09.24時間戦えますか?
渦巻き文様と棘文様を組み合わせた、パット見では幾何学的に整然と張り巡らされた蔦のような印象を受ける不思議な装飾で彩られた看板。
それが僕のバイト先、洋菓子店「コロポックル」の目印である。
コロポックルという店名にちなんでか、この店のケーキやクッキーなどはどれもナッツなどの木の実があしらわれている。また、一個の大きさは非常に小さく、その分お値段はリーズナブル、というのが特徴だ。
「お待たせしました。ギモーヴ・トリュフとマンデリンのセットになります」
コロポックルにはちょっとしたイートインがあり、女性客を中心に(というか、強面な店員に恐れをなしてか、男性客は皆無……)割と人気だったりする。
先輩の教えを思い出しつつ、お客さんに注文のメニューをそっとお届けする。
僕の教育係であるアペフチさんはゲームに出てくる炎の魔神の如く、赤茶けた逆立つ髪の毛(地毛)と赤銅色の肌を恥ずかしげに制服と頭巾で隠しながらオネエ言葉でこう語っていた。
「いいこと、このお店では無駄に元気のいい接客は求められていないの。あなたは森の妖精コロポックルの一人。お客様は妖精の里の近くに迷い込んだ人間さん。人間さんが寝ている間にこっそりと贈り物を置いていくの。ゆっくりお休み中の人間さんの邪魔をしてはダメよ。優雅に、且つ、静かに、厳かに。礼儀とおもてなしを欠かさず、よ」
何だか無茶な要求な気もするけど自分なりに解釈して仕事をこなす。忙しくないときはチラ見した製造の様子を頭の中で反芻する。
クッキー、マカロン、ギモーヴ、バトン・マレショー、ブラウニー、ケーキ。チョコレートを使うもの限定でも呆れるほど沢山の種類があるものらしい。受験には全く役にたたなそうだけど、それらは新鮮な刺激だった。
「おう、こいつを窓際の3番席まで運んでくれ」
ウタピさんからちょっと温めたチョコレートマフィンとルイボスティーのセット二組を受け取る。
「お待たせしました。こちら、ご注文の……って、もしかして、葉月!?」
「し、師走君……」
自分のバイト先に知り合いが現れるのは何とも形容しがたい恥ずかしさを感じるものである。
よくよく考えてみたら、葉月の好みを考えればこの店に彼女が姿を見せても何ら不思議はないことに思い当たる。
「なになに? 涼花の知り合い?」
「まあね。タダのクラスメート」
向かいに座る子の問いにそっけなく答える葉月。
悲しいことに"タダ"の部分に思いっきりアクセントを置かれてしまった。
「ふ~ん……」
葉月の顔を僕の顔を交互に見比べていたその子は不意にニヤリと笑ったと思うと唐突に言い放った。
「もしかして、涼花が言っもごぉっ!」
訂正。言い放とうとした。
彼女が最後まで言い切る前に、大きく切り取ったマフィンをその子の口にねじ込む葉月。
「た・だ・の・ク・ラ・ス・メ・イ・ト。O.K.?」
もぐもぐと咀嚼しながら、その子は神妙に頷いた。
「葉月サン、怖いッス……結局そちらの方は今何て言おうとしたもごぉっ!」
口の中に特大のカタマリがぶちこまれる。美味い。けど、苦しい。どなたか水を!
「女に根ほり葉ほり質問する野暮な男はモテないわよ? O.K.?」
もぐもぐと咀嚼しつつ、僕も神妙に頷いた。
「……お客様のくつろぎの時間を邪魔するなって、いっつも教えているわよね? その頭の中身は豆腐でできているのかしら? お客様、大変失礼致しました」
炎の魔神、もといアペフチさんは僕のえり首をむんずと掴み、有無を言わせぬ力で店の中へと引きずっていった。
「ちょ、ちょっと!? 師走君!?」
それではお客様、ごゆっくり~。
なんてこともあったりしつつ、このバイトにも大分慣れてきた。本来の目的を忘れそうな勢いで楽しみ始めている自分がいる。
本来の目的。
「菓子作りを覚えてとびっきりのチョコを如月のために、葉月にプレゼントする……」
……あれ? 僕、かなり頭悪い、というか意味不明なことをしようとしてる? ま、まあ、いいか。とりあえず、今気にするべきは……。
「学校祭だな~。いよいよ明後日からか」
デカい弁当箱を綺麗に空にした兼好が僕の回想に答えるようにして呟いた。お前は僕の心でも読んでいるのか!?
午前の授業が終わり、今は昼。学校祭準備のためということで授業は午前までとなっている。
「全く、"執事喫茶"なんて案があそこまで女子の支持を集めるとは思わなかったよ」
「まあメイド喫茶とかやることになって女装させられるよりはマシだろ? 楽しもうぜ~」
いや、普通に男は男の恰好、女は女の格好をするという選択肢はないのか?
僕たちのクラスは学校祭で"執事喫茶"をやることになっていた。女子も含めて執事の格好をして接客する。神無月や葉月なんかはさぞかし似合うことだろう。兼好ももしかしたら体育会系+執事という異色の組み合わせで意外な人気を集めるかもしれない。
飲み物、食べ物の方はというと、火は使えないので家庭科室で沸かしたお湯を魔法瓶に保存し、それを使って紅茶、コーヒーを入れる。後は予め作っておいたクッキーなどのお菓子を提供することになっている。足りなくなれば家庭科室のオーブンなどを使わせてもらう予定だ。
「んで、今日の買い出しは誰だっけ?」
「僕と、兼好と、葉月と、神無月だな」
「神無月の奴、買い出しまでやんのか。店づくりとか接客指導も神無月が中心になってやってるよな。働き過ぎじゃね?」
そう。しかも生徒会のこともあるし、コロポックルの人たちの話ではどうやって時間を作っているのか色々な店で助っ人のようなことをして渡り歩いているらしい。更には9月以来、数回開かれている勉強会にもきっちり参加していたりする。
神無月、お前は一体何人いるんだ?
(続く)