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八月のバレンタイン  作者: koyak
「長月」
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05.侯爵はお嘆きのようです

「同盟成立」

「だな」

 とは言ってみたものの。

「ただ、僕は如月に積極的にいくつもりはないよ」

「おいおいおい、何をいきなり萎えること言ってんだよこのヘタレ! んじゃお前はどうしたいんだ?」

「とりあえずは、如月の応援、かな」

「やりたいだけやらせてみるってか? ある意味ひでぇ気もするがまあいいか。だけどそれじゃ俺のライバルを応援するってことにならないか?」

「そこはほら、両方を応援するってことで」

「このコウモリめ。かち合う場合は?」

「そのときは如月優先」

「男らしいんだか情けないんだかわからねぇことを言いやがる」

「葉月はノンケなんだろ? 大丈夫だって」

「お前はホント嫌な打ち返し方をするな~」

「いえいえ、お代官様ほどでは」

 などとアホなやり取りをしていると、そこに割り込む声が。


「ノンケとか何とか何やら香ばしい話の匂いがするねえ」


 そう言いながら僕と兼好の首に両腕をまわしてきたのは神無月だった。フルネームは神無月時雨( かんなづき しぐれ)。友人なのかは議論の余地があるけれど、何かとご縁がある奴だ。

 少女漫画から出てきたかのような、同性としてはムカっ腹がたってくるレベルで整いなすったお顔の上に、普段以上にニヤニヤした表情をのせている。

 あきれ顔で兼好が指摘する。

「男に絡みつかれても嬉しくねーっつの。任期満了間近とはいえ、生徒会長様がこんな所で油売っていてもいいのかよ?」

 確かに来月には学校祭、再来月には生徒会選挙だ。生徒会は大忙しだろう。

「大丈夫大丈夫。みんな優秀だから僕一人が抜けても平気さ。葉月さんのことが好きな女の子がいるんだって? いいね~。実に好みの話だ。詳しく聞かせておくれよ」

 出来ればこいつにこの話はあまり聞かせたくない。

「まあまあ、そんな顔すんなって歩。こいつは非常に腹立たしいが、彼女持ちだ。勝ち組様だ。何か参考になる話が聞けるかもしれない。神無月、実はだな……」


「ほほう、如月さんという女の子が葉月さんのことを……。そして、チョコのリベンジ……。いいね。いいよ! 燃えてくるね!! そういうことなら、この僕にも及ばずながら協力できることがありそうだな」

「この変態め。何だよ? 協力できそうなことって」

「ふふん、それはだね……」


「ここにいましたか~。探しましたよ~」


 ほんわかした柔らかな声で更にもう一人が乱入してきた。サラリとした黒髪長髪に眼鏡、縁側で昼寝する猫のような目にしゃなりしゃなりと音がしそうな歩きでこちらに近づいてくる。微笑んでいるのに妙な威圧感。神無月の顔がひきつっている。

「ひ、柊さ~ん、ここ、三年生の教室なんだけど~?」

「それがどうかしましたか~? まだまだ仕事は山積みですよ。さあ、行きましょう」

 普通、上級生の教室に入る場合、大抵はそれなりに緊張の一つや二つはするものなんじゃないかと思うけど、彼女は二年生とは思えない堂々たる足取りで有無を言わせず神無月を引きずりながら去っていった。


「が、頑張れよ~。彼女と仲良くな~……」

「うむ。いいなあ。ああやって尻に敷かれるのもなかなか憧れるものがあるぜ」

 兼好、お前そんな趣味が……。

「そんな可哀想な奴を見る目で見ないでくれ……。そんで、何の話をしていたんだっけか?」

「兼好も如月もどちらも応援するよって話」

「そうだった。じゃあ俺の方はお前が如月さんを応援するのを応援すりゃいいってことになるのか? ややこしいな。まあいいか。んで、この同盟による最初の作戦は何にするよ?」

「いきなりそんなこと言われても思いつくわけないじゃないか。そっちこそ何かやろうとしていることがあるから話をもちかけてきたんじゃないの?」

「……」

「おーい、恋愛ジャンキーなお姉さんと妹さんがいて頼りになる長月さーん?」

「会議は踊る。されど進まず……か」

 名言だとは思うけど今は世界史の復習時間ではない。

「まあ、非モテ男二人が頬寄せあってもこんなもんだよな~。この件は来週までの宿題だな。宿題!!」

 早くもグダグダになりそうな予感がぷんぷん漂う。

「はあ、了解。宿題ってことで」

「宿題なんて出てた?」

 いつの間にか戻ってきていた葉月が自分の席に座りながら話に尋ねてくる。まさかこの話を聞かれた?

「いやいやいや、今日宿題なんて出てないよな~ってコイツに確認していただけだよ。そんじゃ!」

 そう言いながらそそくさと自席へ戻る兼好。僕は心の中で先ほど賜った「ヘタレ」の称号を打ち返した。


 ふと視界に入った時計を見ると時刻は昼休み終了五分前。次の授業の準備をしようとかばんの中から教科書を取り出す。ちらちらと僕のその様子を見ていた葉月が少し間を置いて切り出してきた。

「師走君って、確か化学が得意だったよね?」

「ああ、それだけは割と自信あるな」

 葉月はどうも化学を苦手としているらしい。それでも平均よりは上をいっているらしいのだけど。

「もしよかったらだけど、今度の日曜、勉強会とかどうかな。その、何人か集めて」

 兼好が何も聞こえていない風を装いながらこちらに向けてこっそりと親指を立てているのが見えた。

「そりゃもう大歓迎だけど、突然どうした?」

「別に。ただ師走君と長月君が宿題がどうこうって話しているのを聞いて、たまには受験生どうし教えあってみるのも合理的だし気分転換にもなるかなって思っただけ」

「そりゃごもっとも。んじゃさ、二年生も交ぜていいかな? 一、二年生で習うところはあっちの方が習って日が経っていない分、覚えているところもあるだろうし」

 ちょっと苦しいだろうか。しかし、葉月はにっこり微笑んでこう答えた。

「いいんじゃない? 二年生というと……例えば如月さんとか?」


 昼休みの終了を告げる予鈴が鳴る。

 何でだろう? 今日は妙に女子の笑顔が恐ろしく思える日だ。


(続く)

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