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第22話 悪の組織は金がない

「ハイハイ、本場の美味しい肉まんアルヨー! そこのおじさん、買って行ってネ!」

 夕方6時。人の群れが行き来する道ばたで、小柄な少女が客引きにいそしんでいた。中華服に身をつつんだ彼女は、家路を急ぐ人々に、流暢な日本語で声をかけていく。

 商売繁盛なのか、店舗の前には長い列ができていた。カウンター越しに商品を手渡しているのは、メイド服姿の若い女だった。女は蒸し器から注文された数の肉まんを取り出してはお金を受け取るという作業を、延々と繰り返していた。

「ありがとうございましたー」

 最後尾に並んでいた女子高生へ袋をさしだし、女は丁寧に頭を下げた。

 人が捌けたところで、先ほどの看板中華娘がカウンターに歩み寄る。

「今日の売り上げはまずまずネ」

「ええ、ここは立地がいいですし、飛行機代もやがて溜まるかと」

 売り子のにこやかな返事とは裏腹に、中華娘は大きくタメ息をついた。

「北京に帰ったところで、(ワン)様が赦してくれるか分からないアルヨ……」

「まあまあ、そう言わずに……ああ見えても、お優しいかたですし……」

「おいッ!」

 厨房から、野太い男の声がとどろいた。

 男と言うよりは獣と言ったほうがいいかもしれない、そんな声だった。

 声の主は姿を現さず、言葉だけで2人に話しかけた。

「まだ閉店時間じゃないんだぞッ! おしゃべりは後にしろッ!」

 カウンターに身を投げ出していた中華娘は、ムスッとくちびるをねじ曲げた。

「別に客がいないんだから構わないアル!」

「それは日本の接客業じゃ通じないんだよッ! 客引きをちゃんとやれッ!」

 中華娘はプクリと頬を膨らませ、しぶしぶ客引きの仕事にもどった。

 道行く人々に愛想良く笑いかけ、両手を高くかかげて背伸びをした。

「ハイハイ、美味しい美味しい本場の……」

「お姉ちゃん、ひとつちょうだい」

 突然の注文に、中華娘はぴょんと飛び上がった。

 いきなり声をかけられたからではない。注文主の声に聞き覚えがあったからだ。

 少女は恐る恐る、そちらを振り返った。

「アイヤ!?」

 少し離れたところで、帽子を深く被った小学生くらいの男の子が手を振っていた。

「やっほー、一向聴(イーシャンテン)お姉ちゃん、お久しぶり」

十三不塔(シーサンプーター)! ここでなにやってるアルか!?」

「それはこっちの台詞だよ。(ワン)様に頼まれてさがしに来たら、こんなところで肉まんなんか売っちゃって……組織を抜けて、自立するつもりなのかな?」

 大人びた子供の話し方に、通行人の視線が集まり始めた。

 一向聴は男の子に飛び掛かると、体をかかえて店の中へと避難した。

「道路の真ん中でそんな話しちゃダメヨ!」

「大丈夫大丈夫。まさかこんな子供2人が悪の組織の副官とは思わないでしょ?」

「あたしは子供じゃないアル!」

「見た目は子供だよ」

 一向聴が抗議しようとした矢先、少年は別の女性の存在に気がついた。

「あ、誰かと思ったら、大蝙蝠(ビエンフー)じゃないか」

 大蝙蝠(ビエンフー)と呼ばれた女は、握り締めた右手に左手をそえ、頭を下げた。

「お久しぶりです、十三不塔(シーサンプーター)様」

 十三不塔は一向聴と大蝙蝠の顔を交互に見比べ、したり顔で言葉を返した。

「なるほどね……この前の失敗に懲りて、北京へは帰らないつもりなのかな?」

「違うアル! 帰りの飛行機代を稼いでるアル!」

 大声を上げた一向聴に、少年は肩をすくめて見せた。

「さあ、どうだか……ところで、なにやら妖怪の気配がするね……」

 少年がそう言うが早いか、厨房のほうから先ほどの男の声がした。

「おい、一向聴ッ! そこに誰かいるのかッ!?」

「な、なんでもないアル! ちょっと売り上げの話をしてるだけヨ!」

 男は納得したのか、それとも仕事で忙しいのか、それ以上は言葉を発さなかった。

 一向聴は腰を屈め、ひそひそ声で十三不塔との会話を再開した。

「あれは蘆屋(あしや)の式神アル。怒らせちゃダメヨ」

「それって、七丈島でコンビを組んで一緒に負けた相手?」

 少年の皮肉な言い回しに、一向聴は眉をひそめた。

「負けたんじゃないアル。戦略的撤退と言って欲しいネ」

「戦略的撤退ねえ……まあいいや、とりあえず見つかって良かったよ。(ワン)様にも後で伝えておくから」

 主人の名前を口にされ、一向聴は話題を転じた。

(ワン)様はどこにいるアルか?」

「北京に帰ったよ」

「アイヤ!?」

 一向聴は目を見開き、十三不塔の瞳をのぞきこんだ。

「き、聞いてないアル!」

「音信不通だったから、当然だよね?」

「こ、今回の作戦は中止アルか!?」

「うーん、それなんだけど……」

 十三不塔は帽子に手をやり、それをさらに深くかぶりなおした。

「どうも北京警察の動きが活発でね。(ワン)様はとりあえず戻ることになったんだ。その代理として、僕が派遣されて来たってわけさ。まあ、四風仙(スーフーセン)が2人も揃えば、なんとかなるって言うんだけど……どうだろうね?」

 どうだろうね、という部分は、どうも一向聴に向けられているらしかった。

 それに勘付いた一向聴は、ますます機嫌を悪くする。

「この前はちょっと運が悪かっただけネ! だいたいあの牛男が……」

「おいッ! やっぱり誰かいるんじゃないのかッ!?」

 店内に男の声が響き渡る。道行く人も、その怒号に身をすくめた。

「一向聴様、十三不塔様、ここはひとつ、店を閉めませんか?」

「……えーい、仕方がないアル! 今からが稼ぎ時だけど、店を閉めるアル!」

 一向聴と大蝙蝠は手分けして片付けを始め、店のシャッターを下ろした。

 その間も男の質問攻めにあったが、ふたりは全てを無視した。

 入口のドアを閉めたところで、一向聴が厨房に声をかけた。

牛鬼(ぎゅうき)、もう出て来ていいアル」

 その声に合わせて、牛頭人身の大男が、厨房から顔をのぞかせた。

「さっきからなにをごちゃごちゃと……ん?」

 牛鬼は、片隅の椅子にちょこんと座る少年を見すえた。

「……なんだこのガキは? どっから入って来た?」

「なんだこの牛は? 牧場から逃げて来たのかな?」

 十三不塔の軽口に、牛鬼は鼻息を荒くした。

「おいガキ、俺様を怒らせると……」

「なんでいきなり喧嘩してるアルか! さっさと自己紹介するネ!」

 一向聴の催促に、まずは少年が名乗りを上げる。

「僕の名前は南の十三不塔。四風仙(スーフーセン)の一人さ。よろしく」

「なるほど、王の部下か……俺の名前は牛鬼。蘆屋様の式神だ」

「牛鬼さんか……一向聴お姉ちゃんの子守り、どうもありがとうね」

 一向聴は顔を赤くして抗議したが、華麗にスルーされた。

 十三不塔はくるりと一同を見回し、ゆっくりとこの場の状況を説明し始めた。

「さて、(ワン)様からの伝言なんだけど、一向聴お姉ちゃんと僕、そして大蝙蝠の3人は、このまま東京で双性者(ヘテロイド)討伐の手伝いをしろだってさ。とりあえず、蘆屋さんとは共闘ということでよろしく」

 意外なメッセージに、他の3人は各人各様の反応を見せた。

 まずは、一向聴が食ってかかった。

「あいつらも東京にいるアルか!?」

「多分ね。厚木基地までは消息がつかめてるんだけど、その後がなんとも……」

 一向聴は両手の拳を握り締め、天井をあおいだ。

「これは復讐の好機到来ネ! 今度こそボコボコしてやるヨ!」

 ここで大蝙蝠が、

「しかし前回の戦力で負けたとなると、敵の本拠地で勝てますでしょうか……?」

 と、心配そうにつぶやいた。

 一向聴は拳をにぎり締めたまま、

「もちろんヨ! 蘆屋一族も味方だから、大丈夫のはずアル!」

 と息巻いた。

「いえ、蘆屋様のご協力はよろしいのですが、日本政府も敵なわけで……」

 それを耳にした途端、一向聴は拳を解いて頭をかかえた。

「すっかり忘れてたアル!」

「ハァ……一向聴お姉ちゃんは相変わらずアレだね……」

 わざとらしく溜め息を吐いた十三不塔は、牛鬼の方へ顔を向けた。

「牛鬼さんは、協力してくれるんだよね?」

「……悪いが、俺は外交窓口じゃあない。いいとも悪いとも言えんな」

「そっか……まあ、こちらはこちらで好きにやらせてもらうとするよ」

 十三不塔の不穏な発言に、牛鬼はそのケダモノじみた赤い瞳を細めた。

「おまえたち、東京を勝手に荒し回るつもりか?」

「荒らすわけじゃないよ。双性者(ヘテロイド)という共通の敵をやっつけるのさ」

「それは口実に過ぎんのだろう? おまえたちの本当の目的は、俺たちが所有している縄張りじゃないのか?」

 十三不塔は足を組み、両腕を後頭部に回してのけぞった。

「やだなー、そういう勘ぐりは良くないよ。僕たちは真面目に……」

「いーや、信用できんな。一向聴の商売に協力してやったのは、七丈島で俺様がちとヘマがをしたからだ。別におまえたちの主人のためにやっているわけではない。おまえたちの行動が目に余るようなら、俺様も敵に回ることを覚えておくんだな」

 牛鬼の脅しに、十三不塔は両手を上げて肩をすくめてみせた。

 あまり面白く無さそうな顔をする牛鬼だったが、手出しをしようとはしなかった。相手の能力が分からない以上、それは危険だと考えたのだ。

 そんな牛鬼の用心深さを見透かしたのか、それとも相手のことを完全に格下だと思っているのか、十三不塔は会話を打ち切り、一向聴へと向きなおった。

「それじゃ、これからの指揮は僕が取るから、そこんとこよろしく」

「な、なにを言ってるアルか!? (ワン)様から指揮権を任せられてるのは、この一向聴様ヨ! 勝手に仕切ったりしたら、あたし怒るネ!」

「そうは言っても、一向聴お姉ちゃんは一回失敗してるわけだし……それに、僕たちは同じ四風仙同士なんだから、格上も格下もないよね? だったら、ここはひとつ……」

「絶対駄目アル! 指揮はあたしが執るネ!」

 一向聴の頑固さに呆れ返ったのは、十三不塔だけではなかった。

 大蝙蝠も溜め息を吐き、しずしずと口をはさんだ。

「では、こうしてはいかがでしょうか? (ワン)様が始めに指揮権をお与えになられたのは、一向聴様ですから、そのまま一向聴様が指揮を執ることにして、作戦内容を十三不塔様にご一任するというのは?」

 大蝙蝠の妥協案に、2人の四風仙はお互いの顔を見合わせた。

「あ、あたしはそれでいいアル」

「じゃ、僕もそれでいいや。早速、作戦を練るとしようか。まずは……」

 そのときだった。床を這う小さな影が、4人の目に留まった。

 その正体を見極めて最初に悲鳴を上げたのは、大蝙蝠だった。

「キャーッ! 蛇! 蛇ですぅ!」

 大蝙蝠はカウンターの上に飛び乗り、おびえたように身をちぢめた。

 他の3人も多少の驚きを見せたが、すぐにそれがただの蛇ではないと気づいた。

 口に紙切れをくわえているのだ。

「ムッ、これは蛇姫(だっき)の使いか!」

 牛鬼はそう言うと、大柄な体を屈め、蛇から手紙を受け取った。

 蛇は行儀よく丸まると、その場で舌をちろちろと出しながら、牛鬼の前にかしこまった。

「な、なにが書いてあるアルか?」

「待て、こいつは俺宛だッ! 勝手に他人の通信を覗き見るなッ!」

 背の低い一向聴からは見えないように、牛鬼は手紙を顔に近付け、文面を目で追った。

「ふむふむ……」

「コラ! 少しくらい教えてくれてもいいアル! 一度は共闘した仲ヨ!」

 よく分からない理由付けを無視して、牛鬼は手紙を最後まで読み終えた。

 そしておもむろにそれを折り畳むと、そのまま口に入れて咀嚼そしゃくしてしまった。

「ああッ! そんな原始的な手を使うアルか!?」

 一向聴の叫びもむなしく、手紙は牛鬼ののどへと押し流された。

「ぐふぅ、おまえはどうも馴れ馴れしいな。なぜ仲間内の手紙をおまえに見せなければならんのだ? 好奇心にもほどがあるぞ」

 一向聴は、ぐぅの音も出なかった。

 牛鬼は、使いの蛇へと視線を移した。

「蛇姫には、わかったと伝えろ。もうひとつ、道遥(みちはる)様はご無事なのだな?」

 蛇は言葉に代えて、その三角形の頭を軽く下げて答えた。

 牛鬼は満足げにうなずきかえし、ポキポキと両手の指を鳴らした。

「一向聴、十三不塔、俺はここで失礼するぞ」

「アイヤ!? まだ話は終わっていないアル!」

「俺は外交窓口ではないと言っただろう? おまえたちの作戦には加担せん」

 一向聴がさらに言葉を継ぐ前に、牛鬼は黒い影と化し、床へと溶け込んで行った。

 後に残された一向聴たちは、がら空きになった空間を呆然と見つめた。

 一方、そのやり取りを一切見ていない女がいた。大蝙蝠だった。

「い、一向聴様? へ、へ、蛇は、も、もういませんか?」

 カチカチと歯を鳴らして尋ねる大蝙蝠。

 一向聴は室内を見回した。

 蛇の姿は、もはやどこにもなかった。

「……どこかに行ったアルよ」

「ほ、本当ですか?」

 念には念を入れて確認してくる大蝙蝠に、一向聴はニヤリと笑みを漏らした。

「大蝙蝠は、本当に蛇が嫌いネ。まるで子供みたいアル」

「ううっ……苦手なんですもの……ご存知のくせに……」

「一向聴お姉ちゃん、大蝙蝠を苛めるのはそれくらいにして、早く手を打たないと。さっきの様子じゃ、どうも大きな動きがあるみたいだし」

 十三不塔の進言に、一向聴も顔付きを変えた。

「そうネ、時間がないアル。十三不塔、作戦を考えるアル!」

「うーん、まずこちらの戦力は……」

 十三不塔は、他のふたりを交互に見比べた。

「……なんとも心細いね」

「そ、そんなことはないアル! 四風仙がふたりに怪人がひとりヨ!」

「でもさ、一向聴お姉ちゃんと僕は、能力が補助系だから……それに大蝙蝠も、ガチガチの戦闘タイプってわけじゃないし……」

 十三不塔の冷静な分析に、一向聴は頭を掻きむしった。

(ワン)様は、どうしてもっと強い怪人を寄越してくれないアルか!?」

「だからさっきも言ったけど、北京警察が五月蝿いんだよ……どうやら、(ワン)様が留守にしているのがバレたらしくて、攻勢をかけてきてるみたいなんだ。結構逮捕者も出てるし、こっちに人員を割けないから……」

「バレたということは、誰かが情報をリークしたのですか?」

 大蝙蝠の問いに、十三不塔はおどけた表情を浮かべた。

「ま、そうだろうね。ラスプーチンか蘆屋か……あるいは、僕たちの行動を面白く思ってないヨーロッパ勢力の誰かかもしれない……とにかく、手勢を揃えられない以上、正面突破は無理なわけで、(ワン)様の人選も、あながち間違ってはいないということさ。敵を内部から混乱させるのに、僕の能力はうってつけだからね」

 十三不塔は、そこで口をつぐんだ。自分たちの戦力状況からして、大げさな作戦には移れなかった。十三不塔は自分の唇に軽く触れながら、今後の作戦を練っていた。その表情はあまり芳しくなかった。

「もう6時半アルね……」

 一向聴は、投げやり気味にラジオをつける。その古めかしい通信機器を、十三不塔は興味深そうに覗き込んだ。

「へー、ラジオなんて久しぶりに見たね。この国では、まだそんなのを使ってるのかい?」

「秋葉原で買ったアル。愛好家たちが自分で番組を作ってるのヨ。結構面白いアル。独自のニュースチャンネルもあるから、とっても便利ネ」

 雑音の嵐の中、一向聴が周波数を変えていると、ふいに男の声が入った。

 男は落ち着いた調子で、今日のニュースを読み上げていた。

《本日は京都において、世界の食糧危機に関するサミットが開かれました。議長声明では、現在の爆発的人口の増加を受け……》

 アナウンサーの声が途切れた。一向聴がけげんそうにラジオを見やる。

「アイヤ? 壊れたアルか?」

 一向聴が慌てて駆け寄ったところで、ふたたび音声が入った。

《失礼致しました。緊急ニュースです。ただいま入った情報に寄りますと、東京都新宿区において、正体不明の昆虫が大量に発生しているとのことです。通行人が噛まれるなどの被害が出ており、新宿警察署は建物への避難を呼びかけています》

 そこで緊急速報は終わり、アナウンサーは先ほどのサミットへ話をもどした。

 一向聴はホッと胸をなでおろした。

「高かったんだから、壊れてもらっちゃ困るヨ」

 一向聴がそう言って後ろを振り返ると、酷く真面目な顔をした十三不塔がそこにいた。

「どうしたアルか? お腹が痛いアルか?」

「今のニュース……もしかして、蘆屋一味の策動なんじゃ……」

「アイヤ? なにを言ってるアルか?」

 頭にハテナマークを浮かべる同僚をよそに、十三不塔は空中からタブレットのようなものを取り出し、それを膝の上で操作し始めた。

 しばらく液晶をタッチし続けたところで、ふとその動きが止まった。

「やっぱりそうだ! コイツだよ!」

 十三不塔の大声に促され、他の2人も両サイドから液晶をのぞきこんだ。

 そこには、目付きの鋭い黒髪の女が映っていた。

 一向聴が、女のプロフィールを読み上げた。

蛇姫だっき……? 誰アルか?」

「蘆屋の式神だよ。個人データがあって良かった」

「こいつがどうしたアル? 会ったこともないネ」

 十三不塔はタブレットから顔を上げ、一向聴をふりあおいだ。

「こいつは蟲使いだよ。さっきの新宿の騒動も、こいつの仕業に違いないんだ」

「蛇なのに蟲使いアルか?」

「違うよ。蟲って言う字には、蛇とかの爬虫類も含まれるのさ! まあ、そんなことはどうでもいいんだ。相手も動き始めた以上、とりあえず新宿へ移動しよう。そこからなにか掴めるかもしれないからね」

 十三不塔はタブレットを指先ひとつで雲散霧消させると、椅子から飛び降りた。

 その横で、大蝙蝠が怯えたように、

「わ、私は留守番してます……」

 とつぶやいた。

 棄権の意思表示をした大蝙蝠に、一向聴はにらみを利かせた。

「なにを言ってるアルか! 留守番なんていらないアル!」

「蛇女とか最悪です! 今回は絶対行きません!」

 売り言葉に買い言葉。一向聴も声をあらげた。

「そんな好き嫌いで決めちゃ駄目アル! ただでさえ人手が足りないんだから、縛ってでも連れて行くネ!」

「これはパワハラです! 人事部に訴えますよ!」

「勝手に訴えればいいアル! さっさと準備するヨ!」

「絶対に嫌です! ボーナスを倍積まれても行きません!」

「この不景気にボーナスなんか出るわけないヨ! 下手な言い訳は止めるアル!」

 埒が開かないと悟った一向聴は、実力行使で大蝙蝠に飛びかかった。

 最初の一撃をかわし、大蝙蝠は店内を逃げ回った。

「いやー! 十三不塔様、助けてーッ!」

 子供のような十三不塔の後ろに隠れられるわけもなく、大蝙蝠はあっさりと取り押さえられてしまった。

 十三不塔はやれやれと首を振りながら、保温機を開け、肉まんをかじった。

「なかなか美味しいじゃない……それじゃ、山手線へ向かいますか」

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