22.天気晴朗ナレドモ浪高シ
「お雑煮、できたわよ。持っていって」
「うーい。……なあ、母さん」
「何? 改まって」
「父さんのこと、好きか?」
ヒュッという風切り音とともに、おたまが鼻先をかすめていった。思わず鼻をおさえる。よかった。ついてる。
「まったくもう、何恥ずかしいこと言ってんの!? バカなこと言ってないでさっさと食べて勉強でもしなさい!」
うん。うちは大丈夫そうだ。赤くなった母親の顔を眺めつつ、そう思った。
雑煮やおせちを平らげ、番茶をすすりつつテレビで実業団駅伝を観ていると、携帯がメールの着信を伝えてきた。 差出人は兼好。
『初詣行こうぜ』
「明けましておめでとうございます~。先輩がた」
「出たなリア充ども」
「はっはっは、そんな時代劇の悪役を見るような目で見ないでおくれよ」
途中で待ち合わせをして神社へと徒歩で向かう。
バスなどを使おうものなら、渋滞で余計に時間がかかるからだ。
メンバーは、言い出しっぺの兼好、神無月、霜月さん。
「葉月には、断られちまった。残念だ……。全くもって、残念だ」
兼好は本当に残念そうにつぶやいた。
「如月さんにも連絡してみたんですけど、すぐ留守番電話になっちゃうんですよね~」
霜月さんはやれやれといった様子でつぶやいた。
鳥居をくぐり、石畳の上を歩く。門をくぐると、社殿の前の広場にたどりついた。中央には賽銭箱が置かれ、周囲を白い布で大きく囲っている。賽銭箱だけでは正月の参拝客を処理しきれないため、この白い布で囲われた領域に賽銭が届けばOKという、親切だがちょっと風情に欠ける仕様となっている。広場の脇には社務所があり、そこで破魔矢やおみくじが販売されているようだ。
ベタだけど、僕は五円玉を放り込んだ。五円玉は弧を描き、丁度賽銭箱に命中する。
どうか志望校に合格できますように。
そんな多くの受験生と同じようなことを念じつつ、柏手を打った。
それと、如月と……。
(気の早いことにな、節奈の親父、春にも再婚するらしいぜ。お相手は、俺のお袋)
いや、如月のうちが、家庭円満でありますように。
何かちょっと違うか?
「コラ、いつまでお祈りしてんだよ?」
後頭部をひっぱたかれる。振り返ると、そこにはあきれ顔の兼好がいた。
「お前、終業式あたりから何か様子がおかしいぞ。その、葉月と、何かあったのか?」
ええまあ、色々と。葉月とも、如月とも。ついでに睦月とかいうムカつく奴とも。
……なんてことを考えていたら、当の本人の姿を人ごみの向こうに見つけてしまった。睦月だ。一人、なのだろうか? 何やら異様に気合いが入った様子で何かを祈っている。ほんの僅かにあった、声をかけてみるかという気持ちが吹き飛んだ。怖いから、何も見なかったことにしよう。
「ほら、またボーっとしてやがる」
「ああ、すまん。そっちこそ、あの告白してきた後輩とやらと、あれ以来どうなったんだよ?」
「ああ、すっぱりと、お断りさせてもらった。フッ、俺は葉月一筋だからな。べ、別にやっぱちょっと惜しかったかななんて思っていないからな! 勘違いするなよ!」
お前、正直な奴だよな。
「でもそのせいか次の日、妹に絞め殺されそうになったわ……。そういえば姉貴も何か機嫌が悪かったな。全く、俺にあたるのは勘弁してほしいぜ」
何かを思い出したのか、げんなりした様子で肩を落とす兼好。
よし、どうにか話をそらせたようだ。
神無月たちとも再び合流する。
「君たちは何をお祈りしたんだい? 僕"たち"は」
いや、お前らは言わんでいい。何となく想像つくから。
こうして僕の新年は、一応は平和に平和に幕を開けた。
だけど、面している問題は何一つ無くなってはいない。
(でもまあ、それはそれとして、とりあえずはセンター試験を頑張らなきゃな)
受験を現実逃避に使うのは、いかがなものかと自分でも思うけど。
(続く)