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八月のバレンタイン  作者: koyak
「長月」
6/30

06.にじみでるもの

 そこは確かにタダで使えて人でごったがえしていない、落ち着いた素敵な場所だった。


「これが格差社会ってやつか……」

「何か、カッコいいです……」

「うちの家族のセンスもこんな感じだったら良かったのに……」

 隣で兼好、如月、葉月がそれぞれの感想を呟いている。

全員僕と同様、ここを訪ねるのは初めてらしい。


 日曜日。僕たちは勉強会をするために神無月の家へ集合していた。

 駅前にある貸自習室は有料であり、図書館は勉強目的の利用が禁止されており、学校の自習室は開放開始直後から三年生で埋め尽くされていて非常に窮屈なためだ。

 神無月家はサイズだけでいえば、平均的な戸建より少し大きい程度。しかし、壁やドアの地味ながらも重厚な質感、小さな美術館といった方がよさそうなデザイン。そして素人目にも手間暇かかっているのが伝わってくる庭の手入れっぷり。大きさ、広さ以外のところで相当お金がかかっていそうな家だった。


「霜月さんはもう来ているらしい。お邪魔しようぜ」

 兼好がそう言ってインターホンのボタンを押す。

『開いているよ。入ってくれ』

 すぐに神無月の返事がきた。四人揃って玄関に入る。


「……」

 まだギクシャクしているみたいだな。如月と葉月。


 それは今日の昼、神無月の家に一緒に行こうと近くの公園で待ち合わせていたときのこと。

 残暑厳しい中、僕と兼好は集合時間の30分ほど前に到着し、

「早く来すぎ! お前はどんだけ楽しみにしてるんだ!?」と指差し合ったり

「『ごめん、待った?』って言ってくれるといいな。そしたら『今来たところだよ』って返す憧れのリアクションができるのに!」などと雑談をして時間をつぶしていた。


 集合時間5分前。

「こんにちは~! 誘っていただいてありがとうございます! 暑いですね~」

 如月登場。意外と時間にはきっちりしているらしい。明るい色合いのブラウスにショートパンツ。ちょっと子供っぽい気もするけどある意味似合っている。


「あら、長月君あたり遅れてくるかもと思ったけど、もうみんな集まっているのね」

 そしてほぼ同時に反対方向から葉月の姿が。こちらはカットソーと細身のジーパン、細いシルバーフレームのメガネ。色気のない服装だけど葉月が着ると異様にハマっていて、何だか「フットワークが軽くて仕事がデキる女!」っぽい雰囲気を醸しだしている。


「二人ともあれだな、イメージ通りって感じの服装だな」

「何かご不満?」

「いやいやいや、似合ってるってことっスよ!」

「微妙に下っ端な言葉遣いになってるぞ兼好」


 そういえば勉強会の話が出たとき、葉月の口から如月の名前が出ていた。ということは、

「葉月と如月って面識は……あるんだよな?」

「ええ、あるわ」

「はい、あります」

 普通にYESと返されただけなのに妙な緊張感がはしる。

何だ? てっきり如月は大好きな"葉月先輩"に会えて大喜びすると思ったのに。むしろそのために声をかけたのに。実際、この勉強会の件で声をかけたときは嬉しそうにしていた。

 如月はどんな顔をすればいいかわからない様子で曖昧な笑みを浮かべ、葉月の方は何か苦いものを飲み込んでしまったような微妙な表情を浮かべている。

 絞り出すような声で、先に言葉を発したのは葉月だった。

「久しぶり……。足の方はもう大丈夫?」

「お久しぶりです。いやだな~葉月先輩、それ随分前の話じゃないですか。この通り、元気ですよ?」

 そう言いながらクルリとまわってみせる如月。

 足? 何の話だろう。それに二人はどういう関係なんだっけ?

 如月からは葉月を絶賛する話だけでどういう仲なのかはよく考えてみると聞いたことがない、ということに今更ながら気づく。

 ちょっと聞きづらい雰囲気なんだけど、気になる。

 そのとき、兼好が僕が考えていたことと全く同じことを口にした。

「足? 何の話? そういえば葉月と如月さんってどういう関係なんだっけ?」

 僕は自分の中の兼好の評価を「ヘタレ」から「勇者」に上書きした。

「長月君には関係ないことよ」

「長月先輩には関係ありません」

 息はぴったり。泣くな、兼好。

 それから目的地到着までの間、ずっと如月と葉月の間にこれといった会話はない。僕や兼好とは普通に話しているのだけど。


 玄関にあがると神無月が霜月さんと一緒に僕たちを出迎えた。

「やあ、みんなようこそ。僕の部屋はこっちだよ。ちなみに親は留守だから。気兼ねなく勉学に励もうじゃないか」

 部屋にあがり、テーブルを囲んでそれぞれ腰をおろす。

「どうぞ」

「うお、こりゃどうも」

 慣れた様子で霜月さんはアイスコーヒーをいれてくれた。

 何故そこまで勝手知ったる風なのか、深くは考えないようにする。


 霜月柊(しもつき ひいらぎ)。二年生。そして生徒会会計。

 お嬢様風なワンピースを身にまとうその柔和な姿からは想像ができないが、一部の生徒たちからは"鬼の副長"(会計なのに!)という異名で恐れられている、もとい、親しまれている。


 部屋を見渡すと目につくのは全体的にモノトーン調な色合いの壁、机、ベッド。片隅にケースに入れて立てかけてあるのはバイオリンか何かだろうか。別サイドにでんと置かれている茶色い木目調の本棚が、相対的に鮮やかに浮き上がって見える。

 本棚にはその人の趣味が強くにじみ出るという。

神無月の本棚は"綺麗なもの"と"アレなもの"の両極端に分かれていた。

 "綺麗なもの"としては世界各地の伝統的なお菓子や茶に関する本、世界遺産や風光明媚な場所の写真集、あとは椎名誠や米原万里のエッセイ、司馬遼太郎の「街道を行く」シリーズなど。

 "アレなもの"としては……アレ過ぎて僕の脳は理解を拒絶する。人の趣味をとやかく言うつもりはないけど、こういうのって普通は人が来るときはどこかに隠しておくものなんじゃないだろうか。

「師走君、何を見ているんだい? ああ、『俺の矛とお前の盾』か。名作だよ。ただ、男である君にはこちらの『お姉様と呼ばないで』の方がオススメかな」

タイトルでジャンルは薄々想像がつく。"アレ"とはつまり、そういうことだ。

「勘弁してくれ……」

 どうせならエロ本でもお勧めして下さい。ただし女性陣がいない所で。

 ふと見ると如月は『お姉様と呼ばないで』を手にとって目を輝かせていた。あ、やっぱそっち系の本か。

「ほらほらほら、師走君も神無月君も如月もストップストップ! ここには勉強をしに集まったのよ。趣味話に花を咲かせるのは後!」

 葉月が場の軌道を修正する。

 彼女には僕に彼らと同じ趣味はないことを熱く説く必要があるようだ。


(続く)

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