第29話 テスラ博士
「しまった! 見つかった!」
窓ガラスを撃ち破って飛び込んで来たのは、あの白人ロボットだった。
椅子に座っていた十三不塔は反応が遅れ、真っ先に飛び出したのは一向聴であった。
「ここは一向聴様の出番ヨ! 守りなら任せるアル!」
「そいつはロボットだよ! 機械だから呪いが効かない!」
「アイヤ!?」
一向聴が身を翻そうとしたところで、手首の銃口が火を噴いた。
「アヤヤヤ!」
一向聴は咄嗟に飛び上がり、蛍光灯の器具を利用して天井にしがみついた。
留め金が朽ちていたのか、器具が重量に耐えかねてはずれてしまった。
「お、落ちるアル!」
「一向聴様!」
大蝙蝠がひらりと一向聴を抱きかかつどうかえ、テーブルのうえに着地した。
それを狙っていたかのように、銃弾の雨が降りそそいだ。
一向聴を庇った大蝙蝠は、銃撃を背中でモロに受け止めてしまった。いくら貫通しないとは言え、大ダメージである。おまけに布地が破れて下着が露出し、大蝙蝠は痛みと恥ずかしさに耐えかねて一向聴を取り落としてしまった。
「アイヤ!?」
一向聴は両手で床に手をつくと、そのまま宙返りして体勢を立てなおした。
このままでは不利。そう考えた一向聴は、仲間に指示を出した。
「十三不塔! あいつを動物に変えるアル!」
「無理だよ! 生き物が相手じゃないと!」
十三不塔の弁明に、一向聴は頭を抱えて地団駄を踏んだ。
「相性が最悪アル!」
「一向聴様ッ! 危ないッ!」
大蝙蝠の声よりも素早く、一向聴はアナスタシアの銃撃をさらりとかわした。
壁を蹴って方向転換し、部屋の反対側へと逃げ込んだ。
「あたしを舐めるんじゃないヨ! 飛び道具くらいかわせるネ!」
強がりではなかった。彼女とて、だてに四風仙の一角を務めているわけではない。身体能力ならば、常人のそれを遥かにしのいでいた。警官との修羅場を踏んで来た彼女にとって、銃撃戦はお手のものであった。
これは少し計算外だったのか、アナスタシアの動きが止まった。
《どうした? 早く攻撃せんか!》
「……敵ノ能力ヲ計算シタ結果、実弾デハ捕獲デキマセン。装備ヲ変更シマス」
怪人には苦痛を与えることができるだけで、重症を負わせられない。他のふたりは素早過ぎて、弾がそもそも当たらない。生け捕りにするという条件が、アナスタシアの任務を著しく困難にしていた。手足や肩を慎重に狙っているのだが、それでは避けてくださいと言っているようなものであった。
そう結論づけたアナスタシアのコンピューターは、装弾を変更した。
装填信号が視界に点滅したあと、アナスタシアは銃口を大蝙蝠に向けた。ブラジャーが外れないように胸元を隠していた大蝙蝠は、一瞬反応が遅れてしまった。
乾いた銃声が鳴りひびいた。
「キャッ!?」
銃弾は大蝙蝠の肩に命中した。
貫通こそしなかったものの、空気の抜けるような音を立てて、透明な液体が注入された。
「い、一向聴……様……」
大蝙蝠は目を閉じ、そのままテーブルの上に倒れ込んでしまった。
液体の正体に他のふたりが気付くまで、ものの数秒とかからなかった。
「ま、麻酔弾アル!」
アナスタシアは一向聴にも銃口を向けた。
だがその行動を、ラスプーチンの声が制した。
《捕虜はひとりで十分だ。残りは放置しろ》
「……了解。離脱シマス」
アナスタシアは、昏睡状態の大蝙蝠へと近寄った。
それを阻止しようと一向聴が飛び出した。
「そうはさせないネ!」
「危ないッ!」
十三不塔は一向聴のあとを追い、ダイブするように彼女の背中へ飛び込んだ。
しかし、それは仲間を止めるためではなかった。むしろ加速させたのである。
一向聴の体が急激に膨張し、爬虫類の皮膚を持った巨大な生物へと姿を変えた。室内はその巨体に満たされ、アナスタシアは鋭い牙で、ビルの外へと弾き出されてしまった。
地上へ落下するアナスタシアの視界に、肉食恐竜の頭部が映った。
恐竜は大きな口を開けてアナスタシアを威嚇したが、すぐにその首を引っ込めた。
《アナスタシア!? なんだ今のは!?》
「……敵ノ特殊能力ト思ワレマス」
《特殊能力だと? ……くっ、幹部級だったか。早く身柄を確保して脱出しろ》
「了解」
アナスタシアは地面を蹴り上げ、壊れた壁際へと舞いもどった。
ゆっくりと顔を覗かせ、室内を念入りに観察した。
「……」
室内に恐竜の姿はなかった。それどころか、あの3人も見当たらなかった。
逃げられたと判断したアナスタシアは、エネルギーの行方を追跡した。
「……エネルギー反応ナシ。脱出経路不明」
そう言って、アナスタシアは室内へと足を踏み入れた。
物音ひとつしない。
廊下の奥へ逃げられてしまったのだろうか。そう考えたアナスタシアは、扉へと歩を進めた。ドアノブに手をかけ、左右の真っ暗な廊下に視線をのぞかせた。
なにも見えなかった。
「赤外線モ……」
その瞬間、背後でかすかな物音がした。
小石が崩れるような音。アナスタシアが振り返ると、2羽のカラスが空へと舞い上がるのが見えた。カラスの1羽は、ネズミを足に抱えていた。
その光景の意味を理解したアナスタシアは、銃口をカラスへと向けた。
発射音。カラスの尾は闇に消え、麻酔弾は意味もなく向かいのビルに命中した。
「……ラスプーチン様、捕獲ニ失敗シマシタ」
《……》
通信が途切れた。アナスタシアもラスプーチンも、今の2羽と1匹が敵の変身だと気が付いていた。そして、その追跡がほぼ不可能になってしまったことも。
遠くでパトカーのサイレンが聞こえた。アナスタシアを探し回っているのであろう。壁の穴から吹き込む風に身を任せながら、アナスタシアは主人の命令を待った。
《……回収部隊を派遣する。いったんクレムリンへもどるのだ》
「了解」
○
。
.
「えーい、これはどういうことだ! テスラ!」
クレムリンの司令室にラスプーチンの怒声が木霊した。
ラスプーチンは肘かけを拳で叩き、近くにいる白衣の男を睨みつけた。
頭頂部のハゲあがった老科学者は、つまらなさそうに言葉を返した。
「アナスタシアは殺人兵器です。今回のような任務には向いておりません」
「欠陥品を作れと言った覚えはないぞッ!」
欠陥という言葉に、テスラと呼ばれた科学者は首をふった。
「いいえ、欠陥ではございません。空を飛べない自動車が欠陥品ではないように、殺人兵器に生け捕りを命じられるほうがおかしいのです」
テスラはそう言うと、椅子に座るラスプーチンの顔を見返した。
そして、一言付け加えた。
「お分かりいただけましたでしょうか?」
ラスプーチンは苦虫を噛み潰したような顔をして、こめかみを震わせた。
「ええい、忌々しい!」
ラスプーチンの捨て台詞にも、テスラは眉ひとつ動かさなかった。むしろ、その他の兵士たちの方が、この場の雰囲気に動揺していた。
それを見かねたのか、年配の将校が一歩前に歩み出た。
「ラスプーチン様、お言葉ですが、アナスタシアにはもう少し自立的な活動をさせたほうが、よろしいのではございませんか? カメラ越しにこちらから指示を出していては、どうしても挙動が遅れてしまいます。今回の作戦でも、指示を出さずに対処できる場面が、あったように見受けられるのですが……」
部下の進言に、ラスプーチンはその豊かなあご髭をなでた。
首を縦に2度振り、正面のスクリーンに向きなおった。
「たしかに、おまえの言う通りだ。まどろっこしくていかん……テスラ」
さきほどの老科学者は、
「なんでございましょうか?」
と、いかにも落ち着きはらった返事をした。
「アナスタシアのプログラムを、もう少し改良できないか?」
「改良……と言いますと?」
「もっと自発的に動けるようにするということだ」
ラスプーチンの皮肉っぽい言い回しにもめげず、テスラは首を左右にふった。
「それは改良とは言いません。アナスタシアの挙動は、わざとあのようにプログラミングされているのです」
「わざとだと? ……わざと自分で考えられないようにしていると言うのか?」
テスラはさらに首を振り、上司の言葉に訂正を入れた。
「その言い方に語弊があります。自分でものを考えられないというのは、欠陥ではございません。ロボットは、命令されたことを忠実に実行する存在。意志を持たせることは、ロボットの必要条件ではないのです。したがって……」
「ええい! そのような哲学議論はもうよい! できるのか、できないのか!?」
ラスプーチンが提示した二者択一に、テスラは事も無げに答えを返した。
「できます。プログラミングの書き換えには、2日とかからないでしょう」
「よし、ならば回収次第それを……」
「ただし」
テスラは語気を強め、その場の空気を凍り付かせた。
「アナスタシアに意志を持たせるということは、彼女を人間に近付ける……いえ、人間そのものにするということです。そのデメリットについても、お忘れなきよう」
「デメリットだと……? 叛乱の可能性があるということか?」
「そこまでは申し上げません。しかし、人間の欠陥を補うために作ったロボットを、より人間に近付けるという作業……その作業に矛盾があることだけは、ご理解いただきたい」
そう言い切ったテスラは、背中に手を回して司令室をあとにした。
それを追いかけるように、ひとりの若い青年が退室した。
青年もまた白衣を着ており、先を急ぐテスラの背中に声をかけた。
「テスラ博士!」
青年の呼び声に、テスラはその首をうしろへと曲げた。
「……なんだ、イワンくんか。なにか用かね?」
「いえ、用というわけではありませんが……アナスタシアの改造となると、助手の私もお手伝いする必要があると思いまして……」
イワンと呼ばれた青年は、ためらいがちにそう答えた。
テスラはふんと鼻を鳴らし、それから再び先へと歩き始めた。
イワンは口をつぐみ、黙って博士の後を追った。
しばらく歩いたところで、ふいにテスラが問いを放った。
「イワンくんは、アナスタシアに意志を持たせてもよいと思うかね?」
「……よいかどうか、ですか」
イワンは何度か曖昧にくちびるを動かし、自分なりの答えを告げた。
「善くも悪くもないと思います……科学技術それ自体は、善悪とは無関係ですから……結局は、人間がそれをどう使うかではないでしょうか?」
「ふむ……君らしい答えだな……」
テスラはそうつぶやくと、廊下の先へと歩を進めた。
青年は首をかしげ、さらにその後を追った。
「博士はどうお考えなのですか?」
「……なにがだ?」
「今のご質問についてです。私が間違っているのでしょうか?」
テスラはそこで歩を止め、イワンへと全身を振り向けた。
「ワシも君の考えと一緒だよ」
「でしたら、なぜ先程のようなご質問を? 技術それ自体に善悪がないならば、敢えてそれを問う意味がないではありませんか?」
「訊きたかったのは、そこではない。その先だよ」
「その先……?」
目を細めて相手の真意を探ろうとするイワン。
だが、青年が答えを出すよりも早く、テスラ自身が言葉を継いだ。
「人間が技術をどう使うか、ということだよ。アナスタシアに意志を与えることが、いやそもそもアナスタシアを開発したことが、君は正しい使い道だと思うかね?」
イワンは視線を落とし、鉄板が剥き出しになった床を見つめた。
ところどころ剥げかかったそれは、青年に昔の苦学の時代を思い起こさせた。
「……はい、私はアナスタシアの開発者のひとりとして、正しかったと思います」
「なぜそう思う?」
「ラスプーチン様の理想……つまり、世界から貧困をなくすというお考えを達成するためには、どうしても暴力革命に訴えなければなりません。世界の経済システムが固定化されている以上、議論では打破することが不可能なのです。前世紀の共産主義は、技術的な問題で頓挫してしまいました。労働の平準化と生産性の向上を達成する科学水準に、到達していなかったのです。しかし、21世紀も半ばとなり、それも夢では……」
「それと人工知能の開発に、どういう関係があるんだね?」
イワンは、回答をためらった。答えを用意していなかったからではない。ただ、青年が用意していた答えを、テスラはとうに気付いているような気がしたのだ。
とはいえ、乗りかかった船だ。イワンは、先を続けた。
「21世紀は金融資本主義の時代です。しかし、金融はもはや人間の手ではなく、プログラムが売買を行うようになって、久しくなりました。そのような中で、最も優秀な、最も収益性の高い取引を行える人工知能を開発すれば、世界の富を手に入れたも同然のはず。それを軍資金にして、世界の貧困を……」
「ようするに、人工知能を道具として使うのだろう?」
テスラの質問に、イワンは我が意を得たとうなずきかえした。
「その通りです。アナスタシアも、その研究の一環で……」
「技術が人智を超えた存在になったとき、それは人間の道具になるのかね?」
イワンは、テスラのさえぎりに口もとをむすんだ。
いきどおったのではない。本当に答えに窮してしまったのである。
「それは……開発の仕方次第かと思いますが……」
「そうかね? 君は猿に『自分たちの生活をよくしたいから、その道具になれ』と言われて、なるのかね? ワシはならないね……だれもならないだろう」
「人工知能の場合は違います。猿とは対話できませんが、人工知能とは……」
「対話ができるなら、なおさらだよ。奴隷になりたがる知的存在などいない」
青年はしばらく沈黙を続け、それからかしこまってテスラを見つめ返した。
「質問を質問で返すようで申し訳ありませんが、博士はなぜ人工知能の研究をなさるのですか? それを教えていただきたいと思います」
イワンは食い入るように相手の瞳を眼差す。左手の壁に設けられた窓からは、風の吹きすさぶ音が漏れ聞こえていた。
博士はその窓へと視線を向け、それからゆっくりと舌を動かし始めた。
「……それは食いつなぐためだよ。霞を食べて生きていくことはできないからな」
予想外の答えを受け、青年は眉間に皺を寄せた。
「……それだけなのですか?」
テスラは青年のほうへ顔をもどした。
「それだけだ」
「博士が本国で評価されなかったことは存じていますが……しかし……」
「テスラ博士、イワン博士」
廊下の奥から、若い男の声がした。
銃身を背中に担いだ男が、小走りに2人の方へ向かって来る。
ふたりの科学者は問答を止め、男の接近を待った。
彼がなにをしに来たのかは、ふたりにとってすでに明らかだった。
男は1メートルほど手前で止まると、息を切らして敬礼をした。
「アナスタシアが帰還しました。メンテナンスをお願い致します」
「……分かった、すぐに行く」
「では、これにて」
男はテスラの返事に満足して、司令室の方へと駆けて行った。
それを見送ったイワンが振り返ると、テスラはすでにラボの方へと足を運んでいた。イワンも慌てて後をついて行く。先ほどの質問をぶり返そうかとも思ったが、彼はそれを控えた。仕事を優先したのだ。
テスラがラボを開けると、配管とコードの剥き出しになった部屋が広がった。その中央部には、目を閉じて横たわるアナスタシアの姿があった。その姿は開発者のイワンですら、人間と見分けがつかないものであった。
テスラが右側に、イワンが左側に立ち、アナスタシアの体をチェックしていった。
「……破損箇所はないようですね。これなら、すぐにプログラムの書き換えを……」
イワンが顔を上げたとき、テスラはアナスタシアの顔にじっと見入っていた。
青年が黙っていると、テスラはそのくちびるをわずかに上げ、ぼそりとつぶやいた。
「悪くはない……だが、善くもない。善くもないんだ」




