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八月のバレンタイン  作者: koyak
「師走」
21/30

21.泣きっ面に蜂、蛇、蠍

長いです。これまでの話の2~3話分に相当する長さ。ご容赦下さい。

「んじゃ、僕が学校近くの公園に葉月を何とかして連れ出すから、そこでGO! だ」

 校内や学校の敷地内は同じことをやろうとしている奴らが沢山いそうだからな。

「後はちょっと早いけど、クリスマスプレゼントとかもあるといいな」

「あ、すいません。わたし、プレゼントとか用意していなくて」

「大丈夫だ」

「え?」

「それは僕が準備する。アテはあるんだ」

「あはは、何か至れり尽くせりですね。本当に、ありがとうございます」

 ペコリと如月は頭を下げる。

「気にしないでくれよ。その後は、まあ、頑張れ」

「了解です! わたしは約束の時間にあの公園で先輩たちを待っています」

 そう言って如月は頷いた。



「お~い、歩、そろそろ移動みたいだぞ」

 兼好に呼びかけられ、回想を中断する。

「おっと、ボーっとしてたわ。そんじゃ行くか~」

 終業式は体育館で全校生徒を集めて行われる。他のクラスメートたちも席を立って移動を始めていた。


 終業式ではお決まりの教頭や校長の挨拶、生徒指導担当教員からの諸注意が行われ、その後に部活動などで優秀な成績をとった生徒たちが校長から表彰されている。

 壇上にあがった生徒たちの中には、陸上の走り高跳びで全国には届かなかったものの、県大会で入賞を果たした葉月の姿もあった。

 そんな中、こっそりと携帯電話を確認する。如月からの返信は、まだない。どこかのタイミングで葉月に渡すプレゼントを手渡すことになっているのだけど。

 本当は昨日のうちに渡しておくつもりだったが、何故か如月からは当日にお願いしますと言われていた。


 如月からの連絡がないまま、終業式が終わり教室に戻ってきた。後は二学期の成績表の返却が終わればもう帰宅時間だ。葉月に声をかけられるのは担任が来るのを待つこの時間しかない。プレゼントの件は最悪諦めることにし、葉月を連れ出すことを優先することに決めた。

 相変わらずクールな様子の葉月に話しかける。

「なあ、葉月。ちょっといいか?」

「は、はいっ! な、何?」

 訂正。全然クールじゃなかった。どうしたんだ?

「え~と、その、放課後、空いてる?」

「う、うん! もう受験勉強くらいしかすることないしね」

「そ、そうか。それじゃあ」

 待ち合わせたい場所と時間を僕は葉月に伝えた。

「わかった。それじゃあ、その時間に、公園で」

 直後、担任がガラリと教室のドアを開けて入ってきた。

「うお~い、全員いるか~? 成績表を返すぞ~!」


「うお~し、今日はここまで。お前ら、受験だからって引きこもり過ぎるなよ。たまには外の空気も吸ってリフレッシュしとけよ~」

 う~い、と各々適当に返し、解散となった。慌ただしく帰ろうとする奴、顔を赤くしながら声をかけている奴、色々だ。

 葉月は既に出たのだろうか。教室にはもういない。約束の時間までまだ余裕がある。如月のいる教室をのぞいていこう。

 しかし、教室を出ようとしたところで兼好に呼び止められた。

「聞こえてたぜ。お前、葉月と会う約束をしたのか」

「……うん」

 兼好はしばらく僕の目をじっと見つめた後、盛大にため息をついた。

「はあ。ここで邪魔するのも野暮だわな。しょうがねえ。同盟は決れ」

 兼好が言い終わる前に、突撃してきた二年生らしき子が兼好の腕を掴んでいた。

「長月先輩! お話があります! ちょっといいですか?」

「え? いや、俺はこいつと話が。ちょ、おい、待て! 引っ張るな!」

 疾風のような勢いで拉致されていく兼好を、僕は他人のふりをしつつ見送った。

 なんか見覚えがあるなと思った。確か後夜祭で兼好に踊りのお誘いをかけていた子だ。

 なんというかまあ、そっちも色々頑張れ。


 気を取り直して二年生の教室が並ぶ階へと向かう。

「き、如月さんですか? あのコならもう帰ったみたいですけど」

 突然尋ねてきた三年生にビクビクしながらも、如月のクラスメートはそう教えてくれた。


 おいおい、どういうことだよ。

 いつの間にか約束の時間が迫っている。もう公園に向かうしかない。

 色々と滅茶苦茶になりつつある予感に怯えつつ、それでも僕には如月を信じるしか選択肢がなかった。


 公園に着くと、葉月がポツンと一人で立っているのが見えた。その様子は何だかそわそわしていて、いつもの「クールな」とか「凛とした」というイメージとは随分かけ離れた、何だか心細げなように見えた。

 当初の予定ではこの場面で如月と葉月を対面させるつもりだった。しかし、約束の時間になっても如月は現れない。

 すっぽかされた? 忘れてる? いや、何かトラブルがあって遅れているだけかもしれない。どちらにしろ、これ以上は葉月を放っておけない。何の代案もないまま、僕は公園に足を踏み入れた。


「声かけといてごめん。遅くなった」

「べ、別に対して待ってはいないわ」

「……」

「……」

 情けないことに、このごに及んでも僕はまだ如月が来るまで時間稼ぎをするべきか、来ないものとして誤魔化すか決めかねていた。そのどちらにしても、目の前の葉月に対してはどうしようもなく失礼である、ということにも気づかずに。

 何も言えないままでいると、葉月の方からおずおずと切り出してきた。

「それで、師走君の用って、もしかして夏期講習の時に言ってた『渡したいもの』と関係あったりするのかな」

「覚えていたのか」

「そりゃあ、ね」

 そう言って葉月はじっと僕の目を見つめた。

 言い訳のしようもないくらいに最低だと思うけど、何だかこのまま僕から、ということでプレゼントを渡してしまうのが自然な流れのような気がしてくる。そうしたら、どいうことになるんだろう?


 だけど、


「これ、如月から預かってたんだ。クリスマスプレゼントだってさ」

 僕は頭が固い奴なのかもしれない。


 葉月は目を軽く開き、今聞いたことが信じられないという様子で尋ねてくる。

「じゃあ、あの夏期講習の時にくれた、あのチョコも?」

「いや、あれは……」

「あっちも、如月さんが作ったものだったんでしょうね。あのコ、昔から不器用だったから。ねえ、ここで開けてみてもいい?」

 僕が頷くと、葉月は袋を開け、中から一粒のマカロンを取り出した。

「綺麗な、形」

 そう呟いて葉月はそれを口に入れ、パリポリとかんで、飲み込んだ。徐々に顔色が変わっていく。


「これ、あのコが作ったっていうのは、嘘、だよね? 師走君、だよね?」


 疑問形だけどほぼ断定。その声は心なしか震えていた。


「え、いや、違!」

「学校祭の時、わたしがどれだけ師走君が作ったものを試食したと思ってるの?」

 しどろもどろに返そうとする僕に、ピシャリと葉月はかぶせてくる。

「師走君が作ったものを、わざわざ節奈が作ったことにしてわたしにプレゼントするって、何?」

 葉月は両手で僕の胸ぐらを掴み引き寄せる。

「昨日、節奈から、わたしが師走君のことどう想っているか聞かれたんだけど、それも何か関係あったりするのかな?」

 如月が? 昨日? 初耳だ。自分がいかにマヌケで、取り返しのつかないことをしているかようやく自覚する。こんな言葉を葉月は求めちゃいないのはわかっていても、僕にはこう言うことしかできなかった。


「……ごめん」

 その瞬間、思い切りを頬をひっぱたかれた。


「馬鹿に、しないでよ……!」


 もう片方の手を離すと、葉月はそのまま走り去っていった。


 僕は追いかけることも、声を投げかけることもできず、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 兼好の言った通りだ。僕は、馬鹿だ。



「……あそこで僕からって言って渡しておけば、そこから流れで彼女ゲットできたかもしれないのに。何やってるんですか、先輩」


 どこで見ていたのか、僕と同じくらい馬鹿かもしれない女の子が姿を現した。


「僕には、如月が何を考えているのかわからない」

「そんな、ただ、先輩と葉月先輩がくっついたら、きっとお似合いだな~って、思ったんです。葉月先輩も先輩のこと、好きみたいでしたし」


 先ほどの葉月と同様、今度は僕が震える声で如月に尋ねる。

「如月は? 如月は葉月のことがその、好き、なんじゃないのか?」

「あはは、まあ、好きなんですけど。……わたしは、いいんです。仮に何もかも上手くいって、お付き合いできたとしても、きっと、浮気したりされたりしちゃうだろうから」

 浮気? その単語に違和感を感じつつも、僕は更に聞かずにはいられなかった。

「それじゃ、この間の僕の申し出にやたら乗り気だったのは、何だったんだ?」

「それは、先輩の作戦を逆手にとれば、先輩と葉月先輩を近づけるチャンスかな、と思ったからです」

 なんだ、そりゃ。

「それも全部裏目に出てしまったわけですが。本当に、ごめんなさい」

 そう言って如月は深々と頭を下げた。

「これ、そのお詫び代わりに」

 そう言って如月は、するりと僕の首に何かを巻き付けた。


 マフラー。ちょっとボロボロの。


(あのコ、昔から不器用だったから)

 

 葉月の言葉を思い出す。


「本当は、葉月先輩に渡すつもりでずっと縫っていたものなんですけどね。もう、わたしには必要ないものなので。よかったら、もらってやって下さい」


 そう言って、如月もまた、葉月と同じように走り去っていった。

 あいつの走り方、何か葉月と似てるな、などと至極どうでもいいことを考えながら、またもその後ろ姿を見送ってしまった。


 ぺちゃ。

 唐突に頭の上に何かが落ちてきた感触。それはすぐに肩や手、そして地面に降り注ぎ始める。

 雪? いや、みぞれ、か。

 

 グチャグチャだ。何かもう、色々とグチャグチャだ。


 絶望的な気分で、フラフラと自分も公園を出る。

 その時、携帯がメールを着信してぶるぶると震えた。


『後輩から告白されちまった! どうしよう!?』


 兼好から。そりゃまた、おめでとうございます。

 何故か微妙に癒されてしまったが返信する気も起きず、そのまま重い足取りで家路につくことにした。


 しかし、以前に参考書を買いに行った本屋の前に差し掛かったあたりで、会いたくない奴に声をかけられてしまう。

 まだか。まだ何か、あるのか。


「よう、探したぜ。……って、何か死にそうになってんな。大丈夫か?」

「アンタには関係ないでしょ。何か用ですか? 睦月サン」

「随分と嫌われたもんだな。俺もお前にこんなこと聞きたくないんだが、もし知っていたら教えてくれ。節奈に何か、変わった様子はなかったか?」

 あり過ぎて語りきれません。

「特には。何かそういうことを心配したくなるようなことでもあったんですか?」

 睦月は少し迷う素振りを見せたが、話すことに決めたらしく、口を開いた。

「お前、父さん母さんは仲良しか?」

「普通、だと思いますけど。それと如月と何か関係が?」

「そっか。親が仲良しなのはいいことだよな。あいつの両親なんて、離婚しちまったからな。今週のあたまに」

 今週のあたまというと、僕が如月に葉月との仲をとりもつ提案をした頃だ。

「そんで、親父の方は気の早いことに、来春再婚予定ときたもんだ。相手が誰か、知ってるか?」

「知るわけないでしょ。有名人か誰かですか?」


「俺のお袋」

「……え?」


「これで俺と節奈は、文字通りの義兄(あに)義妹(いもうと)ってわけさ。ははっ」


 べちゃべちゃと降りしきるみぞれの中、睦月の乾いた笑いが妙にクリアな形で、耳に届いた。


(次章「睦月」に続く)

ここまでご覧いただき、ありがとうございます。


ちょっとゴチャゴチャ詰め込み過ぎたかもしれませんが、どうかご勘弁を。

次は一月の話になります。


それでは。よいお年を~。

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