女になって復讐するはずが、パパ活相手は元カノの父親でした
「直樹、ごめん」
その一言で、俺の人生は終わった。
東京都内の安い居酒屋の個室。向かいに座る美咲は、うつむき加減で言いにくそうに言葉を紡いでいた。隣には、見慣れたスーツ姿の男――同じ会社の同僚、山田が座っている。
「俺たち、付き合うことになったんだ」
山田は悪びれもせず、むしろ勝ち誇ったように美咲の肩を抱いた。
「なに言って……美咲、俺たち、来月には同棲するって」
「ごめん。でも、山田くんのほうが将来性があるし、一緒にいて楽しいの。直樹はいつも暗いし、仕事もパッとしないし……」
美咲の言葉が、刃物のように胸に突き刺さる。
四年だ。大学時代から四年間、俺は美咲一筋だった。安い給料の中から彼女のためにプレゼントを買い、休日はどこかに連れて行き、将来のために貯金もしてきた。
「それに……」
美咲が顔を上げた。その目には、哀れみすら浮かんでいる。
「私、山田くんの子供、できちゃったから」
時が止まった。
俺はただ、ぽかんと口を開けて、二人を見つめることしかできなかった。
「慰謝料とかは要求しないでほしいんだよね」
山田が軽い口調で言う。
「だって、美咲とは正式に別れてなかったけど、実質的には俺のほうが彼女のこと大事にしてたわけだし。それに、社内での立場も考えてよ」
立場。子供。将来性。
俺の中の何かが、音を立てて崩れていった。
翌日、会社に行くと、俺のデスクは片付けられていた。
「田中くん、ちょっと」
上司に呼ばれ、会議室に連れて行かれる。
「このたび、うちの部署はリストラの対象になってね。申し訳ないけど、君には退職してもらうことになった」
「なんで俺だけ……」
「いやあ、山田くんからいろいろ聞いてね。君、仕事に身が入ってなかったんだろう? 彼女に逃げられるような男は、仕事もできないって判断されてね」
山田が根回ししていたのだ。
美咲を奪い、職も奪う。
退職金代わりに渡されたのは、わずか三十万円の封筒だった。
アパートに帰ると、ドアに大家からの貼り紙がしてあった。
「家賃滞納につき、月末までに出て行ってください」
貯金はほぼゼロ。美咲との同棲のために貯めていた金は、彼女が「貸して」と言って持っていったきり、返ってこなかった。
部屋の中央に座り込み、俺は天井を見上げた。
もう、何もない。
四年間の恋愛。五年間勤めた会社。将来の夢。全てが嘘のように消え去った。
ふと目に入ったのは、スマホのニュース記事だった。
『性転換で人生やり直し――海外の最新医療、裏では違法手術も』
俺はその記事を、何度も読み返した。
--
「ようこそ、『ムーンライトクリニック』へ」
真っ白な部屋。全ての家具が無機質に配置されたそこに現れたのは、黒尽くめの老女だった。彼女こそ、裏社会で「性転換の魔女」と呼ばれる人物だ。
「あなたは、全てを捨てる覚悟はあるかしら?」
「あります」
俺は即答した。
「本当の名前も、過去も、戸籍も、全てを消す。そして全く新しい人間として生まれ変わる。その対価は、あなたの命よりも重い」
「命なんて、もうどうでもいいんです」
老女は微笑んだ。
「では、契約成立ね。費用は三千万円。支払いは手術後、あなたが女として生きながら返していけばいいわ」
「三千万……払えません」
「払えるようになるわ。あなたは美しい女になる。美しい女は、お金を引き寄せるものよ」
半年後。
俺――いや、私は、病院のベッドで目を覚ました。
体が軽い。柔らかい。そして、胸に確かな重みがある。
「目が覚めた? おはよう、ナオ」
老女が鏡を差し出した。
そこに映っていたのは、見知らぬ女だった。
長い黒髪。吸い込まれそうな大きな瞳。通った鼻筋。そして、少し寂しげな微笑み。
「これが……私?」
「ええ。あなたはもう田中直樹じゃない。ナオよ。新しい人生を歩きなさい」
私はそっと自分の頬に触れた。柔らかい。女の肌だ。
そして、涙が溢れ出した。
直樹は死んだ。ここにいるのは、ナオ。
新しい人生で、復讐を果たす女だ。
--
パパ活は、思っていたより簡単だった。
「いい女」になっただけで、男たちは簡単に金を差し出す。
登録したパパ活アプリには、一日で数百のメッセージが届いた。その中から、高額な援助をしてくれそうな男だけを選ぶ。
最初のパパは、五十五歳の不動産会社社長。
「ナオちゃん、今日もかわいいね」
銀座の高級寿司屋で、彼は私の手を握った。一時間で三万の手当て。それだけで、私は優しく微笑む。
「社長、また素敵なお店知ってるんですね」
私は純粋な女の子を装う。かつて直樹だった男は、女の心の裏側まで理解している。男が何を求め、何に弱いのかを熟知している。
半年で貯まった金額は、五百万円。
でも、私はもっと大きな獲物を狙っていた。
美咲と山田への復讐には、金も、コネも、そして情報も必要だ。
ある日、私は美咲の勤める会社の前で張り込みをしていた。彼女のSNSをチェックし、行動パターンを分析する。いつ、どこで、誰と会っているか。
美咲は今、山田と同棲していた。子供はどうしたのか――堕ろしたらしい。SNSには、愚痴ばかりが並んでいる。
『山田くん、最近帰り遅いし。浮気とかしてないかな』
『子供いなくて正解だったかも。自由だし』
私はスマホを見て、冷たく微笑んだ。
(幸せそうで何よりだ)
復讐の準備は整いつつあった。
第四章 運命のパパ活
その日、私は高級クラブのラウンジで、新しいパパ候補と待ち合わせをしていた。
相手は五十代後半くらい。上品な白髪交じりの髪を撫でつけ、スーツはオーダーメイドの高級品。テーブルに置かれた腕時計は、ロレックスだ。
「お待たせしました。ナオさんですか?」
「はい、ナオです。お会いできて嬉しいです」
私は営業スマイルを浮かべた。
「私は田中と申します。娘がいるんですが、あなたくらいの年齢でね。話しやすそうだなと思って連絡したんです」
田中――その名字に、一瞬ドキリとした。
でも、同名なんていくらでもいる。
「娘さん、いくつなんですか?」
「二十四です。最近ね、彼氏に振られたらしくて、落ち込んでるんですよ」
「そうなんですか。お気の毒に」
私は愛想よく相槌を打つ。
すると、田中のスマホに通知が入った。
「あ、すみません。娘からです」
彼が画面を見せてくれたわけではない。でも、一瞬見えた待受画面。
そこには、見慣れた顔があった。
美咲。
私の元カノ、美咲だった。
「あの……お嬢さんのお名前、お聞きしても?」
「え? ああ、美咲といいます。かわいい娘でしょう?」
私の心臓が、大きく跳ねた。
美咲の父親。
復讐しようとしている相手の、父親。
「どうしました? 急にお顔の色が」
「い、いえ……ちょっと驚いただけです。お綺麗なお嬢さんだなと思って」
私は平静を装った。
でも、頭の中はフル回転していた。
(美咲の父親を、誑かす?)
(もし彼が私に夢中になったら?)
(美咲はどんな顔をするだろう)
ぞくり、と背筋に冷たい快感が走った。
「ナオさん、もしよかったら、また会っていただけませんか?」
田中の目は、もう完全に私に惹かれていた。
「はい、もちろんです。私も、田中さんとお話しできて楽しかったです」
私は、最も美しい笑顔を返した。
--
それから三ヶ月。
私は定期的に田中と会うようになった。最初は月に一度の食事だったが、次第に頻度は増え、今では週に二度は会っている。
田中は私にぞっこんだった。
「ナオさんは、妻を亡くした私にとって、久しぶりの光です」
ある日、彼はそう言って、私に高級ブティックでドレスを買ってくれた。値段は五十万。それを平然とカードで払う。
「田中さん、そんなに良くしてもらって、私、どうお返しすればいいか」
「ただそばにいてくれるだけでいいんです」
田中は、孤独だったのだ。
妻に先立たれ、娘は家を出て、たまにしか帰ってこない。彼は大きな家で一人、寂しく暮らしていた。
そんなところに現れた、若く美しい私。彼が私に惹かれるのは、ある意味当然だった。
一方、美咲のSNSは、少しずつ変化を見せ始めた。
『パパが最近、週末もいなくて寂しい』
『なんか新しい彼女できたっぽい? 年下らしい』
『まじでありえない。私の彼氏は浮気するし、パパは彼女作るし』
私はそれを見て、ほくそ笑んだ。
そして、山田の方も調べていた。
彼は会社でそれなりに出世していたが、どうやら新しい女がいるらしい。美咲のSNSでの愚痴は、まさにそのことを指していた。
(順調だ)
ある日、私は田中に「家に行ってみたい」と言った。
彼は少し躊躇したが、すぐに笑顔でうなずいた。
「ぜひ。娘にも紹介したいくらいだ」
ついに来た。
美咲の家に、美咲の元彼が、女になって上がり込む瞬間が。
--
田中の家は、都内の高級住宅街にあった。広い庭付きの一戸建て。美咲はこんな家で育ったのか。
「さあ、どうぞ。狭いけど、くつろいでください」
リビングに通されると、そこには見覚えのある写真が飾ってあった。美咲の笑顔。幼い頃の写真。そして、俺と付き合っていた頃の写真は……ない。
当たり前だ。彼女にとって俺は、捨てるべき過去だから。
「お茶を入れますね」
そう言ってキッチンに立った時、玄関の鍵が開く音がした。
「ただいまー」
聞き慣れた声。
美咲だ。
「あら、美咲? 帰ってきてたのか」
田中がリビングの入り口に向かう。
私はソファに座ったまま、ゆっくりと顔を上げた。
美咲がリビングに入ってきた。
「パパ、彼女ってまさか……え?」
美咲の目が、私を捉えた。
彼女の顔が、一瞬で凍りつく。
「はじめまして。ナオと申します」
私は立ち上がり、優雅にお辞儀をした。
「パパから話は聞いてます。あなたが美咲さんですね?」
美咲は固まったまま、何も言えない。
「美咲? どうしたんだ、挨拶ぐらいしなさい」
「ち、違うの……パパ、この人……」
「この人って、失礼だぞ。大事なお客様だ」
美咲の目が、恐怖に見開かれる。
「あ、あなた……まさか……」
「何か?」
私は微笑んだ。
美咲は何かを言いかけて、言葉を飲み込んだ。
彼女にはわからない。でも、どこかで感じているのだ。この女が、かつての直樹と何か関係があることを。
「美咲さん、よかったら一緒に夕食でもいかがですか? 私、料理が得意なんです」
「い、いい……用事があるから……」
美咲はそう言って、二階に駆け上がっていった。
「すみませんね、うちの娘、人見知りで」
田中が気まずそうに言う。
「いいえ、かわいらしい方ですね」
私は心の中で笑った。
(さあ、これからが本番だ)
--
それから一ヶ月後。
美咲のSNSは、完全に崩壊していた。
『パパが家に女連れ込んでる。しかも年下の美人』
『山田は浮気相手と旅行に行ったらしい』
『私、何もかも失った』
私は田中との関係をどんどん深めていた。彼はすでに私にプロポーズしていた。
「ナオさん、私と結婚してくれませんか? 年の差はあるけど、幸せにします」
田中の目は本気だった。
私は、彼の申し出を受け入れた。
「はい、もちろんです」
美咲がそれを知ったのは、結婚の挨拶に来た時だった。
私は美咲の前で、田中に寄り添い、微笑んだ。
「美咲さん、よろしくお願いしますね。これから、あなたの新しいお母さんになるんですから」
美咲の顔が、恐怖と怒りで歪んだ。
「ふざけないで! パパ、この女、絶対に何かある! 私、この人をどこかで……」
「美咲!」
田中が怒鳴った。
「お前はいつもそうだ。人の幸せを素直に喜べないのか!」
美咲は唇を噛みしめ、部屋を飛び出していった。
その夜、山田から一本の電話があった。
「もしもし、美咲の父親と結婚するって人ですか? 山田と申します」
私は冷たく笑った。
「ええ、そうですけど」
「美咲があなたに会ったことあるって言ってて。何か知ってるなら話してほしい」
「知ってること?」
私は間を置いた。
「ああ、そうですね。例えば、あなたが美咲を寝取ったこと。美咲が元彼を捨てたこと。その元彼が今、どこで何をしているか――とか?」
沈黙。
「どういう意味です?」
「もうすぐわかりますよ」
私は電話を切った。
--
結婚式の前夜。
田中は私に、一通の手紙を差し出した。
「ナオさんに、渡したいものがあるんだ」
開くと、そこには古い写真があった。若い頃の田中と、見知らぬ女性。そして、小さな男の子。
「これは……」
「私の、最初の妻と息子だ」
田中の声が、少し震えていた。
「実はな、私、若い頃に事業に失敗してね。借金を抱えて、家族を捨てたんだ」
「え……」
「妻はその後、息子を連れて行方不明になった。ずっと探していたんだが、見つからなくて」
私は写真を見つめた。
その男の子の顔に、見覚えがあった。
「この子の名前は?」
「直樹というんだ。私の、最初の息子だ」
私の心臓が止まった。
直樹。
田中直樹。
俺の名前。
「もしかして……お母さんの名前は?」
「ああ、田中ではなくなったが……旧姓は佐々木という」
佐々木和子。
俺の母の名前だ。
母は、俺が五歳の時に父と別れた。父は借金を残して消えたと聞かされていた。
「なぜ……なぜ今になってこの話を?」
「ナオさんに、どうしても伝えたかったんだ。私には過去に捨てた家族がいる。そのことを知った上で、それでも私と結婚してくれるかどうか」
私は震えた。
復讐のために近づいたこの男が、まさか実の父親だったなんて。
「ナオさん?」
「……少し、一人で考えさせてください」
私は部屋を出た。
夜の街を、ただ歩いた。
全ては間違っていたのか?
それとも、これは運命だったのか?
ふと、スマホが鳴った。美咲からだった。
「もしもし、ナオ? ちょっと話があるんだけど」
「……何?」
「お父さんのことなんだけど、あの人、前に家族捨てたって知ってる? 借金苦で。そういう人だから、あなたもいつ捨てられるかわからないよ」
私は、ゆっくりと口を開いた。
「美咲、教えてあげる」
「何を?」
「お父さんが捨てた子供。その子の名前は直樹っていうんだ」
「は? それが何?」
「その直樹が、誰だか知ってる?」
沈黙。
「まさか……」
「そう。あなたが捨てた男だよ。田中直樹は、お前の実の兄だったんだ」
美咲の絶叫が、電話越しに響いた。
「嘘よ! そんなの嘘!」
「本当だ。お父さんの昔の写真を見た。幼い頃の俺の写真が、そこにあった」
「だったら、なんで……なんで女に……」
「お前に復讐するためだ。全てを奪われたから、全てを捨てて、女に生まれ変わった」
美咲の息遣いが荒くなる。
「もう終わりだよ、美咲。お前のパパは、俺のパパでもある。そして明日、俺はパパと結婚する。つまり……」
私は、静かに言った。
「お前の新しい母親は、お前が捨てた男だ」
電話が切れた。
--
結婚式は、家族だけの小さなもので行われた。
美咲は来なかった。山田も来なかった。
でも、その代わりに、二人は会場の外にいた。
式が終わり、私たちがチャペルを出ると、美咲と山田が土下座していた。
「お願いします! 許してください!」
美咲は泣き叫んでいた。
「お父さん! 私が悪かった! でも、この人と別れるから、家に戻して!」
田中は冷たい目で美咲を見下ろした。
「お前は、自分の兄を捨てたんだぞ。しかも、その兄を裏切って、妊娠までしたと聞いた」
「でも、兄だって知らなかったし!」
「知らなくても、人を裏切ることは悪いことだ。私はお前にそう教えたはずだ」
山田が這いつくばって近づいてくる。
「田中さん、私も悪かった! でも、会社をクビになったんです。もう再就職もできなくて……」
「ざまあみろ」
私は冷たく言った。
「お前が俺から奪ったものの、十分の一も味わってないぞ」
山田は私を見上げ、恐怖に震えた。
「あ、あなたは……」
「直樹だよ。女になったけどな」
山田はその場で気絶した。
美咲は泣きじゃくりながら、田中の足にすがりついた。
「パパ、パパだけは私の味方でいてよ!」
田中は美咲の手を、そっとほどいた。
「美咲、お前はもう大人だ。自分の蒔いた種は、自分で刈り取れ」
そして、私の手を取った。
「行こう、ナオ。新しい人生を始めよう」
終章 新しい朝
あれから三年。
私は田中――いや、父と共に、田中の会社を立て直し、今では立派な社長夫人として暮らしている。
美咲はどうなったか?
彼女は山田と別れ、実家にも戻れず、地方の小さな会社で働いているらしい。SNSは更新されていない。
山田はというと、会社をクビになった後、闇金に手を出して借金まみれになり、今は夜逃げ同然の生活を送っていると聞く。
私は、父と共に暮らす家で、今日も優雅に紅茶を飲んでいる。
「ナオ、今日はどこか行きたいところはあるか?」
「ううん、家でのんびりしたいな」
父は優しく微笑む。
彼は、私が直樹だったことを知っている。式の前に全てを打ち明けた。驚き、悲しみ、そして最後には受け入れてくれた。
「お前は、どんな形であれ、私の子供だ。それに変わりはない」
その言葉で、私は救われた。
復讐は果たした。でも、それ以上に、失ったと思っていた家族を取り戻した。
窓の外では、桜が舞っている。
新しい人生は、案外悪くない。
(完)
---
あとがき:
この物語をお読みいただき、ありがとうございました。
他にも作品を連載、短編を投稿していますので、もしこの話がお気に召しましたら、ぜひ下記の作品もご覧いただければ幸いです。
▼連載中の作品はこちら▼
引き続き、読者の皆様の心に残る物語をお届けできるよう努めてまいります。これからも応援よろしくお願いいたします。




