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文化祭

皆で食事をしていても周りの視線を集めている。

パパが恰好良いのは自他共に認めるし小夜ちゃんもマスターもモデルさんみたいだし。

マコお姉ちゃんはイメージチェンジして凄く大人ぽく、そんな中で私だけが浮いてる気がする。

パパとマコお姉ちゃんが楽しそうにお喋りしていると胸の奥が痛い。

それは演劇部の合宿でパパと仲良くしている先輩達に感じたものと明らかに違う感覚だ。


お台場から帰ってきても痛みは取れなかった。

マコお姉ちゃんが夕食を作っているのをパパが手伝っている姿を見てはっきり感じた。

2人がお似合いの夫婦に見えて……胸が押し潰されそうに痛い。

「美奈、食事の準備をして」

「う、うん」

本当の姉妹の様になれたマコお姉ちゃんは大好きだけど。

もしパパがマコお姉ちゃんを選んだら私は耐えられないかもしれない。

自分自身が一番嫌いな人間になっていくような気がする。

焼きもちや嫉妬じゃ言い表せない気持ちに飲み込まれそう。

お風呂に入っても洗い流せない。

「美奈、どうしたの?」

「えっ、何でもないよ」

「それじゃ、一緒に寝ようか」

「う、うん」

その場の雰囲気に流されてマコお姉ちゃんと一緒に寝ることになってしまった。

でも、どう接して良いのかよく判らない。


「美奈はどうしたの?」

マコお姉ちゃんの温もりを感じる距離に居るのにマコお姉ちゃんにいきなり聞かれて鼓動が跳ね上がった。

「もしかして盗られちゃうかと思ってるんでしょ」

「…………」

ズバリ言い当てられてさらに鼓動が跳ね上がる。

「美奈は父さんと2人っきりだったんだもんね。そこに私が現れていきなり家族が増えたら戸惑うし」

『違う!』

そう言いたいのに言葉が出ない。

マコお姉ちゃんの事は大好きだし本当のお姉ちゃんだと思っている。

それでも今の気持ちを上手く言い表すことが出来ない。

「でも、それが自然だと思うよ。私が美奈の立場なら同じ気持ちになると思う。盗られちゃうって。だけどこれも父さんの考えがあってだと思うのだけど」

「えっ? どういう事なの? マコお姉ちゃん」

「何て言えば良いのかよく判らないけど。父さんは美奈の為に私を東京に呼んだ気がするの。もちろん約束したと言うのもあるけれど美奈が行き詰っているからかなって」

マコお姉ちゃんが言おうとしている事がいまいち掴めない。

「美奈が私の事を本当の姉だと思ってくれているから言うけれど。美奈は幸せ過ぎるんだと思う」

「私が幸せ過ぎる?」

「そう。父さんに聞いたんだけど文化祭で美奈が主役をするのは何百年も歳を重ねた狼の役なんでしょ。幸せな時もあったけれど辛く寂しい思いをしてきたんじゃないかな」

「私には経験がないと言う事なの?」

確かに私には演劇の経験も無く感情表現も上手くいかず、だから真似に頼ることしか出来ない。

そんな事は判り切っているけれどどうしたら良いのか判らないから行き詰って……

なんでマコお姉ちゃんにはそんな事が判るんだろう。 

「あのね、母さんが行き詰った時に必ず父さんは顔を出してくれたの。何でタイミングよく現れるのかは判らないけれど私は凄く嬉しかった。だって父さんが顔を出してくれると母さんに元気が戻るから」

「そうだったんだ」

「だからこそ父さんには恩返しがしたくて」

マコお姉ちゃんが何で必死に頑張ってきたのかがよく判るし、パパがそんな事までしていたなんて知らなかった。

「美奈には美奈しかしてこなかった経験がある筈でしょ。だからそれを役に重ねれば良いんだと思うの。悲しい時には悲しい時の事を思い。寂しい時には寂しい事を。それに美奈がやる役は焼きもち焼きみたいだから」

「えっ……」

「美奈なら大丈夫だよ。部長さんも多分それが判っていて美奈に主役の大役を任せたんだと思う」

考えもしない事をマコお姉ちゃんに言われ驚くとともにパパがそんな事まで考えていてくれたのかなって思う。

でも、私が知っているパパはニブチンで優し過ぎるほど優しくて。

パパがそんな事を考えているなんて思えない。

「私に出来るかな」

「美奈なら出来るよ。だって美奈のお母さんも演劇部で主役をしてたんでしょ」

「何でマコお姉ちゃんがママの事を知ってるの?」

「えっ? 父さんに聞いたら教えてくれたよ」

思わず拳を握りしめた。何でパパは私には話してくれなかったんだろう。

違う……私が聞かなかったんだ。怖くて。

何でもパパには話せたのにママの事を聞くのが怖かった。何が怖かったのかは私自身にもよく判らない。

「皆、応援してるからね」

「うん、ありがとう」


マコお姉ちゃんにアドバイスをもらったけれどぶっつけ本番になってしまった。

本番前の舞台を使った通しのリハーサルで何とかホロの気持ちが判った気がすると部長の尚先輩と副部長の柏木先輩が顔を見合わせて喜んでいる。

それでもまだ自分の物に出来た訳じゃなく納得がいかない。

けど……時間がそれを許してくれなかった。

クラスのコスプレ喫茶だって麻美が交渉してくれて準備は免除にしてくれたけれど、やるからにはちゃんとやりたい。

メニューを覚えたり飾り付けを手伝ったりして演技の練習をしていると文化祭当日が来てしまった。

文化祭は2日間行われて初日は生徒だけで2日目が一般公開される。

人気がある演劇部の公演は初日も2日目も午後に行われどちらも本気だけど一般公開される2日目の方が気合の入れ方が違う。


生徒だけの公演も無事に終わり……

「疲れた」

「お疲れ様。凄いよミーナ」

「凄くないよ、褒められるとなんだか凹むよ」

「ええ、そうかな。演劇を始めたばっかりなのに主役を務めたんだよ。それに先輩達も納得のいく演技をしていたと思っているけどな」

だからこそ納得がいかなかった。

もしかして負けず嫌いはママ譲りなのかな?

クラスに戻りコスプレ喫茶の呼び込みをする。

部長である尚先輩の口添えもあって2日目のクラスの手伝いは免除してもらえた。

それは演劇部が2日目の公演に力を入れている為で演劇部のOBも見に来るからだとおもう。

それでも演劇部員だって文化祭を楽しみたい訳で本当はそっちの方がメインだったりするのかも。


一般公開される2日目は朝から引っ切り無しに父兄やOBが来ていて、クラスのコスプレ喫茶にも沢山のお客さんが来てるので免除されているとはいえ手伝いをしない訳に行かなかった。

「ミーナは手伝わなくて良いよ」

「そんな事を言われてもこの状態じゃ……」

「そうだけどさ」

「大丈夫だよ。パパが来たら抜けるから」

ハロウィンも近く文化祭のテーマが『変わる』で生徒会長の目論見通り色々な恰好をした人が校内を歩いている。

定番の魔女や海賊にアメコミを代表するスーパーマンにバットマンやスパイダーマン。

日本の妖怪のコスプレをして気合が入っている人もいれば普通の格好の人が入り乱れている。

これで警備上問題がないのか不安になってしまうけど私が口を出す問題じゃない。

生徒会だって学校側と話し合って手を打っているはずだ。

演劇部部長の尚先輩も凄いけれど双子の兄である生徒会長の紀先輩だって人望も厚く皇帝とまで呼ばれる人だから。


すると一際目立つコスプレをした2人が教室を覗いていた。

「パパだ!」

「うはぁ、コスプレしたパパさんに萌えちゃいそう」

スタンドカラーのシャツにダークな色合いのベストを着てブルゾンの様な上着を羽織っていて。

多分、マスターが作ったんだと思うけれど思わず頬が赤くなるのが判る。

だってホロと相思相愛になるロレンスの格好をしているから。

そしてその後ろには周りの人が距離を置いている……

「何よ、美奈まで」

「だって鬼気迫る雰囲気までそっくりなんだもん」

「はぁ~ そんなに怖く見えるのかしら」

「うん」

目の前には意気消沈する妖怪人間が立っている。

ダークブルーのマントに青紫のワンピースを着て鞭まで持ってメイクもそれなりにしているので眉間にしわを寄せれば誰も近づかないだろう。

「あれ? マスターは?」

「真琴ちゃんと遅れて来るけれど皆に負けない衣装でくる筈よ」

麻美に出てくる事を告げてパパと小夜ちゃんと校内を見て回る。

どの教室の前でも声を上げて宣伝に余念がなく、それは最上級生の3年生も同じだった。

副部長の柏木先輩のクラスの近くまで来ると柏木先輩が駆け寄ってきた。

「神楽坂さん。合宿の時はお世話になりました」

「いや、僕は美奈の後押しをしただけだから」

「でも、神楽坂さんにその恰好をされると流石に自身が無くなるな」

「僕は誰かを演じるなんて事は出来ないからね。舞台、楽しみにしているから」

柏木先輩が深々と頭を下げてお礼を言っている。

実はロレンス役は柏木先輩でその話をするとパパが苦笑いしていた。

マコお姉ちゃんはどんな格好で来るのだろう。


楽しい時間は過ぎるのが早い。

パパと小夜ちゃんと模擬店などを回っているとあっという間に集合時間になってしまった。

「美奈、頑張ってね」

「うん」


アナウンスが流れ、幕が上がると一気に緊張が高まる。

私の出番はまだ少し後で袖から体育館の中を見渡すと、後方の2階席にロレンスとベラのコスプレをしたパパと小夜ちゃんにマコお姉ちゃんが立っていた。

マコお姉ちゃんは普段着でコスプレなんかしていない、マコお姉ちゃんが断固拒否したんだと思う。

だって生真面目なマコお姉ちゃんには荷が重すぎるもん。

「神楽坂さん、出よ」

「はい」

声を掛けられ神楽坂美奈からホロになる。

ホロを演じている筈なのに2階席に目を向けると信じられない光景が目に飛び込んできて心臓の鼓動が跳ね上がる。

それでも舞台上で取り乱すわけにいかない、幕が下りるまで私はホロなのだから……


舞台にキャストが並んで深々と頭を下げスタンディングオベーションの中で幕が下り、舞台袖から部員が飛び出してきて歓喜を上げて抱き合っている。

「美奈、凄く良かったよ」

「麻美、ゴメン」

「どこに行くの? 美奈!」

感極まっている麻美の手を擦り抜けて舞台が終わり喜んでいる部長の尚先輩や副部長の柏木先輩を横目に駆け出した。

割れんばかりの拍手喝采なんて耳に入らない。

鼓動が高鳴り体育館の2階席に向かう。


「あら、美奈どうしたの? そんなに慌てて。もしかして見惚れちゃったかしら」

「もう、ケンだったんだ」

「ケン、言わないの。ドラキュラよ。ドラキュラ」

そこに居たのは銀髪のかつらをつけてドラキュラのコスプレをしたマスターだった。

金のカラーコンタクトまで入れて気合入れ過ぎだと思う。

「美奈は誰と勘違いしたのかしら?」

「私を助けてくれた人……」

何となくこの話はあまりしてはいけない様な気がしていたけれど勢いで口にしてしまい。

思わず口を噤んでしまう。

「美奈、そんな事をまだ考えていたの? あいつだけは絶対にダメよ」

「マスターはやっぱり知っていたんだ。誰なの教えてよ。会ってお礼を言いたいの」

「口が裂けても教えられない」

いつもはクネクネしているマスターがものすごく怖い顔をしている。

「ケン、誰の事を言っているのかしら?」

「銀狼……シルバーウルフよ」

マスターの答えを聞いた瞬間に小夜ちゃんの顔が強張って私を見ている。

青紫の衣装に濃紺のマントを羽織った妖怪人間のコスプレをしている小夜ちゃんが眉間の間に皺を寄せるとものすごく怖い。

小夜ちゃんも噂で知っているのかな?

そんな事が脳裏を掠めるけれど今は話題を何とか変えた方が良いみたい。

「そうだ、パパとマコお姉ちゃんは?」

「真琴さんはお母さんから連絡があって急用で帰ったわ。優が駅まで見送りに」

「帰っちゃったんだ。感想を聞こうと思ったのに」

「美奈、話を逸らさないの」

ドラキュラのマスターと妖怪人間の小夜ちゃんに睨まれてしまい思わず体を縮めた。

「銀狼は裏社会に巣食う魔物よ。万が一美奈に何かあったら優に何て言えばいいのかしら」

「私から言う事は何もないわ。自分で考えて自分で答えを出しなさい」

マスターの言う事ももっともだし小夜ちゃんの言葉はパパの代弁だと思う。

不用意に夜の街に踏み込んで危険な目に遭った時の事が蘇る。

「ごめんなさい」

ただ謝るしか出来なかった。


後夜祭の後で演劇部の打ち上げが部室で行われている。

これも恒例行事で暗黙の了解になっているんだって。ジュースやお菓子の差し入れが沢山あって余ったら皆で分けて帰る事になっていた。

「もう、美奈は急に走り出してどこに行ってたの?」

「えっ、パパの姿が見えなかったから」

麻美に本当の事を言えば激怒されて親友を解消されてしまうと思う。

あの時の麻美の目は真剣だったから。

「本当にパパラブなんだね。そう言えば2階席の真下に淀橋が居たけど気付いてた?」

「えっ、知らなかった」

「まぁ、劇に集中していたから気付かなかったのかもしれないけれど」

あの気味が悪い視線で見られていたのかと思うとぞっとする。

そして私が2階席に行った時も下に居たのだろうか。

入学式の時と言い何で周りに居るのだろう。

「ストーカーだったりして」

「止めてよ、気持ち悪い」

「そうだよね。でもさ、ストーカーぽいじゃん」

麻美の言うとおり纏わりつく様な視線はストーカーのそれで考えるのはよそう。

それより帰ったらマコお姉ちゃんに電話して感想を聞いてみよう。

流石に暗黙の了解があるにしても私立は時間に厳しい。

だからこそ父兄からも人気があるんだと思う。

「気を付けて帰る事。良いわね」

「はい!」

尚先輩の掛け声で遅くならないように解散になったけれど外はもう暗くなっていた。

「美奈、また明日ね」

「うん、じゃあね」

校門を出て麻美と別れて歩き出す。


通いなれている道なので怖くもないし安全だと思っていた。

マンションが見えてきて後ろから車のライトが近づいてきて、少し避けるように道路の端に体を寄せるとワゴン車が私の良く手を遮る様に急停車し、スライドドアが開いたかと思うと数人の男が飛び降りてきた。

声を上げる間もなく口を塞がれ車の中に引き摺り込まれて気が遠くなった。



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