26.一年で最も男がお菓子を買い難くなる日
「やあ、地元受験組」
「おはよう、地元受験組」
二月十四日。世の中ではバレンタインデーなるイベントでわきたっている、らしい。
でもそんなの関係ねえ。
僕たちは、受験生なのだ。
今日は地元大学の二次試験の日。同じところを受ける兼好と入口で顔を合わせた。
「やっぱ地元受験だと結構見覚えのある奴とかいるな」
「そうだな~。そういや、神無月とか葉月はどこ受けるんだっけ?」
「葉月はT大、神無月は進学しねーとか言ってたな」
「どっちも俺らには厳しいな」
「厳しいな。まあ、とりあえず目の前の試験を頑張るべ」
「頑張るべ」
兼好は文学部。僕は応用化学部を受験する。途中で別れてそれぞれの受験票に書かれている部屋へと向かった。
張りつめた空気が教室を支配している。その緊張感はセンター試験のとき以上だ。浪人生なのだろうか、明らかに年齢が上と思われる奴らの姿も見える。一歩間違えれば僕もそうなるわけで。いや、もしかしたらうちの親は浪人なんて許してくれないかも。そうなったら神無月や『コロポックル』の人たちに相談しなきゃ。
そこまで考えた時点でブンブンと首をふる。いかんいかん。受ける前から落ちたときのことを想像してどうする。今日は知っている奴が試験官の中に混じっていないことだし、集中集中。
「……あの~。早く問題文まわしてほしいんですけど」
「あ! す、すいません!」
前の席の人が困り顔でこちらを見ている。ちょっと集中し過ぎたようだ。慌てて問題文と解答用紙をまわす。
「始めて下さい」
試験官の合図で、一斉に問題を解き始める。さすが二次試験は応用的な問題が多い。頭が真っ白、にはなっていないが加熱していくのがわかる。「トラ○ザム!」とか「卍○!」とか叫びたい衝動をこらえつつ、三年間の勉強の成果なるものをぶつけていった。
「お疲れ~。どうだったよ?」
「まあ、ぼちぼちでんなって感じだな。源氏物語が問題に使われていれば、古文は満点狙えたんだけどな~。くそう」
「そっか。こっちも似たようなもん」
「お互い後期試験で顔を合わすことがないよう祈りたいもんだ」
「不吉なことを言うなっての。兼好はまだ滑り止めがあるんだっけ?」
「まあな。お前は国立専願か。勇気あんな」
「何校も受験するほど根性もお金もないだけだよ。ま、頑張ってくれや」
「おう。そんじゃな」
兼好と別れてフラフラと家路につく。その途中、ここ最近妙にご縁のある本屋からユラりと人影が現れ、声をかけてきた。あれ? 前にも似たようなことがあったような。
「先輩」
うん。何というか君ら、血はつながっていないかもしれないけど、やっぱ兄妹だよ。なんて言ったら睦月は怒るだろうか?
声の主、如月は、やけに落ち着いた様子で肩にかけていた鞄から赤いリボン付きでラッピングされた包みを取り出した。
「先輩、試験お疲れさまです。これ、チョコです。どうか受け取って下さい」
「……」
「あ、ちなみに市販です」
それは良かった。
「……んで、そちらの要求は?」
如月は驚いたように目を丸くする。
「まだ何も言っていないのに。先輩はエスパーですか?」
如月の様子はどうフィルターを曇らせても「わたし、先輩のことが好きです☆」なんて言い出すようなアマい雰囲気ではなかった。そのくらいは恋するオトコノコといえども、わかる。……自分で言っててちょっと恥ずかしい。
「え~と、折り入って相談があるのです」
「まあ、こちらは前期試験も終わったし。聞ける範囲で聞くよ」
「ありがとうございます。実は、ホワイトデーに行われる予定の、とある結婚式をぶっ壊しちゃいたいと思ってまして」
僕は異性に無茶ぶりを要求される星の下にでも生まれているのだろうか。
「どうか手伝ってくれませんか? 先輩」
(次章「弥生」に続く)
ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
タイトルに"バレンタインデー"と付けているくせに思いっきりアッサリ片付けてしまいました。ま、まあ"二月の"じゃないので、いいですよね?(懇願)
二月の話はここまで(たった二話だけになってしまいましたが……)。
次は三月。今度こそ、今度こそラストの月です。