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第28話 アナスタシア起動

 路上は混乱と喧噪けんそうに満ちていた。

 棺桶の中からあらわれた女が、突然発砲を始めたのである。

 それを見た最前列の人々はパニックに陥って、逃げ場を求めた。後方にいた野次馬たちは、わけも分からずアスファルトの上になぎ倒されていった。

 罵声と悲鳴の中、女は夜空に向けて機銃のようなものを打ち続けていた。威嚇しているのだろうか。通行人たちは女の行動には目もくれず、蜘蛛の子を散らすように路地裏へと避難した。普段平和な東京で暮らす彼らにとって、銃声は銃声であり、標的がなにかなど考慮の対象ではなかった。

「武器を下ろせ! 下ろさんと撃つぞ!」

 数人の警官が女を半円形に取り囲み、警告を発した。

 女は空高く撃つことを止め、彼らの顔を空虚な眼差しで見つめかえした。

「ど、どうなってるんだ? 腕から銃が出てるように見えるぞ!?」

「知るかッ! それよりも逮捕に専念しろッ!」

 2人の警官のやり取りを無視して、女は右腕を水平に下ろした。

 警官の言う通り、銃は手に握られているのではなく、飛び出した骨のように手首の付け根から顔をのぞかせていた。警官たちが何度目を凝らしても、その不自然な光景は眼前から消えることはなかった。

 警官たちは相手が武装しているという事実にだけ集中し、警告を続けた。

「武器を捨てろ! 日本語が分からんのか!?」

 女の感情に欠けた瞳が、警官の銃へと注がれた。

 正確に言えば、それは瞳ではなかった。眼球の形をした高性能カメラであった。女はピントを合わせるように瞳孔をしぼった。その精密な動きは、警官たちにはとらえようがなかった。

 女の視界が格子状のフィルター画面に切り替わり、警官の持つ銃へとポインターが向けられた。数値が乱舞し、視界の片隅にその分析結果が表示された。

「敵兵器種M360J。旧式モデル。当方ヘノ殺傷能力ナシ。対処シ……」

《アナスタシア、聞こえるか?》

 女の耳元で、野太い男の声がした。通信音のような、機械を通した声だった。

 アナスタシアと呼ばれた彼女は、視線を動かさず、その声に答えた。

「ラスプーチン様、感度良好デス」

《弾を無駄遣いするな。人間は放置して、アシヤの本拠地を探れ》

 男の命令に、アナスタシアは目の前の警官を一瞥した。

「前方ニ警察官ガ5名。武器ヲ携帯シテイマス。攻撃ノ意思アリ」

《警官のオモチャでおまえを壊すことなどできん。無視しろ》

「……了解」

 通信を終えたアナスタシアは、右腕を地面に向けて下ろした。

 それを見た警官たちは、一様に安堵の表情を浮かべた。

 年長の警官が銃を構えたまま、一歩前に出た。

「よし、そのまま銃を捨て……」

 警官が言い終わらぬうちに、アナスタシアは軽く膝を折り曲げ、両足に力を込めた。

 周囲にふたたび緊張が走った。

 彼女が次に取った行動は、その場の誰にも予測できていなかった。

「と、跳んだッ!?」

 アナスタシアは関節をバネのように伸ばすと、警官たちの方向へと飛翔した。彼らはその行動自体にも戸惑いを隠せなかったが、それ以上に、アナスタシアが見せた人外の跳躍力に度肝を抜かれてしまった。

 100メートルほど先の道路で重たい着地音がし、街灯に照らされたアナスタシアの背中が見えた。警官たちはぽかんと口を開け、お互いに顔を見合わせた。

「ど、どうやってあんな距離を……!?」

「お、応援を呼べ! 俺たちでは対処できん! 機動隊だ!」

 警官たちの怒声と、路地裏に垣間見える人々の視線を一身に受けて、アナスタシアはすくりと背筋を伸ばした。彼女の視界はふたたび格子状のフィルターにおおわれ、近場の地図が表示された。

 しばらくそれを分析したアナスタシアは、今度は自分から口をひらいた。

「ラスプーチン様、コノ付近ニ強イエネルギー反応ガアリマス」

《なに? ……アシヤか?》

「……分カリマセン。発信源ハ3体。1箇所ニ集マッテイマス。エネルギーノ規模ハ、前回収集シタ蘆屋ノデータト一致シナイ模様。別ノ個体ト思ワレマス」

 アナスタシアは分析を終え、その口をつぐんだ。

 ラスプーチンの返事はなかった。

 アナスタシアはしばらく主の命令を待ったあと、自分から指示をあおいだ。

「イカガイタシマスカ?」

 さらに数秒の沈黙が続いた。

《……アシヤの本陣が九段下にあるという情報を得た以上、そのエネルギー反応もアシヤの一味に違いない。捕獲して、アジトの場所を吐かせるのだ。殺してはいかん。いいな?》

「了解」

 2人が通信を終えた途端、背後でけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 アナスタシアは不自然に折れ曲がっていた手首をもどし、それからもう一度膝を曲げた。

 怯えた野次馬たちが見守る中、彼女は空高く飛翔すると、月明かりの中、ビルの谷間へと消えて行った。

 

  ○

   。

    .


「あれはなにアル!? 人間じゃないヨ!」

 ビルの合間を縫いながら、一向聴(イーシャンテン)はそう叫んだ。

 一歩前を行く十三不塔(シーサンプーター)は、振り返りもせずに答えた。

「あれはロボットだよ。ラスプーチンが開発してるって噂は聞いてたけど、まさか完成してるなんて……」

 最後尾についていた大蝙蝠(ビエンフー)は、

「ロ、ロボットですか?」

 と、おどろいたようにたずねた。

「そうさ。しかもバリバリの戦闘兵器だ。参ったね」

 十三不塔は、人ごとのようにそうつぶやいた。

 それが癇に障ったのか、一向聴は右手の拳を振り上げた。

「参ったね、じゃないアル! これからどうするネ!?」

「とにかく、ここを離れよう。(ワン)様と連絡を取って……」

 十三不塔は、そこでふと足を止めた。

 一向聴がその背中にぶつかり、ふたりは前のめりに地面へと突っ伏した。

「いきなり止まっちゃダメヨ!」

 両手をついた一向聴は、うめくように怒鳴った。

 一方、十三不塔は、彼女に押し潰されながら、路地の奥へと視線を向けていた。

「は、早く、退いて! あいつが来る!」

「あいつ?」

 一向聴は同じ方向へと顔を向けた。

 暗がりの中で、規則的な金属音がした。その正体は明らかだった。

 一向聴が顔面蒼白になって起き上がると、十三不塔もすぐに膝をあげた。

「に、逃げるアル!」

「一向聴様! 十三不塔様! こちらへ!」

 大蝙蝠が脇道を示し、3人はそこへ飛び込んだ。

 全速力で路地裏を駆け、一目散に女の足音から遠ざかった。

「あたしたちを狙ってるアルか!?」

「そんなはずないよ! あいつの狙いは蘆屋だ!」

 2人の会話に、殿(しんがり)の大蝙蝠がわりこんだ。

「お、追って来てますよ! 凄いスピードです!」

「エッ!?」

 軽い銃声。

 十三不塔が振り返るが早いか、闇の中に一筋の閃光が走った。

「危ないッ!」

 大蝙蝠は十三不塔の前に立ちはだかり、体で銃弾を受け止めた。

 右腕の裾が吹き飛び、大蝙蝠は苦痛に顔をゆがめた。

「大蝙蝠!? 大丈夫!?」

「イタタタ……少し血が出ただけです……」

 そう言った大蝙蝠の腕から、うっすらと赤い血が流れていた。

 しかし、銃弾がめり込んだわけでも、貫通したわけでもなかった。

 強靭な筋肉に弾かれてぐにゃりと曲がった鉛玉は、彼女の足下に転がっていた。

「目標ヲ発見シマシタ」

 無感情な女の声に、3人はふりかえった。

 ビルの谷間に差す月明かりが、女のカチューシャを照らし出していた。女は手首から突き出た銃口を向け、3人に照準を合わせようとしていた。

「お、追いつかれたアル!?」

「一向聴様、十三不塔様、ここは私にお任せを!」

 大蝙蝠が胸元で腕をクロスさせる。指の付け根からかぎ爪が伸びた。

 彼女は一歩前に出て、ロボットの前に立ちはだかった。

 だが、どう見ても勝ち目はない。そう読んだ十三不塔は、大蝙蝠を引きもどした。

「無理だ! 一緒に逃げよう!」

 十三不塔はそう言うと、ふたりの肩に手を掛けた。

 彼の手のひらから煙が上がり、アナスタシアの視界がさえぎられた。

「……赤外線モードオン」

 ロボットは瞳のカメラを切り替え、赤外線で3人の動きをさぐった。

 ところが、センサーにはなんの反応も見られなかった。

 上方に逃げたかと思い、アナスタシアは空をふりあおいだ。

《どうした、アナスタシア? なにがあった?》

「……目標ヲ見失イマシタ。逃走経路不明」

《よく探せ。敵の本陣が近いのかもしれん》

「了解」

 アナスタシアはその場を360度俯瞰し、ゆっくりと路地の奥へと歩を進めた。

 彼女の姿が曲がり角に消えたところで、2匹のネズミがゴミ箱の影から出てきた。

「……行ったアル」

「静かに。耳がいいかもしれない」

 人語を解するネズミは押し黙り、路地に静寂がもどった。

 それを見計らったように、1匹の大柄なネズミがゴミ袋の裏から現れた。

 先に出ていたネズミの片方は、

「大蝙蝠、足音は聞こえる?」

 とたずねた。

 大柄なネズミは、路地の奥へと耳を澄ませた。

「……聞こえません。遠くへ行ったみたいです」

 3匹のネズミたちはお互いに顔を見合わせ、その胸をなでおろした。

「ふぅ……危なかったアル……」

「イタタ……」

 一番大柄なネズミは、右腕を押さえて痛みを訴えた。

「大蝙蝠、大丈夫アルか?」

「ええ、ちょっと血が出てるだけです……それにしても、敵は一般市民を巻き添えにする気ですか? 私が怪人じゃなかったら死んでましたよ」

 傷ついたネズミは、ぶつぶつと文句を言いながら、女の去った曲がり角を見すえた。

「逆だよ。僕たちが一般人じゃないことに気付いたからこそ、攻撃して来たんだ……おそらく、蘆屋一族の誰かと勘違いされたんだと思う。式神の気と、僕たちのそれを見分けられないんだね」

「そんな人違いされても困るヨ! さっさとずらかるネ!」

 中くらいのネズミがいきり立った。

「しずかにってば……とにかく、敵の目的が分からないからね。ただの試運転なのか、それともなにか重要な任務があるのか……少し調べてみよう」

 3匹のネズミは近くの廃ビルに忍び込むと、2階の空き部屋へと飛び込んだ。

 会議室に使われていたのか、4つの机が長方形に組まれていた。

 一番小柄なネズミは椅子の上に飛び乗ると、ポンと煙を上げてその姿を変えた。

「ここなら大丈夫かな」

 十三不塔は室内を見回し、それから他の2匹に視線を落とした。

「早く私たちの変身も解くネ」

 ネズミの催促に、十三不塔は意地悪な笑みを浮かべた。

「一向聴お姉ちゃんは、そのままでもいいんじゃない? 似合ってるよ」

「冗談言ってる場合じゃないヨ!」

「ごめんごめん」

 十三不塔は2匹のネズミに触れ、指先に念を込めた。

 するとその場に煙が上がり、一向聴と大蝙蝠が現れた。

 2人は自分の姿がもどったかどうか、全身を念入りに確認していた。

「さてと……」

 十三不塔は空中からタブレットを取り出し、椅子に腰掛けた。

 ほこりが舞い上がり、3人は手でそれをふりはらった。

 十三不塔は液晶画面にタッチすると、すぐさま操作を始めた。

「東京の霊力分布図を見よう。もしかすると、なにか変化があったかも……」

 十三不塔は手慣れた調子でブラウザを立ち上げ、怪し気なサイトにアクセスした。

 すると、色分けされた東京の地図が、画面に大きく映し出された。

 一見すると、降水量や気温を表示した地図に見える代物だった。

「ん……これは……」

 ひとさし指で画面をスクロールさせながら、十三不塔の顔色がくもった。

「どうしたアルか?」

「変だな……全体的に霊力が凄く弱くなってる……観測不良かな?」

 左右から覗き込む2人を他所に、十三不塔は指先で画面をいじった。

 環境設定→観測を開き、様々な数値に目を通した。

「……おかしいな。衛星はちゃんと機能してる。電波障害でもないし……」

 そこで、十三不塔の顔色が変わった。

 急激な態度の変化に、一向聴と大蝙蝠がさらに顔を近付けてきた。

「なにか分かったアルか?」

「いや、まさか……でも……」

「もったいぶらないで言うアル」

 十三不塔は帽子をかぶりなおすと、先ほどの分布図へと話をもどした。

「いいかい、これが3時間前の分布図」

 十三不塔は時間軸を変更し、赤と橙に染まった地図をゆびさした。

「そしてこれが現在の分布図」

 十三不塔が時間軸を戻すと、画面は寒色に移り変わった。

「霊力が減衰していますね……ゼロの部分もあります……」

「これがどうかしたアルか? ちゃんと解説するネ」

 十三不塔は顎に手を当て、画面を凝視した。

「これは僕の予想なんだけど……蘆屋がだれかに負けたんじゃないかな」

 少年の推測に、一向聴と大蝙蝠は驚きの声を上げた。

「組織のボスが負けるとか、そんなのありえないアル!」

「でも、それで説明がつくんだよ。蘆屋一族は頭領の霊力を基盤とする集団だからね。彼が負ければ、後は芋づる式に弱体化するってわけさ」

「しかし、だれに負けるというのですか?」

 大蝙蝠の質問に、十三不塔は真剣なまなざしで答えを返した。

安倍(あべ)清明(せいめい)だよ」

「アベ……セイメイ……? だれアルか?」

 一向聴が首をひねると、十三不塔は渋い顔をした。

「一向聴のお姉ちゃんは、もっと世界の悪の情勢について勉強したほうが……」

「そ、そういうお説教はいいアル。で、だれアルか?」

 小学生のような言い訳に遺憾の意を表明しつつも、十三不塔は説明を続けた。

「日本政府に雇われている陰陽師だよ。代々、安倍清明を名乗ってるんだ。要するに、蘆屋一族のライバルってわけさ。能力的にも、蘆屋の長者とほぼ互角って噂だよ」

「そ、そのセイメイが蘆屋に勝ったって言うアルか?」

 動揺する一向聴。それも無理からぬ話であった。蘆屋が破れたとなれば、東アジアにおける勢力のバランスが崩れることになるのだ。しかも、勝者が裏社会の人物でないとなれば、それは一向聴たちの組織にとってもマイナスになりうる。

「そう思うってだけさ。確定的なことは言えないけど、ラスプーチンも同じことを考えたんじゃないかな。だからあの戦闘ロボットを使って、蘆屋の領地を乗っ取る気なんだ」

 十三不塔の言葉に、今度は大蝙蝠が反応した。

「ということは、蘆屋の基地はこの……」

「そう。この九段下のどっかってことになる」

 一向聴はその場で飛び上がると、口泡を飛ばして十三不塔に詰め寄った。

「だったらあのロボットを止めないとダメね! 蘆屋は敵だけど、ラスプーチンが東京を押さえるのはもっと不味いアル! 北京が北と東に挟まれてしまうヨ!」

 右往左往し始める一向聴。十三不塔も険しい顔をしていた。

「分かってるよ……こうなったら、東京浸蝕作戦は一時中断だ。目標を切り替えて、あの機械を止めることにしよう。幸い、クレムリンは大破しているはずだから、あのロボットが敵の主軸なはず。東京ごと吹き飛ばされる心配はないさ」

「しかし、どうやって止めるのですか? この面子は、そういう戦闘を想定していないのですけれども……」

 大蝙蝠の冷静な指摘に、十三不塔はタメ息をついた。

 なにもかもが出遅れている。その原因を辿れば、北京警察が王傑紂の不在を察知したことに行き着くのだ。十三不塔は、そのタイミングに疑問を抱き始めていた。

「まさか僕たちもハメられてるんじゃ……」

 そのとき、大蝙蝠がハッと天井を見上げた。

「ビルの屋上から飛び降りました!」

「え……!?」

 突然の銃声。

 窓ガラスが割れ、タブレットが十三不塔の目の前で吹き飛んだ。

 粉々になった液晶の向こう側に、怪しげな影がさした。

「目標ヲ発見、捕獲シマス」

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