。リストウォッチを没収されていない以上、連絡は取り放題なのである。それをしないのは、敵に傍受されるのを恐れてのことだった。

 ほがらは、自分の腕に巻かれたリストウォッチをなでさすった。

 かおるはこれを見咎めて、

「ちょっと、止めなさいよ」

 と、遠回しにほがらを制した。

 ほがらはくちびるをすぼめ、その指を離した。

 つまらなさそうにほがらが窓を見ると、そこには忍の顔があった。

「し、忍ちゃん!」

 いきなりのことで、ほがらは驚いてしまった。

 忍はいつもの冷静な調子で、運転席の窓ガラスを叩いた。

 ほがらたちの席のドアがひらき、くの一姿の忍は、ふたりに視線を送った。

「準備は整いました。10分後に突入します」

 ほがらはびっくりした。

「いきなり?」

「本部から指示がありました。部隊を配置してから1時間以上経っています。これ以上の牽制のし合いは無意味。交通規制にと住民避難にも限界がありますので」

 ほがらとかおるは、お互いに顔を見合わせた。

 さきほどまでの軽薄な雰囲気は消え去り、ふたりとも真剣な表情へと変わった。

 ほがらは。

「で、私たちはなにをすればいいの?」

 とたずねた。

「おふたりはここで待機していてください」

「へ?」

 ほがらは気の抜けた声を上げた。

「ちょ、ちょっと待って。また留守番なの?」

「敵からの反応がありません。蘆屋の長者がダウンしているのは確実です。ここは隠密課にお任せください。ほがらさんたちは、万が一のときの奇襲に備えてもらいます」

 一度ならず二度までも決戦に加われないという事実に、ほがらはのけぞった。

 納得のいかなそうな顔を忍にぶつけた。

 しかし、仲間割れする余裕を与えず、忍は頭を下げてその場から消えた。

 ほがらは忍が立っていた場所をしばらく見つめたあと、こぶしで座席を叩いた。

「なによ! これじゃガキの使いじゃない!」

 

  ○

   。

    .


 ほがらたちのもとを去った忍は、アンテナのある中央の通信車両に向かっていた。

 タラップの前で敬礼する隊員に一礼して、忍は薄暗い車内に足を踏み入れた。中では左右の計器に囲まれた男女が、ヘッドフォンを通じて長々と指示を出し続けていた。

 入口に一番近かった女の隊員が忍の登場に気付き、ヘッドフォンを外して声をかけた。

「忍様、各部隊から連絡が入りました。突入の準備が完了した模様です」

「了解。さきほど伝えた通り、マルロクイチゴーに突入します」

「ハッ」

 女はヘッドフォンを装着しなおし、忍の伝言をマイクに向かって繰り返した。

 すると、その隣に座っていた隊員も顔を上げた。

「忍様、本部より至急応答せよとの連絡が入っています」

 忍はさらに奥へと進み、男の隣に立った。

 狭い空間の中で、忍は通信機を手に取ると、スイッチを入れた。

「こちら忍です」

《忍か? 準備は完了しているな?》

 やや音質が悪いものの、声の主はすぐさま分かった。

 課長の柳生(やぎゅう)影勝(かげかつ)だ。

「はい、定刻通り突入します」

《くれぐれも撃ち漏らさないようにしろ》

「……最善を尽くす所存です」

 忍は断言調を避けた。長年のライバルがここまであっさりと倒れて良いのか。そんな複雑な想いが、彼女の中を渦巻いていた。

「……ところで、ひとつおうかがいしたいのですが」

《なんだ?》

 質問してよいものか。忍は逡巡した。

 隣で作業を続ける隊員たちを盗み見たあと、彼女は声を低くした。

「今回の作戦指令に、安倍清明の救出が入っていないのですが、その点は……?」

 忍は曖昧なまま口を閉ざし、もう一度他の隊員たちを盗み見た。

 皆、自分の作業に熱中していた。ヘッドフォンをしているため、そもそも忍の声が聞こえていないようだ。

 忍はサッと視線をもどし、上司の返答を待った。

《……なにか不満があるのかね?》

「安倍清明は、隠密課の第一級戦力です。清美さんが屋敷の中にいると思われる以上、回収命令を発した方が良いかと……流れ弾に当たる可能性も考えられますので……」

《不要だ》

 自分の提案を切り捨てられ、忍は困惑した。

 なぜ安倍清明の身柄を確保しないのか、彼女にはその理由が見えてこなかった。

「しかし……」

《しかし、ではない……きみの考えていることは分かる。蘆屋一族を滅ぼしても、北京の(おう)傑紂(けっちゅう)や欧州勢と対抗するため、安倍清明を回収したいと、そういうことだな?》

 忍は自分の考えを読み取られ、ますます混乱をきたした。理由が分かっているのなら、なぜ賛成してもらえないのか。忍はそれを口にした。

「ではなぜ保護しないのです? あれほどの人材は二度と……」

《忍くん、きみは安倍清美が再度我々に味方してくれると、そう思うのかね?》

「そ、それは……」

 忍は言葉をにごした。

 公園での出来事が、彼女の脳裏にフラッシュバックしていた。自分たちが清美と蘆屋を相討ちにさせたのだ。なにも知らされていないとは言え、後から考えれば誰でも騙されたと分かる状況であった。

 押し黙る忍をよそに、影勝は淡々と先を続けた。

《その保証がない以上、安倍清美にも歴史の舞台から下りてもらわねばならん。蘆屋一族と安倍一族……一方が消えれば残りも消える、そういう関係だったはずだ。我が国は安倍家に古来から莫大な投資をしている。地方自治体のひとつやふたつ、賄える額をな。それは、安倍一族が命を賭して蘆屋一族にあたるという、対価関係があったからだ。その命を賭してもらうときがきたのだよ……》

「清美さんはなにも知りません……彼女はそういう契約があったことすら……」

《確かに、彼女の場合は時期が早過ぎたのかもしれん。だが、緑川くんを誕生させるための研究費も、その後の養育費も全て、国庫が負担しているのだ。十分恩恵は受けたのではないかね? 彼女を七丈島の奨学生に推薦したのも我々ではないか。その額は既に、一般人の生涯収入を軽く超えている》

 忍は反論できなかった。

 影勝が述べたこと、それは事実なのだ。緑川清美だけではない。赤羽ほがらも、本来ならば七丈島で悠々とした学園生活を送れる身分ではなかった。海浜自由学園は全国の秀才が集まるエリート養成校。学業とスポーツのいずれかに秀でた者しか入学できない仕組みになっている。青海が学業推薦、黄山と黒金がスポーツ推薦として入学できる可能性はあるものの、赤羽と緑川にはそれがなかった。

 忍は絶望的な顔をし、言葉をかえした。

「では……保護方針は取らず、機会があった場合のみ……」

《忍くん、まだ分からないかね?》

 影勝のややいらだった声がひびいた。

 忍は眉をひそめた。

「……どういうことでしょうか?」

 わざとらしいタメ息が、通信機から漏れた。

《内心認めたくないのは分かる。きみは曲がりなりにも、彼女たちと学生生活を送った身だからな。だが、我々の方針には気付いているのだろう? それを実行してくれたまえ》

 気付いている──その一言に、忍は全身の毛が逆立つのを覚えた。

 その通りだ。自分は気付いていた。認めたくなかっただけなのだ。忍は震える声で、影勝に確認を取った。

「緑川清美を……殺害すると……?」

《そうだ》

 即答する影勝。

 忍の視界の中で、計器が歪んでいく。

 頭の中が真っ白になった忍の耳に、影勝の声だけ聞こえた。

《式神に連れ去られたところから見て、彼女はこの屋敷のどこかにいるはずだ。きみは彼女を発見次第、息の根を止める。いくら安倍家の者とはいえ、今ならきみの敵ではない。彼女が今後我々に復讐する可能性を考えれば、これは必要な処置だ。いいな?》

「それは……それは正式な命令なのでしょうか……?」

《正式な命令だ》

 忍は息を呑む。もう逆らえない。彼女の中で、なにかがそうささやいた。

《では、万事抜かりなきよう……》

 そこで通信は途切れた。

 呆然と立ち尽くす忍に、さきほどの隊員が怪訝そうなまなざしを送っていた。

「忍様、作戦開始まで1分を切りました。部署へお戻りください」

 

  ○

   。

    .


 隊員たちの号令。駆け足。装備の擦れ合う音。

 ジープの周りが突然騒がしくなり、ほがらはまぶたを上げた。

「始まったわね」

 窓ガラス越しに視線を伸ばし、ほがらは外の様子を確認した。

 隊員たちが組織的に移動を始めていた。彼女は扉の把手とってに指をからめる。

「どこへ行かれるのですか? 待機願います」

 運転席の男が、ほがらの行動をたしなめた。

 ほがらはうるさそうに男を見つめ返し、そして一言。

「トイレよ……ここで漏らせっての?」

「……簡易トイレはあの建物の隅にあります。なるべく早く戻ってください」

 ほがらは礼も言わず、ジープを飛び降りた。ドアを閉めるとき、ちらりとかおるの様子をうかがった。かおるは眠気と闘っているらしく、うとうととうなだれていた。ほがらは彼女を起こさないように、そっとドアを閉めた。

 そして、いかにも我慢できないといった様子で、小走りにトイレへと向かった。

「うー、漏れちゃう漏れちゃう」

 あけすけに尿意を示唆するほがら。

 だが、それは全て演技。彼女は簡易トイレに飛び込むと、扉を閉め、にんまりと笑った。

「最後に美味しいところを持って行こうたって、そうはさせないわよ」

 ほがらはリストウォッチを愛しげにさすり、それから通信開始の操作をした。

「えーと……どうだったかしら……? 確かここをこうして……」

 ほがらは七丈島で教わったことを思い出し、不器用にボタンを押していく。そのうち、画面に通信相手を選ぶ欄が表示された。ほがらは一瞬迷った後、清美の名前を選択した。こういうときは、ともえよりも清美のほうが機転が利く。そう考えたのだ。

 最後に左上のボタンに圧力をかけたところで、リストウォッチが光った。

「よっし!」

 ガッツポーズを決め、ほがらはリストウォッチを口元に寄せた。

 ヒーローたちが通信をするときの例のポーズだ。

 ジープを出るとき、かおるに勘ぐられるかとも思ったが、杞憂だった。寝不足がここで有利に働くとは、ほがらも予想していなかった。

 リストウォッチから、軽快な呼び出し音が鳴り続けた。

 なかなか出ない。大方、安全に話せる場所を探しているのだろう。ほがらは右足でリズムを取りながら、待ち切れないように独り言をつぶやく。

「ほらほら、早く出なさーい。マジカルエンジェルズの出番よぉ」

 ひたすらに繰り返される呼び出し音。

 最初の銃声が鳴り響いたのは、それからほんの数秒後のことだった。

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