11.君、話が違うじゃないか
「ようやく客足が落ち着いてきたな~」
ネクタイをゆるめ、手でパタパタあおぎつつ、店内の様子を伝えてくれた。
うちのクラスはお店部分に教室の半分を使っており、仕切りをはさんだ残り半分は注文されたメニューの準備と休憩場所になっている。
学校祭二日目。一般開放日はそれなりの盛り上がりを見せていた。生徒の身内が中心なのだろうが一般客の姿も多い。うちのクラスの執事喫茶もなかなかの繁盛ぶりで、昼過ぎになってようやく一息つけるようになってきた。
「まあ、うちにはエースがいるからな」
手を動かしつつ相槌をうつ。
男装した葉月は予想通り女性に大人気で、客の多くは彼女目当てだったんじゃないかという気がする。
「お、そのエースのご帰還だぞ」
「休憩入るわ。長月君、交代お願い」
「了解~」
微妙にゲッソリしている葉月に声をかけてみる。
「お疲れだな。午前担当組は何人か交代して他のクラスの出し物とかを見にいってるぞ。葉月も自由時間とっちゃっていいんじゃないか?」
「別にいい。あんまり興味あるところはないし。ここで働いている方が暇つぶしになるわ」
「そっか。まあ葉月がいてくれればクラスとしては心強いな」
「……そういえば、神無月君は結局今日も来れないみたいね」
「みたいだな。あいつが大人しく家で横になっている姿なんていまいち想像しづらいけど」
学校祭が終わったら見舞いにでも行ってみるか。
などと雑談をしていると、見知った顔が教室、もとい店に入ってくるのが見えた。如月だ。誰かを探しているのか、キョロキョロしている。葉月やキッチン担当組に一言ことわってその客に声をかけた。
「いらっしゃいませ。もしかして葉月を探しているのか? あいにく今は休憩中だ。何なら呼んでこようか?
「え!? べ、別にいいですよ~。お疲れのところお邪魔しちゃ悪いですし」
「そうか? 了解。んじゃご注文は何になさいますか? お嬢様」
「おお、何か慣れてますね~。それじゃあ、コレとコレ、お願いします」
如月と一緒に来ていた友人らしき子の注文をとっていると、血相をかえた兼好が走り寄ってきた。おいおい、店の中を走るなよ。
「歩、俺は今から少しばかり身を隠す。一時任せた」
「ちょ、どうしたんだよ!?」
「姉貴が来やがった。ご丁寧に彼氏付きで」
それだけ言い残すと兼好は店の奥へと走り去っていった。
確かに兼好と雰囲気が似ていなくもない大学生くらいの女の人が連れと一緒に席についていた。
「執事さ~ん! そこのエプロンつけた普通っぽい子でもいいや。こっちこっち~注文お願いしま~す」
普通っぽい子って僕のことか。
「は~い、ただいまお伺いします」
「ねーねー、このクラスに長月兼好って奴がいると思うんだけど、呼んでもらうことってできる?」
「申し訳ありません。長月は当番が午前だったので今は外に出ています」
兼好、貸し+1な。
「あ~……どっかで隠れてるのね。その恰好を見るに君は代わりに無理矢理引っ張り出されたってところかしら。ごめんね~。ヘタレな弟が迷惑かけて。あ、私、長月兼好の姉です。よろしく~」
「あはは……」
全部見抜かれているぞ、兼好。
ひたすらしゃべりまくる兼好の姉と違い、その連れの男はさっきから一言も話していない。無口な人なのだろうかと思い、そちらの方を見ると、彼は驚いた表情を浮かべて固まっていた。その視線の先にいるのは……如月。如月もその視線に気づいたらしく、やはり驚いた表情で男を見ている。
彼女の口からポロリと言葉がもれる。
「……タカ兄……」
「……っ」
タカ兄と呼ばれたその男は、親の仇を見るかのような目で如月を睨んだと思うと、立ち上がって足早に教室の外に出ていった。弾かれたように席をたつ如月。
「タカ兄!! 待って!!」
「その呼び方はもうやめろと言っただろ」
男は苛立たしげに如月へそう告げる。ビクリと立ちすくむ如月。
タカ兄と呼ばれたその男は、一度も振り返ることなく去っていった。
「ちょ、タカ、どうしたのよ急に!? このコ何なのよ説明しなさいよ!? 店員さんごめ~ん! 注文はキャンセルで!」
兼好の姉が片手で詫びつつ慌てて後を追いかける。
遠ざかっていく男の背を、如月はじっと見つめ続けていた。
誰だよ? あいつ。
何だよ? 『タカ兄』って。
お前、葉月一筋なんじゃなかったのかよ?
……何で、何でそんなに、泣きそうな顔してるんだよ!?
(続く)