29.心配ないから
「やあ、遅れて悪い。駐車場を探すのに手間取ってしまったよ」
「お前、免許もってるのか!?」
「18歳になってからすぐとったんだ。これがあると何かと便利だからね」
人が受験勉強とかその他諸々でひぃひぃ言ってた時に、こいつは全く。
神無月が合流し、全員揃ったところで目的地まで移動する。
「んで、ここ、か」
「こんな所に教会なんてあったのね」
それは学生御用達な店なんかが多く立ち並ぶ区域の一角にひょっこりと建っていた。人通りは割と多い所なのに、妙に目立たない。三角屋根の上に十字架。正面の中央と側面にはずらりとステンドグラスの窓。作りは一般的な教会のそれのようだ。
「見取り図によると裏口がこっちの方に……お、あった」
「ここまで来て言うのもなんだけど、これ、不法侵入になるんじゃないの?」
「大丈夫大丈夫。その辺は気にしないでもいいよ」
「神無月は何でそんなに自信ありげなのよ?」
「いやしかし、こういうの、何だかワクワクするな~。女君の所に通う光源氏になった気分だぜ」
「いや、今午前だし。お前は誰といい仲になるつもりだよ?」
「長月先輩、セクハラですよ?」
「ひ、ひでぇ」
などと緊張感に欠けるやり取りをしつつ、指定された場所にたどり着いた。
「んで、手紙に書いてあったアドレスに繋ぐ、と」
スマフォのブラウザをたちあげてアドレスを入力すると、ν-Streamという生配信サイトに繋がった。映っている映像は、
「もしかしてこれ、この教会の聖堂?」
祭壇の上には牧師らしき人が聖書のような本を手に立っている。壇の前に並ぶ席の右側先頭には、背筋の伸びた、髪に白いものが少しだけ混じっている精悍な顔立ちのおっさんが座っている。あれが多分、如月の父親。如月や睦月の姿はこの映像からは見えない。
「あ、誰か入ってきた」
扉から簡素なウエディングドレスを身にまとった女性が、バージンロードを歩いてやってくる。エスコートする父親や先導する幼子はいない。離婚からの再婚となると色々と事情があるのだろう。牧師の他は二人だけの、結婚式。
牧師の言葉だけが響く中粛々と式は進み、やがて指輪の交換となる。
その時、扉に人影が見えたかと思うと、画面の中が突如煙らしきもので覆われ、何も見えなくなる。同時に携帯電話がメールを着信してブルブルと震えた。
『お前の大切な人の手をとれ』
「師走君!?」
とっさに身体が動き出していた。見取り図を頭の中に浮かべ、聖堂への道を進む。あった! この扉を開ければ、聖堂の脇に出るはず。
「げほっげほっ」
中に入った瞬間、思わず咳こんでしまった。煙は変わらず聖堂内の視界を埋め尽くしている。視界の端にチラッと光が見えた。脇目もふらずにその光に向かって突進する。あの人影は多分、如月。何をするつもりか知らないけどとにかく止めなくちゃ。光が見えた所まで辿り着くと、無我夢中でそこにあった腕を掴んだ。
「……ん?」
何だか、妙に、固くて、ゴツいような。
如月って意外と……筋肉質?
「なわけねーだろ。この馬鹿。離しやがれ気色悪い!」
腕を振り払われたかと思うと、捻りの入った拳で殴りとばされた。
「む、睦月!?」
「"さん"をつけろよ、このクソガキ。ったく、こんな携帯のライトに反応してんじゃねえよ。虫か!? てめーは! あ~、直前にメール書いたのは失敗だったな」
「……書いた?」
「あ」
睦月の顔が気まずげにひきつる。
「もしかして、メールとか色々送ってきたのは、あんたなのか?」
「……文句あるか?」
開き直ったかのように、腕を組んでふんぞり返る睦月。
「何のために?」
「そりゃあ、よ」
煙に反応したのか、スプリンクラーがその場に雨を降らせ始めた。
すっと睦月が指さした先も、そのせいでうっすらと煙がはれてくる。そこには、対峙する如月と葉月の姿があった。
「ああいうカッコいい、空気の読める勇者に節奈を止めてもらうためさ」
「……師走君の後を追いかけてみたら、何か面白そうなことをしているわね、如月」
「葉月先輩、そこをどいてくれませんか?」
「色々と複雑な事情を抱えているのは聞いてるけどさ、こんな子供じみた真似をしたって何の解決にもならないよ?」
「どいてくれないなら、力づくで押し通ります」
「話が通じないわね。やれるものなら、やってみれば?」
如月は数歩、後ろに下がり、右前方に葉月を見据える位置に立った。後退? 葉月に気圧された? いや、これは違う。
「できるの? 如月。私がダメにした、その脚で」
「できます」
タッタッタッ、リズムよく弧を描きながら如月は葉月に向かって走り出す。葉月の目の前で右脚を高く跳ね上げ、勢いよく左足で踏み切った。葉月はピクりとも動かない。一瞬でも見逃すまいと言わんばかりに如月の動きを見据え続ける。
単に葉月をかわして奥へと進もうとするだけなら、こんなある意味シュールな手段をとらなくても、他にいくらでも方法はあっただろう。だが如月は陸上部の元後輩として、多分あえてこのやり方を選んだ。
「ベリーロール……っ!」
葉月の身長は160cmくらい。その頭上を腹ばいのような姿勢で跳びこえる。右足の着地と同時に転々と転がって勢いを殺すと、如月は葉月の背後に背を向けて立ち上がった。
「脚はもう大丈夫って言ったでしょ? 葉月先輩」
「……相変わらずベリーロールを使うのね」
「いや~、背面飛びをこんな所でやったら首の骨折れちゃいますって」
「それもそうね」
どちらからともなくクスクスと笑い出す。
「はいはい、私の負けよ。好きにしなさいな」
「ありがとうございます、葉月先輩」
如月は台の上に置かれた婚約指輪に手を伸ばす。ああ、それを奪ってしまうのが如月の目的ってことか。しかし、その腕を力強く握り、阻止する人物が壇上には控えていた。
「全く、何をやっているんだ。この馬鹿娘は」
次第に煙がはれていく。ため息と共に姿を現したのは、如月の父親だった。
「やれやれ、折角あの役割をてめーにやらせてやろうと思っていたのに。師走、お前もうちょっと空気読めるようになれよ」
睦月が肩をすくめる。余計なお世話だ。
「お父さん……」
「こんな阿呆な真似をして、何をやりたいのか知らんが、若いお前たちに教えてやろう」
如月の父親はそう言うと、背後に隠れていた新しい相方、睦月の母親に、むっちゅうううううううっという擬音が聞こえてきそうな勢いでキスをし、ゆっくりと左手の薬指に指輪をはめる。したり顔でこちらを振り返り、こう言い放った。
「必ず最後に、愛は勝つ。どのみちもう籍はいれてある。指輪を奪おうと無駄なことだ。そうだ、丁度いい。この式は"人前式"ということにして、お前たちに私たちの愛を誓うことにしよう」
色々な意味で脱力したらしい。如月はガクリと膝をついた。
勝負あり、ということになるのだろうか。
……で、後先考えずに出てきてしまったけど、どうしよう? この状況。
頭を抱えていると、ドタドタと兼好が駆け込んできた。
「おい! やべえぞ! 煙のせいで警報が流れたらしくて、消防車とか警備会社とかがこっちに向かってるって霜月さんから連絡がきた! 面倒なことになる前にずらかろうぜ!」
ぶち壊しにされた結婚式の現場に居合わせているのだ。怒られるだけでは済まないだろう。下手したら合格取消とかになってしまったりして。もたもたしている暇はなさそうだ。
「如月も! 行こう!」
まだ父親に何か言いたそうにしている如月の手をとっさに掴み、先を走る兼好と葉月の後を追った。
裏口を経て路上に出る。しかし、丁度そこで警官とはち合わせしてしまった。
背後の出口からはまだ僅かに残る煙の筋。スプリンクラーの放水をかぶってずぶ濡れな僕ら。怪しさ百点満点。
「煙……!? それにその格好。君たち、中で一体何をやっていたんだ?」
訝しげに警官が詰め寄ってくる。な、何て言い訳しよう。
観念しようとしたその時、急ブレーキの音と共に一台の自動車が走り込んできた。僕たちのすぐ側に急停車する。
「……神無月先輩、協力してくれるってこういう形でだったんですね」
如月の呟きと同時に助手席から顔を出した霜月さんが叫ぶ。
「皆さん、乗って下さい!」
弾かれたように葉月、兼好が後部座席に乗り込む。
さて問題です。
サイズは一般的な乗用車。運転席、助手席はもちろん後部座席にも既に二人乗っています。めいいっぱい詰め込んだとして、後何人乗ることができるでしょう?
答え。あと一人。
「先輩。わたしは犯人ですからここに残ります。乗って下さい」
「……」
僕は無言で如月を残り一席に押し込んだ。これまた強引に外からドアを閉め、運転席の神無月に叫ぶ。
「行け!」
頷くと同時に神無月はアクセルを踏み込んで車を急発進させた。残された僕は、今度こそ腹をくくる。
「阿呆。変なところで空気読んでカッコつけてんじゃねー! てめえも逃げるんだよ。さっさと乗れ!」
「睦月!?」
「だから"さん"をつけろっての。行くぞ!」
訳がわからないまま後部座席に跨る。甲高い音をたててこちらも急発進。
「こら! 君たち! 待ちなさい!」
止まれと叫ぶ大人たちの声を背に、僕たちは一目散にとんずらをかました。
「やれやれ、本当なら最後に節奈とランデブーきめて締めるつもりだったのによ。野郎を乗せることになるなんてガッカリだぜ」
「男のツンデレは気色悪いんスけど。あとランデブーって死語じゃ?」
「……黙れクソガキ。舌かむぞ」
隣町との境目を越えるあたりまでたどり着くと、睦月はバイクを停め、僕を降ろした。
「この辺まで来りゃ、もう大丈夫だろ」
逃げた方が問題が大きくなっているような気もしたが、今更なので黙っておく。
「……一つ聞いていいスか?」
「何だよ?」
「僕にはあんたの方が結婚には反対だったように見えてたんだけど、どういう風の吹き回し? てっきりあんたが如月を炊きつけたんじゃないかとばかり」
睦月はやれやれ、といった仕草で肩をすくめてから、こう答えた。
「どんなことにせよ、自分の中に重たいもん溜めこむのって、よくねーだろ? ……あいつ、意外とそういうの表に出さねータイプだから。どこかで発散させて、適当なところで止めてやろうって思ったんだよ。んで、何とな~く、本当に何とな~く、お前らも巻き込んでやろうって気になって、神無月に頼んで煽ってもらったってわけだ。アイツも、俺の家庭教師の教え子なんだよ」
……呆れた。
「あんた、やっぱり"お兄ちゃん"だよ。……とびっきりの、シスコン野郎だ」
「……黙れクソガキ」
睦月はこちらを振り返らずにそう吐き捨てると、再びエンジンをふかし、たっぷりと排気ガスをぶっかけて走り去っていった。
(続く)
ここまでご覧いただき、ありがとうございます!
長々と荒唐無稽な展開にしてしまい、お恥ずかしい限り。
そんな恥ずかしいこの話も次あたりでラストの予定です。
どうか、どうか、どうか最後までお付き合い下さいませm(_ _)m