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八月のバレンタイン  作者: koyak
「霜月」
14/30

14.やっていい事と悪い事

「うふふ、こういうのって"密会"って感じでちょっとドキドキしますね」

「はいはい。さっさと本題いこうぜ」


 日曜の夕方。僕と霜月さんは繁華街の片隅で待ち合わせをしていた。

 

「何でこんなところで待ち合わせるのかよくわからないけど、お手伝いの話なんだろ?」

「さすがです。話が早くて助かります~」

「んで、何をすればいい? 三年生分の支持を集めろ、とか言われても僕じゃ荷が重いぞ? せいぜいポスター貼ったりとかの下働きが精一杯だ」

「ふふ、ご安心下さい。師走先輩にそんなカリスマ性と労働力は期待はしていませんよ~」

 それはそれで傷つくものがある。

「先輩にお願いしたいのはこれです」

 そう言って霜月さんは僕にデジカメを手渡した。

「今から十分ほど後にこの通りをとある二人組が通ります。先輩にはその二人の"決定的場面"を写していただきたいのです」

「"決定的場面"?」

「見ていれば多分わかります。では、学生が長居していい所ではないのでそろそろ失礼しますね」

 いや、僕も学生なんだけど。


 霜月さんが言ったとおり、十分ほど後にその二人は現れた。

 一人は……以前、生徒会の手伝いをしていた時に見かけたことがあるような。……そうだ。一年生のどこかのクラスの学級委員長。確か樫夢かしゆめという名前だったと思う。大きな校内イベントでは学年代表とかも務めていたはず。眼鏡をかけた理知的な顔立ち、武道でもやっているのか小柄で細身な割にガッシリとした印象を受ける男子生徒だ。

 そしてもう一人は、養護教諭の野部先生。学年を問わず男子生徒から大人気な人。


 二人は思わせぶりな視線を交わした後、繁華街の奥へと消えていった。おいおい、そっちの方向って……。


 ちょ……。え……? 何、これって、もしかして、……そういうこと?


 いや、確かにこのまま後をつければ"決定的"なもんが撮れちゃうかもしれないけどさ!


「あああああの子、何っちゅうことをさせようとしてくれてんだ!?」

 『タカ兄』の情報とかもう関係ない。これは間違いなく"越えちゃいけない一線"だ。お陰で知りたくもない裏情報を知っちゃったよ!?

 脳裏に「俺、この受験が終わって卒業式の日になったら、ダメ元で野部先生に告白するんだ」と熱く語っていたクラスメートの一人のことが思い浮かぶ。どうか成仏してくれ。

 慌てて家へと駆け戻る。心臓がバクバクいっている。僕が何かを撮ったとして、それを何に使う気だ。彼女はあの二人の弱みを握って利用しようとしている……のか? それこそ選挙の支持集めの工作をさせるとか。

 手段を選ばないにも程がある。実際の知事や議員の選挙なんかでは、もしかしたらそういうこともあったりするかもしれないけど、これはごく普通の高校の、生徒会長選挙だ。



「霜月さん、悪いけどアレは協力できない」

 翌日。休み時間に霜月さんをつかまえて、デジカメを返しつつとりあえずは自分の意志を伝えた。

「報酬はいらないのですか?」

「欲しいさ! でもできないものはできないよ」

「そうですか。……仕方がありません。他をあたります」

「ちょっと待った!」

「……何でしょう? 私も今はちょっと選挙などで忙しいのですが」

 こんなやり取りをしていても彼女は微笑みを絶やさない。


「何でここまでする必要があるんだ?」

「何で、と言われましても、勝つために最善を尽くそうとしているだけですが」

「たかだか生徒会長選挙じゃないか。勝ったとしても内申点と面倒な仕事が増えるだけだろ? あんな真似までして勝ちにいってどうするんだ?」

「さりげなく本音を有り難うございます」

「あんなやり方で勝ちを拾ったって意味なんて無いだろ? 普通にやろうよ」


「……意味なんて無いって仰いましたか」

 そう言って霜月さんは不意に力無く俯いた。


「……のに」


「え?」


「あの時の……っ! 私たちを見た師走先輩ならっ!! わかってくれると……思ったのにっ!!」


 いつも柔和な姿勢を崩さない霜月さんが、あくまで静かに、だけど声を荒げた。そのことを理解するのに数秒を要した。近くを歩いていた生徒たちにも聞こえたのか何人かが驚いてこちらを見ている。ついさっきまで怖いくらいに微笑んでいたはずの霜月さんの目には、いつの間にか大粒の涙が浮かんでいた。

 グイっと乱暴に目をこすると、霜月さんは自分の教室へと去っていった。


 あの時というのは学校祭ラストの、花火が打ち上げられていたあの時のことだろう。


「やべえ、地雷踏んじまった……」


 ただの痴話喧嘩、という認識は改めた方がいいのかもしれない。



「……という状況になっているんだけど、どうすりゃいいと思う?」

「いや、どうすりゃいい、と言われてもな」

 兼好は当惑気味に肩をすくめる。

「選挙の勝ち負けはともかく、今にもパンクしそうなあの状態だけでも何とかしてやれたらと思うんだけど」

「まあ、何か思い詰めてるっぽいというんなら、まずは霜月さんの話をちゃんと聞くところからじゃね?」

「う~ん、成る程な。でも僕じゃ壁を作られそうなんだよな。神無月は……今はもっとまずいか」

 その神無月は休み時間は殆ど教室にいない。もう一人の候補者などと色々打ち合わせたりしているのだろう。

「俺とか、きっと葉月も神無月を介してしかあの子と接していないから厳しいな。となると……」

 兼好が言わんとしている人物はすぐに思い当たった。


「如月か……」


 ちょっと今は顔を合わせにくいんだけど、そうも言っていられないかな。


(続く)

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