表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/178

第17話 蘆屋道遥、帰館す

都内のとあるマンションの一室──

「あちちッ! どこ向けとんねんッ!」

「あんたが動くからでしょッ! 大人しくしなさいよッ!」

「動かんかったら食べれんやろッ!」

 マンションの一室に、少年と少女の声がこだました。ベッドのうえに座り、右腕にギブスをして口元からおかゆをこぼしているのがジャン、それを介護するように、そばの椅子に座ってスプーンを差し出しているのがほがらだった。

 七丈島を脱出したほがらたちは、忍の手引きで都内の一角に潜伏していた。島内襲撃から2週間が経過したにもかかわらず、敵の動きを察知できていなかった。ひたすら情報を待つ日々。このことが、おたがいの空気をすこしばかり気まずいものにしていた。

「もうええわ……動かんから腹減らんしな……」

 ジャンはプイッと横を向き、布団のなかに潜りこんだ。

 ほがらの顔が、怒りの炎で燃えあがった。

「あんたね、ひとに料理作らせといて、その態度はないでしょッ!」

「料理っちゅーてもおかゆやろ。そんなんだれでも作れるわ」

「はあッ!? あんたふざけてんのッ!?」

 ほがらの大声に合わせるかのように、部屋の入口がひらいた。

 ジト目の眼鏡少女が、隙間から顔をのぞかせた。かおるだった。

 かおるは部屋に入ると、とびらをうしろ手に閉めた。

「あんたたち、もうちょっと静かにできないの?」

 ほがらは興奮冷めやらぬまま席を立ち、ベッドをゆびさした。

「このバカがいけないのよッ!」

「うっさいわッ! バカって言うやつがバカなんやッ!」

 布団のなかで、ジャンが大声を出した。

 ほがらはキッとなって、

「はあ? あんたもういっぺん……」

 と詰め寄ったが、ここでかおるがあいだに割って入った。

「はいはい、ストップ、いつ敵が来るか分からないんだから、仲間割れはダメよ」

 敵という言葉に、ほがらも反応した。

 こぶしを握りしめてたずねた。

「そうよ、敵はどうなったのよ? なんで出て来ないの?」

 かおるは「さあ」と言って、手近なソファーに座った。

 政府御用達だけあって、なかなかの座り心地だった。

「出て来ないに越したことはないと思うけど」

「くう……じれったいわね」

 ほがらはわなわなと震えた。

 かおるには、ほがらの不機嫌の理由に察しがついていた。

 敵がいると分かっているにもかかわらず、いつまでも襲って来ない。

 そのギャップがストレスになっているのだろう。

 かおるは言葉をえらんで、説得を始めた。

「ジャンは骨折してるし、御湯ノ水おゆのみず博士からは連絡がないし、迎撃態勢が取れてないじゃない。こっちのまともな戦力は、忍ちゃんくらいでしょ。おとなしくしておくのが最前だわ」

 忍の名前が出て、ほがらはハッとなった。

「忍ちゃんは、まだトモエたちのところにいるの?」

「んー、そうなんじゃない?」

 かおるはソファーから立ち上がって、冷蔵庫のなかを物色した。

 その背中にむけて、ほがらは、

「忍ちゃん、どうして私たちを二手ふたてに分けたのかしら?」

 とたずねた。

 かおるは炭酸飲料の缶をとりだし、ひとつをほがらに向けて投げた。

 ほがらはうまくキャッチした。

 さらにもう2本とりだして、1本はジャンの枕元においた。

 ジャンは布団から顔を出して「おおきに」と言ってから、上半身を起こした。

 かおるは自分の缶を開けた。プシュと爽快な音がした。

 ソファーに座りなおし、ひと口飲んでから、

「そこは私も気になってるのよね。まあ、ふつうに考えたら戦力分散でしょ。このマンションが蘆屋一族におそわれたら、一網打尽になっちゃうかもしれないし」

 と答えた。

 ほがらはあまり納得がいかないようすだった。

「だけど、住所すら教えてもらってないのよ?」

「そりゃ、私たちが拷問されて居場所をバラすかもしれないでしょ」

 拷問。その言葉に、ほがらは身震いした。が、すぐに気を取り直して、

「だったら、3:2に分けるんじゃなくて、5人バラバラになったほうがよくない?」

 と、質問をかさねた。

 ほがらの指摘に、かおるは口をつぐんだ。実は彼女自身、忍たちの行動の意味合いを、イマイチ読み取れていないのである。ほがらの言う通り、5人ばらばらになり、敵を発見してから集合した方がいいのではないだろうか。かおるは、そんな疑念にとらわれた。

 かおるは缶をかたむけつつ、ソファーのひじかけにもたれた。

(ほがらの言う通りなのよね……この分け方には、なにか意味があるのかしら? それに、忍ちゃんが私たちのところにいる時間より、キヨアキとムサシのところにいる時間のほうが長い気がするし……)

 かおるはそこまで考えて、ふとあることに思い至った。

「オフレコの話をしてもいい?」

 ほがらは「もちろん」と答えた。

「今さらオフレコもなにもないでしょ。水くさいわね」

「それもそっか……忍ちゃんって、キヨアキのことが好きなの?」

 ほがらとジャンは、おたがいに顔を見合わせた。

 ほがらは、

「え? ……そうなの?」

 と、寝耳に水のような反応だった。

 一方、ジャンのほうは、

「んー、まあ、なんかキヨアキにやたら声かけとったところはあるな」

 とつぶやいた。

 ほがらは両手の指をわなわなと震わせて、

「しーのーぶーちゃーん、まさか公私混同してるんじゃないでしょうねッ!?」

 といきどおった。

 そうだとしたら、すこし現状を考えなおさないといけないな、とかおるは思った。

「……まあとにかく、今は大人しくしておくのが吉よ。ジャンの怪我が治って、博士が強化版の変身アイテムを持って来てくれれば、それで問題は解決するんだし」

 そうは言ったものの、本当にそれで問題が解決してくれるのか、かおるにも自信がなかった。

 と、その瞬間、天井から声が聞こえた。

「お待たせしました」

 忍者服の少女が舞い降りてきた。

 噂をすれば影で、かおるは「しまった」と思った。

 ほがらもあわてて、

「忍ちゃん、どうだった?」

 と、ごまかすような質問をした。

「キヨミさんもトモエさんも無事でした。異常はありません」

「ふたりはどこにいるの? いつ行動に移るわけ?」

 ほがらの問いに、忍は表情を変えず、

「それは、まだ申し上げられません」

 と、いつものおざなりな返事だった。

「敵は悪の組織なんでしょ? もたもたしてると……」

「敵の次の行動は、すでに察知しています」

 忍の返事に、ほがらだけでなくかおるも眉をひそめた。

 ジャンも妙だと思ったらしく、

「なんや、ほならはよう……」

 と言いかけた。

 忍は先回りして、

「いずれお教えする機会がくると思います」

 と言い、ジャンのセリフをさえぎった。

 これにはかおるもおかしいと感じて、

「ねえ、忍ちゃん……私たちになにか隠してない?」

 と、核心部分に触れかねない質問をしてしまった。

 忍はかおるの瞳を見つめ、機械的に首を左右にふった。

「いいえ、滅相もありません」

「でもね……なんかほがらみたいな言い方だけど、仮にも私たちは、蘆屋あしや一族と闘う主人公なんでしょう? それなのに説明がないって言うのは、ちょっとおかしいんじゃないかしら?」

 そうだ、その通りだと叫ぼうとしたほがらに先立ち、忍は即答した。

「みなさんは、確かに貴重な戦力です。しかし今のままでは、蘆屋その他の組織と闘うことはできません。ここは、博士が戻られるまで、我慢していただきますよう、お願いいたします」

 答えになっているようななっていないような返事をされ、かおるは口をつぐんだ。

 なるほど、そこまで戦力になっていないというのは正しい。七丈島の戦闘でも、蘆屋とおう傑紂けっちゅうの手下を撃退しただけだ。しかもそれは忍とニッキーの援護を受けてのことなのだから、とてもではないが自力で勝利したとは言えなかった。

 かおるは渋々同意した。

「分かったわ……私たちはまだお呼びじゃないみたいだし……」

 忍はかおるに頭を下げた。

「では、ご免!」

 サッと忍の姿が消えた。

 毎度のことながら大げさだと、かおるは首をコキリと鳴らした。

 ほがらはあいかわらず憮然ぶぜんとした表情で、

「これじゃ、私たちが全然主役じゃない」

 と愚痴をこぼした。

 かおるは缶を手にしたまま、天井をぼんやりと見あげた。そして口をひらく。

「そのセリフ、イイ線いってるかも……」

「え?」

「前々から思ってたけど、どうも様子がおかしいわ……まるで私たちと関係ないところで、事が進められてるみたい……」

「そうでしょ。だから、ここは主役として……」

 うんぬんと講釈を垂れるほがらをよそに、かおるはメガネに触れた。

 そして、窓から見える東京の街を一瞥した。

(ほんとうに私たちは、主役としてここに呼ばれたのかしら……?)


 +

  +

   +


 薄暗い座敷に、蝋燭の灯がゆらめいていた。座敷のすみずみから、男とも女ともつかぬささやき声が聞こえた。彼らは影のようにうごめくだけで、顔はおろか衣装の色合いすら判然としなかった。ただぶつぶつと、くぐもった会話がおこなわれていた。

牛鬼ぎゅうきがやられたそうで……」

「敵はすでにみやこのぼったとか……」

幸先さいさきがよろしゅうない……」

 この世のものとは思えぬ雰囲気の中で、ふと障子がひらいた。

蘆屋あしや様がお戻りになられました」

 若い小姓の声に、影たちはささやき合うのをやめた。

 それと同時に、美しい少年が姿を現した。

 足袋たびと畳のこすれる音だけが聞こえ、蝋燭の灯が左右にゆれた。

 少年は床の間を背にして座った。その隣に、濃い影が浮かびあがった。長々とした白髭をたくわえた、齢の知れぬ老いた男であった。老人は少年に一礼すると、額のしわを深くしながらあいさつをした。

「ぼっちゃまがお戻りになられ、祝着至極しゅうちゃくしごく。式神一同、喜んでおります」

 老人の声に合わせて、あたりにひれ伏す気配が流れた。

 少年は、ゆっくりと言葉を返した。

老亀ろうき……おまえは未だに、私を子供あつかいするのだね」

 老人は少々恐縮したようすで、頭を下げた。

「これは失礼致しました。道遥みちはる様」

 老人の謝意を受け流して、少年は先を続けた。

「私が留守のあいだ、コトの進展はいかように?」

「なんらございません」

 老人の返答に、蘆屋は目を細めて室内を見回した。

 影たちは一様に押し黙り、主人の不興を買わないよう、身を引いていた。

「……黒井くろい建設の件は?」

「使者を立てましたところ、門前払いを受けました」

「……そうか」

 少年はどこからともなく扇子を取り出すと、それをひらき、口もとを隠した。

 しばらく沈思黙考したあと、その扇子の先を闇に向けた。

蛇姫だっき

 部屋のすみに、十二単じゅうにひとえを着た女の姿が浮かびあがった。

 女は長い黒髪を垂らし、少年にひれ伏した。

「お呼びでございましょうか……」

「すでに聞いていると思うが、東京に双性者ヘテロイドが紛れ込んでいる。おぬしにその始末を任せる。生け捕りが望ましいとはいえ、処分はおぬしが決めよ」

「おおせのままに……」

 蛇姫と呼ばれた女は、畳にひたいをつけた。すると、着物の裾から長い爬虫類の尾がのぞいた。女はそれを無礼と感じたのか、鱗をすべらせて衣装の下にしまい込んだ。

 老亀はやや声を落としつつ、

道遥みちはる様直々にご出陣なされたほうが、確実ではございませんか?」

 と進言した。

 少年は首を左右に振る。

「私は黒井建設を受け持つ」

「……お言葉ではございますが、それこそ下の者に任せればよろしゅうございます」

 蘆屋は老亀にほほえみかけた。

「老亀、双性者ヘテロイドの件、なにか妙だとは思わぬか?」

「妙? ……申し訳ございませぬ。老齢ゆえ、おっしゃることがよく……」

「政府が双性者ヘテロイドを回収した時期は、こちらの行動と見事に一致している。本来ならば、黒井建設についてはとうに計画が進行していなければならぬのだ。それが延期されたのも、双性者ヘテロイドの所在が突如明らかになったため……」

 蘆屋の説明に、老亀は片方の目を見開いた。

「まさか……双性者ヘテロイドは囮……?」

「その可能性、十分にありうる。もしかすると双性者ヘテロイドの所在地を漏洩したのも、政府自身なのかもしれぬ。七丈島の警備、あまりにも周到であった。まるでこちらが動くのを予期していたかのようだ」

 室内に、影たちの囁き声が流れた。

 老亀はそれを一瞥でたしなめ、主人に向きなおった。

「となると、道遥みちはる様を双性者ヘテロイド退治へいざない、黒井建設への介入を阻止するというのが、きゃつらの目論みなわけですな」

「私はそう読んでいる。だからこそ裏をかき、戦力を逆に割り振りたい」

 主人の賢明さに感心した老亀は、もはや異を唱えなかった。

 あご髭をなで、昔を懐かしむように目を閉じた。

道遥みちはる様も、すっかりご立派になられて……お生まれになられたのが、昨日のことように思うておりましたが……おっと、失礼致しました。それでは、万事そのように手配致します」

「頼んだ……ところで、牛鬼ぎゅうきの行方は?」

 少年の問いに、老亀はフゥとタメ息をついた。

「依然として知れませぬ。政府の手に落ちたのではなく、どうやらおう傑紂けっちゅうの部下と共に、島を脱出したようなのですが……」

「なるほど……ということは、例の一向聴いーしゃんてんという小娘を連れ、どこかへ潜伏しているということか……見つかり次第、こちらへ戻るよう伝えなさい」

「御意に」

 老人は両手を畳につけ、軽く頭をさげた。

 それに満足した蘆屋は、この場の一同に語りかけた。

「この蘆屋あしや道遥みちはる、長者に選ばれての初仕事。皆の活躍に期待している」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=454038494&size=88
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ