第164話 夜伽の女
螺旋階段をのぼりながら、ともえはこれまでの戦いに思いをはせていた。
七丈島から上海、そしてパリ、ベルリンへ。
走馬灯でなければよいが、と、ともえは思った。
「ジャンヌ殿、あたりが妙に静かだ」
先頭を歩いていたジャンヌは、背中を見せたまま、
「そうね」
とだけ返した。
神経を集中させているのだろう。
ともえはそう解釈して、また無言になった。
階段をのぼりきると、黒い金属製のとびらがあらわれた。
把手がひとつついており、鍵穴やカードリーダーのようなものはなかった。
ジャンヌは「ふむ」とひと呼吸おいて、
「この先がセキュリティルームかしら」
とつぶやいた。
ともえは、
「横道はなかった。先があるとすれば、このとびらの向こうだ」
と答えた。
「私も気をくばってたし、見落としはないはず……じゃ、入る?」
ともえは、うなずき返した。腰の村正に手をそえる。
ジャンヌは把手を引いた──ひんやりとした冷気がもれる。
中は洞窟になっていた。十数メートル先に光がみえた。
ふたりはうなずき合い、洞窟を奥へと進んだ。
出口へ近づくにつれ、暖かな空気と、果物の香りがただよった。
緊張からか、村正の束が熱を帯びてきた。
ともえは汗ばんだ手のひらを、ぐっとにぎった。
ついに洞窟を抜けた瞬間、ともえはじぶんの目を疑った。
客間になっていたのだ。ずいぶんと凝ったつくりで、さまざまな色の布が、インテリアとして飾られていた。くりぬきの窓には赤いカーテンがかけられ、外の様子は見えなかった。壁の色は白のようだが、それを隠すように絵柄つきの布が垂れていた。
床には複雑な模様のある絨毯。赤や黄色のクッション。
テーブルは色の暗い木でできていて、脚のかたちは曲線をえがいていた。
ともえは束に手をかけたまま、物陰を警戒した。
「……これはなんだ? これがセキュリティルームなのか?」
ジャンヌは室内を一瞥した。
「バグダードを旅行したとき、こんな感じのホテルに泊まったけど……」
そう言いながら、ジャンヌは窓際へ歩み寄った。
そして、窓にかかっている布を持ち上げた。
すると、外には青空と、どこまでも続く砂漠が見えた。
ともえは困惑した。
「ど、どういうことだ? ここは塔の中ではないのか?」
ともえはうしろを振り返った。
洞窟は消えていた。
「ジャンヌ殿、閉じ込められたぞッ!」
「まあまあ、ともえちゃん、冷静に」
ジャンヌはともえを落ち着かせて、もういちど窓の外をみた。
陽炎が揺らめき、砂は地平線の果てまで続いていた。
熱気がだんだんと室内に入ってくる。
「砂漠の真ん中に美女ふたり……か。さて、どうしましょ」
○
。
.
広くやわらかなベッドに、ひとりの女とひとりの男が横たわっていた。
女はシルクのスカートをはき、上半身には乳房を覆う布を巻いていた。頭には黄金の飾り。腕にも銀のブレスレットを、幾重にもはめていた。女はまつ毛の長いそのひとみで、となりにいる男を見つめた。
男は上半身裸で、厚い胸板を上下させながら、水煙草を吸っていた。
女は右腕を枕にして、こう語りかけた。
「王様、今宵もひとつ、おもしろい話をお聞かせしましょう。ハールーン・アッラシードの御代に、シンドバードという船乗りがおりました。ある日、シンドバードは航海に出かけましたが、ふとした手違いで、無人島へ置き去りにされてしまいました……」
○
。
.
それは、なんの前触れもなく起こった。
窓から吹き込む風のなかに、ともえはなつかしい香りをおぼえた。
「……潮風?」
島育ちのともえには、まちがいようのない香りだった。
ジャンヌもうなずいて、
「変ね、さっきまではしなかったけど……ちょっと出てみる?」
とたずねた。
セキュリティの破壊にはタイムリミットがある。
ともえはそのことを思い出し、決心した。
「ジャンヌ殿、武器はよいのか?」
ジャンヌは両手をひらひらさせた。
「私にはステキな能力があるから」
ふたりは窓から砂漠へと降り立った。
日射がきつく、すぐに参ってしまいそうな暑さだった。
ともえがふりむくと、部屋もいつのまにか消えていた。
そして、何メートルもある岩壁がそびえたっていた。
なんとも妙だと思いつつ、ふたりは壁につたって歩いた。
壁は右手のほうへ湾曲していて、だんだんと太陽を背にするかっこうになった。
ちょうど部屋があった方角の反対側へ出たところで、眼前に海がひろがった。
浜辺まで数十メートルしかなく、寄せては砕ける波の飛沫が、白く輝いてみえた。
そして、大きな難破船がひとつ、座礁していた。
その近くにひとり、ターバンを巻いた男が倒れていた。
ともえとジャンヌは、おたがいに目配せし合った。
「……罠か?」
「うーん、その可能性、大」
ふたりは慎重にその男へ近づいた。
男は仰向けに倒れていて、まだ息があった。
若い男で、褐色の肌が日によく焼けていた。
「だいじょうぶか?」
ともえの声掛けに、男は目をみひらいた。
「……あなたは?」
「拙者はともえだ。おぬしは?」
「シンド……バード……」
男の名前に、ともえは聞き覚えがあった。
「シンドバード? なぜここに……」
その瞬間、ともえの頬をなにかがかすめた。
あわててうしろに引いたものの、砂で足がふらついた。
それを後悔する間もなく、顔に生温かいものが飛び散った。
目のまえで、男の頭が赤くはじけていた。
「なッ……!」
ともえが息を呑むよりも早く、ジャンヌは彼女の肩を押した。
砂浜に倒れ込む。
ともえのいた場所を石が通過し、男の腹部に命中した。
臓物の匂い。ともえは顔をしかめつつ、立ち上がろうとした。
「伏せてッ!」
ジャンヌの指示に従い、ともえは反射的に突っ伏した。
顔に砂がかかる。地面の熱を感じながら、ともえは石の飛んできた方向を確認した。
「……な、なんだあの猿は?」
岩壁の上に、大きな猿の姿がみえた。
この距離からして、ひとの背丈をゆうに超えていた。
猿はむきだしの歯を光らせながら、もうひとつ石を手にとった。
投擲──ともえの背後に落下し、砂があたりに散った。
「ともえちゃん、動かないでッ!」
ジャンヌは、両手の親指とひとさしゆびを直角に立てた。それをすばやく組み合わせ、長方形を作った。カメラマンが構図をとるように、その長方形を猿に向けた。
「絶対自由!」
長方形の中央がきらめき、サッとひと筋の光がさした。
それは大猿の眉間を射抜き、貫通して空のかなたへと消えた。
大猿は一瞬硬直し──そのまま仰向けに倒れた。
ジャンヌはひたいの汗をぬぐった。
「ふぅ……ひさしぶりに使ったわね、この技」
ともえは起き上がり、
「い、今のはなんだ?」
とたずねた。
「んー、虫眼鏡の要領?」
「虫眼鏡?」
「大気の屈折率を調整したの」
ともえにも、うっすらと仕組みがわかった。
オルレアンの魔女の能力は、周囲の因果律をゆがめること。大気の屈折率を調整し、日光を一点に集約させたのだろう。ともえはそう理解した。
一方、謎がひとつ残った。
「これはいったいなんなのだ? あの猿は? この男は?」
男の死体をなるべく見ないようにしながら、ともえはそうたずねた。
「私に質問されても困るんだけど……」
「……そうだな。失礼した」
「いや、まあ、なんとなくイヤな予感がするというか……」
「イヤな予感?」
ジャンヌは腰に手をあてて、あたりを見回した。
「難破した船に、シンドバード……これってアラビアンナイトの世界じゃない?」
ともえは、あっけにとられた。
「アラビアンナイト? ……アリババと40人の盗賊か?」
「ええ……ただ、ちょっと気になることがあるのよね。シンドバードの冒険は、もともとアラビアンナイトじゃないんだけど……」
「アラビアンナイトではない? それはどういう……」
足もとが暗くなった。
ふたりは一瞬で左右に散り、間合いをとった。
巨大な影が、ふたりのあいだに割って入る。
全身に茶色の毛を生やしたそれは、ブルドーザーほどの大きさもある巨大な猿だった。
難破船から飛び出してきたのだ。
ふたりが身構えると同時に、猿は胸をたたいておたけびをあげた。
鼓膜が破れそうな大音量で、ともえは一瞬反応が遅れた。
猿はそれを見逃さず、腕をふりおろして叩き潰そうとした。
「ともえちゃんッ!」
ジャンヌはともえに駆け寄り、彼女を突き飛ばした。
腕はジャンヌの頭上に落下し、ともえは悲鳴をあげた。
ずどんと鈍い音がして、ともえは目の前の光景に固まった──ジャンヌは両腕で、猿の攻撃を受け止めていた。ガニ股になり、足首は砂に沈んでいる。だがまちがいなく攻撃は止まっていた。
「こらぁ……乙女に恥ずかしい格好させちゃダメでしょ……」
ジャンヌは力を込め、猿の腕を押し返した。
猿はおどろきの表情で力比べをし、最後はバランスを崩してうしろに転倒した。
ジャンヌはさきほどと同じように、親指とひとさしゆびで長方形を作った。
「絶対自由!」
一点に集約された太陽光が、猿をおそった。
レーザーメスのように腹を切り裂き、腹圧で内臓が飛び出した。
血しぶきのひとつが、ジャンヌの頬を染める。
「痛くして、ごめんなさい。今とどめを……ッ!」
猿は立ち上がると、じぶんの腸を引きちぎってジャンヌに投げつけた。
ジャンヌはべったりとした管に包まれ、うしろに倒れ込む。
猿は吐血しながら、全身の体重をかけて、こぶしを振り下ろした。
ジャンヌは腸のロープのなかでもがいた。
あとわずかというところで、猿は大きくのけぞった。
「がッ……ぎゃッ……」
猿は全身の力を喪失して、右に倒れ込んだ。
その背後に、村正をかまえて残心を決めたともえの姿があった。
ともえはサッと刀身を振ると、ジャンヌに駆け寄った。
「ジャンヌ殿ッ!」
ジャンヌは腸を手で引きちぎり、ふぅと息をついた。
「ごめん、ちょっと油断したわ」
ジャンヌは腸から這い出て、眉間にしわをよせた。
「あ~、最悪」
ジャンヌは粘液と血にまみれていた。悪臭もする。ともえも、鼻をつまみかけた。
「海で洗ったほうがよいのでは?」
「ダメダメ、塩水でべとべとになるわよ……絶対自由」
ジャンヌが例の呪文をとなえると、体液はスーッと上から下へ流れた。
まるで水のように足もとへ落ちて、砂浜に沁み込んでいく。
「便利な能力だな」
「でしょ」
ともえは、返り血でよごれたじぶんの手足をみた。
「……できれば、拙者にも頼む」
○
。
.
ベッドに横たわっていた女は、水晶玉の光景に、うっすらと目をほそめた。
その表情は、かすかな怒気をただよわせていた。美しさはそのままに。
王は、水煙草の吸い口からくちびるをはなした。
「どうしたのだ、シェヘラザード。今日はこれでおしまいかい」
王は、部屋のかたすみにある大剣をまなざした。
その剣はよく磨かれていて、塵ひとつついていなかった。
しかし、見る者がみれば、ひとの脂と血を吸っているのがわかった。
シェヘラザードと呼ばれた女は、彼の首に腕をまわした。
「王様、物語はこれからおもしろくなりますの。無残に殺されてしまったシンドバード。そのシンドバードを、ひとりの男が岩場のかげから見つめていました。男の名は、アリババと言いました……」
○
。
.
ともえとジャンヌは、船の作り出す影で、作戦会議をひらいていた。
10分ほど話し合った結果、ある仮説にたどりついた。
「宇宙船のAIが、アラビアンナイトを模倣している?」
ともえは半信半疑で、この世界の空をあおいだ。
「なぜそのようなことを?」
ジャンヌは肩をすくめた。
「理由はわからない。でも、明らかに地球の文明を模倣しているわ。外観だってそうよ。まるでテーマパークのお城みたいだったじゃない」
ともえも、そのことは否定できなかった。
そして、だんだんと奇妙な事実に突き当たりはじめた。
「宇宙船は、2000年前に地球へ落下したのではないか? なぜ中世の城のようなかたちをしているのだろう?」
ともえの疑問に、ジャンヌも同調した。
「妙よね……それに、アラビアンナイトはそこまで昔の物語じゃないし」
そう言ったところで、ふとジャンヌは顔をあげた。
遠くの岩場に視線をむける。
「……あそこの岩陰、だれかいなかった?」
「どこだ?」
ジャンヌは、左手のほうをゆびさした。
そこは、ともえたちがやって来たのと逆方向だった。
ふたりは臨戦態勢をととのえると、偵察へむかった。
大小の岩があり、ひとが隠れるにはかっこうの場所にみえた。
ともえは一歩一歩、慎重に岩のあいだを縫った。
「だれもいないように思えるが……」
「ともえちゃん、ちょっとこっちに来て」
ともえは声のしたほうへ駆けた。
ジャンヌは岩壁の一角を、じっと見つめていた。
「ここ、なんか不自然じゃない?」
大きな岩が、岩壁にはりついていた。落石でもあったのかと、ともえは思った。
「この岩がどうしたのだ? さきほどの戦闘で落ちたのか?」
「そこの下のところ」
ジャンヌは、岩と地面の接地点をゆびさした。
ともえが目をむけると、地面の砂が、不自然にけずられていた。
ジャンヌはパチリとゆびをはじいた。
「ものは試しか……ひらけ、胡麻!」
ズズッと、岩が右へ動いた。音を立てながらスライドし、うしろに洞穴があらわれた。
ともえはこの事態に吃驚した。
「……ほんとうにアラビアンナイトなのか?」
「んー、そうみたい」
ジャンヌは洞穴へ入った。ともえもあとに続く。
中には予想通り、金銀財宝の山があった。
外からさしこむ日の光に、財宝はまばゆく輝いていた。
ともえは不気味なものを感じながら、
「まさにアリババと40人の盗賊だな」
とつぶやいた。
しかし、ジャンヌからは反応がなかった。
なにか考えごとをしているようだった。
「……やっぱりおかしいわね」
「なにがだ?」
「私たちがいるアラビアンナイトは、新しいアラビアンナイトなのよ」
ジャンヌの台詞を、ともえは理解することができなかった。
「新しい? 昔話ではないのか?」
「アラビアンナイトには、アルフ・ライラ・ワ・ライラっていう、アラビア語の原典があるの。でもその中に、シンドバードもアリババも載ってないのよね」
写本や翻訳がとちゅうで紛れ込み、もともとなかった話が追加されたせいだ。
ジャンヌはそう説明した。
しかもその紛れ込んだ時期は、18世紀頃ではないかという話だった。
ジャンヌはそこから推理をつづけた。
「この宇宙船は、18世紀以降にどこからか情報を仕入れた、ってことになるわ。でも、アナスタシアとセキュリティ戦争をしてるくらいだし、外部との通信は遮断されてたはずなのよね。でなきゃ、世界中のコンピュータをいつでも乗っ取れたでしょうから」
「だれかが情報を持ち込んだのではないか? ニッキーかもしれない」
なるほどと、ジャンヌはある程度納得した。
「外部に手下を送ることはできたみたいだから、可能っちゃ可能か……とッ!」
ジャンヌはふりむき、一本の矢を手で打ち落とした。
それに続いて、矢が雨のように飛び込んできた。
「絶対自由!」
キンッと空気が凍りつき、氷の壁ができあがった。
矢はそれに突き刺さり、あるものは折れ、あるものは半ばで力尽きた。
「閉じよ、胡麻!」
ジャンヌはそう叫んで、岩を閉じた。
洞穴のなかが真っ暗になる。
ジャンヌはポケットからライターをとりだして、それに火をつけた。
「ともえちゃん、だいじょうぶ?」
「拙者はここだ」
リストウォッチが光り、ともえの顔が浮かび上がった。
「今の攻撃は盗賊か?」
「たぶんね。私たち、財宝どろぼうと思われたみたい」
アリババの兄が盗賊団に殺されてしまったエピソードを、ともえは思い出した。
財宝をくすねようとしたところ、合言葉を忘れてしまったのだ。
「どうする? こちらは袋のネズミだ」
「ネズミはネズミでも、牙があるわよ。こうしましょ。まずはともえちゃんが……」
外では40人の盗賊たちが、岩を取り囲んでいた。
半月刀を手に持ち、2列にならんでいる。
その列のうしろには、ラクダに乗った首領がいた。
首領は準備がととのったことを確認し、右手を高くあげた。
合言葉をとなえ、岩をひらく。半分ほどひらいたところで、1列目が突撃した。
先頭の男が洞穴へ入る寸前、強烈な飛び蹴りを食らった。
「ヒーローキック!」
ムサシは男を倒すと、右手の刀で2人目を斬った。
ヒーロースーツと村正の合わせ技で、男は肩からまっぷたつになった。
ムサシは眉間にしわを寄せつつ、人を斬った感触に耐えた。
ジャンヌも飛び出し、3人目の刀を払い落とすと、その首に右手を添えた。
手のひらから氷の刃がとびだし、男の頸動脈を裂いた。
それを見届けたムサシの背中に、痛みが走る。
ふりかえると、盗賊が彼の背中に半月刀を突き立てていた。
しかしスーツが破れるわけもなく、男は唖然としていた。
ムサシは回転蹴りで男の脇腹を強打し、地面に打ち伏せた。
動揺した首領は、2列目も突撃させた。
ムサシとジャンヌは39人の手下たちを相手に、大立ち回りを演じる。
殴り、蹴り、斬り、潰し、焼き──最後のひとりがムサシに首をはねられた。
首領はすでに、ラクダを走らせて逃亡していた。
ジャンヌは例の長方形をつくり、遠ざかる首領の背中をとらえた。
太陽光がレーザーのようにほとばしり、首領の背中を縦一文字に焼いた。
首領は悲鳴をあげ、ラクダの背から転落した。
さらにジャンヌは、ラクダの首も仕留め、そのあわれな動物を天に返した。
ムサシは周囲の死体の数をかぞえた。
「ちょうど39人……ボスを入れて40人。全員倒したな」
「全員じゃないわ」
ムサシはふりかえる。
「だれが残ってる?」
ジャンヌは荒涼とした砂漠を見つめながら、静かにつぶやいた。
「シェヘラザード……この物語をつむいでるAIよ」
○
。
.
水晶玉の光景に、シェヘラザードはしばらく沈黙した。
王は、つまらなさそうに水煙草のけむりを吐いた。
「今夜の話は、あまりおもしろくないな」
王はそう言って、ふたたび大剣をまなざした。
シェヘラザードは笑みをつくり、王に艶めかしい吐息をかけた。
「王様、急いてはなりません。ここまでは前座」
シェヘラザードは王の腕をだきしめ、耳元でささやく。
「わたくしたちの寝屋の場所を、突き止めることはできません。時間はいくらでもあります。千と一夜が過ぎるまで、ぞんぶんに物語をつむぎましょう」




