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八月のバレンタイン  作者: koyak
「葉月」
3/30

03.学生の本分はXXです

「先輩先輩! 渡してくれましたか!?」


 講習が終わり、ちょいと小用を足しに廊下を歩いていると、待ちかねたように如月がひょっこりと現れて話しかけてきた。


「お、おう」

 結構話せるようになっていたはずなのに、一度意識すると途端に話しにくくなるのは何故だろう?

接点なんてあんまりない(何せ携帯の番号も知らない!)し、こうやってやり取りする機会も限られているのに。


 僕と如月は幼馴染みでも家がお隣どうしでも親同士が仲良しでも義理の兄妹でも前世で契りを交わしているわけでもない。

 強いて言うなら最も近いのは"部活仲間"。

ただし、"帰宅部"の、だけど。

 帰宅部というのは基本的には周囲から暇人だと思われている(実際にその通りなことも多い)。

 そのためか、帰りのホームルームや廊下、げた箱などで教師などと遭遇したときにちょくちょく雑用を頼まれてしまうことがある。

 図太い奴やしたたかな奴、バイトや家庭の事情などで本当に忙しい奴などは上手くこれらのトラップを回避するのだが、僕の場合は要領があまりいい方ではないのもあって逆に生徒会連中などにも顔を覚えられるくらいの常連と化していた。さすがに受験生様となった今では雑用が降ってくることは少なくなったけど。

 如月も似たようなパターンだったらしく、何度か手伝いで顔を合わせているうちにちょっとずつ話すようになって現在に至っている。


「お~い、せんぱ~い? 何遠い目をしてブツブツ言ってるんですか~?」

「うおっと、すまんすまん。……安心してくれ。如月から預かったものは確かに葉月に渡してきた。」

 嘘は言っていない。嘘は。

「先輩」

 突然ガシっと顔を両手で捕まれた。

「何か、目が泳いでいません?」

「そ、そんなことはないぞ?」

 近い近い近い!

「ふ~ん、まあいいです」

 解放された。今日は顔を洗わずに過ごすことをコッソリ決意してみる。

ちょっとだけ、自分が駄目な人間になった気がした。

「ところで、あのチョコっていつ作ったんだ?」

「そりゃ勿論昨日ですよ! 学校のある日は殆ど毎日作り直してました」

 ……つまり、日が経って痛んでいたとかじゃなく、純粋に不味かったってことか。如月節奈、恐ろしい子。

「ちなみにこれまでの渡せなかったチョコは全てお父さんが食べてくれました!」

 娘をもつって、その、大変ですね。

「それで一昨日、お父さんから『お前の愛は重すぎる』って泣きつかれちゃったんです。そのせいでお母さんに台所を使わせてもらえなくなっちゃって。だからあのチョコが今年最後……。また渡せずに持ち帰るなんてことがないように師走先輩にお願いしちゃいました! てへ☆」

 『てへ☆』じゃないよ! どんだけ父親を追いつめたんだよ!? でも可愛いな!くそう!!

「はあ……。如月が葉月に本気だってことはわかったよ。それでも、聞いていいか?」

「はい、何でしょう?」

「あいつのどんなとこがいいわけ? 分かっていると思うが、あいつは正真正銘の女だぞ。同性だぞ。実は最近流行の"男の娘"、なんてオチもないんだぞ」

 確かめたことはないけど。

「いや、むしろ男なんてありえませんし。あんな汗くさくて無駄にでかくて邪魔くさい肉の塊、同じ人間て認めるのも嫌なくらいです」

 サラリと言い切りやがった。目の前にいる僕も、一応性別は男なんだけど。

「それに引き替え葉月先輩は綺麗です! 格好いいです! "デキる女"って感じがします! 三年生の成績上位者にお名前が載っているのを何度か見かけましたし、それにそれに!見たことがありますか? 葉月先輩が陸上の大会で跳ぶ姿! 天使! マジ天使ですよ!! もう観るたびに惚れ直しちゃいます!」

 そういえば、三年の高体連が終わって既に引退しているけど、葉月は陸上部で走り高跳びの選手をやっていた。結局届かなかったが全国を狙えるレベルだったらしい、という話を聞いたことがある。

よくチェックしてるなこの子は。ストーカーにだけはならないでおくれよ?

「ああ、思い出すな~。そう、あれは去年の四月、わたしがまだ初々しい新入生だった頃……」

 語り続ける如月。どうも妙なスイッチを入れてしまったらしい。

折角だから夢見るように語る、その横顔に見とれてしまおうか。

それとも葉月に醜く嫉妬してしまおうか。

どっちにしようかな。前者の方が、なんぼか前向きかな!

「先輩、そんなじっと見ないで下さい。怖いです」

「葉月に関しては鬱陶しいくらいに乙女なのに、僕に対しては結構、鬼だよね? 如月……」

 これで自分がマゾだったら、どれだけ救われることだろうか。

立ちはだかる障害の高さに、軽く目眩を感じた。

このバーは僕が跳び越えるには少々高すぎるのかもしれない。


 夜。草木も眠る丑三つ刻……にはまだちょっと早い時間。

 とてもとても真面目な受験生である僕は帰宅してからも勉学に勤しんでいた。

やることにした科目は数学Bの複素数。高校二年で習う内容だけどなかなか侮れない。曲線を書いたり補助線を引いたりしつつ、問題集を解いていく。……はずだったのだけど、気づくとノートには「自分」→「如月」→「葉月」= orz、などという落書きでいっぱいになっていた。

「葉月、か……」

 "ライバル?"と、落書きに注釈を追加してみる。


「駄目だ~、全然集中できね~」

 ぐでっとダらけていると、不意に携帯の呼び出し音がなった。

画面に表示されている名前は「長月 兼好(ながつき かねよし)」。

 珍しいな。こんな時間に。

「はい、もしもし」

『おう。遅くに悪ぃな。受験勉強はかどってるか~? ……なんて前置きは置いといて、だ。聞いたぜ?』

「聞いたって、何をさ?」

『とぼけんなって~。お前が葉月に告白したって話だよ!』


 ……へ?


(第2章『長月』に続く)

ここまでご覧いただき、有難うございます。


八月の話はひとまずここまで。

次は夏休み明け、九月の話になります。


引き続きどうかお付き合いいただけたらと思います。

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