25.俺も心に少女を飼いたい
「どうか受かりますように」
願書が入った封筒をポストに投函しようとして、誰かの手とぶつかった。僕が持っているのと同じような封筒。
「あ、すいません。お先にどうぞ」
「こちらこそ、ごめんなさい。そちらこそお先にどうぞ」
などと日本人的譲り合いが始まろうとしていたその時、その相手と目があった。
「師走君……」
「は、葉月……」
き、気まずい。かといって思いっきり目が合った以上、逃げることもできない。
とりあえず、挨拶してみる。
「もう二月だけど、あ、明けましておめでとう」
そう。年が明けてから、葉月と会話をするのはこれが初めてなのだ。
葉月は軽く頭痛をこらえるように、こめかみに指をあて、ため息とともに返してきた。
「明けましておめでとう。今年もよろしくって言ってもいいかどうか自信ないけど。ところで、それ……」
そう言って葉月は僕の首元を指さした。
「何だかんだ言って、あのコとは仲良くしているみたいね。如月からもらったんでしょ? それ」
「ご、ご名答」
「ふーん。まあ、受験生が風邪とかひいたらシャレにならないものね」
「な、何か勉強会の時も思ったんだけどさ、葉月って如月が絡むとちょっとキツくないか? 前からの知り合いっぽいのは分かるけど、何かあったのか?」
「女に過去を尋ねるなんて、師走君は意外といい趣味してるよね」
「う! 差し支えがあるのなら別に話してくれなくてもいいけど」
「まあ、聞かれたことがないから話したことがないだけだから別に問題ないんだけどね」
そう言って葉月は、二人の中学時代のことを話し始めた。
「あのコと私は、中学の頃、同じ陸上部だったの。どちらも走り高跳び。今でも覚えてる。初めて跳ぶ姿を見たときのあの驚きを。如月なら、全国を狙えるって思った。
顧問の先生は放任主義なのか単にやる気がないだけなのかよくわからないけど、大会の時以外はあんまり顔を出さなくてね。練習メニューは自分たちで組んでいたの。まだ一年生で経験の浅かった如月の分のメニューは、私が作った」
「先輩っていっても葉月だってその時は中二だったわけだよな。自分でメニュー作るってすげーな」
「全然よ。今も昔も」
再びため息。葉月は続ける。
「鍛えれば鍛えた分だけ伸びる。そう考えた私は、如月に対して厳しすぎる練習を要求してしまった。小学校を出たばかりの、まだ身体もできあがりきっていない年頃だったのに。逃げるなりサボるなり文句を言うなりしてくれればまだ良かったんだけど、あのコ、結構根性があって練習についてきてしまったの」
こ、根性スか。
「如月は一年の夏にいきなり県大会の決勝まで進んだ。秋の新人戦でも好成績を残し、二年になったら全国進出は確実だとみんな思っていたわ。でも、その夏に、如月の足は限界を迎えた」
そう言って葉月は空を見上げた。
「そう、私が、私が如月から翼を奪ってしまったんだわ」
言ってから急に冷静になってしまったのか、葉月は自分の台詞のクサさに顔をしかめた。
(続く)
ここまでご覧いただき、ありがとうございます!
サブタイトルは「武士道エイティーン」(文庫版)という小説の巻末に付いている解説で、有川浩という作家さんが作者を評した一言「誉田哲也は心に少女を飼っている」からとりました。
オンナゴコロなるものがサッパリわからん主人公と私自身の心の叫びとして(^^;
でもこうして文字にすると、かなり変態っぽいですね!