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第31話 生死不明

 豪華な調度品に囲まれた執務室の片隅で、忍は課長の帰りを待っていた。

 時計の針は10時を過ぎ、窓から見える夜景が遠くへと広がっている。車のテールランプの流れを見つめながら、忍はひたすらに控え続けた。課長の実力を熟知しているとは言え、やはりその安否が気遣われるのだ。

 どのくらい待っただろうか。執務室の扉が開き、男が入って来た。

 忍は頭を下げ、影勝(かげかつ)に迎えのあいさつをした。

「課長、お待ちしておりました」

 少し顔を上げたところで、彼の腕に包帯が巻かれていることに気が付いた。

「課長、お怪我を?」

 忍が歩み寄ろうと手を伸ばしたところで、影勝はそれをふりはらった。

 忍は再び部屋の隅に控え、課長が黒革の椅子に着席するのを待った。

「で、戦況はどうなっている?」

「課長、お怪我をなされているのなら、先に医務室へ……」

「大した傷ではない……戦況はどうなっていると訊いている」

 不機嫌そうに質問を繰り返す影勝。

 忍に対して怒っているわけではなかった。見知らぬ相手に傷を負わされたことが、剣士としてのプライドを揺さぶっているのだった。

 そのことを理解した忍は、すぐに答えを返した。

「全方面で戦闘が終結致しました。新宿、赤坂では被害が大きかったものの、蘆屋を撃破後は制圧に成功しています。七王子での経過は、すでにご存知かと」

「被害はどれくらいだ?」

「戦力の8%ほどを失っております」

 忍の告げた数字に、影勝はわずかに顔をしかめた。

「予定より多いな……」

「思ったよりも敵戦力が分散しておらず、新宿、赤坂方面で、被害が予測より30%多い結果となりました。七王子方面では吸血鬼の加勢があったものの、蘆屋が単独で現れたため、被害は微増で済んでいます」

 報告を終えた忍は、影勝の指示を待った。

 影勝はしばらく包帯の部分を押さえた後、椅子を横向きに回転させた。

「襲撃チームの用意は?」

「ハッ、すでに九段下へ到着済みです。後は課長の命令を待つばかりかと」

 九段下にある蘆屋一族の本拠地。

 21世紀に入って急激に向上した霊力観測システムにより、隠密課はその位置を突き止めることに成功した。そして、それが今回の囮作戦の発動条件でもあった。

 計画自体は、安倍清明のクローンを作り始めた16年前から存在していた。

 16年。蘆屋一族との抗争期間を考えれば、隠密課にとって望外の幸運であった。

 しかしそれには、望外の不運も伴っていた。

「ひとつ連絡があります。先ほど九段下から入った情報に寄りますと、ラスプーチンが開発したと思わしきロボットが出現、ビルなどを破壊したとのことです」

「なに? ラスプーチンが?」

 影勝は顔を忍に向け、そのくちびるをむすんだ。

「はい。どうやら蘆屋の敗北が、予想より早く知れ渡っているものと思われます」

「ふむ……霊力観測システムは公にはなっていないが、クレムリンには備わっていて当然だろう……そのロボットは、どうなった? 破壊したのか?」

 影勝の問いに、忍は曖昧な返事をした。

「機動隊が追跡したところ、行方が分からなくなったそうです」

「取り逃がしたか……いや、すでに回収された可能性もあるな……」

 影勝は腕の痛みも忘れ、しばらく虚空を見つめた。

「……王傑紂の方はどうなっている?」

「それにつきましては、北京警察から連絡がございました。今週中にも、敵の本拠地を制圧する勢いとのことです」

 吉報と凶報が入り乱れ、影勝は沈思黙考した。

 5分ほど時間が過ぎたところで、影勝はその鋭い瞳を忍へと投げかけた。

「よし、隠密課の全部隊に招集を掛けろ。襲撃時刻は、追って知らせる」

「ハッ、かしこまりました」

 忍は立ち上がり、頭を下げてとびらへと向かった。

 その背中へ、影勝はさらに言葉を継いだ。

「北京警察の動向にも注意しろ。王傑紂のアジトが先に落ちると、残党が東京へ逃げ込んで来るやもしれん。そうなっては面倒だ。こちらが先に蘆屋を潰す」

「……御意に」

 忍は再度一礼し、執務室を後にした。

 赤い絨毯の上を、早足で歩いて行った。

 曲がり角へ差し掛かったところで、ふと彼女は立ち止まった。

「……ニッキー殿、いかがなさいましたか?」

 忍の呼びかけに、窓から光の玉が飛び込んで来た。

 光の玉は忍の前で一回転すると、上下に漂いながら忍に話しかけてきた。

「さて、これはどういうことなのか、説明してもらおうかな?」

 ニッキーの問いに、忍は表情を崩さずに、言葉をかえした。

「すでにお分かりのことかと思いますが……」

「安倍清明こと緑川清美を自爆させ、蘆屋と相打ちさせた。七丈島が襲われたのも、全て君たちが仕組んだことだ……これで合っているかい?」

「……おっしゃる通りです」

 忍とニッキーの間に、緊迫した空気が流れた。

 だが、ニッキーは怒っていなかった。むしろ呆れたように先を続けた。

「困るんだがね……私の戦力を勝手に削減するような真似をされては……」

「それについては、謝罪致します。しかし、蘆屋一族は、この国を数百年に渡って苦しめて来た存在。それを駆逐するために、大勢の者が死んで行きました。清美さんとともえさんには犠牲になっていただきましたが、それも全ては彼らの無念を晴らすため……」

「政官財がもっと儲けるため、の間違いじゃないのかい? ……まあいい。私がこの星に来たのも、暗黒霊体(ダークソウル)を倒すため。奴らは蘆屋家とも手を結んでいた。今回の件も、私にとっては一応の勝利と言えるかもしれないね」

 ニッキーの冷たい評価に、忍は軽く頭を下げた。

「冷静なご意見、ありがとうございます……清美さんとともえさんについては、大変残念な結果に終わってしまいましたが、感情的になられずなにより……」

「そこなんだがね……2人は本当に犠牲になったのかい?」

 ニッキーの質問に、忍は心持ち表情を変えた。

 すこし驚いたような顔をしていた。

「……それはどういう意味でしょうか?」

「2人は本当に死んだのかな? 私は彼女たちの生死を、つとに知らないのだがね」

 忍は左を向き、窓から夜景を眺めつつ答えを返した。

「清美さんについては、間違いありません。彼女が唱えた呪文は、自分の命と引き換えに相手を打ち倒す必殺の奥義。一度唱えれば、術者の命は……」

「必殺技というが、蘆屋は生きていたじゃないか」

 ニッキーの指摘に、忍は一瞬口元をむすんだ。

 余り面白くない事実を前に、忍は先を続けた。

「あれについては誤算でした。おそらく、清美さんが霊力をうまく制御できず、討ち漏らしたものと思われます。ただ、相当なダメージを与えたはずで……」

「清美くんが霊力をうまくコントロールできなかったのなら、彼女が死んだという保証はないと思うのだがね。実際、連中は清美くんも連れて帰ったみたいじゃないか。君は、彼女の死をあそこで確認したのかい?」

 忍は黙って首をふった。

 嘘ではない。あのとき彼女は、吸血鬼と対峙しており、清美を気にかける暇がなかったのだ。他の隊員からも、清美の死を確かめたという報告は入っていなかった。マーシャルと対峙していた影勝自身も、それについてははっきりしたことを言っていない。

 忍の顔に、ふと影がさした。

 清美が生きているとしたら──もしかすると、影勝と蘆屋の会話も、全て彼女に聞かれていたかもしれない。それが意味するところに、忍は戦慄した。

「もし生きているとしたら、少々まずいことに……」

「少々? 蘆屋と安倍が組むかもしれないのに、少々だと言うのかい?」

 ニッキーの台詞に、忍は顔を上げた。

「……彼女が蘆屋と組むというのですか? まさか……」

 忍は、信じられないと言った顔をしていた。

 彼女が恐れたのは、清美が隠密課のコントロールを離れることだけだった。もし騙されたと分かれば、彼女が今後も隠密課の言いなりになる可能性は低かった。ほとんどないと言っても良いだろう。

 しかし、蘆屋と組むことまでは想定していなかった。それは、彼女がうかつだったというわけではない。幼少の頃から国に奉仕することを教えられ、蘆屋一族と戦うことだけを目的に生きて来た彼女にとって、思考の死角になっていたのだ。

 忍は納得しないような顔で、ニッキーに問いかけた。

「私たちに裏切られたというだけで、清美さんが敵方につくでしょうか? 彼女は、復讐という感情的な行動に出るタイプではありません」

「……仕方がない。こちらからも情報を提供しよう。清美くんは蘆屋に恋をしている」

 突然の告白。

 忍は、まるで日本語が聞き取れなかったかのように、もう一度たずね返した。

「申し訳ございません。今、なんと……?」

「清美くんは蘆屋に恋をしている。じつは……」

 ニッキーは、これまでの出来事をすべて忍に伝えた。

 清美とともえが時々マンションを抜け出ていたこと。そのとき、清美が一人の少年に一目惚れしてしまったこと。そして、その相手が蘆屋道遥だったことを。

 話が進むにつれ、忍の顔から血の気が引いて行く。

「で、では、蘆屋と清美さんの逢瀬おうせを手伝ったと言うのですか!?」

 常に冷静さを失わなかった忍も、これには声を荒げた。

 ニッキーは相変わらず空中に浮遊しながら、いつも通りの調子で言葉を返した。

「それについては謝罪しよう。だが私は、彼女たちの保護者ではない。こっそり抜けられる監視体制に問題があったと思う」

「それは責任転嫁です! あなたはほがらさんたちを魔法少女にした以上、彼女たちを安全に保護する義務があるでしょう!」

「ない。何度も言うようだが、私は彼女たちの保護者ではない。対等な契約者だ。私は彼女たちに魔法少女の力を与え、彼女たちは私の手伝いをする。それが全てだよ」

 ニッキーの返答に、忍は決して満足しなかった。

 だが、済んでしまったことをとやかく言っても仕方がない。それに、清美が敵に回るとしても、彼女は負傷しているのだ。蘆屋と同じかそれ以上に。それならば今回の作戦にも支障が出ないはず。そう判断した忍は、この責任問題を打ち切ることにした。

「……分かりました。この件でお互いに責任を追及するのは止めましょう」

「そうしてくれると助かる。さてもうひとつ、トモエくんのことだが……」

 今度は別の双性者(ヘテロイド)が話題になり、忍は軽く身がまえた。

「ともえさんが、なにか?」

「彼女は死んだのかい?」

 忍は答えに窮した。

 そして、清美のときよりもさらに細い声で、ニッキーに答えを返した。

「おそらくは……」

「死体を誰か見つけたのかい? ……私は見つけられなかったがね」

「いえ、こちらもまだ……」

 ともえの生存。それは清美の場合と違い、隠密課の懸念事項だった。戦力被害が予想よりも大きかったため、引き続き双性者(ヘテロイド)の投入が決定されているのだ。ほがらとかおるの2人よりも、ともえを加えた3人のほうが心強かった。

 かくして、七王子市民公園では大規模な捜索が行われているはずなのだが、ともえの行方は依然として知れなかった。死体が見つかったという連絡もなく、まるで煙のように姿を消してしまっていた。

「爆発に巻き込まれたのは、確かなのだね?」

「そのはずです……私と違い、なにが起こるかは予期できなかったはずなので……」

「ふむ……しかし、私が逃げ切れたのだ。運動神経のいい彼女なら……」

 そこで2人は会話を中断した。

 ニッキーは通気口の中へ飛び込み、忍もえりをただした。

 しばらくして、曲がり角の向こうから、恰幅のいい背広姿の男が現れた。

 男は忍に敬礼すると、返事を待たずに報告を始めた。

「七王子の部隊より連絡が入りました。捜索の結果、黒金ともえあるいはその男性版ムサシと思わしき死体は、発見されなかったとのことです。捜索範囲を市民公園の外に広げましたが、血痕などの逃走した形跡も見当たりません」

 男はいったん言葉を区切った。

 忍は少し怪訝そうな顔をした後、男の瞳を直視した。

「生存も死亡も確認できなかったのですね?」

「ハッ、引き続き捜索を行っております」

 男の返事に、忍は指先を顎に当て、窓の外の夜景を見渡した。

 彼女から命令が出ないことを不思議に思った男は、自ら指示をあおいだ。

「いかがいたしましょうか? 七王子の捜索隊からは、増援の要請が……」

 忍は夜景を見つめたまま、男の言葉をさえぎった。

「増援の必要はありません。七王子の部隊を全て撤収させます」

 忍の指示に、男は眉間にしわを寄せた。

 仲間を見捨てると言うのか。そう言いたげな顔をしていた。

「柳生課長から、蘆屋家襲撃の準備が発令されました。早ければ、明日の朝にも命令が下るはずです。隊員は速やかに撤収し、休息を取るようにしてください」

「ということは、ついに伊号いごう作戦が?」

「そうです……黒金ともえさんについては、死体が見つからない以上、生存していると考えてよいと思います。おそらくは爆発から逃れて、どこかへ身を隠しているのでしょう。その捜索については、後で警察に手配します」

「ハッ、かしこまりました!」

 背広の男は再度敬礼をし、忍もそれをかえした。

 男が廊下の奥へと去ったところで、ニッキーが通気口から出て来た。

「警察に捜索を依頼するのかい?」

「はい、ともえさんは貴重な戦力です。合流してもらうに越したことはありません」

「いや、そういう意味ではないんだ。警察がトモエくんを見つけるのは、少しばかり難しいんじゃないかと思ってね」

 ニッキーの意味深な言い回しに、忍は目を細めた。

「なぜ難しいのですか? 人員は隠密課よりも警察の方が遥かに多いのですが……」

「なるほど、そうだろうね。だが、私もトモエくんを探し回ったんだよ。もちろん、闇雲に探したわけじゃない。ステッキから発信されているはずのエネルギーを追ったんだ。ところが、それを感知することができなかった」

 忍は、ニッキーの言いたいことに察しがつき始めていた。

 だが、敢えてその先をニッキーにしゃべらせた。

「……なにをおっしゃりたいのですか?」

「もう分かっているんだろう? とぼけなくてもいい。ステッキのエネルギーを私が追えないのは、彼女が今、東京からかなり離れた場所にいるからだ。少なくとも、関東圏内にはいないことになる」

 第三者からの意外な情報に、忍は戸惑いを隠せなかった。

 怪我をしていなくても、東京から出る理由など思い当たらなかった。

 忍は、ニッキーの分析を疑ってかかった。

「ステッキが壊れたのではないですか?」

「あの程度の爆発では壊れないよ。私たちの技術力を舐めてもらっては困る」

 2人の間に沈黙が走った。

 より動揺していたのは忍のほうだったが、彼女はそれを念入りに押し隠した。

「……分かりました。全国手配にしましょう。それと、今回の件についてですが、ほがらさんたちには……」

「内緒にする、というのかな?」

 忍は強くうなずき返した。

 ニッキーは数秒その場に漂ったあとで、こう答えた。

「たしかに、生死が分からない以上、伝えないほうがいいのかもしれない。だが、清美くんとほがらくんたちが再会する可能性を考えると、今の状況はあまり好ましいとは……」

「それについては、少しばかり策があります。ご安心を。ニッキー殿には、ほがらさんたちのマンションへ移動していただきます。清美さんたちは無事ということで」

 2人は、お互いに用件が終わったことを確認し合った。

 口裏合わせを済まし、ニッキーは窓の外へ、忍は廊下の奥へと消えて行った。

 東京は何事もなかったかのように、日付の変わり目を迎えようとしていた。

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