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ヴァン・ショー

天ぷら屋さんを出ると外はすっかり真っ暗になっている。

お腹がいっぱいになり温まった体にちょっと冷たい北風が吹きぬける。

「うわぁ、ちょっと寒いかも」

「ほら、ミーナ行くぞ」

パパが腰に手を当てて待っててくれる、恥ずかしいけれどパパの腕に抱きつくように腕を組むとパパの温かさがじんわりと伝わってきた。

特に何を喋るわけでもなく歩き始める。

いつもデートの〆はパパの行きつけのワインバーで少しだけパパはお酒を飲んでから帰るのがいつものコースだった。


そのお店は大通りから一本裏通りに入った所にある隠れ家的なワインバーなんだよ。

半地下になっていて階段を下りて重厚な木のドアを開けると直ぐにカウンターになっていて、カウンターの中からバーのマスターが声を掛けてくれた。

「優ちゃん! いらっしゃい、嬉しいわぁ」

「俺が来ただけでそんなに喜ぶって事は不景気で今にも潰れそうなのか?」

「あのね、縁起でも無い事を言わないでちょうだい!」

ワインバー『vino』のマスターは結構有名なシニアソムリエなんだってパパは言うけど、残念な事にそっち系の人なの2丁目系って言えば判るかな?

格好良いのは格好良いんだけどね。

黒いズボンに真っ白のスタンドカラーのシャツを着て第一ボタンを開けてラフなんだけどビシッとソムリエエプロンをして寒い時期は黒いベストを着て、少し長い髪の毛を後ろで一つに纏めて男らしい格好なのにちょっとクネクネしているの。

「はいはい、どうせ私はパパには敵わないですよーだ。そんな所で突っ立ってないでお子様は座りなさい」

「パパ、ケンちゃんが意地悪な事を言うょ」

「け、ケンちゃん言わない! もう相変わらず嫌な子ね」

「だってパパがマスターの本当の名前は……」

「それ以上、しゃべったらコルク栓をその可愛らしいお口に捻り込むわよ」

「ぶぅ、健太のくせに」

「何か言いましたの?」

「う、ううん」

本気で睨まれた気がして慌てて首を振ってしまう。

ちょっとだけ怖いょ。

「相変わらず仲が良いな」

「「どこみてんの?」」

マスターと声が被ってお互いに顔を見合わせてソッポを向くとパパが嬉しそうに笑ってるの。

でも、その優しそうな瞳は何処と無く遠くを見ている気がしたの。

「マスター。ミーナと遊んでないでチンザノをくれ。もちろんエクストラドライだからな」

「はいはい。で、お子様には何を?」

「ヴァン・ショー」

パパがそうマスターに告げるとチンザノが注がれた丸い氷が入ったロックグラスをバースプーンでかき回す手がピタリと止まって、マスターが何処と無く寂しそうな顔でパパを見ている。

「俺の顔に何か付いているのか?」

「いえ、もうそんな時期なのね。そしてそれだけ私達も歳を取ったって事ね」

「まぁな」

雰囲気が一気に暗転してなんだか物静かないつもの店内にもどって、パパにグラスを差し出すとマスターがカウンターの中のコンロに火をともして何かを作り始めたの。

少しすると凄く良い匂いがして来て私の前にマスターがビールのジョッキを小さくしたような可愛らしい少し背の高い取っ手つきのグラスを置いてくれて、その中から良い匂いが立ち込めてくるのが判ったの。

「うわぁ、これ赤ワインでしょ」

「そうよ、ワインだけどアルコール分を飛ばしてあるから美奈にも飲めるはずよ」

今、美味しそうな湯気を上げているワインを目の前にして聞き逃しそうになったけれどマスターが『お子様』って言わずに私の事を『美奈』と名前で呼んだよね……

「あら、何か不満でもあるのかしら? 春から高校生らしいじゃない義務教育が終わるのならレディー扱いしてあげないと失礼でしょ。そのつもりで優ちゃんはこれをオーダーしたの」

「ええ、でも私はまだ中三だよ」

「春からって言ったでしょ。それにちょうど今の時期に優ちゃんが美雪さんと出会ってこの店に来たのよ。その時に優ちゃんがオーダーしたのがこれなの。

スパイス控えめでフルーツ大目のヴァン・ショーつまりホットワイン美雪スペシャルよ」

「本当にママがこれと同じ物を飲んだの?」

「あのね、美奈。お客には嘘は言わないわよ。私はソムリエでありバーテンでもあるのよ。レシピは完璧よ、ベースのワインまでね」

ママがパパと出会って初めて飲んだヴァン・ショーに釘付けになってしまう。

パパを見ると何も言わずにグラスを傾けている、その横顔をみてパパが遠くを見ていたのが判った気がした。

私の中にママを見てたんだって。

私にはママの記憶が殆ど無いけれど写真の中のママは何処と無く私に良く似ているの。

娘の私がそんな事を言うのは変だよね似てて当たり前だもん。

ママスペシャルのヴァン・ショーは凄く美味しかった。

ほのかにスパイスの香りがしてフルーティーで甘くて、体が芯からあったまって。

生まれて初めて飲んだお酒の所為か私は知らない間に眠りに誘われていた。


「あら、あら。気持ち良さそうに寝ちゃったわね。優ちゃん、あんた本当に真実を告げる気なのね」

「そのつもりで今まで育ててきたんだ。その先は美奈の選択次第だな」

「何かあれば直ぐに言いなさい、力になるから。迷惑がかかるなんて気にしたら承知しないからね。私達もこの街もあなたが居たから今があるの。最近はちょっとだけ悪さしている輩が居るみたいだけどね」

「まぁ、そのうち何とかするさ」


その時はパパがママの為に頼んだヴァン・ショーを飲ませてくれた事がただ嬉しくって。なぜマスターが私を急に大人扱いしたのか、パパが私にママをダブらせていた気持ちに気付かないでいた。



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