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八月のバレンタイン  作者: koyak
「神無月」
10/30

10."仲間"って、そういうもんだろ?

「いや~大分涼しく、というか寒くなってきたよな。早く春夏にならね~かな~」

 道すがら、兼好が呟く。この男は夏は冬に恋をし、冬は夏に恋をする。

 けれど三年生である今はもしかすると別の意味も含んでいるのかもしれない。


 学校祭前々日の午後、僕たちは材料の買い出しに向かっていた。

輸入食品店なんかで揃えられればカッコいいのかもしれないけど、予算が限られているので安いわりに質の良い商品を揃えていることで一部に知られているスーパーで調達する。


 純粉砂糖、グラニュー糖、アーモンドパウダー、卵などなど。あとはコーヒー、紅茶の葉。必要なものをドサッドサッと買いたしていく。


「よし、こんなもんだよな? 神無月?」


 振り返ると、ついさっきまで一緒に歩いていたはずの神無月の姿が見えなかった。


 視線を下におとす。


 神無月は、倒れていた。


「おい、どうした!?」

「神無月君!?」

 気づいた葉月と兼好が駆け寄ってくる。


 こんな時はどうする?

 どこか別の場所に動かす?

 下手に動かすとまずい?

 何か応急処置が必要?

 その前にまずは救急車?


「救急車を呼びました。ここは店の中なので別の場所にそっと運びましょう」


 そう言って姿を現したのは霜月さんだった。


「霜月さん……どうしてここに? 偶然じゃ、ないよね?」

「朝、かなり顔色が悪いのを見ていたので、ちょっとストーカーっぽいとは思いましたが、心配で後をつけていました」

 愛って凄い、ということにしておこう。お陰で助かったことにはかわりない。

「神無月は何か持病でも抱えているのか?」

「いいえ。私が知る限りではそういうのはありません」


 やがて救急車のサイレンが聞こえてきた。


 神無月が倒れた原因。それは疲労だった。

 聞けばナポレオンも真っ青な生活が続いていたという。


 幸いすぐに目を覚ましたが、大事をとって明日一日様子をみようということになった。学校祭当日も無理はさせられないだろう。


 クラスの出し物は殆ど神無月が仕切っていたので、明日の最終的な準備と学校祭当日をどうするかという話し合いが急遽行われた。

 店づくりは8割がた終わっており、機器を借りる手続きも済んでいる。接客もある程度練習を積んでいるし当日着る執事服もほぼ揃っている。

 問題は、当日出す菓子を誰が作るかという点だ。

 材料を一通り揃えてしまった今となっては店で買い揃えようとすると完全に予算オーバー。


 この件について、病院で目を覚ました神無月はとんでもないことを言い残していた。


「師走君に、おまかせするよ」


 師走? 何で師走? その話を聞いたクラス内がざわつく。

 はい、そうですよね。僕、そういうキャラじゃないッスよね。

 自分でも向いていないとは思うけど、第三者たちからそうい反応をされると密かにダメージが大きい。


「大丈夫よ」


 葉月の発言に、場が静まる。


「師走君は、あの『コロポックル』でバイトをしているわ」


「コロポックル!?」

「言われてみれば見かけたことがあるかも」


 女子たちを中心に僕を見る目が微妙にかわった気がする。

 再びざわめく教室内。


「そんじゃさ、とりあえず試作品を作ってもらおうぜ?」

 何故か兼好が仕切り出す。

「どう? 師走君。できそうかな?」


 葉月からのパス。人からこんな風にボールがまわってきたのは初めてだ。


 正直、無理があるだろと思う。


 でも、ここでやらなかったら、この先も今日のことを後悔しながら過ごすことになるだろう。

そして何よりも、この一ヶ月の成果を自分でも試してみたい、とちょっとだけ思った。


「わかった。やるよ」



 家庭科室へ移動し試作に取りかかる。

 神無月の弟子になって更に洋菓子店でバイトしているといっても、そんなに複雑なものは作れない。メニューのうち、僕にとって現時点で一番自信のあるもの……マカロンを作ってみることにした。


 卵白を必要量計り取り、グラニュー糖を少しずつ入れながらかき混ぜる。

 アーモンドパウダーとココアパウダー、粉砂糖を混ぜてふるい、かき混ぜた卵白にサックリと入れて混ぜる。

 更にゴムべらで押しつけるようにして適当な柔らかさになるまで混ぜて生地を作る。

 これを絞り袋に入れてオーブンシートを敷いた天板に絞り出して乾燥させる。

 最後にオーブンで焼き上げ、自然に冷えるのを待って完成。


 クリームやジャムをはさんでいざ試食。

 一応、今の自分の全てを出せたと思う……というと大げさだろうか?

 さて、クラスの皆の評価は? 固唾をのんで見守る。



「……普通だな」

 誰かが言った。

 フツーだね。意外とふつう。

 フツウ普通ふつう。普通の大合唱。


 僕は心の中でガックリとひざをついた。

 自分で食べてみた分には悪くはないつもりだったのだけど。


「だけど、これなら私たちも作れそうな気がする」

 誰かが言った。

「うん。神無月君が作ると上手すぎて手伝うのも気がひけちゃうけど、これならやれそう!」

「味が普通なのは……"おもてなし"でカバーってことでいいんじゃね?」

「んじゃ接客チームは頑張らねーとな」


 あれ? 何か話がまとまっていってる?


「そういうわけで、だ」

 兼好がイラっとくるほどいい笑顔で僕の肩をポンとたたく。どういうわけだよ。


「作る方はそっち側に任せたぜ!」



 翌日は各準備の詰め、レシピの確認、リハーサルなどで瞬く間に過ぎていった。


 

 そして学校祭当日。


(続く)

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