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八月のバレンタイン  作者: koyak
「神無月」
8/30

08.人を見た目だけで判断しちゃいけません

 床も壁もコンクリートをむき出しにした窓のない地下室。飛び散った鮮血の中心に横たわるのは、右脇から左肩にかけて逆袈裟に斬り裂かれた……僕の姿。活動の停止を運命づけられた心臓がそれでも命をつなごうと弱々しくもがき続ける。

 走馬燈のように、僕はこれまでのことを思い出していた。



「う~ん、赤点はギリギリ回避って感じかな」

 味見をした神無月が辛目の判定を下す。


 勉強会から三週間後。暦は十月となり、僕たちは最後の夏服とお別れをしていた。あれから週二で神無月の家にお邪魔し、チョコ菓子作りを教わっている。

 今作ったのは基礎の一つ(らしい)"ガナッシュ"。簡単に言えばチョコと生クリームを混ぜあわせて作るクリームである。

 チョコを細かく刻む。生クリームを小鍋に入れて弱火で加熱。沸騰直後に火をとめて刻んだチョコを投入。少しだけ冷ましてから適量の洋酒を加え、全体が白っぽくドロリとなるまでかき混ぜる。

 大したことのない作業に見えるかもしれないが各工程のさじ加減がなかなかに難しい。


「赤点ギリギリか。師匠は厳しいな」

「いやいや、ついこないだ練習し始めたばかりってことを考えればかなり早い進歩だよ。学校祭の出し物のこともあるし……もう次の段階に行ってもいいかもね」

「次の段階?」

「うん。師走君。提案なんだけど、ちょっとアルバイトしてみない? 人手が足りなくて困っている知り合いがいるんだ」

「待て待て待て! いくらなんでも無理があるだろ!?」

「大丈夫、いきなり製造をやらされることはないから。実際にお店で売られる品々とそれが作られていく様子を間近で目にすることは、きっと君の役に立つはずさ」

「むむ、それなら……」


 こうして僕は死地に足を踏み入れることになる。



 視界が光に包まれていく。走馬燈ももうすぐ終わる。僕の人生はもうすぐ終わりを迎えるのだろうか……。


「おいコラ!! いい加減、帰ってこい!!」

 顔ごと吹き飛ばされそうな勢いで頬をはたかれる。

「おぶぅ!! ……はっ! 僕は一体……!?」

「まったくよお、人の目を見るなりアッチの世界にいっちまいやがって。失礼な奴だぜ」

「あ! す、すいません。出来れば指を詰めるとかは勘弁していただけると……!」

「……もういい。で、店長、こいつどうしましょうか?」

「ハロウィンも近いし、何よりもチカップの紹介だ。使ってやってもいいだろう。販売とか材料運びからやってもらおうか」

「は、はい。ありがとうございます! よろしくお願いします」


 面接、合格。

 僕はめでたく洋菓子屋「コロポックル」でアルバイトをすることになった。なってしまった。受験生なのに……。


「あいつの仲間ってんなら親の判子とかは別にいらん。この書類を適当に埋めて明日もってこい」

「は、はい」

 この人は店長のキムンさん。190cmほどもある上背に筋肉というよりは鎧と表現したくなる体つき。そのシルエットは人ではなく"熊"を連想させる。


「次に俺の顔を見て意識とばしやがったら、そこの冷凍庫で氷漬けにすんぞ。覚えとけ」

「は、はいぃ……」

 こちらの物騒なことを仰っている人は従業員のチーフでウパシさん。店長と違って細身で、背も男にしては低め。しかし目があっただけで先ほどの僕のように、思わず自分の死をリアルにイメージしてしまうほどの凶悪な目つきの持ち主だ。全体から受ける印象は"人斬り"。今にも「今宵の虎鉄は血に飢えておる」とか言い出しそうで凄く怖い。


 この店のことをよく知らない人はキムンさんとかウパシさんとか一体どこの国の人だよ? と疑問に思うかもしれない。ここでは店員のことは北海道の先住民族、アイヌの言葉で呼ぶルールになっているのだ。

 後で調べてみたところでは"キムン"は山、"ウパシ"は雪、そして神無月はここでは"チカップ"と呼ばれており、鳥を意味するらしいということがわかった。


「よろしく頼むぞ、明日からお前は"オタピ"だ」

 上半身と下半身がおさらばしそうな強さで背中を叩かれる。

「げほ! ……は、はい! お世話になります!!」

 ちなみに"オタピ"は砂粒という意味。スケールが異様に小さいネーミングにちょっと悲しくなる。


 コロポックルを出てから神無月と待ち合わせている近くのコンビニへと向かった。

「やあ、お疲れ。面接はどうだった?」

「お陰様で合格したよ。それよりもあの店員さんたちは何者なんだ? 一瞬ヤ○ザの事務所とか軍隊の詰め所に迷い込んだかと思ったぞ!?」

「いやいやいや、あの人たちはちょっと顔つきが怖いだけの善良な一般人だよ。もっとも店長はパレスチナのガザ地区で洋菓子作りの修行を積むっていう、少しだけ変わった経歴の持ち主なんだけどね」

 絶対別の経験も積んでるだろ!? 何故そんな命がいくつあっても足りなそうなところに行ったのか。尋ねるのは怖いのでこの疑問は胸の中にしまっておくことにする。


「はあ~……」

 果たして僕は、本当にここでやっていけるのだろうか。


(続く)

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