表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/178

第27話 隠密課課長、柳生影勝

 燃え上がる炎。けぶり立つ煙。

 灼熱の炎につつまれた公園では、決死の消火活動が行われていた。

 苔色こけいろの特殊服に身を包んだ男たちが、消防隊の代わりに右へ左へと駆け回っていた。

 発火源となった公園の中央には、ふたりの少年と少女が倒れていた。火傷こそ負っていないものの、全身がすすと血にまみれていた。ふたりは寄り添うように噴水の近くへ横たわり、周囲の喧噪にもかかわらず、死んだようにその身を投げ出していた。

 ふたりのそばへ、くの一の格好をした女が舞い降りた。忍だった。

 忍はくちびるを固く結び、2人の無惨な姿を交互に見比べた。その瞳には、故意に感情を押し殺した石のような冷たさが宿っていた。

「ご苦労だったな、忍」

 忍の背後で、男の低い声がした。

 忍は振り返ると同時に身をかがめ、軽く頭を下げた。

「課長、お待ちしておりました」

 課長と呼ばれたオールバックの男は、サングラスを外して辺りを見回した。炎は既に消えかかり、茂みのあちこちに残り火が広がっているだけであった。

 男は若いようにも、年を取っているようにも見える風貌をしていた。その鋭い目付きに相応しい威厳と殺気が、体臭のように発せられていた。

「これが蘆屋の長者か。若いとは聞いていたが、これほどまでとはな」

 男は感慨深げに、そうつぶやいた。

 そして、おもむろに忍の方へと顔を向けた。

「結局、例の作戦を発動したのか?」

「ハッ……安倍殿も深手を負い、勝ち切れないと見ましたので……」

 忍の声は少しばかり震えていた。

 男はそれを気に留めることもなく、今度は少女の方へと視線を向けた。

「安倍清明も、まさか初仕事が捨て身なるとは思うまいて……」

「大切な戦力を失ってしまい、もうしわけございません」

 忍は深々と頭を下げ、その場にかしこまった。

 その謝罪は男だけにではなく、清美にもまた向けられているように思われた。

「まあよい……安倍家の任務は、裏社会の魑魅魍魎を退治すること。その頭領である蘆屋さえ仕留めてしまえば、後はどうにでもなることだからな。安倍家と蘆屋家が同時に滅びるのも、なにかの宿命だろう」

 男はそう言うと、懐から煙草を取り出し、ライターで火を点けた。

 目をつむり、白い煙を口から吐き出す。煙は夜風に流され、宙へと消えて行った。

「さて、今後の作戦だが……」

 そこまで言って、男は口を閉じた。

 目の前の少年が動いたのだ。男は煙草を捨て、右手の指を軽く屈伸させた。

「あの爆発で生きていたとは……さすがは蘆屋の長者……」

「うぅ……お、おぬしは……?」

 少年は苦痛に顔をゆがめながら、かろうじて左目のまぶたを上げた。

 男は居住まいを正し、敬意を込めて自己紹介をした。

「ご紹介が遅れました。私の名は柳生(やぎゅう)影勝(かげかつ)。隠密課の課長を務めさせていただいている者です。どうぞお見知り置きを、蘆屋殿……」

「柳生……? お、おぬしは……柳生一族の……?」

「先代ともお相手させていただいたことがございます。残念ながらこの影勝、当時の腕では力不足もよいところでしたが……こうしてそのご子息にお会いできるとは、光栄です」

 男の慇懃無礼な態度に、蘆屋は歯を食いしばりながら言葉を継いだ。

「こ、これがおぬしたちの……やり方……なのか……?」

「お言葉ですが、自然公園の開発を阻止するために殺人を犯そうとしたのは、他ならぬあなたです。そのようなことを言われる筋合いはございません。これは正当防衛。私も、黒井建設の社外取締役の一人なのですから……」

 蘆屋はうめき声をあげ、そばに倒れた少女へと視線を落とした。

「あ、安倍殿は……き、清美殿は……なにも知らされて……」

「ええ、なにも知らされておりません。木の葉を隠すなら森の中とは、なかなか言い得て妙ですな。彼女には、普通の少女として暮らしていただきました。先代の安倍清明が子供を残さずに逝ってしまわれたゆえ、人工授精で誕生させた子供ですが、そのとき少しばかり細工をさせていただいたのですよ……」

双性者(ヘテロイド)手術……か……うッ!?」

 そこで蘆屋は血を吐いた。首を垂れ、地面に倒れ込んだ。

 瀕死の少年を尻目に、影勝は先を続けた。

「その通り。実は最初からこれが目的だったのです。天下の安倍清明がまさか双性者(ヘテロイド)とは、誰も思わないはず……あなた方は、双性者(ヘテロイド)退治という餌に誘き出されたネズミに過ぎません。七丈島に双性者(ヘテロイド)がいることをリークしたのも、ラスプーチンと王傑紂を日本へ呼んだのも、全て我々だったのですからね」

 影勝の独白に、少年は目を閉じたまま小さく言葉を返した。

「そんなことをすれば……日本は……乗っ取られる……ぞ……」

「ご安心を。既に北京警察とも協力体制を取り、王傑紂を中国へ帰還させました。クレムリンの方も、あなたと王が大破させてくれた……感謝致します」

 男はそう言うと、腰に手を掛けた。

 暗闇に隠れていた鞘を抜き、怪しげな煌めきを伴って空中に弧をえがいた。

 影勝は上段の構えを取り、その刃を空高くかかげた。

「村正も血を欲しがっています。蘆屋が相手と知り、興奮しているのでしょう……数百年に渡るその呪われた血筋、ここで絶たせていただこうッ!」

 影勝が踏み込みを入れ、一気に日本刀を振り下ろした。

 剣先が水平に達するよりも早く、なにかがその刃を力強く受け止めた。

「ムッ!?」

 影勝は身をひるがえし、ふたたび構えを取った。

 忍も隣で小太刀を抜き、戦闘態勢へと入った。

 周囲がにわかに騒がしくなり始める。悲鳴と銃声。

 影勝は、敵が蘆屋だけではないことを悟った。

「貴様、何奴ッ!」

 影勝の怒声に、闇の中から若い男が浮かび上がった。

 尖った耳先と赤い唇から覗く犬歯に、影勝はその男の正体を見抜いた。

「吸血鬼かッ!?」

 男は丁寧に胸の前へ両手を差し出し、東洋式の拝礼を行った。

 そして、ゆっくりと影勝に話しかけた。

「七王子市が成田エクスプレスの停車駅でなければ、間に合わないところでした。私の名はマーシャル・フォン・ザクソニコ。エミリア・フォン・ローゼンクロイツ様の下僕にして、侍従武官にございます。この度はエミリア様のご命令により、蘆屋様のお命を預かりに参りました」

 影勝はマーシャルの口上に身構え、その剣先をととのえた。

 一気に攻勢に入ろうとした影勝だったが、その手を寸でのところで止めた。

 別の気配が、マーシャルの後ろでうごめいていた。

 牛面人身の大男が、闇の中から姿を現した。

「マーシャル殿、かたじけない」

牛鬼(ぎゅうき)殿、早く蘆屋様を安全な場所へ。ここは私が引き受けます」

 マーシャルが言い終えるが早いか、牛鬼は主人を抱え上げようと身をかがめた。

 辛うじて息をする蘆屋は、虚ろな目で式神の存在を確認する。

「牛鬼……動ける……のか……?」

「蘆屋様のおそばにいるので、なんとか。蛇姫は妖力を失ったやもしれません。お屋敷の面々も心配です。ここはお引きください」

 牛鬼が蘆屋を持ち上げようとすると、少年の裾を引く者があった。

 清美だった。死んでいたと思っていた清美の生還に、蘆屋は複雑な表情を浮かべた。

「ごめん……全部……ボクの……せい……」

 清美はそれだけ言うと、再び意識を失った。

 手が蘆屋のすそから離れ、力なく地面へと落下した。

 蘆屋は整わぬ呼吸の中、目を瞑って牛鬼に語りかけた。

「この少女も……屋敷……に……」

 主人の言葉に、牛鬼はその真っ赤な目を細めた。

「この女もですか? そう言えば、この顔どこかで……!?」

 牛鬼は清美の顔を覗き込み、鼻息を荒げた。

「こ、この女は双性者(ヘテロイド)!」

 その瞬間、牛鬼の背後で金属のぶつかり合う音がした。

「牛鬼殿、早くッ!」

 ひと太刀交えたマーシャルが、影勝とつば迫り合いをしながらそう叫んだ。

 牛鬼は主人と清美の顔を交互に見比べた後、大きなうなり声を上げた。

「えーい、おおせのままにッ!」

 牛鬼は蘆屋を左腕に、清美を右腕に抱えると、そのまま闇へと溶け込んで行った。

 それを見届けたマーシャルは、刀を滑らせて噴水へと跳躍し、指笛を鳴らす。

 周囲の茂みから、続々と吸血鬼の群れが顔を覗かせた。忍もその対応に追われ、影勝の援護をすることができなかった。一匹の吸血鬼が空を舞い、マーシャルのもとへと参じた。

「マーシャル様、ご命令を」

「いくら人間相手とは言え、敵の本拠地だ。蘆屋殿の容態も気になるゆえ、ここはひとまず撤退するぞ。殿(しんがり)は私が努める」

「御意に」

 従者はそう言うと、再び仲間の群れの中へと戻って行った。

 隠密課の隊員と戦闘を繰り広げていた吸血鬼たちは、規律正しく後退を開始した。

「逃げる気かッ! そうはさせんッ!」

 影勝が構え直したところで、ひとりの隊員が息を切らして伝言を告げた。

「課長! 双性者(ヘテロイド)を輸送するはずのヘリが撃墜された模様です! 双性者(ヘテロイド)3名とは音信不通! 敵の別働隊かもしれません!」

 隊員の報告に、影勝は舌打ちをした。

 引き下がって行く吸血鬼たちを目で追いながら、影勝は忍に命令を下した。

殿(しんがり)は私が引き受ける! 部隊を撤収させ、一部をヘリの墜落現場へ、残りを九段下へ派遣するのだ! 忍は本部へ帰還し、吸血鬼の介入を報告しろ! よいな!?」

「ハッ!」

 忍は一瞬にして姿を消し、足音だけが影勝の背中から遠ざかって行った。

 影勝とマーシャルはお互いに対峙し、間合いを計りながらその距離を詰め始めた。

「私の剣と互角な人間は初めてお会いしました……お名前を」

「隠密課課長、柳生影勝だ。互角かどうか、今試してくれるッ!」

 

  ○

   。

    .


「もうこんな時間になってしまったアル! 完全に出遅れてるアル!」

 一向聴(イーシャンテン)はそう叫ぶと、道ばたで地団駄を踏んだ。

 周囲を行き交う人々が、電柱の隅にいる3人組を怪訝そうに横目で盗み見ていた。

「山手線と中央線を間違えるなんてありえないアル! しかも変に近道しようとして、迷子になっちゃったヨ! ここはいったいどこなのネ!?」

 耳元で大声を出す一向聴を無視して、十三不塔(シーサンプーター)はタブレットでグーグル検索をしていた。自分たちの位置を確認し、それから帽子をかぶりなおした。

「参ったね。ここは九段下だよ。方向が全然違うじゃないか」

「最初からそうやって調べれば良かったアル!」

 そばにいた大蝙蝠(ビエンフー)はため息をつき、

「必要ないとか言って駆け込み乗車したのは、どこのだれなんですかね……」

 と、あきれ顔で空を見上げた。

 夏とは言え、辺りはすっかり暗くなっていた。

 東京なので星は見えないが、月はしっかり顔を出していた。

 大蝙蝠は、

「どう致しましょう。今から行っても間に合わないと思うのですが……」

 と、やや悲観的な意見をした。一方、十三不塔はネットで情報を調べていた。

 あちこちのSNSにアクセスし、新宿の様子をうかがっていた。

「……ダメだ。虫は少し前に消えちゃったらしい。交通機関も回復してるって。赤坂でもなにか騒ぎがあったみたいだけど、それも収まってるっぽい」

 十三不塔の報告に、一向聴は頭をかきむしった。

「あー、もう滅茶苦茶ヨ! こうなったら、アジトに帰って寝るアル!」

 自暴自棄になった一向聴だが、口走っていること自体は比較的まともであった。

 実際こうなってしまっては、新宿へ行く理由がなかった。

 だからと言って、次の候補地があるわけでもなかった。

 ようするに、詰んでいるのである。

「そうだね……一回アジトに帰ってそれから……」

 そのときだった。

 東の空から、ヘリの爆音が聞こえてきた。

 まさか見つかったのかと、3人は路地の物陰に駆け込んだ。

 用心深く空を見上げると、ヘリは彼らの頭上を通過し西へと飛んで行った。

 なにかを運んでいる。ヘリの底部には、箱のようなものがぶら下がっていた。

「ん、あのマークは……!」

 十三不塔が叫ぶが早いか、箱は100メートルほど先で切り離され道路に落下した。

 自動車が急ブレーキを駆け、辺りが急に騒がしくなった。

「なんだなんだ? 荷物の落下事故か?」

 そばを通ったサラリーマンが、現場を物珍しそうに眺めていた。

「不味いネ。人がいっぱい集まって来たアル。早く帰るアル」

「さっきのヘリのマーク見なかったの? 自衛隊機じゃない。赤い星だったよ!」

「赤い星……?」

 一向聴はしばらく首をひねったあと、すぐさまその紋章の意味に思い当たった。

「ラ、ラスプーチンのアルか!?」

「そうだよ。この混乱に乗じて動き始めたんだ……不味いことになったね」

 十三不塔の解説に、大蝙蝠は混乱した顔でたずねかえした。

「しかし、なぜ九段下なのですか? 新宿ではないのですか?」

「僕に訊かれても……」

 十三不塔は言葉をにごし、再度道路のほうを見やった。

 どんどん人が集まって来ている。ついには、箱が野次馬で見えなくなってしまった。

「……ちょっと様子を見に行こう」

 十三不塔は物陰から飛び出し、他のふたりも後に続いた。

 箱のまわりはすでに満員御礼状態で、警察も駆けつけていた。

 通行止めになった道路に、クラクションが鳴り響いていた。

「はーい、近付かないでください」

 無理矢理最前列へと出た3人を、警官たちは押し返した。

 それをなんとか踏ん張って、3人は地面に刺さった箱を視界に入れた。

 棺桶のようなそれは、煙を上げてその場にたたずんでいた。

「なにアルか? ば、爆弾だったらヤバいヨ」

「はい、そこの女の子、もっと後ろに下がって!」

 警官が一向聴の肩へ手を掛けたところで、なにかが開く音がした。

 警官も驚いて後ろをふりかえった。

「お、おい、箱が開いたぞ!」

 3人のそばにいた男が叫んだ。

 男の言う通り、棺桶はその口をひらいて、中身を露出させた。

 それはだれも予想していないモノだった。

「お、女だ! 女が入ってるぞ!」

「やだ。もしかして死体?」

「い、いや、よく見ろ! 動いてる!」

 ロシア民謡に出てくるようなカチューシャを被った金髪の女性が、ゆっくりと箱の中から姿を現した。人形のような白い肌に、パトカーの赤が映えた。

 彼女が歩く度に、奇妙な金属音が聞こえてきた。重々しく脚を動かし、女は箱から数メートル離れたところで歩みを止めた。

 静止した女は直立不動のまま、周囲の見物人たちを見回し始めた。

 だがすぐにその動きを止め、関節部から白い蒸気を噴出させた。

「うわッ! なんだこの煙!?」

「おい、下がれッ! 下がれってッ!」

 異常な熱気に、見物人の輪は次第に半径を膨らませ始めた。そんな中、白んだ視界の向こう側で女が口をひらいたのを、大蝙蝠の鋭敏な聴覚がとらえた。

「計器オールグリーン。アナスタシア、起動シマス」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=454038494&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ